第34話「ストーカー」
「えっ、一目惚れ……?」
言葉の意味は知っているはずなのに一瞬何を言われたのかわからなくなった俺は、困惑して首を傾げながら彼女の顔を見つめる。
春野先輩は余程恥ずかしいようで真っ赤にしている顔を小さく縦に振って肯定をした。
どうやら聞き間違いではないらしい。
えっ、あの春野先輩が俺なんかに一目惚れ?
いったいなんの冗談なんだろ、それは。
翔太に一目惚れって事なら凄くわかるけど、そこら辺に同じ顔がいそうなくらい平凡な俺なんかの笑顔に一目惚れをするなんて思えない。
だけど、春野先輩が嘘を言ってるようにも見えないし……。
「その、そんなふうに思ってもらえるような物じゃないと思うんですけど?」
「そ、そんな事ないよ!」
「――っ!?」
「あっ、ごめん……」
急に大きな声を出されて驚くと、春野先輩は申し訳なさそうに謝ってきた。
春野先輩が出す声では今まで聞いた中で一番大きかったかもしれない。
先輩、こんな声も出すんだね。
大声を出したのが恥ずかしかったのか春野先輩は少しモジモジとするけど、すぐに優しい目をして俺の顔を見上げてきた。
そしてゆっくりと口を開く。
「でもね、その……本当に素敵な笑顔だったの、施設の子供たちに微笑む冬月君の笑顔は。見守っているような温かくて優しい笑顔を見た時、私は胸を誰かに掴まれたような感覚に襲われて……それからは、冬月君のあの笑顔が頭から離れなくなったの」
施設の子供たちに向ける笑顔、か。
先輩が見た笑顔は俺にはわからない。
ただ、確かに俺は施設の子たちを弟や妹のように思っているため、見守っているように見えるというのはあってると思う。
孤児院の子供たちは俺に取って家族だからね。
「特にね、一際幼い女の子――とてもかわいい女の子を抱っこしてる時の笑顔は本当に素敵だと思ったよ?」
先輩は話し始めると今まで我慢していたのが溢れ返ってしまっているのか、止まる気配がなく言葉を続ける。
少し誤解を生みそうな表現だけど、別に俺がロリコンだとかそういう事じゃない。
ただ、その子は俺にとって孤児院の子の中でも特別というだけの話だよ。
「一際幼い子といえば、まなの事ですね」
「まなちゃんって言うんだぁ。あの子甘えん坊でかわいいよね」
シレッとまなの甘え具合を知っている発言。
この人孤児院に訪れたのは一回だけじゃないな?
「あの、散々言うのを我慢していましたが、さすがに言わせてください。先輩――ストーカーですよね?」
「えぇ!? ち、違うよ!」
先輩の事をストーカー認定すると、先輩は面喰ったように慌てて否定をする。
だけど俺はその言葉を鵜呑みにはできない。
「でも、あの日はまなと話してませんから、先輩が知っているはずないんですよ」
まなはまだ四歳と幼いため、俺がコンテストの帰りに訪れた時には遊び疲れて眠っていた。
さすがに寝ているところを起こすのは可哀想だと思い、その日は珍しくもまなと会っていないんだ。
それに、他の子たちとも会ってはいない。
誰か一人でも俺が来ている事を知って騒ぎだしたら結局はまなが起きてしまうため、あの日は職員の人とだけ話して帰った。
つまり、先輩が子供の事を知っている時点であの日に訪れただけじゃないというのがわかる。
「そ、それはあれだよ! 冬月君とお話をしたいと思ってたのに、学校ではみんながいて話し掛けづらくて、放課後は生徒会があるから話し掛けるタイミングがなかったの! まさかアルバイト先に押しかけるわけにもいかないし、だから冬月君が施設を訪れる日を夏目君から聞いて会いに行ってただけなの!」
「……先輩に話し掛けられた覚えがないのですけど?」
「だ、だって、いざ話し掛けようとしたら緊張しちゃうし、子供たちもいるから入っていきづらかったんだもん! それに冬月君が子供たちと遊んでて優しくて素敵な笑顔が見れちゃうから、もう今日はいいかなって思って――いえ、なんでもないです」
うん、どうして今言葉を途中でやめたのかな?
どう考えても都合が悪い事があったよね?
「続きを教えてください」
「嫌です」
「先輩?」
「うぅ……だって、引かれるもん……」
逃がさないという意味を込めて呼ぶと、先輩はぐずる子供のように話す事を拒否してきた。
なんとなく話の流れから先輩が隠した事はわかるし、先輩が言葉にしたくなかった理由もわかるのだけど、ちゃんと自分の口で話してもらわないとだめだ。
少なくとも先輩は自覚しているのだし、今後は気を付けてもらいたいからね。
「大丈夫です、もう春野先輩はそういう人だとわりきっているので、今更引いたりしませんよ」
「そ、それはそれで悲しくなるよ……! 私彼女さんになったはずなのに、扱いが酷い……!」
「正直に言ってくだされば大丈夫ですから」
「うぅ……」
話を逸らそうとした先輩の逃げ道をすぐに塞ぎ、俺は先輩の目を見つめる。
先輩は俺から視線を外して少しの間逃げていたけど、もう逃げられないと観念したのか恐る恐る俺の顔を見てきた。
「その……もう今日はいいかなって、冬月君が帰るまでずっと冬月君の事を見つめていました……。それも、施設を訪れるたびにです……」
うん、やっぱりそういう事なんだね。
これを言ってしまうとストーカーをしていたと認めてしまうような物なので、春野先輩は言いたくなかったのだ。
はぁ……なんだか、どうしようもない人だよね。
ブレーキを知らないというか、熱中すると周りが見えなくなる人というか――でも、不思議と嫌な気持ちはない。
むしろここまで好かれていて嬉しいとさえ思っていた。
ただ、そんな事を言ってしまうと春野先輩の行動に拍車をかけてしまいかねないので、間違っても言葉にはしないのだけど。
「そんなところだと思ってましたよ」
「うぅ……ごめんなさい……」
「いいですよ」
「えっ……?」
「言ったじゃないですか、正直に話してくれさえすればいいって。先輩はちゃんと正直に話してくださったので怒ったりも軽蔑したりもしませんよ」
「あっ……うん……!」
俺が怒っていないとわかると、春野先輩は嬉しそうに頷いた。
そしてそのままニギニギと弱い力で俺の手を握って遊び始める。
こういうところも本当に子供みたいだ。
ただ、当然俺はこれだけで終わらせるつもりはないのだけど。
「まぁそれはそうと、先輩がしている事は一歩間違えれば犯罪なのでこれからはやめてくださいね?」
「ひうっ……!」
「そんな悲壮感にうちひしがれた表情をしなくても、これからはこうやって一緒にいられる関係なんです。だからコソコソと後ろをついてくるんじゃなく、堂々と隣にいてください」
正直戸惑いはするし、先輩の全てを受け入れられるかと聞かれればまだ頷く自信はない。
だけどこういうふうに一緒に歩く事は幸せだと思っているし、先輩と話していて楽しいとも思う。
だから先輩にも我慢してもらうんじゃなく好きなようにしてほしいと思ったんだ。
……もちろん、ストーカー関係は抜きでだけど。
「あっ……うん……!」
俺が伝えたかった事を伝えると、春野先輩は再度嬉しそうに――そして、先程よりも大きく頷いてくれるのだった。