第11話 スカウトされる
「も、申し訳ありません、まさかアナタが社長だとは露にも思いませんで……大変な失礼を……!」
テーブル越しに平謝りをする俺。
「いや、気にしないでくれ。なにせこの形だ。初対面の者に誤解を受けることは慣れているよ」
ヨル社長は涼しい顔で笑う。
「そうですよ、皆守さん。社長は合法ロリですから! わたしも社長に初めて会ったときは『こんなに小さな女の子が社長だなんて、とんだ冗談だー』って思いましたもん! あ、でもでもですね、身長や見た目は本当にちんちくりんなんですけど、ほらよく見てくださいあの胸。意外とおっきいでしょ? よーく見ると意外と女性らしいメリハリのある体型をしててですね――」
「リンネ、余計なことは言わなくていい」
「あう、すみません社長」
俺をフォローするつもりだったのだろう――掛水さんが冗談めかしたことを言うと、ヨル社長は微笑みをたえながら軽く彼女をたしなめた。
(にわかに信じられないけれどこの人が社長というのはどうやら本当らしいな)
「えっと、じゃあ、あちらの方は……?」
俺は未だに社長机の傍らに立ち続ける初老の男性にチラッと目を向ける。
「ヨル社長の秘書を務めております。犀川と申します。以後お見知りおきくださいませ」
「はぁ、秘書さんでしたか……」
スーツ姿の初老の男性――犀川さんは丁寧にお辞儀をした。
すいません、アナタが社長にしか見えませんでした。
「さて、では本題に入ろうか。実は今日、キミに来てもらったのは他でもない。私個人からの感謝の気持ちを伝えたかったというのが一番の目的なのだけれど、もう一つ大切な用件がある――」
ヨル社長のその言葉をキッカケに俺は姿勢を正す。
「皆守クロウくん――キミをぜひ我がジェスター社に迎えたい」
ヨル社長はまっすぐ俺の瞳を見つめてそう言った。
「その、迎えたいというのは――」
「キミには我が社の専属探索者として、リンネと共にダンジョン探索に勤しんでもらいたいんだ」
ヨル社長の口から語られたのはやはり俺をジェスター社にスカウトしたいということだった。
掛水さんからその目的は既に聞いていたけれど、こうして改めて社長から話をされるとなんとも言えないプレッシャーを感じる。
「専属の探索者というのは具体的に――」
「正社員として我が社がキミを雇用することになる。……犀川、待遇についてはキミから詳細説明を頼む」
「かしこまりました」
ヨル社長の指示を受けて、犀川さんが音もなくこちらに近寄り、分厚い書類の束を俺に差し出した。
それから犀川さんの口から、ジェスター社に就職した場合の諸々の勤務条件や待遇について説明を受けることになった。
結論から言うと、めちゃくちゃ好条件だった。
毎月の給与はビックリするくらい高額で、年三回のボーナスもある。
完全週休二日制どころか、ジェスター社では全社員に対して週四勤務制度が導入されているらしい。つまりサラリーマンにとって幻の秘宝とも称される週休三日制が敷かれているということだ。
福利厚生も充実していて、各種手当はもちろんのこと、社員に支給される専用のメンバーカードを提示することで、全国津々浦々の提携店舗での多様なサービスを受けられるとのことだ。一例を挙げると千葉県の某地で声高らかに東京を主張する夢の国の年間パスポートとして使えるんですって奥さん!
社宅も完備され、無料で利用できる専用のフィットネス施設や食堂も併設されている。
さらにはスキルアップのための研修プログラムも充実していて、至れり尽くせりとは正にこのことである。
株式会社ブラックカラー時代の過酷な労働環境と比較すると、まさに天国と地獄。年収だって何倍になるんだコレ……?
これがホワイト企業。
なんというかあまりに好条件すぎて一周回って怪しさを感じるレベルだ。
「大まかではありますが、待遇面に関する説明は以上になります。ご質問などがあればお答えいたしますが……いかがでしょうか?」
「いえ、特にありません……」
現実味のない好条件を聞いてふわふわとした気分になった俺は、どこか夢見心地な声で答える。
すると犀川さんからバトンを引き継いで、今度はヨル社長が口を開いた。
「それでは次に勤務内容について私から説明しよう」
「あ、はい――」
正直、どんな過酷な勤務内容だとしても、この待遇なら余裕で耐えられる。
今この場で三回まわってワンとなけって指示されれたら即座に犬になれるし、靴を舐めろと言われたら躊躇なく実行してやるぜ。
「先に言ったとおり、皆守くんにはリンネとバディを組んで、ダンジョン探索活動に従事してほしい」
「掛水さんとバディを……ということはダンジョン配信を中心とした業務になるということですか?」
「基本的にはそう考えてもらって構わない」
「なるほど……」
俺が頷くと、隣の掛水さんが「よろしくお願いしますねっ!」と笑顔を向けてきた。
探索者のサポートといったところか。
そうなってくるとブラックカラー時代の仕事とそう変わらない気がする。相方がミクルから掛水さんに変わるイメージだ。それなら俺でも――
(いや、待てよ……)
そこで俺はとある懸念を抱いた。
「ヨル社長……ひとつ質問をしてもいいですか?」
「なんだね?」
「ジェスター社ではダンジョンドローンを導入しているのでしょうか?」
「ああ、最新式のモノを導入しているよ」
ああ、やっぱり。だとしたら――
俺はダンジョンドローン――渋谷ダンジョンで見たHALの高性能っぷりを思い出していた。
マッピング性能、自動撮影技術、情報収集能力――とてもじゃないけど凡人の俺じゃ太刀打ちできない。
『このドローンがあれば、今のアンタの仕事が綺麗サッパリぜーんぶいらなくなりますよね?』
会社をクビになった日に、社長に言われた言葉が頭をよぎった。
「私にできるのはマッピングと、あとはせいぜい探索者のサポートくらいです。自分ができる仕事のほとんどは、ドローンに任せられてしまいます。だとしたら私が役立てることなんてほとんどないんじゃないかと……」
俺にとってジェスター社からのスカウトは願ってもないであって、当然二つ返事で引き受けるつもりだった。
だけど、それには前提条件として、俺がジェスター社にとって必要な人材であらねばならない。
要は給料分はキチンと働かなくちゃいけないということだ。それが社会人としての基本ルール。
(正直、俺にはその自信がない。背伸びして無理やり入社して、会社のお荷物になるのはゴメンだ)
俺がそんな不安を口にすると――
「あの……皆守さん。何言ってるんですか?」
「へ?」
掛水さんがまるで意味がわからないと言いたげな顔を浮かべて首を傾げた。
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