第15話「才能と評価」
二つあるらしい厨房の片方に通されると、そこには黙々と作業をする冬月君の姿があった。
美優さんの言う通り彼は私たちが入ってきた事に気付いた様子はない。
素直にとんでもない集中力だと思う。
私たちが来た時にはもうお魚の頭と体は切り分けられていて、今冬月君はお魚の身を切っているみたい。
素人目の私が見てわかるくらい驚くほど洗練された動きで、目にもとまらない速さで料理を進めてる。
やっぱり、お料理が凄く上手なんだよね。
「あのお魚はよく料理されてるのですか?」
私は冬月君の邪魔にならないよう小声で夏目さんに聞いてみる。
すると、夏目さんは『ふふ』とかわいらしく笑って片目でウィンクをしてきた。
「マゴチを捌くのは二回目だよ」
「二回目……」
「ふふ、驚いた? あの動きを見てると毎日捌いてるように見えるよね」
美優さんの言う通り、冬月君はよくあのお魚を捌いてるんだと思ってた。
だってどこを切ろうかとか迷ってる素振りはないし、息をするように当たり前のような慣れた動きだったから。
でも、あのお魚を捌くのは二回目らしい。
それは今日がって意味じゃなく、人生でって意味で言われてる。
「あの子は天才――うぅん、そんな表現すら生温いような子だよ」
そう言う美優さんの瞳は、温かさの中に嫉妬と羨望が入り交じってるように見えた。
「でも、夏目さんは十年に一人の天才って言われてますよね?」
彼女の瞳に込められた感情が気になった私は、少しだけフォローを入れてみる。
だけど夏目さんは苦笑して肩をすくめてしまった。
「あんなの、雑誌やテレビが注目を集めるために大袈裟に言ってるだけだよ。本当に十年に一人の天才というのがいるのなら、それは間違いなく優君だね。今は積み重ねてきた経験があるから教える立場にいるけど、私があの子に抜かれるのもそう遠くないと思うなぁ」
コンテストに出場をすれば必ず優勝をされているのだから、メディアがただ大袈裟に取り上げてるだけとは思えない。
だけど夏目さんは、本心から冬月君に近い将来抜かれると言ってるように見える。
「随分と冬月君を買われてるんですね」
「そりゃあそうだよ。だって昔、天才って周りから言われて天狗になっていた私の鼻を折ったのが、当時六歳で初めて包丁を握った優君だったんだもん」
どこか誇らしげで、どこか悔しげに見える横顔。
その後にボソッと『あの才能に怖気ついた気持ちもあったって事、お父さんにはバレてたんだろうなぁ』と呟いたのは聞かなかった事にした。
きっと昔に色々とあったんだろうし、何も知らない私が気軽に聞いていい事でもないと思ったから。
でもね、ちょっと待ってくれないかな?
今夏目さんさらっととんでもない事を言ったよね?
「ろ、六歳の子に包丁を握らせたんですか……?」
「えっ、何かおかしい?」
「あ、危ないですよね……!?」
どうして私がおかしい事を言ってるような目で見られてるんだろ。
どう考えても六歳の子に包丁を持たせるほうがおかしいと思うのだけど。
「もちろん、子供が持てるように小さめで作った特注の包丁だよ? お父さんが私に料理を教える時に作ってくれた奴を貸してたの」
「サイズの問題ではないと思うのですが……!?」
「う~ん……? でも、私は四歳からしてたよ?」
お、おかしいです……!
夏目家は絶対に教育方針がおかしいです……!
私はそう口にしたくなるのを懸命に我慢する。
さすがに他所のお家の教育方針に口出しをするわけにはいかないからね。
ただ今思うのは、冬月君が怪我をしてなくてよかったという事。
本当に心からそう思う。
「まっ、話は戻るけど、優君の才能は本当に凄いんだよ? とはいっても、長々と話しても料理人じゃない君には興味ないかな?」
「い、いえ、冬月君の事ならなんでも興味があります……! それに、私の友達はパティシエを目指してるので、ここで聞いておくのは必要かと……!」
「ん~? 前者はともかく、後者はみこちゃんが聞く必要ないよね? てか、パティシエだし」
「そ、それは……」
「ふふ、ごめんごめん、そんなシュンとしないでよ。話してあげてもいいんだけど、長くなりそうなんだよ。だからこの話はまた今度ね。それよりもほらほら、彼氏のかっこいいところをちゃんと見ないと」
優しく頭を撫でられ、私の追及を躱すようにうまく誤魔化されてしまった。
私は一瞬冬月君の情報を手に入れる事と彼の料理姿を天秤にかけ、即座に彼の料理姿を目に焼き付ける事を選ぶ。
彼の才能などについてはいつでも聞けれるけど、今料理をする彼の姿は今しか見られないんだからそれも当然。
何より、私のために料理を作ってくれる姿なんてどれだけ見られるのかわからないのだから。
「――あの子はね、いらない事しか知らない子たちには馬鹿にされてるけど、私が知る限りでは間違いなく一番いい男だよ。だから私は、君自身の事はあまり知らないけど、彼を選んだ事で君の事を高く評価してる。周りになんと言われようと、自分がしたいようにしたらいいんだからね?」
真剣な瞳で料理と向き合ってる冬月君を私が眺めていると、隣で優しく微笑んでる夏目さんが温かい言葉をくれた。
きっと私たちがこれからどんな道を歩むか夏目さんにはわかってるんだと思う。
だからこんなふうに私たちの事を気に掛けてくれてる。
「やっと届いた想いですからね、誰に何を言われようと私はこのチャンスを手放したりはしないですよ」
そう、誰に何を言われようと、私は冬月君の事が好き。
それはあの日からずっと持ち続けてる想い。
例え誰に邪魔をされようと、この気持ちは決して変わる事がないと私は確信を抱いている。
――この後私は、冬月君のかっこよくて素敵な背中を満足いくまで眺め続けるのだった。
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