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第22話 「二人&俺たち」

 訓練が始まって早くも一ヶ月になる。

 てっきりルティアと一緒に訓練するものだと思っていたのだが、訓練中俺はジェドという短剣使いと、ルティアは杖使いのメリッサとともに行動することになった。というのも、俺とルティアで訓練内容が大幅に違ったのである。

 俺は前衛の短剣と光魔法使いで、ルティアは後衛の魔術師なのだから考えてみれば当然なのだが、当初ルティアは不満そうにしていた。正直俺も寂しかったが、ジェドは少々変わり者で、五歳年下の俺とも友達のように接してくれたのですぐに気が紛れた。

 訓練が朝から晩までというわけではなく、夕方以降は普通にルティアと一緒にいられるのも大きい。


 今日も訓練を終えた俺はルティアと会うために屋敷の庭園へ向かっていた。

「ヒュー、お熱いねぇ」

「ホントにね」

 屋敷の中を早足で歩いていると、すれ違ったジェドとメリッサにからかわれた。

「うるさいよ」

 適当にあしらって、俺は庭園へ出るための扉をくぐる。


「……もう、遅いじゃない」

 庭園の木陰で待っていたルティアが顔を出す。

「悪い悪い」

 木陰へ駆け寄ると、木の幹にもたれかかっていたルティアが俺に体を預けてきた。そのまま俺の方へ頭をもたげ、甘えてくる。

 俺がウェーブがかかった明るい茶髪をなでると、ルティアはくすぐったそうに体をひねった。


 この一ヶ月で、俺たちの関係はすっかり変わった。俺もルティアもお互いを意識していることに気づいていて、手を繋いだり、寄り添い合って話し込んだり、ほとんどカップル同然だ。ルティアの執事のマルドフさんも屋敷に仕えるメイドさんたちも、もちろんジェドやメリッサも俺たちの関係を祝福してくれている。

 ただ、ルティアの父であるリーベルン侯爵にだけはまだ話せていない。そのせいで俺たちはこうして庭園の木の影に隠れてひっそりと会うことが日課になっていた。


「ねぇ、お父様のこと、考えてくれた?」

「……ごめん、まだ」


 いつか言わなければいけないことはわかっているのだが、そもそも俺たちの関係はまだ少し曖昧で、俺もルティアも互いの前では恋人と明言していないのだ。そのため正式にカップルとして成立しているわけでもなければ、気持ちをはっきり伝えることもしていない。

 お互いがお互いの気持ちに気づいているのにそれをしないのは、やはりリーベルン侯爵の存在が大きい。侯爵は洞窟のダンジョンで俺が原因でルティアが襲われたことや、森のダンジョンで俺が護衛よりも冒険者パーティーを助けることを優先しようとしたことから、俺のことをあまりよく思っていないようなのだ。


「……やっぱり、まだリーベルン侯爵に話すわけにはいかないよ。なんとかして俺の印象を良くしてからじゃないと」

「なんとかって?」

 身長差のせいで、俺にもたれかかったルティアの視線が自然と上目遣いになる。宝石のように綺麗なその瞳にどうにかなりそうな自分を理性で抑えながら、俺は答えた。

「なにか、功績を上げるとかさ。悪いやつを捕まえたり」

「悪いやつって、……”ヤミノトバリ”のこと?」

 どうしてか、泣きそうな表情になるルティア。


「そうだな。今思いつくのは、それくらいかな」

「ダメよ! まだ訓練だって終わってないんだし。危ないわ」

 横からもたれかかってきていたルティアが、向いに立って懇願してくる。

「お願い、あんまり危ないことはしないで」

 潤んだ目でルティアにそんなことを言われたら、俺は従わざるを得ない。高鳴った胸の鼓動が手に取るようにわかった。


「……わかってる」

 茶を濁すようにルティアの頭をなでると、いい匂いのするサラサラの茶髪のせいで余計に平静でいられなくなる。

 抱きしめたい衝動を自分の体から引き剥がすために、俺はルティアから目をそらした。

 すると、なんとルティアの方から俺に抱きついてきた。

「お、おい」

 いくら木陰にいるとはいえ、こんなところをリーベルン侯爵に見つかったら言い逃れできない。そう思いつつも、一層強くなったルティアの髪の香りが鼻をついて、まともな思考ができなくなる。

「いいじゃない、ちょっとくらい」

 ルティアは俺の胸板に顔を(うず)めたままつぶやく。

 言ったところで離れてくれそうにはない。俺は腕をルティアの肩に回して、いっそ抱きしめてしまうことにした。


 ルティアの温もりを感じながら、ふと、脳裏を過ぎるものがあった。

 壊滅した冒険者パーティーの、剣士の男の表情だ。

 絶望して、光を見失うまさにその瞬間のあの顔が、ときおり夢に出てくる。

 もう二度と、あんなものを見なくて済むようにしなければ。

 そしてなにより、俺の腕の中で気持ちよさそうに眠りだしたこの少女を、守らなければ。

 力を込めただけで折れてしまいそうなその小さな体を抱きしめながら、俺は決意する。


 もし、”ヤミノトバリ”が再び世界を暗黒の時代にするというのなら。

 ルティアの、この一ヶ月で見違えるほど大人びた美しい顔が、不安と恐怖に歪むなら。


 俺が振り払ってやる。


 ーーーー俺の、『光操作(ライトコントロール)』で。

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