エピソード 1―2 イヌミミ族と純血種
一眠りしていると、夕食の準備が出来たと迎えに来たアリシアに起こされた。そんな訳で、恭弥は夕食を食べるために、リビングへとやって来た。
一階建ての木造住宅だが、わりと広くて作りもしっかりしている。
「もしかして、家族と一緒に暮らしているのか?」
「正確には、三年前までは家族と一緒に暮らしていた、ね」
「……え?」
「父は魔獣に殺されて、母もその後を追うように病気で死んじゃった」
「……ごめん」
アリシアが独断で滞在を認めたことに加え、この家の間取りを見れば、聞くまでもなく予測できたことなのに――と、恭弥は反省する。
「別に、そんなに気に病むことはないわよ。もう慣れちゃったから」
「……そう、なんだ」
鵜呑みにはしないけど、アリシアの気遣いなのだろうと思った恭弥は引き下がった。
「さて、それじゃ、夕食にしましょう。そこに座って待ってなさい」
いうが早いか、アリシアは台所に移動して、トレイを使って肉料理を運んでくる。
「良い匂いだけど……これは?」
「ボアのもも肉よ」
「ボア……イノシシ?」
「さっき貴方を殺そうとしてた魔獣のことよ」
「あぁ……あれか」
心の中で、あれかぁ……ともう一度呟く。
見た目は巨大化したイノシシのような外見だったので、食べられないとは思わない。けど、迷わず人間を襲ってきた理由を考えてしまう。
つまりは、ボアがなにを食べて成長しているのか、ということだ。
「い、一応聞いておきたいんだけど、ボアってなんで襲いかかってきたんだ?」
「理由? 自分の餌をとる縄張りに入ってきた外敵だからでしょうね」
「あ、あぁ、そういう理由か」
嫌な予感が外れたと、恭弥はホッとため息をついた。
「もしかして、食べたことないの? ほら、平気よ」
アリシアがナイフとフォークで切り分けたお肉を口に運ぶ。それをもぐもぐと咀嚼すると、もう一切れフォークに刺して、恭弥の前に突き出してきた。
「あーん」
「……はい?」
「だから、食べさせてあげる」
恋人がやるあれである。
女性に対して免疫がない恭弥だが、ワンコに手ずからご飯を食べさせるのはお手の物だ。逆のパターンは初めてだけど、それはそれでありだなと考えた。
「じゃあ……あむっ」
フォークを持つアリシアの手を掴んで、肉にかぶりつく。歯で噛んだ瞬間、じゅわっと肉汁があふれ出て、口の中に広がっていく。
少しクセは強いが、いままでに食べたことのないタイプの美味しいお肉だった。
「うん、これは美味しいな」
「そう、それなら良かったわ。飲み物もあるからどうぞ」
「ああ、ありがと――っ」
木製のコップを受け取って口に運んだ恭弥は思わず咽せそうになった。
「あ、アリシアもこれを飲んでるのか?」
「そうだけど……もしかしてワインはダメだった?」
「い、いや、俺は平気だけど……」
驚いたのは、アリシアが見た目が高校生くらいの女の子だから――ではない。
もちろん、それも驚きではあるのだが、年齢を確認した訳ではないし、飲酒可能な年齢は、地球でだって国によって様々なので、少し意外な程度の話である。
ただ……ワンコに食べさせたらダメな食べ物として有名なのはチョコレートやタマネギだが、ブドウやアルコールもそれに次ぐレベルでダメな部類。
ブドウはどの成分が作用しているのかは不明だそうだが、中型犬なら一房まるまる。アルコールは度数の高いお酒をコップ一杯も摂取すれば、死に至る可能性の高い猛毒である。
そんなブドウで作られたアルコールを、アリシアが飲んでいたことを知って驚いたのだ。
「アリシアはブドウ酒って平気なのか?」
「え? 平気……って言うか、最近はよく飲んでるわね」
「えっと……それって、アリシアだけの話か?」
「どういうこと? もちろんお酒が苦手な人もいるけど、あたし達イヌミミ族はおおむね、ワインをこよなく愛しているわ。ブドウやワインを作る家があるくらいだもの」
「マジか。なら、チョコレートやタマネギなんかも平気なのか?」
「チョコレートっていうのは初めて聞くけど、タマネギは平気よ。ただ、あたしは個人的に、タマネギがあんまり好きじゃないんだけどね」
目を細めて笑うアリシアを見て、どうやら本当に大丈夫らしいと安堵した。
そんな訳で食事を再開。
恭弥は腹を満たしてから、そういえばと切り出す。
「良かったら、色々と教えてくれないか?」
「……色々? 変なこと聞いたら殴るわよ?」
「殴られても良いっていったら教えてくれるのか?」
「ばかじゃないの?」
呆れた顔をされてしまった。恭弥は冗談だと肩をすくめる。
「俺が聞きたいのは、イヌミミ族……だっけ? のことや、ここがどういう場所なのかってことだよ。さっきの口ぶりだと、イヌミミ族の村、なんだよな?」
