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第14話 『約束を果たすために』

 

 【塔】の彼方・遥兄妹の思念結界は、『思念を防ぐもの』というより『思念を遮るもの』。即ち、俺たちの武器による攻撃どころでは無く、思念体ですらその例外では無い故に"結界の内側から少しずつ攻める"が通用しない。


 そして、もし展開後に外に出たければ一瞬だけだが結界を解除しなければならない。


「……引きつけるぞ、【審判】」


 かつ何が起きるか分からない状況下なだけに初めから結界の外で防衛することを選んだ俺は、【審判(せつな)】と共に結界の範囲外に出る。


「【死神】を守るなら、アタシに任せて」


 その言葉に対して、赤縁の眼鏡を細い指でクイッと付け直す動作をしながら、刹那は不敵な笑みを浮かべて応える。


 寂れた街に降り注ぐ雪。しかし、今この場所を占領しているのはその白色だけでは無い。

 黒き巨躯の飛竜……CODE:Uの吐く赤色だ。地獄から溢れ出したかのような黒色の炎が、爆発を起こす時には赤色に変化し、雪を溶かし、更には溶かされ生成されるはずの水分すら焦がし尽くしている。


「【星】! 『風には風を』ですよ☆」


 先程の刹那の推測通りならば、奴の攻撃は風ならば少しは相殺出来る。その俺の読みは当たっていたようで、念押しにと背後から彼方の声が聞こえた。


「少し特殊だが……アレを使うか」


「アレ……?」


 俺は呟くと、武器として、『傘のようなもの』を取り出す。勿論ふざけてはいない。


「傘……ってそれ、仕込み傘だよねぇ……?」


 俺は肯定の代わりに、傘を開くように下ろくろと言われるスライドさせることで傘ならば開くことの出来る部品を重たさを手に感じながらも奥までしっかりとスライドさせる。


 そして、内側から傘を張る受骨という部品が連動し、ガチャンという機械的な音を立てて、この"銃"の傘である部分は開かれる。


「本来ならば、返り血を防ぐためなどで使われる仕込み傘だが、この状況下ならば、風を防ぎつつ攻撃を可能とする武器になる」


「サラッと怖いこと言うねぇ……でも確かに、アニメや映画だとそんな感じだよね。ま、アタシは魔法少女らしく、大剣に風でいこうかな」


 円状に開いた部分は本来の傘のように布では無く、鉄で出来ている。その重さ故に移動こそ制限されるものの防御しながらも攻撃が可能な……いわば小さな盾のついた銃。


 俺と刹那、共に準備が整ったタイミングで丁度鬼灯(ほおずき)が戦場に響かせる歌声が聞こえ始める。


「やはり来るかッ!」


 おそらくそれまでCODE:Uに全て向けていたであろう殺気の一部が、俺たちに向く感覚がしたかと思えば一本の触手が此方へと伸びてくる。


「【死神】にはッ! 触れさせないッ! 【マジカル・ウインド】ッ!!」


 そこに、あと少しで地面に接触してしまいそうな程の低さの下段で大剣を構えた刹那が先陣を切り、迎え撃つ。


 重心がブレないように左足を後ろに、右足を前に。(おぞ)ましい大きな鋏のついた触手と接触する瞬間に、刹那は思い切り大剣を縦に振り抜く。


 俺たちは、思い込みだけで魔法染みたものを使えるだけであり、風そのものを捉えて攻撃するという所業は無理だ。しかし、捉えれないならそれなりの対応策を練ることは出来る——刹那が奴の触腕を弾いたことがそれを証明した。


「……今だな」


(アンブレラ)ライフル』とでも仮称するこの銃器は、傘の部分が広いためにまともにはスコープ出来ないが、それは現在欠点にはならない。


 何故ならば、俺が撃つ弾もまた風であり、当たる範囲が広い。かつ、ある程度の弾道予測こそ必要だが、思念で出来た武器である以上はさらに思念を追加して弾を思うように軌道補正することが可能だからだ。


 故に俺は抱えるように傘ライフルを持つと、構えるまでの一瞬で大まかな軌道を計算。トリガーを引く。


 発射された風の弾丸は、刹那によって弾かれた触腕に接触。それを半ばから切り落とすことに成功する。正確には、風で風を掻き消しただけだが。


「手応えが重たかったから、結構な風圧な気がするけど……防衛するだけなら何とかやっていけそうだねぇ」


 千切れたその断面から僅か数秒で再生した……否、再び集まり形を形成した風という名の奴の触腕を、刹那は呆れたように見上げながらも呟く。


「今は耐え時だ。気は抜くな」


 ——そんな。そんな気の張った雷牙の声が、僕には聞こえた気がした。


 自らの記憶……あの時の、アニメの魔法のような力を振るったあの時の記憶。


 それを明確に思い出すためにただ目を閉じて、真っ暗な世界に身を投じているだけなのに、戦場の爆発音も、誰かの声も、どんな音も、まるで霧がかかったかのようにぼんやりと遠くに聞こえる。


