問いかけの答え
フォロワーが出してた日本語クイズ https://twitter.com/kamome0917/status/1245008692082163713 から作った小話です。
「回答はコメント欄で」とあったんですが、140文字上限じゃどうせ入り切らなかったのでいっそのこと全部文言入れた即興短編にしました。答え合わせも多分しやすいし。
問題を順番に入れ込むことを優先にして書いたので、整合性とかはなにも考えていません。
あの新人は最初から①【癇に障る】態度だった。
いつもへらへらとしていて不真面目。今も流行りのゲームの話を別部署の同僚としていて、やれガチャが渋いだの、レアが出ただので盛り上がっている。
我々は税金から給金が出ているのだから、早く持ち場に戻って働けと怒鳴りつけたいくらいだ。
「気になるか?」
例の新人を見すぎたらしい。自販機の飲み物を買いに来たらしい世話役が、顔だけこちらに向けつつ声をかけてきた。
「②あんな若造はすぐに【音を上げ】ますよ」
「普段は③不満を【おくび】にも出さないお前が言うほどとは相当だな……まあ、相性が悪そうだとは思っていたが」
そう言いながら、自販機からコーヒーを抜き取った世話役が隣に座る。
この世話役もあまり素行が良いほうではない。それでもこの部署に勤めるようになってから面倒を見てもらっている相手で、私は少し肩の力を抜いた。
「そんなもんより、この間買ったおつとめ品の処理を考えたほうが有意義だぞ。④豆腐は足が【早い】んだからとっとと味噌汁でも作っとけ」
「なんで私の買い物事情を知ってるんですか!?」
「安いからって買い込んでそうだなと。やっぱあたりか」
とはいってもこれは把握というには足りないのではなかろうか。たしかに寮への通勤路にはスーパーがあり、安くて美味しい豆腐があるし、新聞にも広告が入っていた。あまりにも行動原理が伝わりすぎていて、顔に血が昇るのを感じる。
ごまかしもできない咳払いを軽くして、私は話を仕事に戻した。
「それより、この間⑤浮気現場を【押さえる】ことはできたんですよね。あの件はどうなりましたか」
「あー、あれか」
からかい満載のニヤつく世話役の顔は、私の問いかけですぐに切り替わった。この世話役は引き際を心得ている。それがあの新人と世話役との違いだろうと思う。
「夫婦よりも息子のほうが問題でよ。『⑥【たとえ】ぼくが死んでもお父さんはかなしまない』とか言っちまって。9歳にそこまで言わせるってよぉ……」
「情に流されすぎですよ。もっと切り分けないと辛いんじゃないですか」
「⑦お前は本当に【阿呆】だなあ?人間は感情の生き物なんだ。それが分からなくなったら終いだぞ」
「理解はしますが、入り込む必要まではありません」
息子の姿は私も見たことがある。何も期待しない目をしていて、大人びていた印象だ。
たしかに同情はするが、そういった不幸を減らすために我々の仕事はあるのだ。一人ひとりに感情移入していては、とても効率が悪い。
「ま、俺はそんな優秀な後輩の⑧おこぼれに【与ら】せてもらってるようなもんだからな。お前の好きにやるといい」
休憩時間が終るのだろう。手持ちの珈琲缶を私に投げてよこしながら立ち上がる。
「それはあなたが、評価を他人に譲ってばかりだからじゃないですか!」
世話役の背中に向かって軽く声を張り上げるが、世話役は手をひらひらと振っただけだった。
***
世話役と一番最近話した内容に現実逃避したのは致し方ないだろう。結構前のことだった。
世話役との久々の現場だと、⑨喜びに心が【躍って】いた自分をなかったことにはできないだろうか。
たしかに今回の件のチームリーダーは世話役だが、現場でのペアを組まされたのは、あの例の後輩だ。
何故こいつがここに、と不思議だったがいざ世話役の口からそう指示が出た時、⑩思わず息を【呑んだ】。
「うぃーす、よろしくおねがいするッス」
相変わらずへらへらとした態度で言うそいつに、思わず殴りそうになった自分を褒めてやりたい。
『……言いたいことは分かる。分かる、が、他に動かせる人員が居ないんだ。すまん』
世話役にそう言われてしまえば、こちらも文句を出しようがない。
感情は切り分けなければならない。この職につくときにそう決めたのだ。
そうして車で現場に向かおうとすれば、タイヤやシートのチェックを無視しようとするわ、シートベルトは面倒くさがるわ、不安しか煽らない。
「チェックシートなんて面倒くせーッスよ」
