第11話 『結界を操る兄妹』
明らかに寒い。その寒さの"おかげで"身体が小刻みに震える。……皮肉のつもりね?
とは言え、日が登っていないからっていうのが理由なのは確か。いつも太陽の光にいろんなものや人が照らされている時刻に起きているだけに僕には新鮮に思えていた。
「うぅ……なんでこんな寒い時間からライアー討伐なんてやるんだよ……」
「作戦を聞いていなかったのか?」
「聞いてたけど、単なる愚痴だよ」
チームβのリーダーこと雷牙が説明を始めそうだったから予め断っておく。雷牙ってそうやって説明しようとしてくれるから、ある意味世話焼きというか。
「奇襲作戦でしょ? 僕たちがある程度優位な時間帯に仕掛けるって言う」
ライアーは幼体なら昼間には出現しないけど、成体なら昼夜問わず出現する。でもかと言って24時間出現する可能性があるわけじゃなくて、日の登る1時間ほど前ならぱたりと現れなくなるらしい。
真はあくまで統計結果であり、眷族型や邪神型はおそらく例外って言ってたけどさ。
「ああ、念のためにγチームが準禁忌区画と街との境目にて警戒に当たる。故に俺たちは俺たちの成すべきことに集中すれば良い」
車外に出ていた雷牙と言葉を交わす。場所は前回と同じ準禁忌区画。流石に装甲車に7人はキツいから、鬼灯さんを保護した時に使っていた僕のシルバーの自動車にαチーム3人が。雷牙の装甲車にβチーム4人が乗って集合していた。
それぞれ車外に出ているのは僕と雷牙だけ。既に他のメンバーは、車内で思念体になっている。
「雷牙……鬼灯さんを頼んだよ。『死神は鎌を振り、その星を斬る』」
「『星はその身を以て、死神を穿つ』」
雷牙は涼し気な表情を変えないまま、僕とだけの合言葉で問題無いと言葉を返す。
僕は、車両の運転席に戻ると思念体となるために目を閉じる。バチバチと静電気のような音で僕の思念は僕の身体を離れる。
そして———
「相変わらずの……雪だよね」
いつもなら自分の身体を一瞥してから結界の中に入るんだけど、位置的に既に結界の中だったらしく運転席に僕の本体は無い。
「準禁忌区画であるここに既に結界があるとなると……一応は待ち構えていたってことですね☆」
運転席から降りて呟いた僕に言葉を送るのはコードネーム【塔】の兄の方、神無月彼方。確か念話を本部から飛ばしている間はラフな格好だったはずだけど、今は違う。
地面を踏みしめる下駄。冷たい風に軽く揺れる黒い袴と白い……本人曰く狩衣と呼ばれるもの。一般の陰陽師のイメージそのまま。
「雷牙、僕たちは禁忌区画の中心部へ向かうよ。だから、鬼灯さんと眷族型のこと……頼んだよ」
「先輩は心配症なんだから。遥たち兄妹に出来ないことは無いんだから任せて」
久しぶりに聞くこの声。僕はふと視線を向けるとそこには彼方とペアルックのような和の服装の少女がいた。
兄よりも裾が短くスカートのようになった袴からはすらっとした脚が伸びる。腰回りも細く、胸は控えめ。ひょこっとワンポイントのツインテールの黒髪に優しさを宿す眼。
「当たり前だよ! 俺たち兄妹に出来ないことは無い☆」
さっそく彼方とハイタッチをしている少女、【塔】の片割れの妹の方……神無月遥。兄妹と言えど誕生日が少し違うだけで同じ18歳。
「あー! 先輩、今遥の年齢について考えてませんでした? ダメですよ、女の子はデリケートなんですもん」
「い、いや……ほら、久しぶりに会うからさ? ふと考えていただけで」
え……何、僕の思考ってそんなに読み取りやすいっけ? もはや能力者みたいじゃ……って僕たち能力者だったね——なんてノリ突っ込みをしていると雷牙が声をかける。
「既に結界の中だ、会話はそれぐらいにしておけ。眷族型はβチームが引き受ける。走り抜けろ」
鋭いその一声に僕は気怠さを感じつつも、頬を軽く二、三回叩いて真剣な表情になる。
「獣臭さが増してるねぇ。下手に集まられる前に駆け抜けるが吉かな」
視界が勢いの増した雪で悪くなる中で、獣の臭いが僕の鼻をツンと刺激する。眷族型が近付いてきているという証拠。
