第8話 『黒き炎は天をも焦がす』
「終わったな」
「それ、一歩間違うと倒してないフラグだからねぇ?ま、今回なら大丈夫でしょ」
落雷した音が屋上にいる俺たちにまで聞こえていた。音は1秒で340メートル駆け抜けることから考えて、誤差は踏まえても4秒前には俺の堕としたライアーに雷が当たったことになる。だが———
「いや、待て。【審判】のその予感、当たっているかもしれん」
だが、ならば既に結界の崩壊が始まっていても可笑しくは無いはずだ——俺が、そこまで考えた時、涼しげに吹いていたビルの谷間風が突然台風の時に外に出たかのような強風に変化し、身体を強く撫でた。
「ありゃま。なら……【塔】!」
「解析、終わりました。あの飛竜型ライアーは……死んでいません」
刹那が急いで念話を飛ばそうと彼方を呼ぶと、丁度のタイミングだったのか俺にも念話で返事が返ってくる。
「……どういうことだ?」
「皆さん全員に念話を繋いでいますので聞いて下さい。緊急事態につき、あのライアーの個別名称をCODE:UNKNOWN……CODE:Uとして扱います」
良く見ると、風の向きが全てある方向へ集まっているのが分かる。その先は最早言うまでも無い。
「CODE:U?」
「はい」
彼方は落ち着いて告げようと考えたのか、一拍置いて話し始める。
「ライアーの結界は、そのライアーが倒されれば閉じます。ですが、もし閉じなかった場合、どうなるか予想がつきますか?」
思念の結界。真の一説に拠ると、ライアーそのものは嘘に関する思念の塊。俺たちはあくまで塊としての形を崩してやるだけであり、思念を消すことなどは出来ていないらしい。
「まさか……! CODE:Uは、結界の外に放出されない思念を拾い上げ、吸収したのか!?」
「ご名答です。この結界内で倒された他のライアーの散った思念を吸収、自らと融合させることで、思念としての反応を見るだけでも超強化されてます」
今こうして念話している間にも、地鳴りが響き始めていた。加えて、それと共に思わず鳥肌が立ってしまうようなゾワゾワした感覚まで俺は感じていた。
「時間がありません。皆さん、集合し……」
ぷつんと、トランシーバーを強引に切ったかのような……否、電波をジャミングされていると言った方が良い程のノイズが脳内に走る。
「ち……外部との連絡を断たれたか」
「みたいだねぇ……。【戦車】と【魔術師】聞こえる?」
即座に結界内ならばと俺と同じ結論に至った刹那が二人に連絡を試る。
「あァ……聞こえるぜ?」
「私もだな」
ふむ……ならば、集合するのが最善策。しかし、そう思って念話をしようと思った矢先、爆発音が遠くから段々と近付くように聞こえる。
「【審判】ッ! 飛び降りる準備をしろッ!」
俺は即座に刹那と視線を交わし、二人一緒に即座にビルの屋上から飛び降りようとする。すると———
ドンッ! という一際大きい爆発音が俺たちが屋上の縁を蹴った時に丁度聞こえる。
音の位置的に隣のビルなのだが、そこから1秒にも満たない時間で背後から熱風が落下中の俺たちの背中を無理矢理押す。
「【星】掴まって! 【マジカルブロウ】ッ!!」
急激な加速で地面が迫る中、刹那の落下方向に向けて薙ぎ払われた大剣から風が生み出される。いわば着地するための緩衝材といったところだ。
無事着地に成功したものの、まだ安心は出来ない。
「駆け抜けるぞ、【審判】!」
隣を含めたビルの破壊された部分が瓦礫となって落下してきていた。とてもだが、俺の撃ち落とせる範疇の大きさでは無い。
正確に言えば、俺はロケットランチャーなどで撃ち落とすことは可能。
しかし、瓦礫が一つで無い以上は落としても次波に巻き込まれる可能性が大だと判断して、刹那とともに路地を駆け抜けて大通りに出る。
