【0】
camellia[意味:椿]
†
中学一年生と二年生の変わり目の春休み。
街の片隅で黒い影を見た。
烏かと思ったけど、違う。
烏はあんなにぼやぼやしていない。
烏はもっとつぶらなお目目をしているし、あたしの視力は2.0overだ。
じゃあ、あれがなんなのかというとよく分からない。
分からないけれど、よくないものだというのはなんとなく分かった。
黒い影が近くを歩いていた男の子の方を向いた。
よく分からないけれど、よくないことをする気に見えた。
ならばやっつけなければ。
「カメリアキッ~ク!!!」
あたしが蹴っ飛ばすと影は霧散した。
良かった。
男の子が不審なものを見るような目でこちらを見ている。
「フッ……」
気にするな、と言外に伝えると男の子は駆け出していなくなった。
……ヒーローとは孤独なものさ。
♪
それにしてもさっきのアレはなんだったのだろうか。
公園で昼食(自作)を食べながら考える。
「我ながらメチャクチャ不味いなぁ」
なんか調理前と色が変わってるし。
何がいけなかったのか他人に意見を求めたい。
求めたいが数少ない友人の嫁入に食わせたら、
「二度とボクにこんなクソ不味いもん食わせんな、クソが!」
って言われたしなぁ。
その後、女の子がクソなんて言葉使っちゃいけません、って言ったらメッチャ睨まれたし。
カルシウムが足りてないんじゃないかな、嫁入は。
「あ、そうだ。嫁入だ」
さっきの影がなんだったのか、嫁入に聞いてみよう。
嫁入は無駄に物知りだし、ネットに載ってないこともよく知っている。
早速電話してみる。
……出ないな。
と思ったら繋がった。
「あたしあたしあたしだよー」
『詐欺罪で訴えんぞ、会議中だ。静かにしろ、ボケ!』
いきなりボケ呼ばわりされた。
「会議ってなんの会議さ? あたしより仕事が大事な訳?」
『ツバッキーはボクの旦那か? 旦那なら働いて金よこせや』
ちょっとボケただけなのに恐喝にあった。
『で、なんのようなのさ。マジで会議中なんで手短にな』
「ああ、えっと街中に影がいてさ」
そうそうあんな感じの。
っていつの間にか公園に誰もいないし。
さっきの影みたいのがいっぱいいる。
『影?』
「無事だったら後でかけ直す」
『おい!』
電話を電源ごとオフにする。
他のこと考えながら相手に出来る数じゃない。
っていうか、相手できんのかなこれ?
五十匹くらい居そうなんだけど。
「でも、逃げて他の人のところに行かれても困るし……ねっ!」
言うと同時にポーチを投げつける。
相手の強度を測るのが狙いだ。
ドサッ、と音がしてポーチが影をすり抜けた。
「物理攻撃は無効……とか?」
でも、あたしの蹴りは効いたよな。
ならば!
「カメリアスト~ンプ!!」
飛び出していた一匹を踏みつける。
踏みつけられた個体は声も上げずに霧散する。
「イエス!」
つまり、こうして処理していけば全て倒すことが出来る。
問題は……。
「数がいつの間にか百匹くらいに増えてることだよね……」
最早、大群だ。
……前言撤回して逃げるか?
少し後ずさる。
と、大群も少し距離を詰めてきた。
「…………」
一歩前に踏み出す。
大群も少し後ろに下がる。
あ……駄目だこれ、逃げたら家までついてくる奴だ。
そして、数も徐々に増えている。
「あたしを倒せる数になるまで待とうって算段ね」
さて、どうする?
かかってこないと言うことはまだあたしを倒せる数ではないということ。
ならば選択肢は一つ。
「カメリアタッ~クル……」
「やめるニャン!!」
横合いから何かがぶつかってきてタックルが中断される。
「ギニャンっ……!!」
悲鳴を上げて小型犬くらいのサイズの猫が地面に転がる。
「大丈夫かっ……! 体幹のしっかりしているあたしにタックルなんて無謀な真似を……」
大群の動向を横目で見ながら猫を抱き上げる。
「無謀はそっちニャン! 異界獣にタックルなんて正気の沙汰じゃないニャン!」
「猫とお喋りする方が正気の沙汰じゃないにゃん!」
「真似すんじゃねーニャン!」
猫があたしの方に手を伸ばそうとするが引っ掻かれないように微妙に距離を取っているせいで届かない。
「で、異界獣って何さ?」
「猫とお喋りするのは正気の沙汰じゃないんじゃないのニャン?」
「今は細かいことはいいんだよ」
大群が更に倍くらいになってるしね。
「異界獣は異界のゲートを開けようとしている侵略者ニャン」
「キミも同類?」
「ふざけんじゃねーニャン! オイラは妖精族ニャン!」
「へーん」
まあ、半分くらい信じてやろうか。
もう半分は……!
