エピソード 4ー3 アリシアの魔獣狩り
翌朝。アリシアは討伐隊を率いて森にいた。
今日は動きやすい服装で、腰に長剣という出で立ち。もちろん、服の下にはちゃんと下着を着用しているのだが……昨日に引き続きジロジロと見られているアリシアは落ち着かない。
毅然とした態度で歩きながらも、ほんのりと頬を赤く染めていた。
もっとも、見られているのはとんでもなく毛並みが綺麗になった上に、モジモジとするアリシアが非常に可愛らしいからなのだが……当の本人は気がつかない。
必死に平常心を保ちながら、ボアのヌシに付けたマーカーの情報を頼りに森を進む。
「しかし、昨日も言ったが、変われば変わるものだな」
隣を歩くダームに話しかけられて、アリシアは首を傾げた。
「そんなに、変わったかな?」
「ああ、変わったよ。お前さんは親父さんが生きていた頃から、狩りの手伝いをしたりとお転婆だったじゃないか。それがまさか、男の視線で赤くなるなんてなぁ」
想像もしていなかったぞと笑われる。
「そ、それは恭弥が悪いんだよっ」
「あん? 昨日はともかく、今日はあの兄ちゃんはいないだろ?」
「そ、そうだけど、昨日色々あったから、それを思い出しちゃって……」
だから恥ずかしいんだよとアリシアは俯く。
わずかな沈黙を挟み、ダームはくくくと笑い始めた。
「まさか、あの人間の兄ちゃんにそこまで入れ込んでるとは思わなかったぞ」
「そ、そんなんじゃないってばっ」
「じゃあ、なんだって言うんだ?」
「そ、それは…………も、もう、ここは森の中なんだよ。周囲を警戒しないと、どこから魔獣が襲ってくるか分からないんだからね」
「くく、まあ、そういうことにしておいてやろう」
「もう、違うって言ってるのに……っ」
アリシアは恥ずかしさを誤魔化すように、スキルで感知できるマーカー情報から、ボアのヌシの現在位置を探る。
まだ近くではないけれど、確実に近付いている。もうしばらく歩けば、いよいよ両親の仇を討つ戦いが始まる――と、アリシアは生唾を呑み込んだ。
「アリシア、反応があったのか?」
「えっと……もう少し先、向こうに見える川の向こう岸くらいかな」
「そうか、なら、そろそろ警戒をはじめねぇとな」
ダームが他の狩人達に合図を送ると、みながこくりと頷く。
ちなみに、今回の討伐隊のメンバーは全部で六人。もっと増やすことも可能だったのだが、あまり増やしすぎると警戒されてボアのヌシに逃げられるとの判断でこの人数になった。
問題は、どんな風に分けるか、だが――
「マーカーで位置を把握してるあたしが風下からヌシに襲いかかる。だから、他のみんなは、風上に回り込んで退路を塞いで」
「おいおい、一人じゃ危険だろ」
「人数が多かったら、退路を断つ前に逃げるかも知れないでしょ」
「それはその通りだが、さすがに一人じゃ行かせられねぇ。俺も付き合う」
「ダームおじさん……危ないよ?」
「馬鹿野郎。危ないならなおさら、お前一人に任せられるか」
拳で頭をぐりぐりとされてしまう。
「それに、万が一にもなにかあったら、お前の親父さんに顔向けできねぇ」
「あたしだって、自分のせいで、みんなになにかあったら……って、心配なんだよ」
恭弥が言い出したこととはいえ、受け入れたのはアリシア自身である。もし誰かが死んだりしたら……と、アリシアは恐れているのだ。
「なんだ、そんなことを考えてたのか。今回の件は、お前が気にするようなことじゃない」
「それは、恭弥が報酬を支払ってるから?」
「もちろんそれもある。だが、お前の親父さんが殺された頃から、魔獣のヌシは手を付けられなくなってきた。討伐するべきという意見は以前からあったんだ」
「そうなんだ……って、あれ? なら、恭弥が報酬を払う必要ってなかったんじゃないの?」
