魔法ネットワーク争奪、領地別チーム対抗バトルロイヤル大会前編
あっという間に、『魔力ネットワーク争奪、領地別チーム対抗バトルロイヤル大会』の日がやってきた。
この大会は、決着がつくまで行われるので、一日で終わるとは限らない。
その場合、寝ずに攻撃するもよし、安全確保して寝るもよし、殺さない限りは透明化以外何でもあり。
脱落条件は、相手を殺したり透明化した場合と、相手に魔法拘束具を取りつけられたら負けとなる。
魔法拘束具は、背中を三回叩いたら取りつけられる仕様だ。
ケードロかよ!
正にそんな感じだ。
ちなみに地域によっては、『ドロケー』とか『探偵』なんて呼ばれたりもする遊びである。
暗黙の了解ルールとして、敵に回復魔法をかけられて命を救われるような回復をした場合は、素直に拘束具を付けられる事。
それと、まずは他の帝国を倒し、次に別の王国を倒し、最後に王国内で決着をつける順番で戦う。
つまり最初は、四つの帝国の争いから始まるという事だ。
そこで勝利すれば、後は内輪の戦いとなる。
あくまで暗黙のルールであってそう決められているわけではないが、やはり利益を考えればそうなるって話だ。
去年の初大会優勝は、メリーベン帝国のチームだった。
この大会には、映里も恵美も出ていなくて、出ていたのは一茶だけだった。
二人はまだ未成年だったからだ。
出場資格は十五歳以上と決まっていた。
「今年は準備期間が一年ありました。何処もかなりしっかりと準備してきています。去年よりも強い相手が予想されますよ」
最年長の一茶は、去年の大会に出ていたので多少経験値はあった。
しかしすぐに負けたので、概ね全員初参加と言ってもいい。
フィールドは旧日本領跡で、ほとんどの人に土地勘はない。
ただ、拳魔は良く知っていた。
日本人だったけど、同調圧力に負けず、ほとんど町の外に出て活動していたからね。
「どんな相手だって問題ないわ。ねっ!映里」
恵美は完全に映里頼りだった。
とはいえ拳魔を殴ったパンチはなかなか良かったので、おそらく肉体戦闘ではそこそこ役立つと思われた。
「頑張るのさ!むしろ敵は石ころなのさ!躓いてコケなければ勝てるのさ!」
残念ながら、映里の言っているのは割とマジだった。
見た目通り、やっぱりドジっ子属性は含まれているようだった。
「所で宝統さんは、本当にその恰好で戦うのでしょうか?」
拳魔は、体中に魔石をぶら下げていた。
戦って強さを見せるのはまずいので、アイテムの力で協力しようと考えての事だった。
魔石が五十個ついた首飾りを三つ、魔石が沢山ついた腕輪も十個、上下着衣にも魔石が大量に付けられていた。
「おいあいつ、あんな恰好で戦うみたいだぜ」
「うわぁ‥‥イタイヤツだな」
「実力で戦えないから、あの魔石でなんとかしようってんだろ?」
「禁止されてないからって恥ずかしすぎるよな」
他の参加者からは当然白い目で見られていた。
ちょっと失敗したと思わなくもなかった拳魔だったが、あの魔石を手に入れる為と思えば白い目にも我慢できた。
「これで少しは役に立ちますよ」
「でも拳魔ならそんな事しなくても戦えそうなのさ。透明化できる人なんてほとんどいないのさ」
「でもそれが禁止されてちゃね。僕にはあれくらいしかないから」
透明化は、去年は禁止されていなかった。
しかし去年の大会で、ただ一人透明化できる人がいたチームが優勝してしまった。
それにより今年からは禁止となった。
もちろん表向きの理由は別で、審判員がチェックできないという理由だった。
「じゃあ皆にも渡しておくよ。魔力と身体能力、そして各種耐性を上げる魔石が付いた首輪だ。これは皆にプレゼントするよ」
拳魔は用意してきた首輪を三人のチームメイトに渡した。
これはこの日の為に、参加が決まってからずっと研究して作り上げた、拳魔が現時点で作れる最高の首輪だった。
「凄いです。力が‥‥魔力が‥‥かなり上昇した気がします」
「そうね。前に一茶に貰ったペンダントよりも数段力を感じるわ」
「これは凄いのさ!石ころがあっても蹴飛ばせそうなのさ」
映里は常に石ころを気にしているようだった。
そして、以前一茶に頼まれて作ったペンダントは、どうやら恵美へのプレゼントだったという事を拳魔は察していた。
いよいよスタートの時間が迫ってきた。
各帝国は、大陸の中心にある旧日本領へ四方から侵入する事になる。
そこから各チームは更に散らばって、敵と接触したら戦闘開始だ。
地形は、中心の町跡以外は、草原、岩場、森、山などだ。
まずは皆、自分たちが戦いやすいフィールドへ向かう事になりそうだ。
「石ころが少なそうな草原がいいのさ」
やっぱり映里にとって最大の敵は石ころのようだった。
「そんなに躓くの?」