「カメリア’sキャットボム!!」
「ギニャ~~!!」
大群の前に猫を投げた。
大群の一部が猫に襲いかかる。
「カメリア’sショナーソード!!!」
のをかかと落としで蹴散らす。
「殺す気ニャン!?」
「メンゴメンゴ。でも、これでキミがアレの仲間って説はなくなった訳だ」
「それを試すためだけに殺されかけたニャン!?」
「だから、ごめんって。それにちゃんと助けてあげたでしょ?」
敵じゃなかった時の為にギリで助けに入れる距離に投げた訳だし。
「殺猫未遂ニャン」
「っていうか、あのくらいの数に襲われたくらいじゃ死んだりしないっしょ?」
「そんなことないニャン。あいつらに触られただけで大火傷ニャン」
「あらまあ」
それは悪いことをした。
「ていうか何で素手で蹴散らせるニャン?」
「人間だから?」
「人間はあいつらに干渉できないニャン」
「割とさっきから蹴り潰してるけど」
「…………」
猫は何事かを考え込むかのように黙ってしまった。
「考え事なら別の時にして欲しいんだけど」
大群の数がざっと見五百。
準備完了みたいな動きしてるんだけど。
「おい、お前」
「ニャンをつけろ」
「そんなことどうでもいいニャン!」
「どうでもいいなんていうなよ、お前のキャラだろにゃん」
「真似すんなニャン」
大群の動きに合わせて構える。
いざとなればこのニャンコだけでも逃がせるようにしないと。
「オイラはリンクス。オイラと力を合わせてあいつらをやっつける気はないニャン?」
「……のった」
つーかのるしかないしね。
「お前の名前を教えるニャン」
「白山茶花桃椿」
「スゲー名前ニャン……」
「友だちからは〝ツバッキー〟と呼ばれている」
「今話すことじゃないニャン……」
「いや今話す内容でしょ」
だってこれから……、
「命を預けあうんだから」
「……分かったニャン」
そういって猫はあたしの上によじ登った。
「何をする」
「ツバッキー」
「馴れ馴れしく呼ぶな、猫」
「…………」
「ゴメン、冗談」
「最強の自分をイメージするニャン、人間」
「分かったよ、リンクス」
最強の自分、最強の自分、と。
「……オッケー!」
「じゃあ、それに変身するつもりで掛け声をあげるニャン!」
数を膨れ上がらせた大群がこちらに迫ってきた。
「アルティメットカメリア’s……、やっぱ今のなし!」
「ギニャンっ!!」
バックステップで大群の突撃をかわす。
「何でやニャン!?」
「いや、掛け声が気に入らなかった」
アルティメットはないよな、アルティメットは。
「そんなの気にしてる場合じゃ……」
「よし、今度こそ完全オッケー!」
大群が二手に分かれて迫ってくる……!