 だけど不思議なことに、鬼灯さんの歌だけが唯一霧がかることも無く、まるで僕の中の何かを呼び覚まそうと語りかけるように、はっきりと響いて聞こえる。


 その歌声が、はっきりと響けば響くようになる程、他の音が僕の意識から遠ざかって消えていく。


 人間の意識は海に例えられることが多いけど、まさにそれ。心地良い歌声と共に、僕の意識は段々と普段は到達出来ないはずの領域を目指して、その海をゆっくり沈んでいく。


『立ち止まるな、辿。半分は俺の魂を受け継いでるなら、前を向いて進め』


 果たしたい約束があるんだ。兄さんに託された、刹那と世界を守るという約束が。


『だって契約者ですから!』


 きっとこの世界に生まれる前に、鬼灯さんと交わした約束があるんだ。


 僕がそう思った瞬間、ふと暗闇の中に文字が浮かび上がる。忘れていた言葉。その約束を果たすために必要な力と記憶。


 そして、邪神を倒すためには——


「アグムイトリスッ! 撃てッ!」


 俺の視界の端に映ったのは、聞いたこともない言葉を叫ぶ辿。上がった顔の角度、視線、その言葉からしておそらくは空を飛翔しながらもラーン=テゴスと戦っているCODE:Uに叫んでいる。


 思えば鬼灯がCODE:Uを見た時にも『あの竜には、確か名前があったはずなんです』と言っていた。つまりは、あの竜の名前が『アグムイトリス』……?


 そこで丁度真上から押し潰さんとばかりに迫ってきていた触腕。俺は即座に、傘ライフルの傘の部分を斜めに傾け接触させていなし、地面を転がり残った威力を軽減させ避ける。


「なんですか……これ……? まさか……。皆さんッ! CODE:Uから高思念反応ですッ! 結界を一時解きますから、下がって下さいッ!!」


 彼方と遥の結界は思念を遮るため、念話も例外では無い。故にそうするしかなかったであろう彼方の焦った叫びが耳に届く。


 高思念反応……思念自体がエネルギーでもある以上、それは、高エネルギー反応と言っても過言では無い。つまり——


 俺の見上げた視線の先。黒の混じった、青色に煌めく炎が、CODE:Uの口内に溜められているのが確認出来た。 


 あまりにも莫大なその思念を感じ取り、自然と立つ鳥肌。此処にいてはいけないと警鐘を鳴らす第六感。今までの戦闘ですら感じた事の無い感覚が身体を支配する。——あれは、避けなければ死ぬ。


 そう判断した矢先。ラーン=テゴスが新たな動きを見せる。


 今までのような触腕だけの攻撃を止め、俺たちには目もくれずにその象のような鼻に周りの風を吸引して溜め込み始める。


 ゴォォォォォ……!


 雪と風が入り乱れ、乱暴に踊る。しかし風を溜め込むラーン=テゴスが幾つもの眼で見据えていたのはCODE:U。迎撃するつもりなのだろう。


「【星】ッ! まさか……いや、そんな無茶はダメだよッ!」


 辿の声が背後から聞こえる。俺とて分かっている。だが、おそらく……『アグムイトリス』などと辿が呼んだ存在の大技ならば、何かしらの原理でラーン=テゴスに傷をつけれるようになるかもしれない。そのためには、奴の大技を阻止しなければならない。


 ほぼ賭けに等しい。辿が何かしらの記憶を思い出したからと言って、ラーン=テゴスに傷をつけれるようになるかの保証は無い。


 ただ、このジリ貧な状況下で賭けではあるが勝利が出来るかもしれない布石があるならば。


「弟子の勘の責任は、年長者の私が取らないとな」


 ふいにぽんと軽く叩かれる肩。見れば、秀明師匠がやれやれと呆れた顔で立っていた。


「何か感覚(ピキーン)があったんだろう? なら、あとはお前に任せよう」


「……ありがたいな」


 彼方が頑丈な結界を張ったためか、その中にいる辿たちの声すら聞こえなくなる。


「後は……任せたぞ」


 俺は、おそらく俺を追ってこようとしたであろう辿を引き留めた彼方に感謝しながらも手のひらの上で俺は一つの手榴弾を生成する。ピンを抜けば数秒で爆発するそれを、ピンを抜き空中へ投げる。


 それは、ラーン=テゴスの吸い込んでいる風に乗り、その鼻の中へ。


 パァンッ! と大きな音を立てて奴の頭部が弾け飛ぶ。手榴弾は元より、爆発よりも飛び散る破片による広範囲の負傷を目的とした武器。そんなものでは風の具現化とも言えるあの邪神型ライアーの行動は阻害出来ない。


 しかし、『高圧の空気を圧縮して詰め込んだ特殊な手榴弾』なら出来る。


 ピンが抜かれた数秒後に、通常の手榴弾と同じく外殻を爆破。その瞬間に気圧差により、圧縮された高圧の空気が高速で拡散される。


「まるで空気の爆発……考えたな、【星】」


 これで奴はCODE:Uの大技を阻止出来ない。奴の頭部が再生し、悪足掻きに六本全ての触腕を伸ばしてCODE:Uを刺そうとするがギリギリで放たれる小さな青黒い太陽。


 俺の視界にそれがラーン=テゴスに着弾したのが見えた瞬間、光の奔流がそこを起点として迫る。光の暴力。雪とは別の意味で真っ白になっていく視界。


「……辿、お前なら…………」


 ふと僕を振り返って何かを呟く雷牙が見えた。世界を白く焦がす程の熱量は簡単にどうこう出来るものじゃない。あの二人には結界みたいな防ぐ手段が無いんだから。


「雷牙ッ! らいがぁぁあああああ!!!!」


 やがて……その僕の叫びすら消し去る轟音と共に、目を閉じても瞼の裏にすら映る程の白色が、全てを包み込んだ。

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