17話 距離感を探る
マンションを出た俺は最寄駅に向かって掛水さんと並んで歩く。
現在時刻は午後5時半。辺りは黄昏時の夕闇に少しずつ包まれ始めている時間帯だ。
駅に近づくにつれて、仕事終わりのサラリーマンや下校途中の学生など人通りが増えてきた。
(なんというか、周囲の目を気にしてしまう……)
俺はついついキョロキョロと周りを見渡してしまう。
(30歳のおっさんと制服姿の女子高生の組み合わせって大丈夫? パパ活とか思われない? 青少年保護育成条例とかに抵触してないよね?)
懸念はそれだけじゃない。
掛水さんは今をときめく超人気ダンチューバー。テレビメディアにも多数出演しており、世間に広くその顔が知られている存在だ。
なのに今の彼女はサングラスやらマスクやらで顔を隠すこともなく素顔を晒している。
こんなところをもし誰かに見られでもしたら大変なスキャンダルになるのではないか――そんな不安が頭をよぎる。
所属ダンチューバーの私生活のコントロール。
前の会社でも、俺がマネージャーとして最も心を砕いてきたことである。
「どうしました皆守さん? なんかキョロキョロしてますけど……」
そんな俺の挙動を不審に思った掛水さんが不思議そうに見つめてくる。
「いや、その……俺もう少し離れて歩きますね」
「え? なんでですか?」
「俺みたいなオッサンがこんな懸念を抱くことすらホントーにおこがましいと思うんですけど……もし掛水さんが男性と二人でいるところを見られたりしたら、ダンチューバーとしての人気に傷がつくんじゃないかと……」
俺の言葉を聞いて一瞬きょとんとした表情を浮かべた掛水さんだったが、すぐにぷっと吹き出した。
「ふふっ! あははは!」
「え? 笑うところ?」
俺たちは道端で立ち止まる。
「――ごめんなさい。まさか皆守さんがそこまで考えてくれてるなんて思ってもみなかったんで……」
「そりゃまぁ……一応これでもプロですから」
「嬉しいです。私のためにそこまで気を配ってくれて……」
そういって彼女は目を細めた。
「でも気にしないでください。私たちは職場の同僚――しかもバディなんですから。そんな二人が一緒にいることはなんにもおかしくありませんよ!」
「それはそうですけど、ファンの中にはそういう一般論が通じない層も――」
もちろんファンのほとんどは良識ある人たちだ。ダンチューバーをきちんとエンターテイメントとして消費する。
だけど世の中には色々な人がいるわけで。
中には『推し』へ本気の愛を抱く人がいて。
さらにその中にはその愛ゆえに暴走する人もいる。
その愛は妄想と執着により歪な形に育まれて。
配信者がなにかのきっかけで異性と絡んだり、異性の影をちょっとでも匂わせたときに「裏切られた」と逆上し攻撃するファンが存在するのだ。
そんな愛に晒されて、活動停止に追い込まれてしまった配信者を俺は何人も知っている。
それだけで済めばまだいい方で、ストーカー被害を受けたり、実際に襲われてしまう事件だって起こっているのだ。だから俺は心配せずにはいられないのだが……
「大丈夫です。私はアイドル売りしているわけじゃありませんし。仮にそんな理由で炎上して人気が落ちちゃったとしてもそんなの全然気にしません」
確かに掛水さんの動画はストイックにダンジョンに挑戦する玄人好みの配信スタイルだ。
それでも結果として、アイドル的人気が出てしまっているのはひとえに彼女が持つ天性の魅力によるものだろう。
「もちろん私が間違ったり悪いことしちゃったりしたときはキチンと周りの声に耳を傾けて謝らないといけませんけど――でもそうじゃないなら私は私の意志でやりたいことをやるだけです! ファンの皆が私のことを応援してくれるのはすっごく嬉しいけれど、ファンの皆に自分の意志を委ねるつもりはこれっぽっちもありません」
そこまで言って、掛水さんは俺の顔を真っ直ぐ見つめた。
「クロウさん――私、クロウさんともっと仲良くなりたいです」
「掛水さん……」
「仕事でも仕事以外でも、色々なお話しをしたり、色々なところに行ったりしたい。クロウさんのことを色々と知りたいです……バディとして」
彼女の瞳は真剣で、その言葉には俺に対するまっすぐな好意がありありと込められていた。
「あ、もちろん迷惑をかけるつもりはないんですよ……!? その、クロウさんがよければ……です!」
掛水さんはちょっと慌てた様子で顔を赤らめる。
迷惑なはずがない。俺なんかのことを知りたいといってくれる彼女の気持ちはシンプルにとても嬉しかった。
その誠実な想いに、俺も応えないといけない。
同僚として、大人として、相棒として。
「わかりました――リンネさん。バディとして、これからよろしくお願いしますね」
俺の言葉を聞いた掛水さんは、ぱあっとその表情を輝かせた。
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