表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

お気楽なジュマ

どこまでも広がる草原に、バオバブの見上げるような大きな木が立っている。

俺もここに何時間も立っている。


ったく、ジュマときたらいつになったら約束を思い出すんだろう。


いくら氷河期の後だとはいっても、ここの村がある緯度は赤道に近く、そこそこ温かい。

その上、今日は雲一つない炎天下で、木の影に立っていても、生暖かい風がひっきりなしにサバンナを渡ってくる。


つまり、喉が渇いた。


おい、あれはジュマじゃないか?

あっちの藪のそばで、ジュマの赤い腰ひもが揺れたような気がする。



俺がホバーボートでジュマのいるところまで行くと、黒光りする大きな目をギョロリと動かして、チラッとこちらを見たまま、何も言わない。


「おい、何時間待たせるんだよ。今日はホバーボートに乗せる代わりにキリンを見に連れてってくれるんだろ?」

『シーッ、ウサギが逃げるじゃないか』


……話が通じない。

俺とした約束を忘れて、目の前の食料を追いかけていたわけね。


こんなこと、しょっちゅうだ。

あれから俺は村の人たちに社会の在り方を講義したり、こういうふれ合いから、約束を守ることを伝えてきた。そして大きく村の決まりを破ると、法律で罰せられることなんかを教えてきたんだが。


けれどスワヒーリたちはそんなややこしいことなんか、どうでもいいみたいだ。

天道様(てんとうさま)から、腹を満たすだけの恵みをいただければ、それで彼らの気持ちはオールオッケイ問題なしということだ。

人生の崇高な目的とか、明日に向けての建設的な努力なんて、彼らの前では吹けば飛ぶようなものでしかない。


夕餉(ゆうげ)焚火(たきび)を囲み、誰かが太鼓を叩き出せば、腹が(ふく)れた者から踊り出す。


特にショックだったのは、家族制度だ。

ジュマの姉さんの旦那さんが、ジュマとも結婚していたりする。

そう、ジュマはまだ中学生ぐらいの歳なのに人妻だったのだ。

これにはハートがボロボロになったね。

ま、俺がフラれるのはいつものことだけどさ。


スワヒーリたちの人類皆兄弟というような態度は、こういう家族制度の影響も受けてるんだろうな。



アフロデーテが言うには、アトランティスから近い大陸に何基かの飛行船を飛ばし、自分たちが住みやすいように文明を興起(こうき)しようとしているらしい。

3000年前、氷の隕石の雨で海の量が増え、地表の大部分が海に沈んだと聞いた。大陸は5大陸などに別れてはおらず、洪水の前はもっと大きな一つの大陸だったそうだ。

海には沈まなかったマヤやエジプトの地でも、隕石が落下したことによって高度な文明が滅んでしまったらしい。

そのため今回、天文学者が予測している隕石群の接近に神経を(とが)らせているのだろう。


俺の船のマザーコンピュータは、過去の人間に未来のデータを公表するのは良くないことだと言って、詳しい話はしてくれなかった。

ただ、アトランティス大陸が巨大隕石によって海に沈んだということは5000年ほど前から言われていて、それは話してもいいということだったので、俺がアトラスに話しておいた。


俺の話を聞くと、アトラスはすぐに飛行船で本国に帰っていった。


国中の人間が避難するのかな。

ここにもアトランティス人の都市ができるんだろうか?


俺は遥か遠くに見えるキリマンジャロの山並みを眺めながら、少し先になる未来を想像していた。



『やったー! 今日はウサギのシチューだ!』


お気楽なジュマ。

ギラギラと照りつける太陽の下で槍の先にウサギを(とら)え、大きな口を開けて自慢げに笑っているジュマを見ていると、文明ってなんだろうと考えさせられてしまう。



ブラブラと宇宙船に帰ってコックピットに入ると、マザーコンピュータにすぐに操縦席に座るように言われた。


「なんだなんだ? 突然、どうしたのさ」

『隕石群が迫ってきています。緊急脱出を試みます』

「はぁ?!! 隕石だって? こんなに早く来ることを、お前は知っていたのか?」

『アトランティス人に隕石群の到来のことを聞いて、今現在の詳しい年代を調査するためにコマンダー(ワン)をキリマンジャロ山脈に派遣しました。地質の年代測定で、極めて悪い状況が見えてきたのです。そのため精製鉱物ではありませんが、船の重量を補う鉱物を採取してきました。無くなったアンテナは倉庫の壁を使って修復しています』


……………………


元の世界へ帰れるかもしれない?

それはいい。それはいいんだが……

俺の脳裏にジュマの弾けるような笑顔が浮かんできた。


「ジュマたちはどうなるんだ! 村の人たちに知らせないと。それにアトラスにも……」

『タイムリープ航法 第18条 過去不可侵の制約。 マスター木村、過去の人間の生き方に大きく干渉してはなりません』


クソッ!

マザーコンピュータが言っていることは、わかる。

しかしだな、俺は、俺は!

仲良くなったジュマやアリ、食べ物をくれた村のばあちゃん、俺のことを面白い生き物のように扱う、しわくちゃな顔をしたじいさん……村のみんなの無事を確信したい。


『仕方ありませんね。情報を一部解除します。マスター木村、スワヒーリ村は当面の心配はないと思われます』

「本当か?!」

『しかし3分後にこの船を出さないと、地球への振動から、計測済みのリープの軌跡がずれてしまいます』

「わかった、ちょっとだけ待ってくれ!」


俺は急いで船外に出て、近くに立っていた木の枝に、ポケットから出した青いハンカチを結びつけた。

俺がいなくなって心配するジュマたちに無事を伝えたかったのだ。


アフリカの雄大で真っ青な空に、俺の小さなハンカチがはためいていた。



『発進!』


ビリビリと震える空気の層を抜けて、宇宙船は空高く舞い上がっていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