流石におかしく感じた拳魔は聞かずにはいられなかった。
「そうなのさ。この前のゴブリンの時は、拳魔とずっと手を繋いでいたから大丈夫だったけど、会う前には三回コケてたのさ」
映里は楽しそうに暴露していたが、拳魔には可愛そうな子に見えて少し泣けてきた。
「そ、そう‥‥」
自分が守ってあげなければならない、そう意識を新たにする拳魔だった。
「それではただいまよりスタートします。各チーム健闘を祈ります!」
運営係の声が辺りに響き渡った。
どうやら魔法によって声が拡散されていた。
既にほかのチームは周りにはおらず、他のチームからは分からない所からエリアに入っていっているようだった。
「私たちも行くわよ!」
恵美の言葉に、皆が頷いて後に続いた。
とりあえず映里の要望通り、拳魔たちは草原を目指した。
一応大会前に地図は手に入れてあった。
「草原を目指すとなると、まず対戦相手はチョイーナ帝国になりそうですね」
「良いんじゃないかしら?どうせ全部ぶっ潰すのだから」
チョイーナ帝国は、四帝国の中で一番人口の多い国である。
ただし奴隷にされたエルフや獣人も多く、人間族に限定すれば他とあまり変わらない。
国力はメリーベン帝国が最も大きく、次いでチョイーナ、その次がエロッピアだ。
本来なら大きい所から狙っていくべきかもしれないが、結局人数よりも個体の能力が勝敗を分ける可能性が高いので、何処を最初に相手にしても問題ないと皆考えていた。
草原エリアに入る頃には、既に敵の姿を捕らえていた。
「敵がいるわね」
「見通しが良いですから、既に向こうもこちらに気が付いています」
「草原エリアに入ってるのさ。もう怖いものはないのさ」
そういう映里は、既に此処までに二回石ころに躓いてコケていた。
仕方がないので、二回目コケた後からは、拳魔が手を繋いであげていた。
敵が戦闘態勢に入ってこちらに猛進してきた。
「じゃあ映里。そのエイリちゃん貸してね」
「どうぞなのさ。じゃあ一茶さん、私たちは行くのさ」
「えっ?そうなの?」
拳魔は驚いた。
恵美は腰に刀を差してるし、当然剣士だと思っていた。
映里もどう考えても魔法使いで間違いないと思っていた。
しかし戦闘では、恵美が魔法による攻撃、映里が前衛で殴りに行くようだった。
「彼女たちが本気になると、相手が死んでしまいますからね」
一茶がコソッと拳魔の耳元でそう伝えた。
拳魔はなるほどと納得した。
戦闘は、それでもチーム多賀が圧倒していた。
映里は本当に魔法使いを疑うほどに武術に優れていた。
一茶は普通に強い剣士だった。
恵美は‥‥杖の能力に助けられてはいたが、それなりに前衛二人をサポートしていた。
拳魔の出番はまだなかった。
さてしかし、徐々にチームが減っていくと、敵もドンドン強くなっていった。
恵美はエイリちゃんを映里に返し、自分の腰に差してあった刀を抜いた。
構えには隙が無く、かなり強い剣士だと拳魔は確信した。
今度の敵は、二チーム八人でやってきた。
これは当然反則でもなんでもない。
数的有利を作って攻撃してくるチームは他にも沢山あった。
「じゃあそろそろ僕も参加しますか」
拳魔は魔石の力を発動した。
すると辺り一帯に多数の魔法陣が浮かび上がった。
そこから石像が現れ、モンスターとなって動き出した。
ガーゴイルだった。
「ガーゴイルたちよ!敵を殺さない程度にやっつけろ!」
数は五十を超えていた。
「なにこれ?」
「ガーゴイルですね。まさかこんなに一度に召喚するとは」
「飛んでるのさ。乗ってもいいのさ?石ころに躓かないから最強なのさ」
「そりゃ確かに。そこのガーゴイル!お前は映里を乗せて映里の命令に従え」
拳魔がガーゴイルに声をかけると、一体のガーゴイルは映里の前に腰を落として座った。
映里が跳び乗ると、ガーゴイルはゆっくりと飛び立った。
「凄いのさ!自分でも飛べるけどこの方が楽なのさ」
よく考えると映里は飛翔の魔法が使えたが、飛びながら魔法を使うのは難しいし、魔力消費を極力抑える意味でも、これはこれでアリだった。
戦いは圧勝だった。
ぶっちゃけ、相手を殺してもいいなら、映里の魔法一発で倒せるレベルだった。
その辺りのルールが、案外厄介だなと拳魔は感じ始めていたが、その考えはすぐに吹き飛んだ。
敵の魔法が何処からともなく飛んできて、ガーゴイルが一掃されていた。
拳魔と映里はそんな魔法にも問題なかったが、恵美と一茶はダメージを受けていた。
「今のはきついわね」
「宝統さんに貰った首輪がなければ、かなりヤバかったです」
二人がダメージを負っている中でも、映里はマイペースだった。
「私が本気でやっても大丈夫なのさ?」
「そうね。私の勘だけど半分くらいまでなら良いわよ」