アリシアが小首をかしげると、ダームは視線を逸らした。
とはいえ、それとなく出された共闘の提案を拒絶していたのはアリシアだ。それに、ダームの言葉は、アリシアが責任を感じずにすむような気遣いも含まれているのだろう。
そう思ったアリシアは、小さなため息をつくに留める。
「たしかに、あたし一人で返り討ちに遭ったりしたら、マーカーの位置情報が追えなくなっちゃうしね。じゃあ、ダームおじさん、背中は任せたよ」
「生意気いうじゃねぇか。まだまだアリシアには負けねぇってこと、見せてやらぁ」
アリシアとダームは風下で他のみんなが配置につくのを待つ。そのあいだに残りの四人は更に二組に分かれて、ヌシの退路を塞ぐために風上に回り込んでいく。
「あんまり早く行きすぎると、包囲網が完成する前に逃げられるかも知れない。けど、あんまり遅くても、風上に回り込んでいるみんなが見つかっちゃう」
ということで、アリシア達は極力静かに、ヌシに接近するべく進んでいく。
ほどなく、木々の隙間から見える向こう側、全長二メートルくらいはありそうなボアのヌシがなにか獲物を喰らっているのが見える。
「……都合が良いね。餌に気を取られて周囲の警戒がおろそかになってる。これなら、だいぶ包囲網を狭められるはずだよ」
じりじりと距離を詰め、これ以上はどうやっても見つかる。それくらいの距離まで接近して、他のみんなが移動するのを待つ。
そして、ヌシが風上にいる狩人の気配に気付いた瞬間、アリシアは木陰から飛び出した。
今度こそ、お父さんとお母さんの無念を晴らす! と、腰に吊した長剣を抜刀。ボアのヌシの鼻っ面に剣を叩きつけた。
ゴワゴワの毛皮に阻まれ、アリシアの一撃は致命傷を負わすことは出来ない。けれど、それでも、鼻っ面に叩き込んだ剣は、ヌシの顔に一筋の赤い線を引いた。
「がああぁぁあぁっ」
雄叫びを上げ、怒り狂ったボアが突っ込んでくる。数百キロ、もしかしたら一トンくらいありそうな巨大なヌシの一撃を、アリシアは寸前で回避する。
すれ違いざまに足を切りつけるが、それはほとんどダメージを与えることが出来なかった。
「……ホントに化け物だね」
「アリシア、無茶をするな!」
ダームがそう言いながらボアに斬り掛かる。
無茶をしているのはどっちよ――と、ヌシがダームに標的を変えた瞬間を狙い、アリシアは即座に追撃を仕掛け――っ。
アリシアはとっさに急制動を掛けて停止した。
その瞬間、ヌシがクルリと振り返りざまにキバを叩きつけてくる。アリシアはとっさに剣で受け止め、自ら後ろに飛んだ。
それでも勢いを殺しきれず、アリシアは盛大に吹き飛ばされる。
「アリシアっ!」
「だいじょうぶよっ」
空中で猫のように(ワンコだが)体勢を立て直して、重力に反して木の幹に着地。
吹き飛ばされた慣性を足の裏で吸収し、重力に引かれて地面に下りようとするが、その着地の瞬間を狙ってヌシが突っ込んでくる。
このまま重力に身を任せたら、ヌシと木の幹に挟まれて潰されると、アリシアはとっさに身体を回して半回転、思いっきり木の幹に剣を叩きつけた。
横へのベクトルを得たアリシアは、そのまま重力に引かれて落ちる。その真横を、ヌシの巨体がかすめて木の幹に激突した。
しかし、上手くいったとアリシアが思うより早く、ヌシは方向を変えて襲いかかってくる。再びキバの一撃に見舞われたアリシアは、辛うじて剣で反らしてたたらを踏む。
そこに――
「させるかよっ!」
追撃しようとしたヌシの腹に、ダームの剣が貫いた。怒り狂ったヌシが巨体を振り回し、ダームを吹き飛ばしてしまうが、
「――いまだっ!」
「「「「――おうっ!」」」」
ダームの号令の元、回り込んでいた仲間達が次々に追撃を仕掛ける。
ある者は足を切りつけ、またある者は肩口にダメージを負わす。
