第9話 『未確認撃退戦線』
「いってぇなァ!」
吹き飛ばされ、その先の建物の壁に突っ込んで瓦礫の下敷きになっていた烈渡が鬱陶しかったのか、暴力的にそれらの瓦礫を吹き飛ばしながら叫ぶ。
俺が先程から皆の身の事を心配していない理由はここにある。
俺は仲間を見捨てる程無情では無いが、今の状況を鑑みるに自分の身でさえ危うい。それに俺は過大評価では無く、皆のことを自分の身は自分で守れると判断している。
加えて仲間の動きは考慮するが、仲間の安全まで考慮すると思考に時間がかかる。
つまり俺は、仲間への信頼と状況判断から皆の身のことは考えていない。
「アタシも忘れちゃ困るねぇッ!」
刹那が手に持っていた掌サイズの瓦礫をCODE:Uに向かって投擲する。
しかも見たところ、あの瓦礫は鉄などでは無く、主にコンクリートなどの主成分がカルシウムで出来たもの——その投げられた大剣が薄黒い膜に触れる。しかし、それは膜によってCODE:U本体に届くことは無い。
「【星】! 分かったでしょ!」
「ああ、無論だ」
刹那の策。それは、俺に『この膜は、磁場では無い』ということを示した。
理由は簡単だ。あの膜が磁場であるならば、金属で出来ていないものは貫通することが出来る。
しかし、通らないということは。
「反重力のような斥力力場か……」
この場合、反"重力"というよりは反"思念"力場の方が正しいかもしれないが——しかしながら、俺は質量の軽いものを撃ち出す銃を主な武器として使う故にそれが分かったとして収穫は…………ある。このメンバーだからこそ出来る策が。
「【星】、何か策ある?」
アタシは何か勘づいた表情の雷牙にあのバリアみたいなものの正体を見抜いてくれた事を期待して、雷牙の元へ後退する。
「ああ。あれは憶測でしか無いが、反思念力場のようなものだな」
「へぇ……なかなか厄介なものを使うじゃない?」
思念体やライアーにとっての思念は、自らの身体を形成するものであり、攻撃や防御に使うエネルギーでもある。
つまりは簡単に言って、CODE:Uが張っている黒い膜はエネルギー反射バリア。
「となると」
「ああ、正面突破しか無い」
煙の焦げ臭い匂いが漂う中、アタシは雷牙がまだ崩壊していない路地裏へと駆け込んでいくのを見送る。
しかし、CODE:Uが易々とそれを見逃すわけが無い。黒い膜を解くと、大地を重く踏み鳴らしながら雷牙を追おうと突進をする。
「アタシを忘れてない? 『準備』が終わるまでは追わせないよッ!!」
アタシはCODE:Uの自らの内に秘めている炎のような紅色の眼を睨み返しながらも、突進の進路上に大剣を構える。
とは言っても、突っ込んでくるのは車と同じくらいの車より質量の重い物体。
対してアタシは鉄の大剣一本。まず止めれるわけがないし、計算上だとこのままアタシが防御しても勢いが多少なりに減衰するだけ。
でも———
「辿くんが頑張ってるなら……アタシが頑張らなくてどうするッ!!」
車とは違う唯一の欠点なら出来る!
