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社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする  作者: 緋色の雨


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エピソード 4ー2 生まれ変わった姿を見られるのは恥ずかしい

 紫がかった鈍い銀色の毛並みは、紫がかった光沢のある銀色の毛並みへと変貌した。そして、あちこちがダマになっていた毛先はサラサラになり、指をするっと通してしまう。

 極上のモフモフがそこにはあった。


「これが……あたし?」

 鏡に映った美少女を前に、アリシアは信じられない思いで一杯だった。

 自分が目を見張れば、鏡に映る美少女も目を見張る。目の前の美少女が、鏡に映った自分であることは疑いようのない事実だ。

 だけど、それでも、ここまで変わるんだ……と、驚愕せずにはいられなかった。


 もちろん、幼馴染みのフィーネが生まれ変わったように綺麗になったことは知っている。

 けれど、恭弥はどの程度綺麗になるかは個人差があると言っていたので、自分がここまで綺麗になるとは夢にも思っていなかったのだ。

 親の仇を討つために女の子としての幸せを諦め、ただひたすらに狩りに没頭していた。そんなアリシアが、こんな風に綺麗になることが出来た。

 それは凄く、凄く素敵なことなのだが……


「モフりたい……むちゃくちゃモフりたい」

 横から聞こえてくる欲望まるだしの声にげんなりとする。

 もっとも、昨日までのアリシアは、オシャレに無頓着な素朴な女の子――くらいの毛並みだったので、誰かにこんな風に言い寄られることはなかった。

 だから、綺麗になる前から、綺麗にしてモフりたいと言い寄る恭弥はちょっぴり特別で、色々と思うところはあるのだが……


「はぁ……モフモフしたら気持ちよさそうだよな」

 いくらなんでもストレートすぎだとため息をついた。


「もぅ……ばか。あたしが仇討ちを終えたら、って……その、約束したでしょ?」

「――はっ。そうだった。いますぐ、村の連中に協力を取り付けに行こうっ」

「は? え、ちょ、待って――っ」


 さっき、服を着るまえにシャンプーとリンスまみれになった下着を脱いだので、いまのアリシアは当然ながら下着を身に着けていない。

 しかし、恭弥は強引に腕を惹いて歩き始め――アリシアもまた、下着を着けていないと打ち明けるのが恥ずかしくて……結局、そのまま家の外に連れ出されてしまった。



「はぁ……恥ずかしい」

 アリシアは両手をお腹の辺りで合わせてモジモジとする。


「うん? アリシアの毛並みは物凄くモフモフになったから、恥ずかしがることなんてないぞ」

「いや、そっちじゃなくて……はぁ、なんでもない。いまが夕暮れで良かったよ」

 夕日に照らされていれば、顔が赤らんでいるのも分からないだろうと息を吐く。そうして色々と諦めて恭弥と肩を並べて歩き始める。

 やっぱり恥ずかしいと思いつつも、一人じゃないという事実に少しだけ足取りが軽くなる。


「……アリシアが元気そうで良かった」

「ふえ?」

 いきなりなんだろうと、アリシアは隣を歩く恭弥を見上げた。


「最近、ちょっと思い詰めたような感じだったからさ」

「あぁ……体調が日に日に悪くなってたからね。でも、少し前と比べれば、最近の方が断然元気だったと思うよ?」

「らしいな。でも、俺がアリシアに助けられたときは、もっと明るい顔をしてたぞ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。なんて言うか……楽しそうだった」

 そうだったかなぁと思いを巡らしたアリシアは、すぐにそう見えた理由に思い至った。


「それは……きっと恭弥と出会ったからよ」

「俺と?」

「あたしは親の仇討ちの末に、なにも残さずに死んでいくって思ってたの。だけど、恭弥はあたしに命を救われたって言ってくれたでしょ?」

「救われたのは事実だけど……それがどう繋がるんだ?」

「あたしはね。本当は親の仇を討って、それからのんびり暮らすつもりだったの」

 アリシアは肩口へとこぼれ落ちた髪を指で払い、困惑顔の恭弥を見上げる。


「でも、あたしは病気で……自分がもうすぐ死ぬことを知ってる。だから、お父さんやお母さんが、そして私が生きた証を、なにも残せなくて消えていくんだって思ってた。だから……恭弥があたしに命を救われたって言ってくれて嬉しかったの」


