第6話 「将来&お尋ね者」
新調した装備を着て屋敷へ戻ると、侯爵様の反応は上々で、執事のおじいさんもルティアに成長した我が子を見るような熱い眼差しを向けていた。ルティアは二人のその様子に気づくと、照れ臭そうにはにかんだ。
実はこっそり護衛をつけていたそうなのだが、会話までは聞こえなかったらしく、二人で出かけている間にしたやりとりに加えて問題なく装備一式を揃えられたこと、ルティアには安全面の観点から後衛の魔法使いになってもらったことなどを話すと、侯爵様も執事のおじいさんも嬉しそうに耳を傾けてくれた。侯爵令嬢でありながら侯爵様や自らの置かれた身分に頼ることを嫌うルティアにはそれまで敬語を崩して話せる相手がいなかったらしく、屋敷の外でタメ口で会話するのはむしろありがたい、どんどんやってくれということだった。
侯爵様も執事のおじいさんもルティアに良い友達ができたなんて思っていそうだが、俺としては六歳も下の女の子を友達だとは思えなかった。そんなことは口が裂けても言えないが。
明日は初心者向けダンジョンとはいえ俺のステータスは敵の攻撃を引き受けられるほど高くないので、代わりにタンクのビルドをしている傭兵を一人雇うために酒場へ行くことを告げ屋敷を後にした。
すっかり夜が更けてしまった帰り道、俺の頭を将来のことがよぎった。
パーティー追放と婚約破棄のダブルパンチで閉ざされたかに思えた俺の未来が、今では希望に満ち溢れているように思える。こんなことは貴族から没落して以来初めてだ。今朝ルティアを助けなければどうなっていたことだろう。
「……父さんの言うとおりかもしれないな」
貴族として生まれた俺は、このまま一生不自由しない人生を送るんだと思ってた。けどひょんなことから没落して、一気にどん底に落とされて、ととめを刺すようにエリザベスに婚約破棄されて、今度は地獄のような未来が待ってるんだと思った。
だけどどうだ? 女の子を一人助けたら、状況はここまで好転した。
「ーーーー”運命なんてない”か……」
父さんのその言葉には続きがあったはずだが、思い出せない。聞いた当時は結構印象に残っていたのに、いつの間にか忘れてしまったみたいだ。
エリザベスとの婚約もなくなってしまったし、近いうちに実家に帰って父さんに聞くとしよう。
「……うわっ!?」
人通りの少ないさびれた通りで物思いに耽っていたら、曲がり角から飛び出してきた男とぶつかってしまった。俺も向こうも突然だったのに驚いたのもあって盛大に尻餅をついてしまう。
「すいません」
「……気をつけろ」
赤い髪と同色の無精髭をしたその男はよほど急いでいるらしく、ぼそりとそうつぶやいて走り去っていった。
「待て!!」「止まれっ」
立ち上がって砂埃を払っていると、進行方向から肩で息をする二人組の男が現れたかと思うと、赤い髪の男の背中を見つけるなり駆け出して、すぐに見えなくなる。
「おいおい、物騒だなぁ」
もともとこの街の治安はそれほど良くないのだが、それにしたって今朝誘拐の現場に遭遇したばかりだ。事情は知らないが、あの赤い髪の男も何かの事件に絡んでいるのだろう。
「ん?」
歩き出そうとしたそのとき、地面に大きめの石ころが転がっているのに気がついた。
ただの石ころなら蹴飛ばしてしまうのだが、その石は透き通っていて、角度によって赤っぽくも紫っぽくも見える。あの男の落とし物だろうか。
「へへっ、もらっとくか」
そんなに高価なものではなさそうだし、馬鹿正直に届け出ることもないだろう。俺は手のひらサイズのその石をズボンのポケットにしまった。
ーーーーそれがいったいなんなのか、考えようともしないで。