第２話 「侯爵令嬢&感謝感激」
「いやはや、なんとお礼を申し上げれば良いか。いくら感謝しても仕切れません」
言いながら、白髪に黒のタキシード姿の上品な執事のおじいさんが深々と頭を下げる。
「いや、そんな大したことしてないっすよー」
俺は表面上なんでもないことのように振る舞いつつ、内心で黒い腹を期待に膨らませる。
ここは城ではなく屋敷だが、その内装はエリザベス家のそれなんか足元にも及ばないようなはるか上のものだった。
天井から吊り下がるクリスタルのシャンデリアに、隙間なく敷き詰められた歩きやすい硬質な絨毯。ぺこぺこ頭を下げ続ける執事の後ろには曇り一つない巨大な窓。どれもずっと見ていられるほどの超絶技巧によって完成された一級品だ。
「私からも礼を言わせてくれ。ルティアを盗賊たちから守ってくれて、本当にありがとう」
そうつぶやいたのはルティアと同じ明るい茶色の、立派なひげを生やした侯爵だ。今は黒い革でコーティングされた渋いデザインの大きな椅子に座っている。
ルティアというのは俺が助けた例の女の子のことだ。そう、なんと彼女は侯爵令嬢だったのである。
「ルティアから話は聞いているよ。なんでも、屈強な四人の男達を太陽の力で倒したそうじゃないか。相当強力なスキルをお持ちのようだ」
ルティアめ、話を盛りすぎた。いくら侯爵様相手とはいえ自分を大きく見せすぎるとあとが怖い。侯爵様なら冗談抜きで俺を極刑に処すことだってできるだろう。
「いえ、とんでもございません。俺……私が使ったのは『光操作』という下級スキルでして、単に太陽の光を強めて目眩しをしただけでございます」
おそるおそる侯爵様の顔色をうかがうと、目を丸くして驚いていた。怒られるかと身構えていると、飛び出してきたのは予想外の言葉だった。
「なんと！ そなたは『光操作』が扱えるのか！？ その上実戦で通用するほどの実力とは……只者ではないと見受けられる。失礼な態度を取ってしまって申し訳ない。非礼を詫びさせてください」
座ったまま頭を下げる侯爵様に俺は慌てて説明する。
「あぁっ、頭をお上げください！ 確かに私の家系は少し前まで貴族でしたが、今は没落しております。一般階級と変わりありませんよ」
すると侯爵様は少し機嫌を損ねた様子で口を開く。
「あなた様はそのお力を随分と過小評価されているようだ。私はこう見えても暗黒の時代を生きたもの。大魔王アンディルによって漆黒の闇に包まれた世界に光を取り戻したのも、『光操作』でした」
侯爵様が言っているのは暗黒魔法の闇をも振り払う最上級の『光操作』だ。一方俺は誰でもなれる見習い光使い。闇を祓う力なんてありはしない。
「それはそうなのですが、私程度のスキルレベルではそのようなことは不可能でございます。今回盗賊達を追い払えたのも偶然です。本来の私の実力は一般階級と変わりありません。現についさっきパーティーを追放されたばかりですし……」
「そうでしたか。よほど見る目のないパーティーだったのでしょうな。あなた様ほどの適性ならば、スキルポイントを『光操作』に集中させるだけで英雄となり得るでしょうに」
ルティアがよっぽど大げさに伝えてしまったらしい。パーティーを追放されたのはどう考えても役に立たないからだ。俺のスキルレベルでは『光操作』で名を上げるなんて到底不可能だし、光の強さを軽く操れるだけのハズレスキルなんかにポイントを割り振ったらそれこそ人生が終わる。
「さすがにそのようなことはないと思われます。私の場合ポイントのほとんどを『光操作』以外のスキルに割り振っておりますし」
「ほう、そうでしたか。これは失礼。察するに、『光操作』よりも強力な適性が他にあるのですな」
どうしよう、めちゃくちゃ言いづらい。うらむぞルティア！
「……大変申し上げにくいのですが、私は『光操作』以外の適性を持っておりません」
「なんと！ では適性ではないスキルにポイントを割り振っていらっしゃるのですか……？」
気まずさを感じつつ俺がうなずくと、侯爵様が執事に目配せをした。
まずいか？ 極刑か？
そわそわしていると、白髪の執事が一歩前に出て俺の目を見るなり告げる。
「イシュ・カーナード様。リーベルン侯爵の命によりーーーー」
ごくりと固い唾を飲み込む。終わった……短い人生だった。まさか侯爵令嬢助けたら極刑なんて展開誰が思いつくよ？
「ーーーースキルリセットアイテムを進呈いたします」
「はぇ？」
その言葉に、俺は侯爵様を前にして間の抜けた声を上げてしまった。
