第1話 『戦力を集めて』
…………ザク、ザク、ザク。
雪が舞っている。この降り具合を見るに、もうすぐ止むだろう。
しかし、今までが豪雪だったのだろう——くるぶしより少し下のところまでは雪が積もっている。俺はそんな少し重い足音を立てながらそこをゆっくりと歩いている。
ゆっくりと歩くことに支障は無いと思うが、踏ん張る時などに不利になるだろう。こんな場合、俺ならばあまら移動に不便で無い屋根から狙撃するが。
今回、俺がここに来た理由はとある二人に会うためだ。無論、あの二人ならこの結界の状況でも、大丈夫だろう。案の定———
「流石は【戦車】と【魔術師】だな」
おそらく戦闘で吹き飛んで開けた故に元から開けてはいないであろう場所に二人の影。
何故そんな言い方をしてしまうのか? それは簡単だ。明らかに住宅街であったはずの場所がまるで突然広場になったかのように開けているからだ。
とは言え、場所のことは些細なことだ——そう考え、サラッと二人の影に近づく。
片や、帯刀をしている身長170ほどの二丁拳銃を指を使って回している男。
片や、大楯を地面に立てている対照的に身長は150ほどの女。
「【星】、来ていたんだな。もうすでにこの場は静かにしたぞ」
相変わらず、傷一つない服装で話しかけてきたのは、コードネーム【戦車】の業秀明。歳は35。若干ぼさぼさで、強いて言えば前髪の真ん中が鼻にかかり、その左右は目にかかり気味な長さであることしか特徴にない黒髪に、戦闘職を思わせない優しい眼。加えて本人一推しの髭。俺に戦闘について叩き込んでくれた師匠だ。
今は慣れてはいるが、秀明師匠は語彙力が壊滅的であり、分からない言葉を脳内イメージの効果音で適当に代用する癖がある。
つまりは、先の彼の台詞を訳すと、この場はすでに鎮圧したということだ。
「……ん。状況終了」
こちらも報告、というように端的に話しかけてきたのは、コードネーム【魔術師】。口調からして虹橋瑠美の方だろう。
歳は18。【塔】の彼方・遥と同じ年齢ではあるが、誕生日的に最年少扱いをされている。黒く長い髪の左右は大きなクリップのような髪留めで留められており、前髪は左目を隠すように分けられている。ライトグリーンの眼をしているが、これは能力上の都合だな。
二つの例外を除いて、いつもは無口だ。
「先程、異能研から連絡があってな。眷属型ライアーの反応が、この結界を除いてこれ以上は見当たらないそうだ」
「それは私たちとしても分かっている話だな。いつもなら、まだまだたくさん発生されてもおかしく無いんだからな」
手で弄んでいた二丁拳銃を腰のホルダーに刺した秀明師匠が反応して応える。
「ああ。まだまだ湧かれていただろうな」
二人は嘘狩り所属ではあるが、準禁忌区画から眷属型ライアーが漏れ出さないように今まで度々戦ってきた『守り手』だ。戦闘経験ならば、嘘狩りの中でも随一と言っても過言では無い。
故に、まだまだ漏れ出る……正確には禁忌区画からここへと出現すると分かっている。
いつも通りのパターンならば、の話だが。
「……【星】、【戦車】の言ってること、分かるの?」
「ああ、鍛えてもらった付き合いだからな」
ほとんどで無表情の瑠美が、首を傾げて聞くが、それぐらい分かると答える。
「……私、分からないけど」
「必要なら、【塔】の指示を既に俺が、通達しに来ている」
「……もう消えちゃったけど、この結界、【塔】の結界感知ですら中の状況分からないから……確かに」
この眷属型ライアーの結界の雪は、報告に拠れば、外部からの思念波の干渉をシャットアウトする。つまりは、前回【正義】がやったように、極限までに近づかなければ中の状況は分からない。
その場合は、大抵、俺が新たな指示の通達係をやったりするのだが。
そして瑠美は、うんうんと首を縦に振りながら納得した様子だ。思念結界は、その主が倒されれば崩壊し、中にいたものは現実へ戻る。
