第1話 『嘘狩り』
……光が眩しい。
いつも見る、窓から差し込む光。
その光は暖かく優しいものに見えるが、個人的には仕事を急かす優しくない光に見える。ただの嫌味。
僕はそんな嫌味なやつに起こされ、目蓋を擦りながら起床する。
「……ふわぁあ」
大きな欠伸を一つ、背伸びとともに。
時計の短針が指すのは……7だね。いつもの時刻。
堕落したい気持ちを切り替えて、僕は自らにかかっている布団という名の、僕をシングルベッドに括り付けようとするものを取り払う。
ベッドさえ無ければ、もしかしたらこの堕落したいって考えも無くなるかもしれないけど、それはベッドへの風評被害かな……?
ふと、ベッドの近くの鏡の自分を見る。
相変わらず硬い髪質。跳ねやすい、直りにくいという曰く付き……と皮肉に勝手に思っている純粋なまでに黒い髪。
眼は、焦げ茶色。まだ青年の感じが残る。
何故残るかって? これでも20歳だからだね。
全体的にはスラッとした体つき。
ふむ…いつもの自分。
正直もうすぐ着替えるけど、寝巻きは僕のお気に入りの黒と白の半袖半ズボン。
最近、夏の中でも暑くなってきた頃だからである——と僕はここまで振り返って、一体誰に語りかけているんだ、寝起きで頭おかしくなったのかなぁと我に帰り、いつも通り支度を始める。
この寝室の扉を開ければ、少し広い程度のリビングに繋がっている。
適当な足取りで、その扉を開け、パンを漁り、トースターに放り込み……テレビをつける。
天道辿。
それが僕の名前。
警視庁特殊犯罪対策課『嘘狩り』に所属している。
だから、こういうニュースのチェックは日課にしているつもり。
「…改めて、"2年前"に比べて冤罪は減ったよね……『嘘狩り』のおかげでね」
ぽつりと呟く。
チンっ! とやたら元気な音を立てて朝食が完成したので、火傷しないように気をつけて皿に運ぶ。
2年前。世間に嘘に関する能力を持った者が現れ始めた時。能力……それは、とある化け物と戦うためにも必要なもの。
「でも、結局最近『ライアー』が増えているから、少ししか減ってないかなぁ……」
ふと昨日見た、鳳凰のような化け物と炎に包まれた街が脳裏を過ぎる。
けど、あれは、夢では無いけど、現実のことでも無い。
その事を考えるのは仕事の時で良いと断定して、出来立てのトーストにマーガリンを塗りたくる。味は濃いめが好きだからかな。
そんな中、チラッと皿を置いたテーブルの上にある写真が目に入る。僕の兄さんが笑顔で写っている。
「……兄さん」
これまたぽつりと呟いて。
僕はそのあと、朝食を食べ終え、白のネクタイ、黒のスーツにさっと着替えて、既に支度されているリュックを背負って家をあとにするのだった。
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「来たか【死神】」
「任務中じゃないのにコードネームって相変わらず皮肉?」
「冗談だ、【死神】」
冗談に見えない真面目な表情で言われても……。
此処は特殊犯罪対策課、通称『嘘狩り』の警視庁にある本拠地。
僕が話しかけられたのは2年前辺りから新設された、その部署に入るための扉の前。
この扉を開けると大部屋に出る。新設されただけあって、大きな机にはタッチパネル式のモニターが埋め込まれていて主に会議などで使っている。そしてその部屋を中心に、各方角に扉が付いていて、その先は漫画喫茶の個室より少し大きめの個人の部屋となっている。
それでもって今話しかけてきた彼…コードネーム【星】こと霧噛雷牙。
セミロングより少し短い程度の青みがかった黒い髪。女装しても問題ないと噂される程の整った顔つきと凛々しい黒い目。
身長は僕より少し高い上に、あまり笑わない…本人曰く感情表現が不得意のため、若干高圧的に見えてしまう、はずなのだが、そのクールな顔の"せいで"クールにしか見えない。
「はぁ……それで彼方からの今日の情報は?」
「……もうすぐだろうな」
彼は状況判断能力に優れている。つまり……
「はいはーい! できちゃったよ! 先輩!」
「うえ……出た……テンションお化け……」
コードネーム【塔】の兄妹の片割れ。
兄の神無月彼方。
歳は18歳であり、嘘狩りの中では若い方。
左目の上辺りで、焦げ茶色に染められたその髪の右側の髪は右目に少しかかる程度に分けられていて、目は髪と同じ色を讃えている。
そしてなにより……。
「先輩、俺の方が徹夜してるんですから、もっと元気出して下さいよー?」
朝からうざい。耳が痛くなるからやめてくれ。とまぁ、徹夜をよくしたりするからなのか、テンションが高い。
え、仕事だろうから偉い?