「あぁ、そういう意味ね。ここは、イヌミミ族の村よ」
「ふむふむ。イヌミミ族の村ってことは、俺みたいな人間は住んでいないのか? というか、ぶっちゃけて聞くけど、差別とか迫害とかは……?」
「貴方みたいに純血の人間は住んでいないけど、差別の心配はいらないわよ」
「そう、なのか……って、純血の人間?」
聞き慣れない単語に、恭弥は首を傾げた。
それに対して、アリシアが純血種について語り始める。
アリシアがいわく、この世界にはもともと純血の人間と、純血のイヌミミ族がいたらしい。けれど、長い歴史の中で互いの種族が交わり、人間とイヌミミ族のダブルが増えていった。
それがいまのイヌミミ族で、この世界で最も人口が多い。
でもって二番目に多いのが、イヌミミ族と交わることなく生活を続ける純血の人間らしい。
「じゃあ、三番目がイヌミミ族の純血なのか?」
「いいえ、三番目は他種族よ。純血種の特徴を色濃く引き継いで生まれてくる個体はときどきいるんだけど、先祖代々で純血種の特徴を引き継いでいるイヌミミ族はいないわね」
「……純血種の特徴って?」
「銀色の毛並みとか、ね」
そういって自分の紫がかった銀髪を指差した。どうやら、アリシアがその純血種の特徴を引き継いでいるらしい。
先祖返りみたいなものだろうか? と恭弥は思いを巡らせる。
「じゃあ、この村に純血の人間は住んでいないっていうのは?」
「先祖返りの人間は何人かいるってこと。でも、別に排斥してる訳じゃないから、近くにあるイヌミミ族の街に行けば、先祖代々の人間とかも普通に暮らしているわよ」
「へぇ、イヌミミ族の街もあるのか」
思ったより文明レベルが高いんだなと驚く。
「取り敢えず、基本は仲良くしているから差別とか迫害っていうのはないわよ。もちろん、個人個人で仲が悪いとかはあるけどね」
「それはまぁ、そうだろうなぁ……」
なにはともあれ、アリシアがたまたま友好的なだけで……という可能性を考えていた恭弥は、これなら大丈夫そうだと安堵する。
というのも、この世界に飛ばされたのか分からないので、元の世界に帰るあてが全くない。というか、モフモフが大好きな恭弥は、モフモフの楽園に留まりたいと思っている。
なにより、恭弥はアリシアと一緒にいたいと思っている。
アリシアはブランカとどこか似た雰囲気であることに加え、ちゃんとお手入れをすれば、その毛並みは間違いなくモフモフになるからだ。
いまは警戒されているみたいだけど、少しずつ仲良くなっていけば、いつか毛並みのお手入れをさせてくれたり、モフらせてくれるかもしれない。
――だからこそ、恭弥はこの村で今後も暮らしたいと考えている。でもって、この村で暮らすのなら、自分で働いて生活する必要がある、
「なあ、この村で、俺が働けるような仕事ってあるか?」
「え、そうねぇ……恭弥って、狩りは出来ない、わよね?」
「他に道がなければ努力するつもりはあるけど……たぶん向いてないと思う」
「なら、そうねぇ……ブドウ園のお仕事はどうかしら? ちょうど、幼馴染みの家で人手が不足してるのよ」
「……デスクワークはないのか?」
就職して数年、力仕事が出来るような体力が残っているとは思わない。
出来ればサラリーマンとして培った経験を活かせる仕事をと考えるが、街に行けばまだしも、村にはデスクワークなんてないと言われてしまった。
「ちなみに、さっきのは幼馴染みだから紹介してあげられるけど、普通はそう簡単に他人を雇ってくれたりしないわよ?」
どうやら他に仕事はないらしい。
力仕事は苦手だが、働かなければ食うことも出来ない。それになにより、ブラック企業に勤めることを考えれば、畑仕事はずっとずっと健康的だろう。
「……分かった。なら、その幼馴染みの家に紹介してくれるか?」
「良いわよ。その代わり、あたしの幼馴染みに可愛くないとか言うのは禁止よ?」
「はあ? そんなこと、言う訳ないだろ。俺のこと、どんだけ失礼だと思ってるんだよ?」
「初対面で抱きついてくるくらい失礼だと思ってるけど」
「それは、相手がアリシアだったからだ」
「~~~っ。……ばか。あたしは、真面目な話をしてるのよ、茶化さないで」
「悪い悪い。けど、さすがに、初対面の相手に可愛くないとかは言わないって」
「分かった、信じるわよ。だから、ホントのホントに約束だからね? 絶対の絶対に、可愛くないとか、ましてや不細工とか、間違っても言っちゃ、ダメなんだからね?」
「お、おう……」
ここまで念押しするなんて、一体どんな娘に会わされるんだろう? そんな不安を抱きつつ、恭弥は夕食の片付けを手伝うことにした。
お読みいただきありがとうございます。
純血の人間、純血のイヌミミ族、そのあいだに生まれたダブルがいまのイヌミミ族です。