恵美の勘は当たると信じていた映里は、言われた通りの半分の力で『最大級の魔法』を放った。
「ちょっ!」
拳魔は止めようとした。
確かに今魔法を放ってきた敵は強い。
しかしチームは四人だ。
他の三人が耐えられるとも限らなかった。
拳魔はチームメイトに気づかれないように、敵に近づいた。
映里の放った魔法は、確実に命中すると思われた。
拳魔が見る限り、何人かは死にそうだ。
咄嗟に空へ閃光魔法を放った。
大会運営側の審判を含め、全ての者の目をくらませる為だった。
拳魔の思った通り、映里の魔法を食らった三人が死に至っていた。
拳魔は一瞬の内に三人を蘇生だけさせた。
傷などは残したままなので、しばらくすればまたすぐに死ぬだろうが、とにかく今は死を回避したように見せた。
「あれ?ちょっと死にそうなのさ!」
「私の勘が外れた?」
「いえ。大丈夫。皆生きています。早急に回復して差し上げましょう」
三人は慌てて回復の魔法をかける為、倒れる敵の方へ跳んだ。
「やれやれ‥‥しかし‥‥」
どうやら拳魔がやった事は、チームメイトにはバレなかった。
ただ、運営側にバレた可能性は否定できない。
判定は十五分以内に伝えられる事になっている。
今回は、何処からともなくやってきた運営側の審判員によって、直ぐにセーフの判定が出された。
拳魔は一つ息を吐いた。
気が付けば空は薄暗くなってきた。
時々魔法によって告げられる状況報告によると、現在オソロリア代表が最も多く残っているようだった。
どうやら若い優秀な女の子ばかりを集める戦略は上手くいっているようだった。
やはり女の子をマジ攻撃なんて、男としては難しいからと考えられる。
そういう意味では拳魔のチームも多少有利なチームなのかもしれない。
まあ終盤になってくれば、みんな容赦が無くなってくると思うけど。
ちなみにエロッピアは現時点で最も多くのチームが脱落していた。
既に残りは三チームだった。
暗くなる前に拳魔たちは野営ポイントを探した。
夜襲してくるチームがあるかもしれないし、なるべく対処しやすい場所を選んだ。
拳魔はトイレに行かなくても平気だったが、不老と分かっている映里でも食事は当然、トイレも必要だった。
「トイレに行きたいのさ!でも隠れる所もないのさ」
「ホント困ったわね。魔法で壁を作ったとしても落ち着かないわ」
「私たちは離れてますから、あっ!でも、こんな所を誰かに襲われでもしたら一巻の終わりですね」
排便は生理現象とはいえ、文明が進化すればするほど厄介なものだった。
拳魔は子供の頃からお腹が弱く、トイレの確保に神経を配っていた。
町の何処にトイレがあるのか把握し、何時でも行けるように行動にも気を配っていた。
転生しチート体質になった事で、トイレに行かなくて良くなったのは、拳魔にとっては何よりもうれしい事の一つだった。
だからこそ、拳魔は準備していた。
「排泄物等自動処理魔法の魔石が此処にあります」
拳魔の掌には三つの魔石が乗っていた。
「何なのさそれ?」
「この魔石を一粒飲み込むと、あら不思議。トイレに行く必要がない体になります」
拳魔がそう言うと、映里はもうトイレを我慢できないという気持ちもあり、魔石を一つつまみ取ると、全くためらわず魔石を飲み込んだ。
拳魔は『映里は多少疑う心を持たないと、オレオレ詐欺、じゃなくて、何時か騙されるんじゃないか』と心配になった。
でもこの魔石は、しっかりと効果を発揮するものだった。
飲み込まれた魔石は、直ぐにその効果を発揮する。
映里は既にトイレに行きたいと感じていたので、排便効果が自動発動し、お腹の中の排泄物が一瞬で異次元へ飛ばされた。
「凄いのさ!トイレに行った後みたいにスッキリなのさ!どうなってるのさ」
「魔法の効果だね。その魔石はその内盲腸に定着して、一生トイレに行かなくて良い体になるよ」
「おお!最高なのさ!このお礼は必ずするのさ!」
映里は大喜びだった。
それを見ていた恵美と一茶も、飲んでみても良いかという気持ちになっていた。
「わ、私にも一つよこしなさいよね」
「私にもいただけると助かります」
拳魔は元々上げるつもりで出したので、一つずつ魔石を渡した。
二人は恐る恐るそれを口に入れ飲み込んだ。
「ああ‥‥なんだか変な感じだわ‥‥あれ?これって他のアレなんかも処理しちゃってくれるの?」
恵美は少し照れた顔で拳魔に尋ねた。
恵美は丁度、女の子の月のアレだった。
どうやらその辺りにも効果を感じたようだった。
「まあね。ついでに汗も止められるよ。体温調整は魔法がやってくれる」
拳魔は上手く話を広げて説明した。
紳士だった。
こうしてトイレの問題は解決し、見通しの良い荒野で夜を越す事にした。
まさかこんな所で野営をするチームがあるとは皆思わず、夜襲ってくる敵はいなかった。