あー……確かにそれはある時はあるけど、大抵妹とのゲームだから。うん。かと言って、仕事がある時は仕事をやっている。
「それで……情報は?」
慣れてしまっているし、言い返すのも怠いと思って、催促する。
「つれないですね……先輩? えーっと、実は目立った案件が一つ。他の方々には裁判所に行ってもらっていますが、不足の事態のためにお二人に頼みたいものです」
相変わらずにこにこしていて、声のトーンすら変わらないが、ある程度の付き合いの僕からすればこれは真面目な彼方だと判断できる。ってなんで普通に表情から読み取れるやつ今いないんだよ。僕くらいじゃん。
ともあれ、何故『嘘狩り』の隊員は裁判所に行くのか。
『嘘狩り』には、公的特権が付与されている。それは裁判への介入。
僕たちは、能力者の中でも能力の熟練度が高く、嘘の思念を明確に読み取り、見抜くことが出来る者。しかし、政府は僕たちのことを『特殊な訓練により、嘘を見抜けるようになった者達』としか世間に公表していない。
何故なら、国民にライアーという化け物がこの世にいると知れたらパニックになる。そういう判断で政府が能力者やライアー関係の情報は統制しているから。
だから能力の高い僕らが水面下で防ぐ。
少し話がズレたけど、その上で、冤罪の防止やその証言が嘘である可能性を提言するために裁判に介入する。
当初は反対意見も見られたけど、今は実績が実績のため少ない。
とは言え皮肉に言えば、国にとって、僕たちはあくまで嘘を見抜く道具。
なにより真実を見れるわけではない。
『疑わしきは被告人の利益に』その本質は僕たちが介入しても変わらないから、問題は特にないのだそう。
ただし、そのためだけに警視庁に置かれているために警官って程ご立派じゃない。
ある程度の権利が保証されてるだけ。
でも、『ライアーのこと』について知っている上層部の人たちは治安維持のために僕らを退居はさせられない。微妙な関係。
「それで、その案件の内容は?」
「少女……が突然現れました」
「…………? 何で突然現れた……なんて分かる?」
いや、まさか。エイプリル・フールじゃないんだよ? そんなファンタジーなことを仕事に持ち込まれても……。
「ふむ……彼方の思念結界は、ライアーにのみ反応する。まさかとは思うが……」
「雷牙先輩正解!! ライアーほど思念の反応は強くないんですけど、不可思議なことにライアーらしき反応がするんですよ?」
流石の雷牙も驚いたのか目をぱちぱちさせている。もちろん、さっき嘘だと思ってた僕なんて……
「……ライアーの思念反応が少女に!? だって、ライアーは人の嘘に対する感情が集まって形を成したもののはずでしょ……?」
人の願いが神様を作り出すなら、人の嘘に対する感情が化け物……ライアーを作り出す。
能力者にしか見えない上に対処出来ない存在なのに……なんで女の子に……?
「はい! 加えて自我はしっかりと感じるのに、その反応が出てるので、これはある意味緊急事態なんです」
「……なるほどね。もし単純に考えるなら、中間の存在とでも言うべきなんだろうけど……」
「ひとまずは保護だ。何か悪いことがあってからでは遅い」
「そういうことで、位置を教えます。なので後は宜しくです☆」
新たに発生した任務へと、僕と雷牙の二人で向かうことになった。