「ふぅ……兄さんから託されたんだ。これぐらい、やり遂げてみせるさ」
自分を鼓舞して拳を握る。眷族型は確かに今までのライアーとは違ったし、一度気絶にまで追い込まれたほど強いから怖い。
いくら兄さんの一件があっても人間、簡単に割り切れるものじゃない。特に怖いものは怖い。けど、頼まれた約束は気怠くても守る。僕にとって、それは変わらないから。
「αチームは禁忌区画中心部へ行け。俺たちは禁忌区画との境目で防衛ラインを敷く」
だからこそ、ここで足止めされたくない。その思いで僕は雷牙の指示に頷くと、刹那と秀明さんと共に走り始める。
「車両を置いてきて正解だったねぇ」
僕の左隣を走る刹那が僕に話しかける。
本来なら、現場に直行すればこんなに怠い……走るという過程は要らない。けど。
「眷族型に無理矢理結界の中に引き込まれたら僕たちの肉体の方も危険になるからね」
成体のライアーがある程度の大きさのものなら自らの結界に引き込んでしまう以上は、あまり近付くという危険は犯せない。
「……【死神】、【審判】。来るぞ」
思念体にとってスタミナの概念は無いから、実質いつでも全速力なわけだけど、流石に目的地は遠い。その状況でふと強まる匂い。
ガッシャァァァァン!!
何も無ければ過ぎ去る景色の一部だった脇の家が雪を強引に散らしながら吹き飛ぶ。
秀明さんの一言で僕たちは何とか瓦礫に巻き込まれるのは避けて迂回する。
「αチーム! 行けッ! 俺たちは後退しながら境目を目指す」
ショットガンを即座に取り出し、構える雷牙が視界の隅に映る。僕は死なないでと心の中で別れを告げて前を向き、滑りそうな地面を足裏でしっかりと捉えて駆け出す。
「ふん……行ったな」
俺は走り抜けていく辿たちをチラッと見ると手に持っているM3Super90と呼ばれるショットガンを構える。
このショットガンはポンプアクション……手動で弾薬であるショットシェルを再装填するものであり、一回で3発の弾が発射される仕組みになっている。
前回、眷族型との戦闘の際とは違い、前衛がいないために使おうと決めていたものだ。
「【星】、出来る限り俺が安全なルートを指示します。ルート上にライアーがいた場合はそれで対応して下さい☆」
禁忌区画の境目ならば、ある程度は辿たちのところへ向かおうとする眷族型を引きつけられる——その作戦の元、俺たちはαチームとは別の道で戦いながらも境目を目指す。
ドンッ! という重い音をショットガンから鳴らしながらも阻む眷族型を払い除けていく。しかしながら、彼方の指示が相変わらず的確だ。遮蔽物、狭い道……出来る限り元からあるものを使って、まとめて来る個体数を減らしている。
「遥ッ! 鬼灯は頼んだぞ」
「おっけー! 遥にお任せ!」
走りながらも元気に応える遥。その背後から一つの影が近付く。しかし、バチッという電気が弾けるような音と共に迫っていた二本の腕が弾かれる。
「遥に触れて良いのは、お兄ちゃんだけなんだからっ!」
マジックミラーのようにおそらく外からは見えないが内側からは遥を中心として俺たちを包み込むように結界が張られているのが見える。
加えて、遥と共に動く結界のために触れるごときでは俺たちを止められない。
「う〜っ! なんて兄想いの妹なんだ……」
まあ、こんな状況下で妹に感動していることから彼方のシスコンっぷりは言わずもがなだがな。
「境界線ってあそこですよねっ?」
杖を抱えて走る鬼灯が少し先の場所を指さす。ライアーの結界はライアーを中心に幾らかの距離で発生し、ライアーが移動すれば結界も広がる場合がほとんど。
だがその場所は———
「禁忌区画はかつて出現した邪神型の結界の影響で既に崩壊しているのだよ」
今日の朝の真によるミーティングの一幕が頭を過ぎる。
「邪神型の結界が特殊なのは覚えているかな?」
「結界内で起きたビルの倒壊などの物質的破壊が現実に反映される……だったな」
真は首を俺の回答に満足した様子で縦に振るとこう告げた。
