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第10話 『残された希望は』

 

 ドアがガチャリと開く音が聞こえる。現在地は嘘狩り本部の大部屋。時刻は午後1時を少し過ぎたところ。駆け足で向かってくる足音が一つに、その他の足音が三つ。


「辿くんっ!」


 黒髪のポニーテールが揺れたのが見えると、予想通り走っていた勢いそのままに抱きしめてくる刹那。抱きしめるために回された腕には、いつものハグ以上の力が籠っている。


 だから、僕には成分補給とかなんとかじゃなくて、もっと心の籠った……心配のハグだと分かった。


「刹那……。ただいま」


 ここで茶化す程僕は馬鹿な人間じゃない。この魂は兄さん……彼女の本当の幼馴染の進太郎から受け継がれたものだから。


 だから、言葉を頭の中で選んで紡ぐ。

 刹那は兄さんを失った。だから、もしここで僕が『ただいま』と言わないで誰がいつ言うのかなと思ったよ。それに兄さんが生きていたならきっとこう告げると思ったから。


「うんっ……! おかえり……辿くんっ!!」


 刹那は僕に兄さんの『ただいま』と言った姿を重ねたのか、単に僕の安否が心配だったのか、あるいは両方なのかは分からないけど、瞳を(うるお)しながら刹那は応える。


「兄さんの想い……受け継いで来たよ」


 そのハグにそっと僕もハグで返す。

 ずっと。ずっと刹那は見守ってくれていた。どれほどその感情を僕に打ち明けたかったのだろう。想像は出来ない。


 きっとどこかでこうやって僕が兄さんとの区切りを着けれると分かっていたのかな。

 だから、それまで見守っていてくれた——だからこその感謝と労いの優しいハグ。


「……進太郎。……ありがとね、辿くん」


 僕の肩に頭を乗せながら刹那がぽつりと呟く。ここで泣かないのは僕の事を任された刹那の意地なのかなと思う。


「いるんでしょ? 雷牙」


 ハグをし終えた刹那を見届けて、入り口の扉の方へ声をかける。


「ああ。相変わらずしぶといなお前は」


「それ僕に直接言う言葉!? 今の僕はある意味で病治りたてみたいなものだからね? はぁ……雷牙こそ、死んで無くて何より」


 僕は、いつも通りの精一杯の皮肉を込めて返事をする。かと言ってお互いに嫌いというわけでは無いのは確か。いや……たまに嫌いなとこあるけどさ。


「あとは準禁忌区画の守り手の二人だね。秀明さんとえっと……」


「烈渡の方だ」


 確か【魔術師】の瑠美(るみ)烈渡(れつと)は姉弟。能力に伴って人格も宿った……らしい。

 彼らは準禁忌区画から眷族型ライアーが出てこないように戦っていた守り手だから、僕自身は共闘経験は無い。


 資料や話だと、人格や使う能力の指向性によって服や眼の色が変わるらしいけど、それはあくまで思念体での話だから現実だと分かりづらい——僕は、とりあえず仕方なさ気に答えた烈渡と何やら考えていた秀明さんに挨拶をしておく。


「辿、花音と(まこと)はどうした?」


「二人なら異能研にいたよ。もう少ししたら来るんじゃないかな? ほぼ僕と同時に鬼灯さんは起きたらしいけど、真が質問したいことがあるからって」


 僕は脳内で目を覚ました時のことを思い出す———

悪夢型ライアーを倒して結界が無くなった時。あの時僕は僕の家の玄関に立っていた。つまりは、あのライアーは僕の家の近くで現れたということ。


「兄さん……。行ってきます」


 僕はそれが偶然では無い気がして。あたかも兄さんが僕に行ってこいと言っている気がして、玄関でぽつりと呟いて家を後にした。


「で、念話を彼方に飛ばしたら、『だったらまずは嘘狩り本部に来て下さい。真先輩は、彼女に質問があるから遅れるとの事です☆』なんて言われたからさ?」


 とりあえずみんなにデジタルデスクを囲む椅子に座るように促しながら、雷牙に思い出しながら答える。


「なら、もうすぐだろうな」


 少し早いリズムを刻む足音と一定のリズムを刻む足音が耳に入る。


「この僕のッ! ことを呼んだかなァ……?」


 いつも狙ったようなタイミングで来るよね、君ってさ。え、何……寧ろ呼ばないと来ない系男子かな?


