第13話 「挫折&再出発」
ルティアの部屋の中は薄暗く、明かりがついていなかった。
「どうしたんだよ、こんなに暗くして」
扉の側のスイッチを押して電気を点け、すぐに後悔する。
「……」
ベッドに座り込んだルティアの姿は想像していたほどひどくはなかったが、前よりも一回り縮んだのではないかと錯覚するほど痩せていた。綺麗に整えられていた髪のウェーブも乱れていて、目はどこか虚ろだ。表情には出さないつもりだったが、かける言葉が見つからなかった。
俺を見つめるルティアの視線が左腕に注がれ、その顔がくしゃりと歪んだ。
「ごめんなさい。……私が馬鹿だった」
ベッドに腰掛けたまま深く頭を下げるルティア。長く綺麗な明るい茶色の髪はずいぶん短くなっていたが、それでもあの赤い髪の男に切り裂かれたあとがかすかにわかった。
「最初は危ないって思ってたのに、話を聞いていたら、ちょっとしたいざこざだって思って、イシュに、見栄を張りたくなって、話し合いで解決して、……いいとこ見ようと、思って……」
途切れ途切れに紡がれるその言葉はどんどんか細くなっていって、かえって心に深く刺さった。
「最初から、世間知らずな貴族の娘に、冒険者なんて無理だったのね。もっと早く気がつくべきだったのに。……ごめんなさい」
涙が枯れてしまったのか、震える声をいくらしぼりだしても、流れ出すものはなかった。よく見ると両目が痛々しく腫れている。
「これからどうするんだ?」
「もとの生活に戻るわ。もう、私のせいで誰かが傷つくのは、耐えられないから」
「違う、ルティアのせいじゃない」
それだけは、はっきりさせておかなければならなかった。
「確かにルティアはちょっと世間知らずなところがあったのかもしれないけど、今回の件は俺が撒いた種だ。自分のせいで、自分が傷ついた。それだけだよ」
「でもっ!」
「それにルティアは、仲裁に入ろうとしてくれたんだろ? ちょっと相手が悪かったけど、何も悪いことはしてない。全部俺のせいだ」
「……」
見開かれたルティアの瞳が揺れる。
「俺は解雇されるだろうけど、また新しい傭兵を雇って、もう一度ダンジョン攻略へ行ってもいいんじゃないか? ステインだっているんだし」
「……無理よ。あなたと初めて会った時だって、一人で勝手に出歩いて、さらわれそうになってたのよ? お父様が許してくれないわ。それに……」
言い淀み、薄い唇をつぐむルティア。
「それに、なんだ?」
「……なんでもない」
肩までになってしまった髪を揺らし、ルティアは首を振る。
「ーーーーとにかく、もう冒険者を目指すのはやめるわ。私の考えが甘かったのよ。貴族は貴族らしく、お父様の地位に甘えていればよかったんだわ」
自嘲気味に笑うルティアの表情は、痛々しくて、切なかった。
「本当にそれでいいのか?」
びくりと震える小さな肩。
「いいも何も、私には、それしかないのよ。そういう運命なのよ、きっと」
「……俺も、昔はそう思ってた」
「え?」
「ルティアには言ってなかったかもしれないけど、俺、昔は貴族だったんだ。でも没落して、父さんがなんとか男爵の娘との婚約に漕ぎ着けてくれて、嫌だったけど、俺にはこの道しかないんだって思った。けど、俺の適性って『光操作』くらいでさ。俺、ホントはびっくりするくらい弱いんだ。そのせいで婚約破棄されるはパーティーから追放されるわ、散々な目にあって、でも、今は侯爵令嬢の傭兵さ! どうだ、すごいだろ?」
俺がしたり顔をすると、ルティアはようやく少しだけ笑った。
「だからさ、運命なんてないって、思うんだ。まぁ、父さんの受け売りなんだけどさ」
『運命なんてない』その続きの言葉はまだ思い出せないが、今なら俺なりの答えは出せた。
「きっと未来は、自分で決めるものなんだよ。自分や、仲間や、いろんな人たちの”やりたい”って気持ちが絡みあって、それが未来になるんだ」
ルティアの瞳が再び揺れ、潤み始めた。
「だからそれしかないじゃなくて、”やりたい”とか、”こうしたい”って気持ちで、生きていくべきなんだよ、きっと」
言い終えてから恥ずかしくなって、俺は鼻をこすってはにかむ。
涙が枯れていたと思われたルティアの瞳から、一滴だけしずくがこぼれ落ちた。
どうやら俺の気持ちが届いたようだ。
「……イシュ」
「なんだ?」
「もう一度だけ、ワガママを聞いてくれる?」
「おおせのままに」
俺が大袈裟に腕を胸の前にやってみせると、ルティアはまたくすりと笑った。
「もう一回、ダンジョン攻略に連れて行って?」




