特別話 「クリスマスに想いを馳せて」
リアルで忙しかったため、クリスマスSSが遅くなってしまってすいません。年が変わる前には間に合いましたので、宜しければどうぞ。
12月25日。そう、例の日。カップルがイチャついて……じゃない、何の恨みがあってそんな紹介になるんだよ……。聖夜と呼ばれる元はキリストの誕生日を祝うものだった日。
これは僕たちが、邪神型ライアー……ラーン=テゴスと戦う半年と少し前。つまりは、『嘘狩り』発足から一年と半年後の初めてのクリスマスパーティの日のこと。
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「はぁ……苦労して料理を運んだかいがあったよ、ほんと」
現在地、嘘狩り本部。準禁忌区画の守り手のコードネーム【魔術師】の虹橋瑠美と【戦車】の業秀明さん、その他忙しい人を除いてクリスマスパーティを開催していた。
赤、青、白。個人部屋を除いて、華やかに大部屋を照らす電飾。クリスマスツリー—室内の為小型だけど—も電飾に負けず劣らず雰囲気を醸し出している。
そして僕が気怠く呟いた内容の"料理"とは、既にこんがり焼けている骨付き肉だったり、コンビニによく売っているような骨のないフライドチキン、ある程度の野菜など。
本来は作戦会議用に使われるモニター付きの広い机が今やそれらに埋め尽くされている。
「確かにねぇ。辿くんが提案してくれなきゃみんなやらなかっただろうし」
次は何を食べようかと、目を子どものように輝かさせている女の子が僕の呟きに応える。
【審判】の神楽崎刹那。この嘘狩りのクリスマスパーティの中でも真と並びノリノリな人物の一人。
え、何でノリノリかって? そりゃあ見たら分かるよね——と、思わず誰かに語りかけるような自問自答をしてしまった自分に苦笑しながらも刹那を見る。
俗に言うクリスマスコスチューム。刹那自身が赤色が好きなのもあって自分からして良いかと提案して来た程。
「ふふーん? アタシの姿に見惚れちゃったかな?」
無意識に見慣れない姿を見ていたせいか、刹那は人差し指を立てて口に僕の口に当てながら、にんまりと揶揄うような目線を向ける。
幼馴染だからこういうのには少しは慣れたけど……実は少しドキッとしたりはする。
「揶揄わないでよ? いや、その。だってほら、異能研にいる時は白衣だし……目に新しいって感じ」
別に事実だし? そもそも嘘をついても能力的にバレてしまうから、こうやって話を少し逸らしたりするしかない。
「え〜? 本当にそれだけ?」
「大体、刹那はもう少し女の子って自覚を持ってくれよ……」
こいつ、僕に女性経験があまり無いからって……! とニヤニヤしている彼女から顔を背けながら呟く。
「……! ぷっ……ふふ、ふふふっ、あはははっ」
「ちょっ、何がおかしいんだよ!」
一瞬キョトンとした表情になったかと思えば、お腹を抱えて笑い出す刹那。え、いや、僕は何もジョークなんて言った覚えは無いんだけど……?