例えだと分かりやすいが、仮にどこかの家の玄関に結界内でいると、崩壊した後は思念体のまま現実のその家の場所に移される。
ライアーの結界が存在場所の風景をコピーしているから起こる現象だ。
「現実に戻ってきたし、一旦帰還した方が話が早いと思うが……雷牙?」
すらすら——つまり、話が早く進むだろうと言うことか。
「秀明師匠に一理あるな。既に真からも邪神型ライアーが復活するまでは眷属型はもう現れないと予測結果が出ているからな」
「……ん。なら行こう」
「決まりだ。いつもの装甲車は用意してある。二人の本体の座標を教えてくれ」
二人は任務が任務なだけに、数日間の食料などを持って此処に数日に一回下される。故に大きな移動手段は無く、送り迎えは俺の車両が必要であるからだ。
寧ろ、そうでもしなければ眷属型ライアーが溢れ出ていたのだから、ある一種恐ろしいとも言える。
そして。
そして、俺は二人に教えてもらった座標から既に思念体から戻った二人を回収。車両に乗せ、嘘狩り本部へと車両を走らせる。
「……時に秀明師匠。『兄』は見つかったのか?」
戻るまでの時間は暇がある、と車両を制御しながら何らかの話は催促してみる。そもそも久しぶりの再会であり任務外ならばと思いながら。
俺は、最年少だがここまでの任務をこなして疲れたのかそのまま後部座席で眠っている瑠美をバックミラーでチラッと確認してから、問いかける。
「……いや、証拠の一つも無いんだ。流石は我が兄だ」
髭を片手で撫でながら、苦い顔をされる。かと言って、諦めたわけではないのは見受けられた。
「そうか。邪神型ライアーの近くの現場ならとは思ったんだがな」
師匠の双子の兄は2年前から消息不明となっていた。出張でちょうど当時まだ禁忌区画と呼ばれていなかった街にいたのだが……。
「厄災の日に消えた……やはり、2年前に隕石のようなものが降ってきてから、この世の中は変わったということか」
俺自身は、異能研所属ではない故に、何処まで研究が進んでいるのかは分からんが。
ただ一つ言えるとすれば、その出来事を中心にして厄災の日なども起こっている。
勿論、推測の域を出ないが。偶然も必然も見方次第でどうとでも言えるからな。
「ただ、私の勘が正しければ。いつか会えるはずだ」
何の根拠もないんだがな? とケラケラと軽く笑って呟く師匠。とは言え、その笑いには若干だが影があるのが読み取れる。
それは以前、師匠本人から聞いた事柄が関係しているのだろうが——そんなことを思いながらも準禁忌区画を抜け出て街へ車両のハンドルを切る。今再度聞くことでもないしな。
「ところで、相棒の辿くんは一緒じゃないんだね?」
ドクン、と心臓が鳴った気がした。確かにほとんどの任務を『とあること』を理由に、辿と一緒にこなしてきた故に、質問が来るのは分かってはいたが——
あの時。つまりは辿が眠りにつく前の辿の言動と雰囲気。俺でさえ、たったの一言目で、身体中から冷や汗がドバッと出てしまう程の畏怖を感じた。辿が辿ではないような、あるいは人間ですらない……まさに死神のような雰囲気とともに。
それを思い出したが故の心臓の感覚だった。とは言え、師匠の質問に答えないほど俺は落ちぶれてはいない。
「……辿は、眠っている。バイタル等々は正常だが、思念波が弱いだけの状態でな。側から見ればただ眠っているだけに見える」
「雷牙くんたちが放置してる辺り、今回は少なくとも白、だな?」
俺たちが放置していることから推測されたが、当たりだ。無言の頷きで肯定しておく。運転している身だから後ろは振り向けないが、後部座席の位置的に俺がそうしていると見えるはずだ。
「……なるほど。これは久しぶりの帰還だと言うのに、街を楽しめなさそうだな」
説明前に、大事を察していた師匠であった。