「ホワイトマジカルプリンセス・ロールアウト!!!」
♪
「おお、マジか!」
衣装が自分のイメージ通りに変わった。
鏡を見てみたい。
「関心してる場合じゃないニャン!」
そうだった。
両手をクロスさせてから左右に翳す。
「ウソニャン!?」
それだけで、大群の半数は霧散した。
「……しまった」
「どうしたニャン?」
「技名言うの忘れた!」
致命的なミスだ。
「技名は必要ないニャン……」
「いやマストでしょ」
一瞬で半数を失い萎縮している大群に向けて脚を構える。
「ホワイトマジカルプリンセス……キューティクルカッター!!!」
蹴りに合わせて衝撃波が飛び残りの大群を霧散させた。
♪
「いやーすごいすごい」
流石あたしだ。
「マジかニャン……」
「あれ? 何でネコ助も驚いてんの?」
あたしに力を授けた張本猫だろうに。
「普通衝撃波なんて出せないニャン」
「そこは〝ネコ助じゃないニャン〟でしょうが」
そこそこのツッコミだと思ってたけど、まだまだ嫁入には及ばないな。
「あ、そういえばこれどうやって戻るの?」
「念じれば戻るニャン」
「ほい」
あ、ホントに念じたら戻った。
「おい、ツバッキー……」
「あ、そうだ嫁入だ!」
電話途中で切ったから心配してるかも。
電話の電源を入れようとして、……気配を感じて振り向く。
「………!?」
「ハルっち、気配消して近づくの止めてって言ったよね?」
声を上げそうになったリンクスの口を塞ぎつつ、いつの間にか後ろに居た友人に声をかける。
「ああ、ごめん」
深緑色のコートを着て、気だるそうな顔で短い髪をかき上げるハルっち。
「こんな公園で会うなんて奇遇だね」
「奇遇…、じゃないよ?」
そういって、携帯の画面を見せるハルっち。
「ここの公園の場所?」
「サクから送られてきた」
嫁入がここにハルっちを送り込んだ訳ね。
「心配してたよ?」
「そりゃ、悪いことをした」
あとで謝らないと。
「ワタシも心配した」
「それはゴメン」
手を合わせる。
「よし許す」
「ありがとう」
頭を下げる。
「何があったかは聞かないけど…」
ありがたい。
「ネコ」
リンクスを指差す。
リンクスの緊張が伝わってくる。
「かわいいね」
「そうでしょ、この公園で会ったんだ」
「そう」
それだけ言ってハルっちは踵を返した。
「ワタシは犬派だけど」
♪
「なんニャンあの人間!?」
「あたしの友だちだけど?」
「殺されるかと思ったニャン」
「初対面の相手にヒデー言いようだなぁ」
まあ、分からなくもないけど。
あたしもハルっちに初めて会ったときはかなり殺人鬼かと思ったし。
「で、リンクスはどうすんの?」
「んニャ?」
「魔法少女の御付としてあたしのうちで飼い猫のフリとかするの?」
「ネコのフリとか面倒臭いニャン」
「おい」
そういうとリンクスはあたしの肩から降り、何か石のようなものを口に銜えてあたしに差し出した。
「何これ、ゴミ?」
「この状況でゴミ渡す必要ねーだろニャン」
いいツッコミだ。
「妖精族の力の入った石ニャン。これがあればさっきの状態に一人で変身できるニャン」
「リンクスは不要と」
「その言い方は止めるニャン。週一で妖精族が力をチャージする必要があるニャン」
「月一とかになんないの?」
「人間の携帯みたいなモンだと考えれば、けっこう長持ちニャン」
「なるほどにゃん。携帯に例えたってことはリンクスとお喋りとかも出来るの?」
「念じれば出来るニャン」
それはいいことを聞いた。
「じゃあ毎晩連絡するね」
「止めるニャン」
「いや、冗談じゃなくて。あたしお喋り好きなのに友だちが二人しかいないから、マジで毎晩連絡するね」
「止めるニャン!」
マジで嫌そうな顔をしている。
「暇ならさっきの殺人鬼に連絡すればいいニャン」
「人の友だちを殺人鬼とか言うの止めろ」
まあ、あたしもそう形容したけど。
「ハルっちは頻繁に音信不通になるからさ。嫁入も仕事とかで忙しそうな時多いし」
でも、嫁入には構わず連絡するけどな!
「さっきの異界獣とかいうの見かけたら変身してやっつけてあげるからいいでしょ?」
ギブ&テイクというやつでさ。
「……正直最近この区域に異界獣が頻繁に出るようになってきてるからその申し出は助かるニャン」
「でしょ? 見返りに金銭要求するよりよっぽど健全だと思わない?」
「それは…、そうかもしれないニャン」
ふむ、上手く騙されたな。
嫁入なら絶対断っていたところだ。
「じゃあ、さっそく今日の夜連絡するね!」
「ニャッ!?」
「魔法少女マジカルカメリアの必殺技について一晩中話し合おう!」
「いつの間にそんな名前付けたニャン! それに一晩中って……」
「約束だからね! あたしのこと騙したらハルっちが妖精族郎党皆殺しにしに行くものと思って覚悟しておいてねっ!」
「ギニャー!?」
そういって、スキップして公園をあとにする。
「やったー、お友達が一人増えたよ。今日はなんて素晴らしい日なんだろう!」
魔法少女マジカルカメリア誕生だ。