「ふふっ、だって、辿くんがそんな事気にするなんて思わなくてねぇ」
息を整えた彼女は、思い切り笑った事で赤くなった頬をしながらも驚く僕に言葉を紡ぐ。
「来年には20になるんだから、そういう所は少なからず気にはなるんだよ」
刹那が僕に対して揶揄ったり、過度な態度を取ることには慣れているからムッとしているというよりは少し呆れながら言葉を返す。
「キミはやっぱり進太郎と同じで……」
少し聞き損ねたからと聞き返そうとした瞬間、カラン! とまるで瓶や缶が落ちたような軽い音が二、三回響く。
僕は、この場に似合わない音だなと不思議に思いつつも、誰か肘が当たったりして缶系の飲み物が落ちたんじゃないかと頭に推測を思い浮かべる。
しかし、その後に発生した白い煙がそんな僕の軽い推測を否定した。
「煙ッ!?」
浮かれた雰囲気の部屋に突如入り込む緊張感。即座に思考を切り替えて、何が起こったか、何故起こっているかを考えようと試みる。もし緊急事態なら一刻の猶予もない。
嘘狩りの本部は警視庁にあるために、ここを襲撃する時は絶対に誰かに見られる。それなのにここまで来れたということは、人通りのあまり無い階段をわざわざ通ったりする必要がある。つまりは……知能犯。
腰に拳銃があるのを確認するが、正直言って雷牙程の腕前じゃない僕にとって武器にならない。まだ体術を試した方が良いはず。
それに、煙と音から推測してスモークグレネード。そんな装備の人物が拳銃一つで対応出来る装備だとは僕にだって思えない。
「はぁ……刹那……少し下がってて」
クリスマスパーティぐらいゆっくりさせてくれと思わず鬱陶しさからため息が漏れてしまうけど、そこはご愛嬌。
嘘狩りのメンバーは、ライアーとの戦闘から身体が反応してくれるかは別として、戦闘経験は豊富。
特に近距離で相手と戦う前衛の僕や刹那は体術だって当たり前のように出来るけど……無理なものは無理。ならその無理だった時の事を考えて、予め彼女に距離を取るように促す。
「……オーキドーキ、ふふっ」
煙が少しずつ蔓延してきているから、顔こそ完全に視認出来なかったけど、ふと刹那が笑ったような声が聞こえた。
「誰だッ! 何故ここにッ!」
現在部屋にいるのは、僕と刹那、あとは彼方と遥の兄弟の二人のみ。その内、一番出入り口に近い場所にいたのが僕たちだったから、恐る恐る鋭い声を飛ばして聞いてみる。
うん、はっきり言って後悔したよ。何故かって? だって返ってきた声が——
「メリークリスマス! だ」
——雷牙の声だったんだから。しかも、その……サンタにでも似せようとしているのかいつもより声が低いのが何とも言えない。
いや、その、普通は笑うとこなんだろうけどさ? いつも真面目で頭教科書みたいな人がそんなことをやってたら笑えるものも笑えなくない?
「あー……なんでスモークグレネードなんだよ……」
背後でまたお腹を抱えて爆笑してる刹那を見ながら、僕は頭を抱える。クリスマスパーティだから何も起こらないだろうと高を括っていた自分を呪いたいよ、ほんと。
「本来、サンタクロースは隠密を重視する。子どもの夢を壊さない為にプロの工作員や潜入捜査員顔負けのテクニックで家へと入り込み、プレゼントを置く」
あ、と察した時にはもう遅い。既に雷牙の解説が始まっていた。
「つまり前提条件として、サンタクロースは多人数に見つかるような公の場にはイベントの時など以外には出ることはない」
ドアの隙間からだろうか、煙が外へ流れ出ていくことで視界が回復していく。いくら彼よりは流石に勘の悪い僕でも分かる。つまりは——
「つまり、もし公の場に出る必要性が出た場合、自分の姿を隠蔽するために目眩しを使うであろうと考えた迄だ」
いや、確かに安心はしたんだよ? 特殊部隊的な奴が来なくてさ。けど、その……。
「なんで君までサンタコスなんだよ……ノリノリじゃん……」
しかも容姿が整っているだけに彼、【星】の霧噛雷牙は何を着ても似合う。今回のコスチュームももちろん例外じゃなかった。はぁ……何、こいつ。
「真からプレゼントを渡すように頼まれていてな。せっかくだから理論上のサンタクロースをやってみることにした」
サンタはそんな物騒なもの投げないからね!?
