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エピソード 1―3 価値観の違い

 二人で朝食を食べた後、恭弥はアリシアの幼馴染みの家に連れて行ってもらった。

 ――と言っても、玄関を出て一、二分。田舎だから少し距離があったものの、振り返るとアリシアの家がしっかりと見えているお隣さんである。


 そんな訳で、幼馴染みが暮らすというお家。アリシアに連れられて裏手に回ると、ガッシリした体つきのおっちゃんが薪割りをしていた。

 なんと言うか、戦士っぽい風貌のおっちゃんだ。アリシアのようなモフモフしたら気持ちよさそうな毛並みではないが、ちょっとわしゃわしゃしてみたいと恭弥は思った。


「おう、アリシアじゃねぇか。久しぶりだな。今日は知らない男の人を連れてるようだが……ついに、アリシアにも彼氏が出来たのか?」

「おはようございます、ザックさんは朝から薪割りですか、精が出ますね」

 アリシア、完全にスルーである。別に彼氏と肯定して欲しかった訳ではないが、スルーされるのはちょっとむなしいと恭弥は苦笑いを浮かべる。


「んで、今日はどうしたんだ? フィーネなら、もう学校に行っちまったぜ?」

「いえ、実は、この人――恭弥って言うんですけど、働き口を探してて。それで、ザックさんの家のブドウ園が人手不足だって言ってたのを思い出して」

「あぁ、前に言ってたな」

「前にってことは、いまは不足してないんですか?」

「時期的にな。そのうちまた人手不足になるのは分かっているから、役に立つってんなら雇っても良いが……兄ちゃん、名前は?」

 ザックと呼ばれていたおっちゃんが、値踏みするように恭弥を見る。


「初めまして。俺は恭弥です」

「なら恭弥、お前はブドウ園で働きたいのか?」

「……正直に言いますが、俺は力仕事の経験がありません」

 恭弥が告白した瞬間、ザックが呆れた顔をして、アリシアまでもがため息をつく。


「――ですが、俺は訳あって、昨日からアリシアの家で世話になっています」

「なっ、マジでか!?」

 ザックがアリシアに向かって問いかけ、アリシアが「昨日森で拾って、可哀想だから面倒を見ることにしたのよ」と返答した。

 なんだか、俺の方がペットみたいだな……と、恭弥はこっそり苦笑いを浮かべる。


「――出来れば、このまま村で暮らしたいと思っています。それで、生活費を稼ぐために、なにか仕事を探しているんです。なので、働かせてもらえるなら泣き言は言いません」

「だが、力仕事の経験はないと?」

「ええ。だから、働きを見て役に立たないと思ったら解雇してもらって結構です。その代わり、役に立つかどうか、ちゃんと確かめて欲しいんです」

 恭弥は面接のことを思い出しながらハキハキと答え、まっすぐにザックの顔を見た。


「……なるほど、ひょろっとした兄ちゃんだと思ったが、根性はありそうだな」

「それは自信があります」

 なにしろ、ブラックな企業で働いてましたから――とは、声に出さずに呟く。


「それなら恭弥、ひとまずお試しだ。家のブドウ園で働いてみろ」

「ありがとうございます!」




 こうして、恭弥はひとまずはブドウ園で働いてみることになった。

 でもって、アリシアは狩りに行くとのことで別行動。ザックから、ブドウ園での仕事について、いくつかレクチャーを受けていたのだが――


「ふえぇ……おとうさぁん」

 背後から悲しげな女の子の声が聞こえてきた。

 なんだろうと振り返った恭弥は息を呑む。そこにいたのは十代前半くらいの可愛らしい、むちゃくちゃ可愛らしい、まさに天使のようなイヌミミ少女だったからだ。

 でもって、その少女の目には涙が浮かんでいる。


「フィーネ、どうした? またいじめられたのか?」

 ザックが泣きじゃくる天使――フィーネというらしいに歩み寄り、膝をついて顔を覗き込む。

 また、と言うことは、これが初めてではない。むしろ普段からいじめられているのかもと、恭弥はどこの誰かもしれない相手に強い憤りを感じる。

 だが、自分はポッと出の赤の他人で、そんな自分が口を出して良いような話しではない。ここは黙って席を外すべきだと、恭弥はクルリと踵を返すが――


「……うん。みんなが、お前みたいな不細工がうろちょろするなって」

「――ちょっと待てやっ!」

 そのまま一回転して、ビシッと指差しで突っ込んでしまった。二人は突然のことに目を丸くしているが、恭弥はかまわずフィーネに詰め寄る。


「フィーネちゃん、だっけ?」

「えっと……そう、だけど……お兄ちゃんは?」

「俺は恭弥。訳あって、アリシアにお世話になってて、今日からこの家のブドウ園で働かせてもらう予定なんだ。けど、俺のことより……」


 キミが不細工だと言われているのはやっかみだ――と、恭弥は口にしようとしていたセリフを寸前で呑み込んだ。

 フィーネはおそらく、アリシアが言っていた幼馴染みの女の子だ。でもって、幼馴染みを不細工だと言ったら許さないと、アリシアはしつこいくらいに言及している。

 つまり――


「その……俺にはキミが、むちゃくちゃ可愛い女の子にしか見えないんだけど……イヌミミ族と人間の美的感覚って……違うのか?」

 フィーネの顔が真っ赤に染まる。


「はわわ。か、可愛い? フィーネが、可愛い?」

「うん、むちゃくちゃ可愛いと思うぞ。いますぐモフり倒したい」

「モフっ。はぅ~~~。モフり倒したいなんて、初めて言われたよぅ~~~っ」


 フィーネが身もだえしたかと思えば、ぺたんと座り込んでしまった。その姿を見て、恭弥はますます可愛いなぁと表情をほころばせる。

