第7話 『植物パニック』
身体はツタに絡まれている。
僕の体は、尽く多数のツタに絡まれていた。
なんだか、無限の剣を生み出せそうな人の台詞っぽいけどまぁ、いいかな。
というわけで捕まっている。
知性はないのは分かっているけど、本能で勘付かれるのはまずいから追い詰められているような動作をしてから。
両手両足にツタが絡まり、宙吊りにされている状態。おえっ……頭に血が昇りそう……意図せず捕まっているなら緊急事態ものだよ、ほんと。
鎌は捕まった後にツタに弾かれて飛んでいった。おそらく僕の後方の地面にでも刺さっていると推測する。
「わー、たーすーけーてーーー」
声を認識するのか分からないけど、棒読みしてみる。まぁ、意味はないんだろうけどさ。
その時だった。
地面ががたがたと揺れたかと思えば、巨大な食虫植物のようなものが地面を割って出てきた。
「あ、ふーん。僕は囮かって」
僕は虫のような扱いを受けるためにこんな作戦に乗ったわけじゃないって。
観察してみるに、口を開けて待っていて、パクリと食べるタイプの食虫植物。いつの日かのテレビでやっていた気がする。確か……ハエトリソウ? だっけ。
いやぁ〜……口開いてるなぁ……。
粘液って言うの? 獲物を閉じた口の中で溶かすものらしいけどさ。入りたくないよね……。
いくら思念体はべとべとになっても肉体に影響はないとしても。だとしても、なりたくない。
第一このご時世、青年が触手に囚われましたよりも美少女が囚われましたの方が同人誌として売れるよね? え、需要がある? ……そうなのか…………。
それで、だよ。
だんだん口に近づいていってるけど、本当に僕大丈夫? 指示間違えてました☆じゃすまないからね!?
鼻に嫌でも割って入ってくる植物独特の匂い。しかも巨大な食虫植物ときているから良い匂いなわけがない。
しかも、焦らしたいのか怖がらせたいのか、あるいは単にノロマなのか知らないけど、ゆっくりお口に入れようとしてくるからなお質が悪い。
刹那。少し重く、乾いた銃声。
「……ッ!? この銃声……どこから……!?」
僕の横を通り、弧を描いてその音源から飛来したであろうものは、植物型ライアーの口の中へ。
まさかと思い目を閉じる。
さらに刹那、巻き起こるは閃光と爆発——だけじゃなく轟音も追加で。……耳塞げないんだよ……うわ、耳キーンってするよ……。
自らの口の中で、最も耐性のない炎を起こされたライアーは悶えながら僕を離す。おそらくやつに声帯があったなら、断末魔の一つでも叫んでいると思う。
「……よっと」
僕が軽く受け身をとって体勢を整え、丁度落ちていた鎌を拾ったところで思念通話が入る。
「【死神】囮、上手かったぞ?」
……それ、褒め言葉?
いかにも僕が弄られて喜ぶMみたいな言い方じゃない? やれやれ、作戦立案者の彼方を信頼して無かったら、やって無かったよ、ほんと……!
「【星】、実は少しタイミング測っていたでしょ? 君だったらもう少し早く撃てたと思うけど?」
今、彼の姿が見えないとなると、おそらくは家を何軒か超えた射撃だから——と推測して、【星】に呆れ半分で愚痴を吐く。
そもそも、敵が見えないのに、曲射するグレネードランチャーを当てれるのがおかしいと思わなくはないけど、雷牙にとってはいつものこと。彼は武器となるものが銃全般なだけはあって、口径から射程距離、構造まで把握しているという僕からしたら強者なわけだけど。
「ああ。もし目視できるようならば、機材で撮影した後に『嘘狩り』の皆に見せてやりたいぐらいの無様さだっただろうからな」
僕、今しがた君のこと心の中で褒めていたんだよ? はぁ……なんか損でもした気分だよ。
「無様言わないでよ! 【塔】の作戦だからやっただけだからね!? じゃないときっと面倒くさくなって、粗方鎌を適当に振り回していたよ」
姿が向こうに見えないことは分かってはいるので、意味はないけれど、身振り手振りでそう反論しておいて僕はふと思う。
一つ弁明をさせてくれ、と。
『誰々だからやっただけだからね!』みたいなことをよく言うけど、僕はツンデレなるものではないと自分のことを思っているし、勘違いを防ぎたいからこういう言い方をしてしまうんだよ。
あとは、信頼してるよって意味合いでも。
そして、何度も言うけれど、男のツンデレは需要ないだろう? いや、需要あっても僕はやらないけどね?