「辿くんっ!」


 後ろから付いてきていた鬼灯さんが僕を見るなり表情を明るくする。幸い……と表現して良いのかは定かじゃないけど、鬼灯さんは刹那みたいにハグ魔じゃないから———ぎゅ。


「あーー……鬼灯さん?」


 そうだった。ハグ魔では無いのは事実なんだけど……『契約者』とか何とかって言ってたっけ? というか胸の感触がぁぁぁぁ……慣れない。


「大丈夫? どこか痛くしてませんか?」


 痛くない、痛くない。寧ろ鬼灯さんの無意識の上目遣いが良い意味で心に刺さって痛いくらいだよ。


 女の子慣れしてなくて悪かったねと僕は、どこかの誰かに言い訳を心中しながらも、鬼灯さんを宥めて離れるように促す。


 仕切り直し。


「こほん。ひとまず真から、みんなに再び集まってもらった説明を聞きたいと思う」


 少しのやり取りが終わった後、僕と真以外は席に座って作戦会議をすることにしていた。


「ああ、いろいろあるからね。まず一つッ! これは皆が知っての通りッ! 正体不明、前例に無いライアーが誕生したのだァ……」


 僕も真からさらっと聞いていたけど、詳細を聞くのは初めて。だからと僕も真面目に真の話に耳を貸す。


「彼方たちとこの僕のッ! 推測によればァ……CODE:Uと呼ぶあのライアーは、まだ未完成個体さ」


「何……? あいつが未完成だと?」


 それを聞いた雷牙が食ってかかる。

 僕が悪夢型ライアーと戦っていた間、雷牙たちは邪神型の思念に引き寄せられたライアーたちを殲滅する作戦をしていたらしい。


 その中で現れた事例の無い存在……CODE:U。雷牙たちですら、仕留められなかった相手。


「正確には、CODE:Uは成体なんだァ……しかしッ! 考えてもみてくれッ! 極論、嘘をつかれた側の被害的思念と、嘘をつく側の加虐的思念が即融合出来るとでも?」


 確かに。一口にライアーと言っても、『嘘に対する感情』……つまり、被害者側と加害者側の思念が存在している。前に真がさらっと言っていたのを思い出した。


「そして最近ッ! 分かってきた話なんだがァ……ライアーという一個体を成す思念には、ほとんど同じ傾向があることが分かっているのだッ!」


「それってさ、嘘をつかれた人の思念同士だけがくっつくってことだよねぇ」


 やっぱり何というか……刹那は翻訳機か何かだよね。いや、分からない訳ではないんだよ? ただ真って研究者だから、難しく語ってしまうところが一部あるんだと——要約してくれた刹那に感謝しながら思う。