「……むしろそこまでふざけた性格してて、よくこの職に就こうと思ったな」
「あっ聞いちゃう?それ聞いちゃう?」
うざい。
「オレ、好きな人いるんすよー。やっぱ、⑪親御さんからの【心証】を良くしたいでしょ?そんならヤッパ公務員だよなーって」
それからは、聞いてもないのにひたすらべらべらと喋っていた。苦労して勉強して試験に受かり、やってはみたけどやっぱり合わないだとか、後悔しているだとか、仕事の愚痴ばかりだ。
「ねぇセンパイ、オレの好きな人センパイっつったらどうします?」
「笑えない冗談」
「ほんとマジメッスねー!センパイって、⑫【そつ】のない仕事ぶりでうちの部署でも有名なんすよー。今回一緒にできてコーエーッス!」
「……お世辞で態度が変わるとでも思ってるのか」
「すっげー!ここまで来ると感動モン!」
げらげらと笑うのが本当に耳障りだ。車内の時間は、はじめての勤務で緊張していた時よりもずっと長く思え、ようやく現場についた時は仕事が始まってすらいないのに疲れ切っていた。
***
アパートに呼び鈴の音が響く。名字を呼んでしばらく待っても、中から部屋の主が現れてくる様子は一向にない。通報があったのはたしかにここだ。
そして、世話役が以前受け持っていた現場でもある。だからこそ私がここに向かうメンバーに選ばれたのだろう。
先の少年の姿が過る。両親ともに関係がよくないようだが、何かの証拠が無ければこちらとしても動けない。
そして反応がないのなら今動けないのも同じことだ。出直そうかとも思った矢先。
ガチャ。
「お、開いてるッスよ」
「ちょ、お前……」
「お邪魔しまーッス」
私が止める間もなく、新人はドアノブを回してさっさと部屋に入ってしまった。
あまりのことに言葉が出ず、反射的に新人を追ってしまう。
リビングまで来た時、まず来たのは酷い腐敗臭。床にゴミが散乱し、ハエが飛び交っていた。
「うえ……こりゃーひでーッスねえ」
「というより、緊急事態だという確証がなければ勝手に家に入るんじゃない!始末書ものだ!」
「サーセンオレちょっとトイレで吐いてきます」
ようやく叱咤の言葉が出てきたと思ったのに、当人はどこ吹く風でトイレへ向かう。
腐臭以上にあいつの態度で頭痛がする。口に当てようと、パンツのポケットに手を伸ばすと、ふとそのごみの山から肌色のものが見えた。
「────!?」
反射的にその周りのゴミを退ける。退けるにも、退けるべき場所がなくて上からゴミが落ちてくる始末だ。
それでも嫌な予感がして、どうかその予感が外れることを祈る。
出てきたのは、血だらけの汚らしい痩せこけた子供だった。前よりもっと痩せてはいたが──あの、しばらく前に見た少年に相違なかった。
「おい!?大丈夫か!?」
そう声をかけると意識を取り戻したようで、何か言おうとしていても、ひゅう、ひゅうとした音しか聞こえない。⑬叫び過ぎて声が【嗄れ】ているかのようだった。
ガタガタと震えるそれは、まるで⑭森の奥に【棲む】獣が、天敵に見つかったかのようで、怯えていることは明白だ。無理もない。
「すまない、傷を見るからね」
断って、少年の⑮額にかかった前髪を【除ける】。びくりと身体が震えるが、皮膚を切っているだけで深手ではなさそうだ。頭皮近くは血管が多く集まっているから血が出やすいため、見た目よりも軽症なことは多い。だが量には注意しなければならないので、止血作業を始める。
それでもずっと少年が握っているのは、当時は仲がよかっただろう⑯両親の姿が【納まって】いる写真だ。それがまた胸を抉るが、それを飲み込んで応急処置を進める。
「何してんのよ」
振り返れば、目の据わった女が立っていた。たしかこの息子の母親だが、髪は艶がなく、肌は荒れていて、すさんでいるのがよくわかった。
そういえば扉は開けたままで、入ってきた音がしなかったのだろう。女は右手に持っていた⑰酒瓶を一気に【呷り】、そのまま壁に叩きつけた。ガラスが派手な音を立てる。
「アンタなんなのよ!?勝手に人の家に入って!!」
どうやら相当荒れているらしいというのは事前調査にあったが、なんにせよタイミングが悪い。
「アタシから子供を奪おうっていうの!?アタシは何も悪いことしてないのに!!」
女は割れた酒瓶を振りかざす。低い姿勢からタックルを試みたが、ゴミのせいで足元を崩し転ぶだけで終わる。
好機とみたのか、そのまま私の頭に割れた酒瓶が迫ってきていた。
投げやりにアイツをなじる。
クソッ!⑱【本】を正せば全部あいつのせいだ!!
