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社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする  作者: 緋色の雨


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エピソード 1―8 ペットトリマーとしての仕事

 三人娘の毛並みをお手入れした翌日は、その姉妹や母親がやって来た。別に文句を言われた訳ではなくて、私もあの子のように毛並みを綺麗に! といった感じである。

 でもって、その翌日はその友人の娘達。更にはその友人の男が、自分の彼女を連れてくる――なんて感じで、あっという間に恭弥のお店は口コミで広まっていった。


 三日も経つ前に手が回りきらなくなって、予約制に変更するにまで至った。

 とは言え、村自体の人口はそこまで多くない。隣町から噂を聞きつけてと言うこともいまのところはないので、少しすれば落ち着くだろう。


 ――しかし、その日のお仕事を終えた恭弥は、差し迫る問題を抱えてどうするか悩んでいた。

 ハサミの切れ味に関しては、手入れをするセットがついていたのでしばらくは問題ない。

 問題なのは……シャンプーとリンスの残量である。

 こればっかりは、消耗品なのでいかんともしがたい。購入したのは一ボトルのみなので、この調子で使っていると一、二週間くらいでなくなってしまうだろう。

 トリミングだけでも効果はあるが、毛並みの艶などはやはり変わってくる。どうしたものかと悩んだ恭弥は、折を見てアリシアに相談することにした。



「ただいま~」

 アリシアの声が聞こえたので庭に回ると、大きな荷物を抱えたアリシアの姿があった。

 ちなみに、大きな荷物というのは、狩りで仕留めたボアを解体して得たあれこれ。お肉や毛皮なんかのことである。アリシアは今日も絶好調だったようだ。


「また……大きいのを仕留めたんだな」

 なお、冷蔵庫なんて便利なモノはこの村にはないので、取ったお肉は二、三日で食べる分以外は売り飛ばすのが普通。

 と言うことで、アリシアの持っているお肉は少量なのだけど、その毛皮やキバなんかから、ボアがいかに大きかったのかが良く分かる。


「わりと森の奥まで入ってるからね。ところで、これ、お願いして良い?」

「もちろん。いつも通り、台所に運べば良いんだな」


 狩りで返り血を浴びたアリシアはいつも、その身を清めてから家に入ってくる。と言うことで、恭弥は受け取ったお肉を持って台所へと移動した。

 それからほどなく、井戸の水で身体を清めたアリシアが着替えてやってくる。水気を帯びたミミやシッポがぺちゃんとしていた。


「お待たせ、すぐに夕食の準備をするわね。……恭弥?」

「あぁ、うん。俺も手伝うよ」

「ありがと。それじゃ、お皿の準備と、そこにあるタマネギを刻んで」

「……おいおい、タマネギって苦手なんじゃなかったのか?」

 タマネギが御法度なのはイヌの話であって、イヌミミ族は問題ないらしい。けど、アリシアは個人的にタマネギが好きじゃないと言っていた。

 なのに、なんでタマネギがあるんだとツッコミを入れる。


「仕方ないじゃない。タマネギって安いのよ」

「……それは重要だな」

 恭弥は、自分が居候したせいで生活費がかさんでいる可能性にいたって言葉を濁した。

 だけど、すぐに「あれ?」と首を傾げる。


「昨日、俺が稼いだお金を渡しただろ?」

 決して大きな金額ではないが、少なくもない。それなりの金額を渡している。少なくとも、一人暮らしの時よりも余裕はあるはずだ。


「……そうなんだけどね」

 アリシアが言葉を濁す。なにか、込み入った事情が在るのかもしれない。そう思った恭弥は、それ以上突っ込まないことにして、タマネギを刻み始める。

 恭弥はもともと一人暮らしをしていたので、最低限の炊事は出来る。この世界の刃物は切れ味が悪いので多少は手こずったが、問題なくタマネギのみじん切りを終えた。


 しかし、作業をしていて気になるのは、視界の隅に映るアリシアのイヌミミやシッポである。

 フィーネは物凄くもふり甲斐があった。

 そして、アリシアの毛並みもフィーネと同じタイプ。いや、いまの状態を考えれば、毛並みのお手入れをすれば、フィーネ以上にモフモフになるかも知れない。


「なぁ……アリシア」

「うん?」

「モフモフしたい」

「はっ、はあっ!?」

 アリシアが物凄く素っ頓狂な声を上げた。


「いや、すまん、本音が漏れた。いまのは言い間違いだ」

「……本音が漏れたって、貴方ねぇ……」

 アリシアが細い目を三角形にして睨んでくる。


「いや、いまのは忘れてくれ。アリシアの毛並みの手入れをしたいなって思って」

「忘れろって言われても……って、毛並みのお手入れ?」

「ああ。だいぶ絡まってるからさ。手入れをしたらずっと綺麗になると思うんだ。もちろんお金はいらないから、俺に手入れをさせてくれないかな?」

「……ありがとう、気持ちは嬉しいわ」

「おぉ、なら――」

「でも、必要ないわ」

 恭弥が食後にでもと提案するより先に、アリシアが拒絶した。


「……どうして? もしかして、俺って信用されてない?」

「そういう意味じゃないわ。ただ、あたしは狩りに生きてるから」

「それって、どういう……」