「その通りだッ! その代わり現実で起きたことが結界内に反映されないという一方通行なのだッ!」
だからこそ、眷族によって現実を模倣して出来ている今の結界にすら崩壊した街が再現されていた。
見るに耐えない光景。パッと初めに目に見える高層……であったらしいビルは半ばから強引に削り取られたかのように崩れ落ち、その上にあったはずの階は無くなっている。
他にも沢山の高層ビルがあったはずだがその全てが半壊あるいは全壊している。当然、壊れたビルの残骸に道という道は埋め尽くされ、瓦礫の海だ。何処が道路であったかすら認識が困難なレベル。
中途半端に残るその半壊のビルは、まるでその海に聳える墓標のように悲しく寂しい雰囲気を醸し出している。
近くに見える家も一階建てに見えるが、地面が瓦礫であることを考慮すると二階建ての二階の部分が見えているだけだろう。
何処からか種でも飛んできたのか所々隙間から植物が生えているが、それすら奴らライアーの結界に降る雪に埋もれかけている。
「開けていますので、ここが眷族型を引きつけるには丁度良いかと思います☆」
もし、彼方と遥がいなければ、いくら広い場所が引きつけるに適していると言えど、全方位から狙われる可能性がある故に俺は別の場所を選択していただろう。しかし——
「【青龍結界陣・麻痺・急急如律令】! 残念でした☆」
馬鹿正直に最短経路で攻撃しようとした眷族型がいつの間にか敷かれていた『札』を踏んだ瞬間に痺れて動きを止める。
そして、俺はすかさずショットガンでその個体を仕留める。
「さっすがお兄ちゃんっ!」
俺も心中で遥に同意する。【塔】は兄が情報を集めて整理し、妹が演算し確率の高い可能性を選び出す。それは司令塔たる所以であり、戦闘する時も変わらない。
確か二人がこの祝詞を知っているのは、二人が昔、神社にいたことが関係していたはずだ。
「俺たちの結界はもともと戦闘方法ですから☆まあ、それよりも……」
「"あれ"をやるか?」
「はい。妹に手を出された以上は……兄として許せませんので」
今までふざけたような声色や表情だったものが、低い声色と同じ笑顔と言えど冷たい怒りでも宿したかのような表情に豹変する。
「遥には……俺が触れさせませんよ?」
そして両手を組み合わせ合掌すると、ぽつりぽつりと祝詞を唱える。
「【布瑠部由良由良止布瑠部・俺の魂を振るわせよ】」
兄である彼方には結界以外に肉弾戦が出来る。それがこの魂振状態化……通称『魂振化』。思念体は精神や魂と同等故に彼方曰くこの祝詞を唱えることで思念体全体を強化出来るそうだ。
「反動ですか? そうですね、無理矢理魂を奮い立たせるものなので後日何もやる気が起きなくなります☆」
余談だが、こんな事を話していたなと思い出す。
そんな中、早速一体のライアーが殴ろうと彼方に腕を振るうが——バキッという少し離れた俺にも聞こえる音を立てて"へし折れる"。
「折ってしまえば腕を武器になんて出来ませんからね☆」
そう冷酷に笑って告げる彼方に、折られたそのライアーは残りの3本の腕を使って一気に殴ろうとするが。
「遅いだろうな」
彼方の乱打によって本来殴るはずだった軌道が腕が折れることによりあらぬ方向へ曲がっていた。
彼方が少し下がる動きを見せたところで俺はショットガンのトリガーを引き、撃ち殺す。
「【星】流石です☆」
戦闘に、つまりは日常では無い場所に身を置いていると何処が壊れていなければやってはいけないと言うがよく言ったものだ。
しかし、そう考えると辿は——彼方からの賞賛を当然と受け止めながらも多少なり辿へと想いを馳せる。
鬼灯を守りながら、遥の指示を元に彼方が無力化した所を俺が仕留める。既に連携は整っていた。
「ざーんねーん! 【玄武結界陣・防壁・急急如律令】!」
数の都合上抜けでた個体が居たとしても、遥の結界に阻まれ、壊そうとしている間に俺か彼方が排除する。
βチームの目的である引きつけ役は如何やら成されているようだった。