相変わらずほぼ変わらない無に等しい表情で告げる雷牙。ただ僕は一年程の付き合いから、そこにクリスマスらしい浮かれているような感情を読み取る事が出来た。
「そういえば、確か雷牙ってクリスマスパーティは今日で初めてだったね」
僕は、このパーティの前、一度彼に聞いた時にそう答えたのをふと思い出して、それなら浮かれていても仕方ないかと納得しつつも確認するように話しかける。
「まあな。今となっては懐かしい話だが」
すると彼は目を細めると一見懐かしむようでどこか困惑しているような……そんな複雑な表情を見せる。
僕が気まずさを少し感じているのが顔から読んだからなのか、近付き様に気にするなと僕にだけ聞こえる声で呟くと自らが肩に担いでいた小さな袋を下ろす。
僕は刹那と部屋の奥から出てきた——おそらく煙を起こした犯人が雷牙だと知っていた——彼方と遥の合計四人で袋の中身を覗き込む。
結論から言うとそこにあったのは申し分程度のお菓子と小さな箱。箱の中にはプラスチック製と思われるタロットカードが入っていた。僕たちは、雷牙が真から聞いた『自分のコードネームのものを取ると良い』という伝言を元に各々のカードを取る。
「真曰く、個人の思念のデータを取る為のものらしい。故に出来る限り常備しろ、とな」
「なるほどねぇ。戦闘・戦略データ収集に活かしたいってところかな?」
薄さは約一センチ程。その割にはぐにゃっと曲げることが出来るそれを弄りながら、僕は実感無さげにふーんと頷くとあることに気付く。
「あれ? なら当人の真はどこ?」
説明するなら自分でやれば良いのに。なんて思いつつ、その疑問を口にする。
「屋上辺りにはいるはずだ。少し声をかけてくるか?」
未だサンタコスの雷牙にそう聞かれ、僕は首を縦に振る。それを確認した雷牙は、【正義】の凛導真を呼ぶ為に屋上に向かおうと部屋のドアまで歩き出した。
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「にしてもッ! あの君がッ! わざわざ会いに来てくれるなんてねェ……」
この僕は警視庁の屋上にて、その黒いポニーテールと相反する白衣を共に風に揺らしながらも目の前の人物に声をかけた。
「神に報告しろって頼まれててね。まったく、人使いが荒いよ」
雪よりも白い艶のある髪。たったそれだけで彼が神秘的であり、人外であると思わされる程。鋭く黄金色に輝く眼がまるで動物のようであることも彼が『ただ人の形をした何か』であることを語っている。
髪と同じく白のスーツは彼の趣味であり、その事もあってか着こなされている。
「ツァルクエル。あの君がッ! 来たということはッ! もうすぐ事が動くと見て良いんだねェ?」
「まあそんな所だよ。八ヶ月後の夏にラーン=テゴスは復活する。ボク直々に手を出したい所だけど……因果律の関係でまだ手は出せないのがもどかしいね」
『ツァルクエル』とこの僕が呼んだその男は、やれやれと首を横に振る。彼の立場を考えれば、妥当な反応だろうとはこの僕も思う。そんな軽いやりとりをしている内にトゥゥルルと携帯の着信音が鳴る。
「ああ、すまない」
彼はそんな一言を告げ、この僕に聞こえても良いと思っているのだろう、ポケットからスマートフォンを取り出すと耳に当てる。
「今? ああ、クリスマスパーティだよ。彼らがゆっくり過ごせるのは後八ヶ月だろうね。まあ良いさ。布石は打っておくつもりだから、安心してくれ。……また連絡するよ」
「『神のシナリオ』ねェ。まあ良いのだッ! この僕には旧友との約束があるのだからッ! そのシナリオ、なぞってあげようではないかッ!」
口角を上げ、にやりと大袈裟に笑いながらも彼にそう告げる。
「ああ、でもボクの口からネタバレはしないよ? それは今を懸命に生きる者達にとっての冒涜だからね。あとは『そこの読者』もつまらなくなってしまうだろう?」
ふいに彼が夜空を見上げて、まるで何処かに言葉を投げるように呟く。大方察しはついてはいるが……ふふ、今は置いておこう。
「またその時に会おうではないかッ! 『天聖光帝ツァルクエル』クン」
「久しぶりにそう呼ばれた気がするよ。それじゃ、聖的で光的で傲慢的なボクはお暇するよ」
彼の問いに対して無言の肯定で返した後にせっかくだしとフルネームで呼んでおく。すると、彼は懐かしいなと微笑んでみせると背中から漆黒の翼を生やして飛んでいく。
「たくさんの歯車が動き出す。ふふ……フゥーハッハッハ!! あぁ、この僕の好奇心が疼いてしまうよ」
彼の飛んでいった空に向かって思わず笑い声を飛ばしながらも叫ぶ。
すると丁度羽根が数枚落ちてくるのが目に映る。この僕がそれを掴むと、羽根の表面にはご丁寧に『Merry Christmas』と書かれていた。彼なりの祝いらしい。
「真……やはり此処にいたんだな」
「……! ああ、少し風に当たっていてね」
この僕は、雷牙クンが別の羽根を不思議に思ったのか、拾ったことを確認して、クリスマスパーティに戻ることにした。まあ、彼の事だから……この羽根も伏線なんだろうけどね。