「その通りッ! しかしながらCODE:Uは違うッ! その相反するはずの二種類の思念が混ざり合おうとしていたとこの僕は推測するのだッ!」


 結界の中は、CODE:Uのせいか感知不能に陥っていたからあくまで推測と念を押しながらも、身振り手振りを使って激しく語る真。


「もしかして、結界の中が感知出来なくなる前の各ライアーの思念から推測したのか?」


 珍しく効果音の無い会話をする秀明さん。彼の言う通り、真はその二種類の思念があたかもあることが前提のように話していた。


「ああ、それ以外に寧ろ推測出来る要素がないね……」


 真は、まるでもっと未知のものについて考えていたかったかのようにしょんぼりと肩を落としながら肯定する。


「それで、『未完成個体』ッて言い方はなんだ?」


「僕も気になってたけど、普通だったら成体って表現だしさ」


 ライアーにあるのは、幼体・憑依体・成体・完全体の4つ。聞き覚えのない表現が僕も烈渡のように違和感だった。


「例えば、カップ麺に付属する汁を作るための粉は、お湯に入れた瞬間に溶け切るかい?」


「いや……混ぜなきゃ溶け切らない……!」


「つまりはさ、この僕のッ! 推測が正しければッ! まだ混ざりきっていない、お湯に粉入れただけの状態ってことさァ……」


 余談なんだけど、たぶん真がカップ麺の話題を出したのって、帰ってきたばかりの僕に食べさせたものだからだと思う。


 閑話休題。


「とは言え、CODE:Uがどこに行ったのかさえ分からない以上は考えても仕方ないのだよ。今やれるのはッ! 邪神型の討伐の作戦を立て直すことだけだッ!」


 聞いた話によると、CODE:Uという不確定要素が入ってしまったことにより、本来の作戦より消耗してしまったメンバーがいる。


 つまり、立て直しは必須。


「それでだ。本来ならば、全員で突然をッ! しても良かったらのだがァ……彼方と遥を編成しッ! チームを3つに分けることにしたのだよ」


「3つ……?」


 聞き返した僕の方へ一度向いた後、真は僕たちが囲むデジタルデスクを操作しながらプランを説明し始める。


「直接邪神型と戦うα(アルファ)チーム。周りの眷族型を出来る限り倒すβ(ベータ)チーム。そしてッ! 通常のライアーの動きを見張るγ(ガンマ)チームだッ!」


 机と一体化したモニターにαチームは僕と刹那、秀明さん。βチームは雷牙と鬼灯さん、彼方と遥。γチームは烈渡と真と表示されている。


「鬼灯さんを前線近くに……?」


 僕は、足手まといになるとかじゃなくて、単純に戦闘経験の無い鬼灯さんが心配になって理由を聞く。


「ああ。CODE:Uに次ぐ良い意味の未確定要素が君たちだからね。それは今回の一件で分かっただろう?」


 自分が兄さんの記憶を引き継ぐようにして生まれた存在であること。そして——


「僕は、兄さんに『刹那のことも世界のことも』頼まれた。だからやってみせるよ」


 兄さんのおかげで頭の中で蠢いていた違和感も、記憶をぼやかす霧も無くなった。今なら、僕は今まで以上の何かが……それこそ眷族型に放った技ですら出来る気がしていた。


「良い答えじゃないか。『健全な魂に健全な技は宿る』って言うからね」


「真……それ若干違うと思うんだけど」


 やれやれと肩をすくめて突っ込む僕をどうどうと宥めると真は告げる。


「最前線では無いが、もしかしたら君や鬼灯チャンが切り札になるかもしれないからさ」


 微かに、鬼灯さんの歌声を。そして、無意識に放った技を覚えている。だから僕は強ちそれが偶然に賭けた当てずっぽうと思えなかった。


「はぁ……つくづく忙しい日だよね。この連日のせいで未確定だの未確認だのが嫌になっちゃうよ」


 僕は若干ドヤ顔な真に悪態をつくように愚痴を吐きながらもそれならと賛同する。


「結界を操る【塔】の二人と俺が付いている。死なせはしない」


 僕がまだ少し不安気だったのか、腕を組んで聞いていた雷牙が口を挟む。


「確かにそうだね。そっちは頼んだよ」


 完璧主義の雷牙が保証するから安心しろと言ったからには信じないわけにはいかない。


「ただッ! 思念の消耗をしている人がいるには変わりないッ! 幸い邪神型の再活動予測は明日だァ……休むと良いッ!」


 真は各自が作戦を了承したのを確認するとこの作戦会議のお開きを高らかに告げた。


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