道連れ聖女の婚約
輝くシャンデリア、真っ赤な絨毯、豪奢な椅子に座った立派な髭の王様、きらびやかな服を纏った貴族共に、全ての元凶である感動に涙ぐむ祭司長。
誇らしげに胸を張るクソガキ勇者一行。と、私。
誰が見ても、どっからどう見ても感動的な最終回の場面。
「さぁ!我が国を救った勇者達よ!そなたらに望む褒美を取らそうぞ!」
えっらそうに王様が言い放てば、勇者の野郎は今まで苦労を共にしてきたツンデレ姫との結婚を望んだ。
勿論許可。だろうね。
相手のツンデレ姫君はその麗しい顔を赤く染め、涙で目を潤ませながらクソガキ勇者に抱きついて拍手喝采の大団円。ぺっ。
傭兵のオッサンは多額の金貨を貰ってニマニマしてるし、老後用とか言ってたけど、賭け事に全部つぎ込むなよ?
魔術師である魔法マニアは希少な魔術書を多数貰えるとかで涎垂らしとるし、おい、いいのか、希少な魔術書が涎まみれになるぞ、おい。
無欲な副騎士団長は何もいらないとか美談にしてるし、まぁ、元からお金も地位もでっかい屋敷もある人なんだけどね。
・・・・・・バカな人だなぁ。ほんとに。
「さぁ!浄化の巫女よ!そなたの望むものはなんだ?」
「私は・・・・・」
澄んだ空には輝く太陽、緑は濃く繁り、繁り繁り。
窓際で優雅に香り高い如何にも高そうなお茶をこれまた高そうなカップで優雅に啜ってる冴えない女が一人。
「はぁ~~」
ビルなんてなく、コンクリートの欠片すらないこの異世界。
私、この世界で職業、巫女、してます。
浄化の巫女なんだとさ。
バッカじゃねぇの。
あと緑茶飲みたい。せんべい食べたい。
「・・・・帰りたかった、なぁ」
醤油、味噌、お米、ラーメン、カレー、etc.。
脳裏に浮かぶ様々な食べ物。家族の顔。友達の顔。
この世界に来て3年、もう、ハッキリとは思い出せなくなってきた私の大切な物達。
「・・・・帰りたかったよぉ~」
あぁ、紅茶、高そうなのに腐ってんのかなぁ。妙にしょっぱいや。
コンコン、とドアをノックする音に急いで目を拭う。心の汗をこの屋敷の人間にだけは見せるわけにはいかないのだ。
「失礼する」
特にコイツにだけは見せたくない。
「なに?どしたの?リヒト?」
扉を開けて出てきたのはこの国の副騎士団長にして旅の仲間リヒト・アウグスト。
漆黒の髪を短く借り上げ、睨んでるようにも見える鋭い三白眼、子供を泣かせるほどに大柄で鍛え上げられた筋肉は着ている騎士服をより威圧的に見せている。
その実、結構細かいし、口うるさいお父さんみたいなとこがある私達旅の一行の善良なお父さん役であった。ちなみに、不良のお父さんは傭兵のオッサンである。
「いや、その、陛下より、長旅が終わった後なのだから、婚約者であるサナを優先するようにと仰せつかったのでな」
「へぇ!王様も優しいじゃん!」
明後日の方を向いて気まずそうにしている巨体にあの髭、余計なことするんじゃねぇよ!と思うのは仕方ない。
「あ、あぁ。ところで、今は何をしていたんだ?」
「え?別になにも?ただお茶してただけ。旅の途中じゃこんな悠長にお茶なんて出来なかったからね」
「・・・そうか。あの旅では姫やお前には沢山の我慢を強いてしまった。
穏やかに過ごせているのなら何よりだ」
机に置いてあるティーポットと私の手の中のカップを見て、鋭い三白眼を柔らかくさせて何やら頷いてる姿を見て私も少しほっとする。こいつは色々気にしすぎなんだよね。助かってたけどさ。
「私は別に?リーナ様みたいに繊細じゃないし?」
「・・・・いや、だが」
「・・・・なに?」
「・・・・いや、なんでもない」
気まずそうにしてるけど、文化の違いによる不便さはかな~りあったけど、我慢とかも確かにあったけどさ、最後の方は慣れもあって割りと楽しい旅だったよ。
・・・今の状況よりは。
「あのさぁ?」
「あ、ああ」
「そんなに気まずそうにしなくてもよくない?」
「だが」
「そんなに気を使われる方が困るんだけど」
「あ、いや、すまない」
「言いたいことあるんならさっさと言いなよ。今さらリヒトと私の仲で畏まられても気持ち悪いだけだし」
「・・・。では、聞くが、何故陛下よりの褒美にこのようなことを頼んだのだ?」
「こんなこと?」
こてりと可愛くもなんともないが首を傾げて見せればリヒトはガリガリと頭をかいている。頭皮に優しくないんじゃないかな、それは。
「・・・お、俺との婚約だ」
「・・・」
「陛下は何でもと仰られたのだ。この国を救った巫女に相応しい褒美がもっとあったはずだろう?」
「・・・」
「サナ!」
「・・・私がリヒトの事を好きだからに決まってるじゃん?」
今、私の顔はどうなっているんだろう?普段通りしれっとした表情、声で言えているんだろうか?聞かれた時用に何度も練習を繰り返したなんでもないと言う声と顔が出来ているんだろうか。
「~~っ!!」
「あっはははは、驚いてやんの」
「さ、サナ?それは本当に?」
「うん、本当に」
「・・・そ、そうか」
「うん、そうだよ?愛する人と一緒にいたいって乙女の夢じゃん?」
「で、では、何故婚約なのだ?その、結婚しても、いいのでは?」
「え」
あぁ、あんたがそれを私に言うなよ。
「俺は結婚の方が」
「それはさぁ!」
聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない。
「恋人の期間を楽しみたいんだよ!私はね!憧れてたからさ」
「そ、そうなのか?」
「そう!今まで恋人とか居なかったからさ!折角だし、いいじゃん?初めてのデートとかしてみたいんだって、せめてさ、3年くらいはさ」
「さ、3年も?」
「うん、3年も」
戸惑うリヒトににっこりと笑顔を向けて、テーブルに座らせて一緒にお茶に誘えば納得いかない顔をしながらも座ってくれた。
あぁ、今ちゃんと笑えてる?
