19話 初配信はじまる
そして迎えた翌日――俺の初出勤日。
俺がジェスター社の社員として挑戦する記念すべき最初のダンジョンは、渋谷区六本木に位置するその名もズバリ『六本木ダンジョン』だ。
国立シン美術館の敷地の中に生まれてしまった比較的新しいダンジョンで、現在は第13地区まで探索が進んでいる。
このうち1から5地区が「上層」。
6から10地区が「中層」。
11から13地区が「下層」だ。
14地区以降は前人未踏の領域であり、便宜上「深層」と呼ぶことになる。
迷宮難易度はB-、属性は風、中層の平均魔素濃度は25%。
直近30日以内に目立った迷宮変動も確認されていない。比較的潜りやすいダンジョンといえる。
記念すべき初出勤に向けて下調べはバッチリ。ダンジョン内に出現するモンスターや最新のマッピング情報もすべて頭の中に叩き込んである。
あとは現場でリンネさんのサポートに全力を尽くすだけ……
そう思っていたのだが。
「無理無理! 無理ですって! リンネさんの配信に私も出演するなんて!」
エントリーゲート周辺で、俺は目の前に浮かぶダンジョンドローンに向かって必死になって訴えていた。
『――無理なことないだろう。キミは前の会社でもダンジョン配信業務に携わっていたのだろう? 手慣れたモノじゃないか』
耳にかけた小型インカムからヨル社長の声が響く。
この場にいるのは俺とリンネさんの二人。
社長は本社のモニタールームから、ダンジョンドローンに搭載されたカメラを通して俺とリンネさんをモニタリング中だ。
「私がやっていたのはあくまでも裏方仕事ですよ!? というか話が違うと思うんですがっ!」
『ん? 話が違うとは?』
「私の仕事内容です! リンネさんのサポートじゃないんですか?」
『いつ私がそんなことを言ったかね? 私は皆守くんにはリンネとバディを組んで、ダンジョン探索活動に従事してほしいとハッキリ伝えていたはずだが。なあ、リンネ?』
「はい、社長! そのとーりです!」
俺の隣でリンネさんは元気よく返事をする。
「それは、だから……リンネさんの配信活動のサポート役って意味だと……」
いや待て。たしかにヨル社長もリンネさんも“サポート”という言葉は使っていなかった……気がする。
俺は言葉に詰まってしまう。
「で、でも社長……私はダンチューバーとしては素人ですよ? 突然チャンネル登録者数50万人を誇るリンネさんと一緒に配信なんて、荷が重すぎます。ズブの素人が超人気配信者とコラボするようなもんですって――」
「心配しないでくださいクロウさん! 最初はわたしがちゃんとアシストしますし、それにクロウさんの実力があればすぐに人気ダンチューバーになれます! 先輩ダンチューバーとしてこのわたしが保証しますから! えっへん!」
リンネさんは俺に向かって、満面の笑みでサムズアップする。
(いやいや、そんな簡単に行かないって。それに――)
俺がそれ以上に懸念するのは、彼女のファンのことだ。
「リンネさんのファンの中心層は熱心な男性ファンです。安易に異性と絡んでしまったら、そうしたファンの反感を買うことになります」
そう、それこそが俺が一番恐れる事態。
ダンチューバー掛水リンネのことを本気で恋してしまっているファン。
いわゆるガチ恋勢と呼ばれる厄介なファンをリンネさんは沢山抱えている。
そんな彼女の配信にノコノコと俺なんかが顔を出してみろ。
大変な炎上騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。
(俺が叩かれるだけなら別にいいんだ。でもガチ恋勢の攻撃の矛先は簡単にリンネさんに向くのがタチが悪いんだって)
「クロウさん! まだそんなコト言ってるんですか!?」
「へ?」
まごつく俺に、リンネさんがずいっと顔を寄せてきた。
「昨日も言いましたよね? わたしはファンの皆にわたしの意思を委ねるつもりはないって! わたしはクロウさんと一緒にダンジョン配信をしたいんです! 私がこの先ダンジョンの深層に到達するためにはアナタの力が必要なんですよッ!!」
彼女がまっすぐな目で俺を見つめてくる。
「それともクロウさんは、わたしと一緒に配信するのがイヤなんですか?」
「いや、そんなコトは――」
俺は慌てて首を横に振った。
すると一転してリンネさんの顔に笑顔の花が咲く。
「だったら問題ないじゃないです! 一緒に二人で頑張りましょー! エイエイオー!」
本当にいいのか?
俺と彼女が一緒に配信することで、間違いなくリンネさんの人気は落ちてしまう。
予めそのことがわかっているのに、あえてやるなんて……
俺がなお躊躇していると、ヨル社長が声をかけてきた。
『その辺りのことは君たちはナニも心配しなくていい。仮に君たちに危害が加わりうるようなことがあれば、私達が責任をもって対処する。リンネと皆守くんはただダンジョン配信活動に全力を注いでくれれば良い』
「ですが……」
『それに私は信じているんだ。リンネの魅力と皆守くんの実力。その二つの才能が合わされば、誰も見たことのないような最高のダンジョン配信が実現する。そのためなら多少の批判や炎上なんて痛くも痒くもないさ』
「社長……」
ヨル社長は自信満々にそう言い切った。
俺は、その揺るぎない言葉にそれ以上何も言えなくなる。
(これは腹をくくるしかない……か。仕事なんだからな)
『さあ、リンネ、皆守くん。準備はいいかい? 最高のエンターテインメントを視聴者に届けようじゃないか!』
ヨル社長の言葉が俺たちの背中を押す。
「はい! 社長!」
「……わかりました」
こうして、俺のダンチューバーとしての初仕事が幕を開けた。
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