そう自分を鼓舞して、覚悟を決めると地面を一蹴り。そしてそのまま向かい撃つと見せかけて右足を前に出す。地面をきっちり捉えるわけじゃなく、わざと滑らせて。俗に言うスライディングってやつ。
車とは違う欠点。"脚を転ばせれば止められる"ということ。
突進そのまま噛み砕こうとCODE:Uが突き出した顔の真下をすれすれに潜り抜けて思い切り大剣を脚に振り抜く。
硬いものを斬るような重い手応えが一瞬にして腕全体に響いてくる。そのままアタシはCODE:Uの腹の下を通って巻き込まれなように即座に離脱。
振り返ってみると、小さな段差に気付かずに転ける時と同じ容量でCODE:Uは転倒していた。
「どんなもんよ! これがアタシの女子力なんだから!」
きっと、辿くんは自分の真実を知って帰ってくる。だから、進太郎に顔向けするためにもここで格好悪い真似は出来ないよね。
そのためのアタシの『女子力』。進太郎の自殺を目にした時のような後悔は……もう二度としたくない。
「また、膜を張りよったな」
するとそこに駆けつけた秀明さん。こっちにCODE:Uが突進してくるまでの間に烈渡くんと一緒に気を引きつけていたけど——
「さっき【星】から念話があってな。既に【魔術師】にも準備してもらっている」
「オーキドーキ。つまりは、アタシたちで時間稼ぎってとこかな?」
にしても。確かに烈渡が突っ込んでいきやすい性格だから余計にそう見えるのかもしれないけど、秀明さんはほぼ無傷。
思念体って服の汚れも無意識的に再現されちゃうから、服がほぼ汚れていないのがその証拠。流石は雷牙くんの師匠だよねぇ——なんて思っていると、CODE:Uが翼と一体化している腕を使って体勢を整えたのが見える。
「どれくらい稼げばオッケー?」
「早くて5分あたりだろうな」
武器の相性の問題で、アタシたち二人ではあの膜を破れない。そこで、攻撃に回るのが最適と判断したアタシは大剣を下段に構えるとそのまま腰に溜めを作りながら走り出す。
そこでCODE:Uが首をもたげる。直後、開いた口から溢れ出た黒い炎が火球へと形を成してアタシへと飛来する。
「その攻撃はもう見たッ!」
余談なんだけどさ。唯一本能なんてものを除くと、自然に存在するものはある程度ならプログラムのように法則性がある。
CODE:Uはその点で言えば火球を吐く時に、一瞬目標をチラッと見るような素振りを見せる。それが法則ならと。
そこから導き出された火球の射線。
ポニーテールが焦げてしまうんじゃないかと思うくらいの熱量の塊が真横ですれ違う。すれ違った時の熱風に髪が揺れるのを感じながらも駆ける。駆ける。
しかしアタシが接近するのが分かると、黒い半透明の膜をまた展開される。——それでも、注意をまず引きつけるためには。
「はぁぁぁあああッ!」
アタシは、腰で溜めていた大剣を跳躍とともにそれまでの加速を利用してCODE:Uに叩きつける。
さっきは大剣を投げたから分からなかったけど、磁石の同じ極を近付けようとしている手応え。単純に硬いものを叩くような手応えとは一味違ったものだった。
「なら……! 【戦車】ッ!!」
その反発力を利用して空中で一回転しながら下がる。声に合わせて秀明さんがそんなアタシの隣を駆けていく。
見たところ反思念の膜を張っている間は、移動出来ない上に火球や熱線といった高火力の攻撃も出来ない。なら、こうやってヒットアンドアウェイ戦法を繰り返して移動も攻撃もさせない。
特に今CODE:Uに纏わり付いている秀明さんは膜の周りを多角度から手数で攻撃しているためにCODE:Uも膜を切れない。
CODE:U自身が自身の甲殻の硬さがどのくらいかを自覚していない……あるいは膜という能力に頼り切っているからこそ出来る戦法。
さっきの爆発音ばかりとは打って変わっての静けさの戦場。その中で膜を解けないのをもどかしく思ってなのかCODE:Uの発する獣の唸り声ならぬ竜の唸り声とアタシたちの地面を蹴る音だけが響く。
「よっしゃあァ! 待たせたぜッ!」
5分程経過したその時、背後から大声が聞こえる。
アタシが振り返ると、"瓦礫のあった"場所から自分の身体を覆い隠す程の白い大楯を持った、聞こえた声的に烈渡くんが現れる。