 恭弥は最後まで聞くことが出来なかった。アリシアの横顔がどこか寂しげで、聞くのを躊躇ってしまったからだ。

 とまあそんな訳で、アリシアの毛並みのお手入れは実現しなかった。恭弥はわりとがっかりしたが、またそのうち話してみようと思ったりで、意外と諦めが悪かった。



 その後、二人は雑談をしながら夕食を楽しんだ。でもって、食事が終わって一段落ついたところで、恭弥は当初から予定していた相談を持ちかける。


「……シャンプーとリンス?」

「ああ。石鹸みたいなのは、この家にもあるだろ? あれの、髪を洗う専用のモノなんだ」

「うぅん……それは聞いたことないわね」

「そっかぁ……」

 困ったなぁと、恭弥は考え込む。


「恭弥は、その……シャンプーとリンス? を作ることは出来ないの?」

「手作りのレシピはなんとなく知ってるけど、再現するのはかなり大変だと思う」

「そうじゃなくて、錬金術とかのスキルは持ってないのかなって」

「……錬金術のスキル?」

「恭弥は知らないんだっけ。この世界には様々なスキルがあって、スキルによっては、ポーションを作るようなスキルを持つ者もいるのよ」

「……あ、そういえば」


 恭弥はこの世界に迷い込んだあの日、何気に開けてしまったステータスウィンドウに、ペットトリマー見習いという項目があったことを思いだした。

 もし、あれがスキルだというのなら……


「なぁ、スキルってどうやって使うんだ?」

「慣れれば、意識するだけで使用できるけど、一番簡単なのはステータスウィンドウを開いて、手で触れて項目を呼び出す方法ね」

「なるほど、ちょっと確認してみるな」


 恭弥はステータスウィンドウを開いてスキルを確認すると、前に見たときはペットトリマー見習いと書いてあったのが、ペットトリマーLV1に書き換わっていた。

 どうやら、本当にスキルっぽいぞ――と言うことで、詳細を表示する。そこには、スキルの効果として、消耗品の補充という項目があった。

 いくつか制限はあるが、任意の消耗品を取り寄せることが出来るようなことが書かれている。


「なんか、それっぽいのがあるな」

「そう。なら良かったわね。あたしは、明日の狩りの準備をしてくるわね」

「分かった。色々ありがとうな」


 アリシアにお礼を言って、再びステータスウィンドウに視線を落とす。その直後、どさっと言う音が恭弥に耳に届いた。


「どうかし――アリシアっ!?」

 床の上に倒れ伏すアリシアを見て慌てて側に駈け寄る。


「アリシア、どうした、大丈夫か!?」

「……え? あぁ……ごめんなさい。ちょっとフラついただけよ。昨日今日と、ちょっと狩りに根を詰めすぎたみたいで、睡眠不足だったから」

「寝不足って……脅かすなよ」

 恭弥は安堵のため息をつく。


「というか、毛並みのお手入れで今後も稼げそうだから、そんなに無理をしなくて良いと思うぞ? ひとまず、明日くらいは休んだらどうだ?」

「……ありがとう。でも、それは出来ないわ」

「どうして?」

「あたしが狩りをしているのは、生活のためだけじゃない。父の仇を討つため、なのよ」

「仇……そういえば、父親が魔獣に殺されたって」

「ええ。森に生息しているボアのヌシに襲われたの。なんとか生きて帰ってきたんだけど、そのときの傷が原因で死んじゃった」

「それで、アリシアは狩りを続けてたのか……」


 恭弥はこの数日で、イヌミミ族の社会について多少は学んでいる。

 街に行けばまた別とのことだが、村での価値観として、女性は農作業などをおこない、狩りは男の仕事というイメージが非常に強い。

 フィーネの実家のブドウ園も人手不足な時期があったというし、アリシアが狩りをしていることを、恭弥は少しだけ不思議に思っていたのだ。


「だから、あたしは狩りを休む訳にはいかないのよ」

「……父の仇、か」

 幸いなことに、恭弥の両親は元気に実家で暮らしているはずだ。

 恭弥が行方不明になったことを知れば落ち込むだろうが、恭弥には姉弟がいたので、悲しみを乗り越えてくれると信じている。

 けれど、家族を思う気持ちは良く分かる。もし恭弥の両親が誰かに殺されたとしたら、その報いを受けさせたいとは思うだろう。

 だけど――


「それでも、明日は休んだ方が良い」

「……あたしの話を聞いていたかしら? 父の仇を討たなきゃいけないって言ってるでしょ」

「それは分かってるけど、アリシアは疲れてるだろ? ボアのヌシって言うのは、そんな状態で倒せるような相手なのか?」

「それ、は……っ」

 アリシアがきゅっと唇を噛む。

 その表情を見た瞬間、恭弥は深入りしすぎたかもしれないと思った。


「……ごめん。アリシアの気持ちを無視して、余計なことを言った」

「うぅん。あたしも、たしかに無理をしすぎだと思うから」

 アリシアは恭弥の言葉に同意したものの、そのまま沈黙してしまう。アリシアの口から、無理をしないという言葉を引き出すことは出来なかったのだ。


 恭弥がペットトリマーの勉強を始めたのは、ブランカを病気で失って後悔したからだ。

 もう二度とブランカのときのような悲しい想いはしたくない。

 アリシアが無理をしてでも仇を討つというのなら、自分はその助けになることをしよう――と恭弥は密かな誓いを立てた。

 

 

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