「けほっ、けほっ……今のは……?」
「確実と言って良い程の確率で、CODE:Uの攻撃だろう。徹甲榴弾を受けた仕返しに熱線とは、洒落ているな」
俺がCODE:Uの原型のライアーを撃ち落とした際に使った弾丸である徹甲榴弾。
これは、弾頭にタングステン合金を使い貫通力を高めた徹甲弾というものに、少量の火薬を詰め込むことで貫通させれなかった場合にも爆発し、目標を損傷させられるものだ。
「割に合わないよねぇ、それ」
俺と話している間に、ズドンという重い音と多量の砂煙を立てて瓦礫で埋まってしまった路地を刹那が見る。
俺もふと思って他のビルを見ると、そのほとんどが俺たちのいたビルへの熱線の餌食になっていて、途中から半壊していた。
「だが……本番はここからだ」
風に乗って聞こえてくる翼の動く音。そして何より、心臓にナイフでも突きつけられているかのようなとてつもない殺気。
「【星】! 私も来たッ!」
「【戦車】と【魔術師】! ふむ……人数は揃ったな。だが、相手は未知数だ。気は抜くな」
俺たちは、同じく路地から急いで出たであろう駆け寄ってきた二人と合流する。
ただし、先程の雷から考えて【魔術師】……つまりは瑠美も烈渡も大技は不可能。
幸い烈渡の方は肉弾戦向けの能力。瑠美のように魔法のようなものを使うわけで無いために思念をほぼ消費せずに戦える。
「あァ。お姉ちゃんは休ませてる。そこは気にすんな。それに今崩れた瓦礫とか使えば、俺なら戦える」
俺の視線に気付いたのか、問題ないと告げる烈渡——ならば、と近付く音のする方を見上げると。
黒い。ただ黒い鱗。俺が撃ち落とした時は距離が遠かった故に詳細な部位までは分からなかったが、岩石のような艶のあるグレーだったはずだ。
だが、艶さえ無い……まるで影や闇のような黒色が全身を染め上げている。
その中でも、爪や眼などはまるで動脈から流れた血のような紅色。
そして俺が攻撃した方の右目を含め、おそらく雷で損傷したと思われる部位には分厚い戦車の装甲のようなものが"生えている"。
「なんだ……あれは……」
しかしながら驚いている場合では無い。俺が視認出来たのは大通りで開いている場所だからだ。つまり、向こうにも俺たちは見えている——すると、CODE:Uは滑空するような仕草……今まで羽ばたかせていた翼を風に預けるように広げる仕草を見せる。
「あはは……あれは避けないと不味いねぇ」
「散開ッ!!」
俺のその呟きを合図のようにして、大通りの真ん中にいた俺たちは先程のチーム分けと同じ分け方で、それぞれ大通りの両端にある歩道へと急いで走る。
その瞬間、ガリガリガリとアスファルトを削る音を立てながら真横を駆け抜ける風。
俺には、CODE:Uが脚と鉤爪を使って飛行機の着陸のように地上に舞い降りたとすぐに分かった。
やつまでの距離は約10メートル。
「【あの日見た鉄】ッ!」
姉の思念を使わない代わりに、弟である烈渡が全面的に自らの力を使う。
この二人は、身体は一つのために能力のために使えるエネルギーのようなもの……思念は一人分。
いつも多様な状況に対応するために50%ずつの割合で使っているのだが、片方一人で使う場合は残りの思念を考慮しない場合の単純な火力なら二人の時より勝る。
要約するならば、二人ならば戦略、一人ならば火力に優れる。
そこで、早く動いたのが服全体と二つの眼を灰色に染めた烈渡。手には長い金属の棒。
「オラオラオラッ!どんなやつだろーと蹴散らしてやらァ!」
少し遅れてCODE:Uを刹那と秀明師匠が囲もうと動いたその瞬間だった。
翼と一体化しているその腕がヒュンと風切り音を立てて薙ぎ払われる。
「くッ!!」
二人の目の前で、棍棒を身体の前で構えて辛うじて防御した烈渡が軽々しく吹き飛んでいく。