⑲ここで死ねば【一巻】の終わりだ────
「ぎゃあっ!?」
思わず目をつむったが、その後で響いた女の叫び声が私を現実にかえす。
目を開けると、さっきの女の姿がなかった。
ただし代わりに、トイレらしき扉が開いている。そこから見えるのは、暴れているらしい女の足だ。
おそるおそる⑳中の様子を【窺う】と、便器に座った格好で、後ろから女の首に腕を巻きつけ、オとしている最中の後輩だった。
「ウィッス。センパイが惹きつけてくれたんでうまく組み付けたッス」
「お前な……」
***
『お前は四角四面なきらいがあったからな。あいつは良い刺激になると思ったんだ』
すべての処理が終わり、世話役からそういう言葉が届いた。
言ってくれれば改善すると言えば、「お前みたいなタイプは体感しないと納得しない」と反論され、最初からそう言ってしまえば、私が反発しそうだから黙っていたということだ。言われて考えれば否定ができない。
それに、人員が足りないのも間違いなく事実なので、嘘はついていないし、私を動かす理由としては十分だったということだ。
たしかに私のこの性格は生まれたってのもので、言葉ひとつで矯正できるものではないだろう。……私よりも私のことをわかっているのがなんとも複雑だ。
結局今回のことは緊急性があったということで、なんとか始末書は免れた。
私やそれに準じた相手がペアであったなら、あの場で引き返してしまっていたわけで、少年の命は無かったと言われれば、ますます世話役の采配に文句は言えない。
そしてその点は新人を認めてやらなければならない。間違いなく彼は私に足りない部分を持っているのだろう。
「カッコよかったっしょオレ」
とはいえ、それとコイツが嫌いということは別の問題だ。
世話役に報告を終えたことを伝えに来たらこれだ。
「自分で言う時点で台無しだ」
「言わなきゃカッコいいってことすね、じゃあ取り消します!」
自販機の前の椅子に座りながら胸を張っているコイツの姿に、思わず大きなため息が出る。小言のひとつでも言わせてもらわなければこちらの身が持たない。
コーヒーを買いつつ、横目で睨む。
「その軽さは致命的だな……もっと自分の発言に責任を持て」
「えー、それセンパイが言うんすか?」
「……何のことだ」
「言ったじゃないスか。ってかやっぱり忘れてるスね?」
新人が口を尖らせるが、こちらには本当に何のことだかわからない。
必死に記憶を遡らせるが、思い当たるものがひっかからない。
「センパイが言ったんすよ。学生に恋愛は不要。社会人だとしても、親の心証が悪いから、付き合うなら公務員とかじゃないと嫌だって」
「は?」
「高校の夏」
「……高校!?」
あまりにも想定外の言葉に、一気に記憶が遡る。たしかに高校時代、軟派で有名な後輩がいて、声をかけられたような覚えがある。
だが記憶にあるのはその程度で、具体的な内容や相手の顔がさっぱり思い出せない。おそらく私のことだから、そういう奴だからという先入観で全く気に留めていなかったのだろう。
言われてみれば面影があるような気がしなくもないが、自分には必要ないものと切り捨ててさっさと忘れてしまったような気がする。
「で、センパイ、もっかい聞くッスよ。オレの好きな人、センパイっつったらどうします?」
こちらの混乱なぞお構いなしといった様子で──いや、むしろ窺った上で、混乱に乗じて畳み込かけているようにも見えた。
いつものニヤケ顔は面影もない。こいつの真顔を初めて見た。
その威圧感は抜群で、目を離せない。手に持ったコーヒーがぬるくなったと感じた頃、唐突に奴は空気を緩めた。
「まぁいいや」
少し拗ねたように視線を外す。呼吸はしていたはずなのに、はじめて呼吸をしたような心地で息を吐いた。
だが安心できるのはほんの一瞬だけだった。
「あ、センパイ聞いてないでしょ。今回のことが上に認められたみたいで、オレしばらくセンパイとペア組ませてもらうんで」
そういって再びこちらを見た奴の顔は、いつものヘラついた顔に戻っていた。
「そういうことで、しばらく答え考えといてくださいね、センパイ?」
私は世話役の言葉を思い出していた。
──「仕事上必要だから割り振ったが……決してアイツに気を許すなよ」──
現代ものむつかしいよう。
推敲しないと地の文すっごい味気ないですね我ながら。