手は震えてない?
大丈夫かなぁ。
でもさ、いいでしょう?
それくらい、ワガママでもなんでもないんじゃないかな?
だって、そうでしょう?
私の3年間、全部全部全部全部全部!!!
こんな、私の全てを奪った国に捧げさせられたんだよ?
私の家族を、生活を、人生を!
じゃあ、私が3年間位好きにしたっていいじゃん?
好きなことしたっていいじゃん?初めて好きになった人を独り占めしたっていいじゃんか!!私は全部この国に奪われたんだから!!
好きな人の3年で手を打ってあげるってんだから。
それで済ませてあげるんだから。
あ~あ。私ってやっさしぃなぁー。
でもさ、しょうがなくない?3年は長いよ。
私から全てを奪った国は大嫌いだし、王様とか祭司長とかマジ死んでほしいとか思うけど。でも、さ。
これ以上を望むには、じゃあ死んでよって言えなくなるくらいには、この国の人達を好きになり過ぎた。
国王が憎い。でも、リーナ姫やリヒトの悲しむ顔を見たくないし嫌われたくない。
祭司長が憎い。でも、魔法マニアが唯一尊敬してる育ての親を殺せるわけない。
この国が憎い。でも、旅の中で出会った人達に死んで欲しいわけでも苦しんで欲しいわけでもない。
じゃあさ、この恨みや憎しみや悲しみはどこに持ってけばいいの?
誰にぶつければいいの?私だけが我慢しなきゃいけないの???
そんなの変じゃん?おかしいじゃん?あんたらだけ好き勝手していいの?私の全てをめちゃくちゃにしていいの?
いいわけないじゃん?そんなはずないじゃん!!
だから、私だってめちゃくちゃにしていい権利があるはずじゃない?
・・・本当は。お相手を勇者のクソガキにするつもりだった。
その方が気が楽だから。きっとなんでも出来た。
もっとめちゃくちゃに出来た、のに。
あの髭国王が勇者に最初にご褒美なんて聞くから!普通は異世界の巫女である私から聞くもんじゃない!
このお人好し副騎士団長が勇者の褒美に口を出さなかったから!あんたリーナ様のこと好きだったじゃん!
取り囲む貴族共がこのお人好し副騎士団長を狙い出したから!あんなハイエナの目をしてこのお人好しを見ないでよ!
だから、3年。
私がこの国の為に尽くしてあげた3年って期間、この男を私にちょうだい。
好きになってもらえるなんて思ってない。コイツの想い人のリーナ姫に勝てるとか思ってもない。
でも、みんながみんな、私を置いて行くのは嫌。
全てが救われたら私なんてお払い箱でもういらないじゃん。
平民でなんの取り柄もない私は、お姫様のリーナにもリーナと結婚する勇者にも、魔法使いで偉い魔術マニアにも、・・・実はお貴族様だったリヒトにも、もう会えないし、みんなが私に会う理由なんかない。
みんなの中で忘れられていっちゃう。
そんなのは嫌だ!!でも、みんなの傍に何の役にも立たないのに居るのも嫌だ!
リヒトだって、最初は気にしてはくれるかもしれない。
けど、すぐに他の綺麗な人と結婚したりして私なんかどうでもよくなる。
何の役にも立たない私を気にかけ続ける必要なんてないんだから!!
だから、3年だけ、3年だけだから、私にまだみんなと居られる時間を、大好きな人と居られる時間をください。
それ以外、望んだりしないから。
「3年!3年は恋人しようよ」
「3年・・・。」
「そ!3年たったらさぁ、リヒトの好きにしちゃっても、いいから、ね?」
「ぅぐっ!ごほっ!~っ!?」
「わ、なに急にっ!?変なとこ入ったの?も~なにやってんだか」
「ぐっ、げほっ、さ、サナ!」
「あ~あ~、びしょ濡れ。なに?」
「わ、若い娘がそんなことを軽々しく男に言うものじゃない!」
「まーたリヒトのお父さん節だよ。はいはい、わかりましたよーお父さん」
「だ、誰が父親だ!何度も言うが俺はそんな年ではないと言っているだろう!!」
「わっかりましたー、ダーリン?あぁ、それとも、ア・ナ・タ?」
「な、ななな」
パッチリとウィンクまで付けてあげれば、目の前でうっすらと頬を染めて怒るリヒト。
うぶだよなー。年上なのに。それだけリーナ様一筋だったんだろうけど。
こりゃ、3年の間に私が納得出来るようなお似合いの彼女を見付けてあげなきゃダメかなぁ?あ~あ!私ったら本当にやっさしぃ~。
ねぇ、リヒト?3年は私の道連れになってよ。
3年後、リヒトが私を捨てようとも怒って何しようともいいからさ。
3年だけでいいから、私にください。
何の取り柄もない私だけど、優しくて何も知らないリヒトに勝手に犠牲をしいるだけの3年だけど、どうか、
聖女の道連れに、なってください。