「【魔術師】ッ! アタシの可愛がってる子をよくもッ!! 【マジカルフレイム】ッ!」
刹那が大剣に炎を纏わせて動く。俺の目には、吐いた言葉程冷静さを欠いた動きでは無かった。先の腕による薙ぎ払いを警戒したようないつでも避けれるような動き。
しかし、相手も相手だった。
まるで憎しみが灯ったかの如き紅色の目を血走らせながら、薙ぎ払いの動きとは別の動きで頭部を刹那へ向けた。
まさか———そう思った時には遅い。
開かれる口。その中に宿る黒く煌めく炎。
「避けろッ!! 【審判】ッ!!」
直後、闇のように黒い炎が視界を染め上げると、爆風が俺の身体を打つ。
足が地面を踏みしめている感覚が無くなり、気付けば地面を転がされていた程の爆風。
空気が焦げているとはこの事かと思い知らされる程の予熱。
「くッ……ぅうッ……」
俺は、なんとか動く足を叱咤して、立ち上がるとまず視界に入ってきたのは黒い煙と陽炎。そしてその先に悠々と佇むCODE:U。
陽炎が出ているということは、今の火球で空気が一瞬にして熱せられたことは明確。
だが問題はそこでは無い。
「地面が……抉れている……だと?」
その揺らめく陽炎の真下。地面に、直径10メートル程の大穴が空いていた。
深さこそ2メートルもないにしろ、1発でこの威力……原型と戦った時は、例え刹那が防御していなくとも此処までの穴は開かなかったところを見ると——
そこで、刹那の安否を確認しようとした瞬間、視界の端できらりと光の瞬きが一つ。
俺は自らの直感を信じ、強く地面を蹴り、前方へと身を投げる。
轟音が身を投げる前の俺のいた場所から聞こえた。俺の推理に間違いが無ければ、それは俺と刹那を狙った時の熱線。
「ならばッ!」
俺は、熱線の温度を背に感じながらも膝立ちになり、徹甲榴弾を愛用のへカートに装填し、スコープを覗くと鱗と鱗の間に即座に照準をつける。
現実ならば反動を考慮すると有り得ない姿勢だが、質量という概念と関係無く動くこの思念の武器ならば可能な姿勢。
俺が構える時間を稼ぐためか、秀明師匠がCODE:Uの周りを走り回ることでやつの気を引きつけていた。そのチャンス、逃しはしない。
「【星】ッ!」
秀明師匠が大きく飛び退き、射線が空く。
タンッ! という軽い音を立てて、俺のスナイパーライフルから弾が発射される。
そしてそれはやつの闇に染まったような鱗と鱗の間に吸い込まれるような軌道を描き——
「なッ……!?」
端的に言えば直撃しなかった。しかしそれは、俺が外したというわけでは無い。その弾丸は……鱗を目の前にして止まっていた。
そこで、頭の中にそんな状況を起こす方法をいくつか思いついた僅か1秒未満の事だった。
弾丸が……"一人気に向きを真反対に変えた"。
「磁場だと……ッ!」
俺が撃った時よりも速い速度で飛来する徹甲榴弾。
スナイパーの鉄則として、撃った後は即座に場所を変えるというものがあるが、それを俺が知らなければ避けられなかっただろう。
照準を定める知能までは無いのか、そっくりそのまま撃ち返すだけ。
既に真横に走り出していた俺には当たらないが、爆風は別。
爆風の起こる前に、起こるであろうと予測した方向へ腕を胸の前で交差させ防御体制を取る。直後、爆発。
「ぐッ……!何てライアーだ……!」
爆風で吹き飛ばされながらも、地面に身体が触れる瞬間に受け身を取り、地面を転がる。
荒い息を吐き出しながら、良く見ると、先程は陽炎で見えなかったものが確認出来た。
CODE:Uの周りに、CODE:Uを中心とした半球型の黒い煙かと見間違いそうな膜がある。
「……磁場、あるいは反重力か」
桁違いの強さに、改めて『未知数』という言葉の怖さを思い知らされた俺だった。