 なお、恭弥は別にロリコンではない。ただ純粋に愛らしいイヌミミ幼女を、ワンコのように膝の上に抱っこして、思いっきりモフり倒したいと心から願っているだけである。

 その姿が一般的に見てセーフかどうかはともかく、恭弥の気持ちは純粋だ。


 ただ、フィーネは毛並みの手入れに無頓着なのか、ピンク色の毛並みはアリシア以上にゴワゴワで、存分にモフるには念入りなグルーミングが必要そうだ。


「おい、恭弥。ちょっとこっちに来い」

 恭弥の首にザックの腕がからみ、そのまま少し離れたところまで連れて行かれる。


「えっと……なんですか?」

「いや、親の前で堂々と娘を口説いてるんじゃねぇとか、色々と言いたいことはあるんだが……ひとまず、さっきのセリフは本気なのか?」

「さっき?」

「可愛いとか、モフり倒したい、とかだよ」

「あぁ、もちろん本心です」

「十歳くらい離れていると思うが?」

「歳の差なんて、関係ないじゃないですか」


 そう、歳の差なんて関係ない。

 あくまで、人間がワンコをモフモフするのであれば、の話だが。


「そ、即答しやがったな。本気の本気で、フィーネをモフり倒したいと、そういうんだな」

「もちろん本気です。フィーネを見て、モフりたいって思ったんです」

「……そうか、お前の覚悟はよく分かった。なら、俺はこれ以上なにも言わん」

「えっと……?」

「娘がお前を受け入れたら、認めてやるということだ」


 モフる話だよな、なんか大げさな気がするぞ……と、恭弥はようやく疑問を抱いた。

 しかし、ワンコの中にも、自分が認めた相手にしか毛並みを触らせないような誇り高い個体もいる。イヌミミ族はきっと、誇り高い種族なんだろうと恭弥は理解した。

 正解のようで、全くの誤解。その誤解が後にとんでもない事態を引き起こしていくのだが、このときの恭弥はまるで気付かない。

 ありがとうございますと、恭弥はぺこりと頭を下げた。


 なお、恭弥を見下ろすザックは、まだまだ嫁に行くのは先、どころか嫁に行けるかも分からないと心配していた娘に、いきなり求婚者が現れて戸惑う親のような顔をしているのだが――

 あくまで『そのような顔』なので、実際にそういう状況に陥った訳ではないだろう、きっと。


「ところで、美的感覚が違うとか言ってたが、お前にはフィーネが可愛くみえるのか?」

「見えますよ。と言うことは……その、ザックさんには?」

「……あいつは愛嬌のある優しい娘だ」

 一瞬の沈黙の後、性格面を褒めた。

 つまりは父親ですら、フィーネの外見を可愛いとは思っていないらしい。


「失礼ですが……その、イヌミミ族の美少女かどうかの基準ってなんなんですか?」

「毛並みだ。美しく、手触りの良い毛並みほどモテる」

「……なるほど」


 人間にも、首が長いほど美人だという価値観を持つ部族がいるし、動物にいたっては羽や鳴き声などなど、それぞれの種族によって、なにをもって美しいかの価値観が違う。

 イヌミミ族が毛並みで判断していたとしても、なんら不思議ではないだろう。


 それを踏まえてフィーネを観察する。

 ピンク色の髪に縁取られる小顔に収められているのは、ピンク色の澄んだ瞳。すらっとした鼻や、ぷっくりとした唇。幼さを残した、愛らしい容姿をしている。

 年齢は十代前半くらいだろうか? 背は低いが、将来が楽しみなほどスタイルは良い。恭弥視点ではとんでもなく可愛らしい天使だが……たしかに髪や毛並みの質はよろしくない。


 毛が長めなのだろう。シッポの毛は絡まってゴワゴワとなっている。アリシアはもちろん、おっちゃんであるザックと比べても、モフり心地は悪そうだ。

 だけどそれは、アリシアと同じで、毛並みのお手入れがされていないからだ。


 毛並みで美しさを判断する価値観を持つ種族でありながら、毛並みの手入れをしていない。つまり、毛並みのお手入れという概念がない、もしくは手入れの技術が物凄く低い。


 ――つまり、この世界において俺は神っ!

 ……いや、ごめん。

 恭弥はちょっと調子に乗ったと反省するが、その考えはあながち間違っていない。


 毛並みのお手入れの概念があるだけで、フィーネの救世主になり得る。ましてや恭弥には、形から入ろうと買いそろえた、ペットトリマーの道具がある。

 毛並みの質に悩めるイヌミミ少女達にとって、恭弥は神も同然である。


 それを理解した恭弥は、毛並みをモフモフにして、フィーネの悩みを解決。それを切っ掛けに打ち解けて、モフモフさせてもらおうという作戦を考える。


「ザックさん、ブドウ園で働く話、明日からにしてもらえませんか?」

「あ? 別にかまわんが……急にどうしたんだ?」

「いえ、フィーネが了承してくれれば、ですが。たぶん、俺なら彼女の毛並みを見栄え良く出来ると思うんです」

「――な、なんだと? それは本当なのか?」

「アリシアの家に、俺の荷物があるので、それを使えば今よりは確実に」


 とはいえ、急にそんなことを言われても、信用できないだろう。そう思っていたのだが――次の瞬間、恭弥はザックに縋り付かれた。


「頼むっ、もしなんとか出来るのなら、なんとかしてやってくれ! そのためだったら、俺はどんな努力も惜しまねぇっ!」

 物凄い食いつきだった。ザックの勢いに圧倒されながら、恭弥は任せてくださいと頷く。そうして、お礼にモフらせてもらうことを想像しながらフィーネの元へ戻った。

 

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