クロエの思い
サミュエルも両親は成り上がり貴族で、あらゆる分野の事業に手を広げて１代で財を成した大商人にである。多額の税金を納める両親はバロネット、バロネテスの爵位を授かった。サミュエルは三男であるので、両親の手がける事業には長男であるドニーズと次男のライターが引き継ぐことになっている。しかし、あらゆる分野の天賦の才は2人の兄でなくサミュエルが引き継いだ。勉強、魔法などあらゆる学業で常に１番の成績をおさめ、学校始まって以来の天才児ともてはやされていた。
しかし、長男(ルーセル家は事業が大規模なので次男も引き継ぐことになる)が家業を引き継ぐ伝統は覆すことが出来ず、サミュエルはレアと同じ冒険者の道を選んだ。
文武両道で誰からも慕われるサミュエルは、常に学校では人気者であり女生徒から憧れの存在である。二人の天才がお互いを意識するのにはそれほど時間はかからなかった。サミュエルはレアに恋をしてレアはサミュエルに恋をした。２人は誰もが認める理想的なカップルであった。そんな２人を見るのが私にはとても眩しすぎたので、近寄ることはなく遠くから観察していた。
「さすがサミュエルね！」
「上手くいってよかったよ」
サミュエルは驕ることなく謙虚に答える。オレリアンはつまらなそうに俯いていた。
「サミュエルおめでとう」
「ありがとうポール」
ポールはサミュエルと子供のころから仲が良いので、ポールもサミュエルと一緒に冒険者になることにしたらしい。
「全員合格おめでとうございます。冒険者証のデータを書き換えますので、冒険者証を提出してください」
４人は冒険者証をクロエに手渡した。
「サミュエル、今から常夜の大樹に行ってみない」
レアの言葉にいち早く反応したのは受付職員のクロエだった。先ほどまでは何を言っても表情を変える事がなかったクロエだが、鋭い目つきで今にもサミュエル達の方へ飛び出しそうな雰囲気であった。
「いや、今日は辞めておこう。冒険者ギルドから正式な地図を貰い魔獣の世界の現状を把握してから狩りに出かけたい」
「くだらねぇ。魔獣の世界の環境なんて常に変化し続けるものだ。ギルドの情報よりも自分たちの目と肌で感じ取る事が重要だ」
「オレリアン、リーダーは俺だ。俺の指示には従ってもらうよ」
「・・・」
オレリアンは黙り込む。
『確かにサミュエル君の言う通りだと思う』
私はサミュエルの意見に賛同した。
「オレリアン、ごめんね。私が魔獣の世界に行こうと言ったのがいけなかったわ」
「レアは提案をしただけで何も悪くないよ。オレリアンが反抗的な態度を取るのがいけないのだ」
「・・・」
オレリアンは黙ったまま怒りを抑えていた。
４人は冒険者証を返却してもらい冒険者ギルドから出ていく。私も同じ仲間のように一緒に冒険者ギルトを出た。
「噂の4人の成績はどうだったの」
「4人とも満点合格です」
「腕は確かだったのね」
「はい。でも、射撃場での射撃と実戦はまったくの別のものです。彼らがノルマルとしてやっていけるかは未知数と言えます」
「クロエは厳しいね」
「実力がある者ほど無茶をして死んでいくのを何度も経験しています。彼らにもそうなってほしくないだけです」
「そうさせないために地図を配布しているのよ」
「はい。リーダーのサミュエルさんは、そのことをきちんと把握していたので安心しました。しかし、レアさんとオレリアンさんは魔獣の世界をなめています」
「レアはガスパールの娘でしょ。魔獣の世界の恐ろしさは一番知っているはずよ」
「そうかもしれませんが、ガスパールさんは高ランクの魔獣の世界の探索でこの町には年に1度しか戻って着ていません。どれだけレアさんに教育をしているかは不明です」
「クロエは心配症ね」
「冒険者ギルドの受付職員として冒険者が無事に帰ってくることを願うのは当然の義務です」
「クロエの気持ちが冒険者に届くと良いけどね」
「私は悪口を言われようが気にしません。それで少しでも命を大切しにして下さるなら本望です」
ノルマルの昇格試験はさほど難しくはない。なので、大半の者がノルマルに昇格して魔獣の世界に赴くことになる。しかし、ノルマルに昇格して冒険者として稼いでいけるのは３割程度ある。残りの７割は命を落とすか己の実力のなさを知り、別の職業に就くことになる。冒険者として生業を立てるのは簡単な道のりではない。
「レア、今日の昇格試験でもわかったと思うがオレリアンは冒険者に向いていない」
「それは以前からわかっているわ。でも、オレリアンには成長をして欲しいのよ」
「レアがオレリアンを気遣う気持ちは理解しているつもりだよ。でも、彼は焦り過ぎている。もっと冷静に行動をしないと魔獣の世界では生き残れない」
「わかっているわ。だから、私は早く気付いて欲しいの」
「だから、魔獣の世界に行って現実を教えたかったのだね」
「そうよ。でも軽率だったわ」
「そうだよ。地図を確認せずに魔獣の世界に行くことはとても危険だと、レアが一番知っているだろ」
「ごめんさない」
「わかってくれればいいのだよ」
「サミュエル、オレリアンは強くなろうと必死なの。彼の気持ちも理解してあげて」
「そうだね。俺も言い過ぎたかもしれない」
「わかってくれてありがとう」
サミュエルはレアと別れた後、家に戻り、ギルドからもらった魔獣の世界の地図を見ながら今後の計画を立てるのであった。
