スワヒーリ
原住民がいるという集落にやって来た俺の目に映ったものは、信じられないものだった。
粗末な草ぶきの家々の向こうに、巨大な飛行船、いや戦艦にも見えるものが停泊していたのだ。
「な……んだ、あれは?」
木で出来ている船が飛ぶのかと尋ねられれば、普通の人は一笑にふすだろう。しかし俺のじいちゃんは古代戦史を研究していた学者だ。古代の世界大戦では木で作られた戦闘機があったことを俺は知っている。
しかし目の前の大型船はツェッペリンとか言われたガスで飛ぶ船とも違っているように見える。
絶滅したクジラを模したような大きな船体は、全体が木で作られている。膨らんでいる箇所は皮でも布でもないしジュラルミンやアルミ板の寄せ集めでもない、どうみても木材だ。
まさか、この時代の人間が反重力物質を手に入れていたのか?
あれは星間航路が開発されてから、地球にもたらされたと思っていたが、違ったのだろうか?
とにかく原始航空力学の概念では空に浮かぶはずがないものが、そこにドデンと横たわっていた。
まさかここは……
この俺もマザーも、ここが地球だと思っていたが、3000年前に提唱されて以来まだ見つかっていないパラレルワールドの地球なんだろうか?
しかしそれにしても人類の発達段階がおかしいよな。詳しい年代などは俺も気にしたことはないが、マザーコンピュータが文明の発祥はもっと後だというのなら、その通りなんだろう。
タイムマシンに搭載されているコンピュータには、膨大な地球の歴史の記憶が入っているはずだ。
パラレルワールドであるにしたって、俺たちの地球と何千年もの差があるような進化はしていないだろう。
珍しく深遠な思考にふけっていた俺に、突如として甲高い音が降ってきた。
「バルバール! ムナトーカ ワピ?」
いや、音じゃなくて言葉か。
その、オホン……胸も露わな年若い黒人女性が、にこやかに俺に話しかけているようだ。動くたびに揺れるものが目に入ってドキドキしてしまう。
「ちょっと待って、翻訳機を作動させるから」
「ニーニ?」
ニーニって何だ? 俺はあんたの兄さんじゃないぞ。
翻訳機のスイッチを入れると、なんとなく相手が言っていることがわかるようなった。
「こんにちは。俺は木村裕也といいます。ここはどこですか?」
「スィジャンボ。ヒリ ニ スワヒーリ ラ アッフリカ。ムナトーカ ワピ?」
(ああ、こんちは。ここはアフリカのスワヒーリだよ。あんたたちはどこから来たの?)
あんたたち? あ、このロボット5006のことも人間だと思ってるのか。
護衛ロボットも連れてきていたのだが、このお姉さんみたいな友好的な人たちばかりが住んでいるのなら、必要なかったかもしれない。
「俺たちは、時空を超えて……いや、そんなことを言ってもわからないよな。ええっと、空から来たんです」
「ヘワ?! ウニ ムワァナヘーワ?」
(天空だって?! あんたはパイロットかい?)
パイロットの概念があるんだ。
やっぱりあれは飛行船なんだな。戦艦でないことを祈るとしよう。
「いや、パイロットではないんだが、飛行船に乗ってきたんだ」
そう言うと彼女はうんうんと頷いて、こんなことを聞いてきた。
「ウメクーラ チャクラ チェ ムチャーナ?」
(あんた、昼ご飯は食べたの?)
「いえ、まだです」
それじゃあ一緒においでと言われてついて行くと、彼女の家の居間のような所へ案内された。
土壁の家の中はひんやりとしていて寒々しい、床に敷きものがあって良かったと胸をなでおろした。
果物と汁物、それにパンのような平べったい食べ物を出してくれた女の子は、ニコニコして俺の横に座っている。
「ラ!」
(食べて!)
「ありがとう……ええっと、君の名前はなんていうの?」
「キムーラユウーヤ、ジナラーング ジュマ・サイド・モハメード。ラ!」
(木村裕也、私の名前はサイド父さんとモハメドおじいさんの家のジュマっていうんだ。さ、食べて!)
「う、うん。いただきます。ねえ、ジュマ、これはなんていう果物?」
「ニ エンベ。エンベ ヒリ クブヮ ニ タム」
(マンゴーだよ。この大きなマンゴーは甘いの)
「ドッ! ダーダ! ヒリ ニ エンベ ランーグ!」
(わわっ! 姉ちゃん! これは僕のマンゴーだよ!)
開け放された戸口に一枚の布がかけられているのだが、その布をめくって入ってきた男が、俺の手にあったマンゴーを見て、ジュマを詰り出した。
「待て待て、返すよ」
食べ物の恨みは怖いからな。
俺がマンゴーを男の手に握らせると、やっと姉弟げんかが収まった。
落ち着いたところで話を聞くと、この男はジュマの弟でアリという名前だという。
アリはアトランティス人の通訳をしているそうで、昼飯を食べに仕事から帰ってきたそうだ。
おいおい、アトランティス人とはな。
あのアトランティス大陸の遺跡調査は困難を極めているんだぜ。
何千年か前から海底遺跡の調査がなされてきたが、科学技術が進んでない時代にあちこち探索したものだから、全容が解明できなくなっている。
俺の胸は激しく高鳴り始めた。
もしかして、現代の日本へ帰れるかも。
アトランティス人は高度な科学技術を持っていたと言われている。この時代で、俺の乗ってきた宇宙船を修復できるのは彼らしかいないだろう。
「ムチュズィ ワ サマキ」という魚のシチューと「ウガリ」というトウモロコシの味がする平べったいパンを食べさせてもらって、俺はジュマに別れを告げた。
「クワ ヘリ ヤ クオナーナ!」
(さよなら、またね!)
ジュマは元気いっぱいの笑顔で俺に手を振ってくれた。
俺も習ったばかりのさようならの挨拶をして、片手を上げた。
「ああ、クワ ヘーリ!」
アリに、アトランティス人に会わせてほしいと頼んだので、彼らに話を通してくれるそうだ。
アトランティス人たちは、アフリカ大陸で文明を起こせるかどうかを、アリの村で実験しているらしい。
どうなんだろうな?
ジュマもアリも難しいことを考えるよりも、うまいもん食って、その日を無事に楽しく生きることだけを考えているように見える。
周りのものは、みんな「ンドゥグ」(きょうだい)で、他人のものも自分のものって感じで、平気で弟のものも他人にやったりする。逆もまたあるのだろう。
アリと話をしてみると、少しはアトランティス人に影響を受けているようで、彼が話すことは俺にも感覚的にわかるところもある。
でもジュマはお気楽なスワヒーリだな。
初めて会った見ず知らずの男を家に連れ込んで、食べ物「チャクラ」を与えるんだもんな。
ま、そのおかげで俺もアリに出会えたわけだけど。
虫の鳴き声が聞こえる昼下がりの草原を、ホバーボートに乗って移動しながら、遠くに見える高い山の頂にかかる雲を見ていた。
時たま光っているように見えるけど、あれは雷雲なのかなぁ。
この時の雲は俺の未来を予想していたのかもしれない。
アトランティス人との話は、スムーズにはいかなかったのだ。