真くんとアタシで発見した『思念変換能力』。結界の中に存在するものは全て思念で形作られている。そしてそれは、その思念を吸収して自分の思念として扱える能力。
つまりは、烈渡くんはCODE:Uの攻撃で倒壊したビルの瓦礫をエネルギーとして取り込んだということかな。——そう振り返りつつ、烈渡くんと攻撃タイミングを合わせるべく、アタシは彼に視線を送る。
大楯で視線は見えないけどアタシがタイミングを合わせようとしていることは分かっているらしく、突如大楯が変形して持ち手と刃のついた大斧と化す。
「ギャハハハッ! やっとぶっ壊してやれるぜェッ! 【あの日見た鉄】……最大出力!!」
大楯から大斧に変形したことで生まれた溝がグレーに発光する。
「タイミング合わせやがれよォッ!」
「オーキドーキ。アタシの女子力に任せてよね?」
丁度CODE:Uに纏わり付いていた秀明さんが並走するアタシたちと交代するように身を引く。
それをチラッと見送りながら、目標を見据える。破るのはあの膜。破ったら後は雷牙くんの仕事。
「アタシの女子力ッ! 【マジカルサンダー】ッッ!!」
二人して地面を一際強く蹴って跳躍。
気合いの入った叫びを上げながらアタシは雷を纏った大剣を、烈渡くんは身の丈の2倍もある大斧をCODE:Uの膜へと同時に撃ち下ろす。
「「いっッけぇぇぇぇええええ!!」」
アタシは、反発力を手に感じながらも、無理矢理捻じ込む勢いで大剣の柄を力を込めて握りしめて押し出すと。
突然手応えが消えると同時にお皿が落ちて割れたような音が響き渡る。——そしてその音が、俺の耳に入った。
俺は左手で砲身を、右手でトリガーを持つようにして"それ"を抱え上げていた。
全長約2メートルの砲身とその砲身へ電気を送るためにあるトリガーを含めた本体。そのどれもが金属で出来ている。
俗称レールガン。本来ならば、電気を供給する必要があるために巨大な電源に繋ぐ必要があるが、この思念の世界においてのエネルギーは思念。先程烈渡を介して充電は終わっている。
「……チェックメイトだ」
砲身に激しい音を立てながら雷が宿る。それは段々と強さを増していき——俺がトリガーを押し込んだ瞬間に溢れるように放たれる。
否、正確に言えば放たれたのは電気では無く、電磁誘導によりローレンツ力を受けた鉄針だが。
そして放たれた鉄針は俺の目の前の壁を貫通し、軸線上に予想通りいたCODE:Uへと到達する。だが、そこで起きる爆発。
「……!?」
完璧に詰めたはずだ。やつが動けないことを見抜いた上で、やつの視線に入らない場所からの射撃。とそこまで考えて俺はその爆発で起きた煙の中に青色の放電を視認した。
「あれは……プラズマ?」
物体の温度が極限まで高くなった時、電離が起こり荷電粒子を含む気体が発生する。それがプラズマだが……まさかッ!
壊れた目の前の壁を急ぎ足で乗り越えるとCODE:Uの周りに立ち込めていた煙が翼の音とともに晴れる。
「生きている……だと……?」
近くにいる刹那たちよりも俺を睨む紅色に揺れる瞳。しかし、よく見ると頭部の上あたりが削れているのが分かる。
つまりは、プラズマの事から推理して俺のレールガンを熱線を当てることで軌道を逸らし、頭部を貫くはずだったそれを凌いだということだ——そこから俺が即座に次の手を思考しようとした時、CODE:Uは翼を大きく、何度も、羽ばたかせ、今度は俺だけでは無く他の3人を見下ろして飛び去っていく。
「…………。撃退……か」
「雷牙くん!」
「翼で飛んでいったな」
「チッ……完璧に熟せなかったか」
完璧でありたかったが、今は邪神型が優先事項な以上は更なる消耗は避けたい。
思わず舌打ちをしてしまう。
「仕方ねぇだろ。あいつは一筋縄じゃいかねェってこった」
聞こえていたのか駆けつけてきた烈渡に宥められる。確かに冷静さを欠くのは危険だ。
「……なら、嘘狩り本部に戻る。皆、思念を消耗し過ぎているだろうからな」
一回程深呼吸をして自分を落ち着かせると、各々同意したのを確認して、俺たちは壊れゆく大激戦のあった結界を後にした。