「分かっている。だが、何故結界が閉じない?」
「何故って……え?」
本来なら。倒せたなら、結界は閉じる。
「【死神】ッ! まだ気を抜くなッ!!」
何かに気付いたのか、突然鋭くなる念話越しの雷牙の声。
確かに、雷牙のグレネードランチャーで内部から燃やされ、既に"目の前の"ライアーは沈黙している。けど、結界の主が倒されたのに、結界が閉じないのはおかしい。
つまりは、普通に考えて。
主はこいつじゃなかった。
そして、その僕の推理を裏付けるかのように地面が大きく揺れ始める。
「どうやら今回の成体は、質じゃなくて量みたいですね☆」
「くそッ……囮になってある意味後悔したよッ!!」
後悔続きの憂さ晴らしに、念話に入ってきた【塔】の余談を挟もう。
ひとまず、僕は地面からまた伸びてくるツルを避けようとしているけれど置いといて。
コードネーム【塔】。
兄妹で一つのコードネームを冠する二人組。
兄は結界を形成できる思念を発することができ、それを応用してライアーの結界を逆探知する。
曰く、逆探知できると結界内の景色が朧げながら視えるとのこと。
妹は兄の探知で得た情報をコンマ1秒のズレも無く脳内で共有して、状況を把握。
同じく脳内で立案したものを兄へ思念で送ることで、二人でオペレーターという役割をほぼ完璧にこなす。
勿論、結界逆探知だけでは中の状況を完全に把握することは困難だからこそ僕たちが彼らに少しでも多くの情報を入れる必要がある。
さて、ここで置いてきたものを再び持ってこようかな。
「量ってことは、複数体ってことだねッ!? くっそ! 結局はこうなるしかないのねッ!!」
【星】こと雷牙がいるであろう方角からもショットガンらしき銃声が聞こえるあたり、向こうにも現れたとみえる。
僕の方はというと、さっきよりも容赦のない本数と速度のツタが襲ってきているため、避けつつ斬りつつで凌ぐ。
コンクリートの地面を突き破って、左から来るツタを、しっかり握り締めた鎌で、まず右から左へ斬り上げて。次に、右から来るツタを斬り上げた状態から右へ振り下ろして斬る。
そんなこんなを繰り返しているとは言えほぼギリギリ。
下手に鎌を振り切ったりして、動作と動作を繋げるのを止めれば、構え直す前に一撃は必ずもらうだろう。
例えて言うなら、縄跳びを何本もの縄でさせられている感覚。
周りの壁が崩れ、民家の屋根が落ち、コンクリートからはツタが生えてぐちゃぐちゃ。
振動感知で狙いを定めているだけに、民家や壁が落ちて出来た瓦礫にも反応して、地上がさらに凸凹になる有様。
「本体を何とか引きずり出せないッ!?」
工事を近場で聞いた時のような音が周りから、時に数秒前には僕の足があった場所からするため非常に煩い。
念話は精神的なものだから、実際の音は確かに影響はないけれど。
「ツタの出現位置、角度、範囲から考えておおよその位置の特定は完了してます☆個体的には先程のものより大きめな個体が【死神】【星】それぞれに一体ずつ存在しています」
「それで? っと危なッ!?」
人間、マルチタスク……つまりは違う作業を同時に進めようとすると気が散るもの。
ちッと足を掠めたツタを苦虫を噛んだような顔で睨んで見送る。思念体の服は、本人が破れると思い込まされない限りは損傷しないけど——馬鹿みたいな数のツタが面倒くさい。
「あぁ!! こんなに伸縮自在の素材あったら絶対にどこかで応用できるだろうになッ!!」
絶え間なく鞭のように畝るツタは、上手く僕を後退させない配置のため距離を取れない。特に偶然なのか、僕の周りを囲うように突出しているツタもある。
愚痴の一つぐらい溢してもバチは当たらないよね。溢したところで状況が良くなるなんて到底思えないけどさ。
本当の結界の主との戦いが幕を開けた。