まるで鎧のような毛皮と脂肪に覆われたヌシにダメージを負わすのは困難だが、それでも一撃、また一撃と確実ダメージを重ねる。
更には体勢を立て直したアリシアとダームも参戦。
最初はフェイントを喰らったが、だからこそ、決して油断せずにフェイントにも対応。アリシア達は自分が狙われていない瞬間を狙って、確実にダメージを与える。
全身に無数の傷を負ったヌシは、最後の力を振り絞るように雄叫びを上げた。
「あと少しだっ!」
ヌシの最後の足掻きだと見て取った仲間達が攻撃の手を強める。そのとき、嫌な予感を抱いたアリシアはハッと周囲を見回した。
「――後ろよっ!」
「後ろだと――っ」
仲間の一人がボアの一撃を避け損ねて吹き飛ばされる。
しかし、それはヌシではなく、ただのボア。さっきからヌシが雄叫びを上げていたのは仲間を呼ぶためだったのだ。
「他にも来るかも知れない、みんな周囲に気を付けてっ!」
とっさに警告を出すが、それは悪手だった。
周囲に気を取られた仲間の一人に向かってヌシが突進。仲間を跳ね飛ばし、片足を引きずりながらもそのまま駆け抜けていく
「――っ、逃がさないよっ!」
とっさに、アリシアはその後を追う。
「待て、アリシア、無理をするな!」
「みんなはボアの始末と負傷者の手当を! あたしはあいつにとどめを刺すわ!」
ダーム達の制止を振り切り、アリシアはヌシの後を追い掛ける。
無茶は承知だが、マーカーの更新はスキルの特性上の問題があって出来ていない。
つまり、いま逃げられたら、数日と待たずしてヌシの居場所を把握できなくなる。そして、大怪我を負ったヌシはその傷を癒やすまでは人里に近付かないだろう。
ヌシを倒すのは、逃走もままならないほど弱らせた今しかチャンスはない。片足を引きずりながら逃げるヌシの後を、アリシアは必死に追い掛ける。
「絶対に、逃がさないからっ!」
父親の敵であり、母を死なせる切っ掛けとなった。
アリシアの幸せな日常をめちゃくちゃにした元凶である。
失った物は、取り戻せない。
だけど、もう一度手に入れられる物もある。
残されたわずかな時間を恭弥やフィーネと過ごすため、魔獣のヌシを取り逃がすことは出来ない。絶対に倒してみせる――と、アリシアはボアのヌシを追う。
いくらヌシが手傷を負っているとはいえ、単純な速度では勝つことが出来ない。けれど、木の根を飛び越え、曲がりくねった獣道を駆け抜ける。
アリシアは小柄な体型を活かし、確実に距離を詰めていく。そうして道が開けた瞬間――アリシアが目にしたのは、身体を反転させて突っ込んでくるヌシの姿だった。
「――しまっ」
アリシアは神がかった反射速度でとっさに側面に身を投げ出す。けれど、それでも完全にかわしきることは出来ず、アリシアはボアのヌシに跳ね飛ばされた。
「――かはっ。ごほっ……くっ」
受身を取る暇もなく地面に叩きつけられたアリシアは、背中を打って呼吸もままならない。
空気を求めて喘ぐ視界の先、ヌシがそのキバを振るう姿が目に入った。次の瞬間、キバに脇腹を引っかけられて、アリシアはまたもや跳ね飛ばされる。
地面に叩きつけられた瞬間、声にならない悲鳴が洩れた。
ダメージが蓄積されたせいか、はたまた打ち所が悪かったのか、視界がぼやけて意識が遠くなっていく。もはや、指先を動かすことすら叶わない。
「……ごめん、ね、恭弥。やく、そく……守れない、かも……」
こんなことになるのなら、モフらせてあげれば良かったなぁ……と、アリシアの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
けれど、魔獣のヌシは無情にも再びキバを振りかぶり――
「死にたく、ない、なぁ……」
アリシアに向かって振り下ろした。