 あたしが救った恭弥がなにかを為し遂げてくれたら、それはきっとあたしの生きた証になるから……と、口にしてしまえば、恭弥はきっと自分のために無理をする。

 そう思ったから、アリシアは心の中でだけそっと付け加えた。

 だけど、口にしなくてもなんとなく伝わったのだろう。恭弥はきゅっと口を結ぶ。


「アリシア、俺は……」

「良いよ。恭弥は、自分のやりたいことをやれば」

 あたしのためだなんて責任を負わなくて良いんだよ……と、そんな思いを込めて、アリシアは隣を歩く恭弥に肩をぶつける。


「俺のやりたいこと……いますぐアリシアを思う存分にモフっても良いと?」

「ち、違うわよ、ばかっ!」

 夕日を浴びたアリシアは顔を真っ赤に染めて、もう一度恭弥に肩をぶつけた。

 それからほどなく、恭弥はとある一軒家の前で足を止める。


「あれ、協力してくれる人って、ダームおじさんなんだ」

「あれ、アリシアの知り合い……なのは、まぁ当然か。そんなに大きな村じゃないしな」

「それもあるけど、ダームおじさんは、あたしのお父さんの狩り仲間だったのよ」

「……悪い」

 恭弥が申し訳なさそうな顔をする。


「別に謝られるようなことじゃないよ。というか、知り合いって意味なら、この村に住むほとんどの人が、お父さんやあたしの知り合いだし」

「まぁ……それもそうか」


 恭弥が納得してくれたのを感じ、アリシアはホッと息を吐いた。

 この村の住人はほとんどがアリシアの知り合い……それも、わりと親しい人がほとんどで、父がボアのヌシに殺され、母が病で死んでいることを知っている。

 誰もが優しくて――そして同情的だから、アリシアは悲しいことを思い出す。

 だから、アリシアの過去を知らなかった恭弥と一緒にいるのは気が楽だったし、事情を知ってなお、アリシアに普通に接してくれる恭弥に感謝している。

 けれど、そんな内心を伝えるのは恥ずかしくて、「すみませーん」と家の扉をノックした。



「誰だ……って、ホントに誰だ?」

 玄関から姿を現したダームが、アリシアを見て目を見開く。


「こんにちは、ダームおじさん。あたしです、アリシアですよ」

「アリシア……? なっ、アリシアだと!? マジかよ! 少し見ないうちにむちゃくちゃ美人になったな。これはたまげたぜ」


 ダームがはーんと声を上げて、マジマジとアリシアを見つめる。

 その無遠慮な視線は、父が娘の成長を見るときの視線に近いのだが……自分がノーブラノーパンであることを思いだしたアリシアはみるみる顔を赤くする。


「お、おじさん、恥ずかしいから、あんまり、見ないで……」

「なんだなんだ、魔獣を狩ることしか考えてなかったアリシアが、ちょっと見ないあいだにずいぶんと乙女な反応をするようになったじゃねぇか。その兄ちゃんの影響か?」

「えっと、その……」


 アリシアは恥ずかしくなって俯く。

 恭弥の影響なのは事実だが、猛烈なモフりたいコールにほだされたのが原因だから……ではなく、ノーブラノーパンなのに着替える間もなく引っ張って来られたのが原因だからである。


「いや、しかし、良い物を見せてもらったぜ」

「ふえっ!?」

 もしかして透けてる!? と、思わず両手で身体を隠す。しかし、そんなアリシアの不審な挙動には気付かず、ダームは恭弥に視線を向けた。


「取り憑かれてたように戦いに明け暮れてたアリシアが、こんな風に変わるなんてな。兄ちゃんのおかげだ。感謝してるぜ」

 どうやら、服が透けていた訳ではないらしい。そう理解したアリシアはホッと息を吐く。


「いえ、俺に出来るのはこんなことだけですから。それより……ダームさん、ボアのヌシ退治に協力してくれますか?」

「ん? なんだ、ヌシ退治を諦めさせた訳じゃねぇのか?」

「アリシアに諦める気はなさそうなので、俺も出来る範囲で協力しようと思って」

「……出来る範囲で協力? それが、協力者を募るってことか?」

「そうです。そして、そのためにアリシアの毛並みのお手入れをしたんです」

 恭弥がポンと頭に手を乗せてくる。イヌミミに触れられた訳ではないのだが、ブラッシングのときの感覚を思い出し、アリシアは身をよじった。


「おい、まさかアリシアに色仕掛けをさせるつもりじゃねぇだろうな? そいつの両親に顔向けできないようなことをさせるつもりなら容赦しねぇぜ?」

「違いますよ。アリシアは、言うなれば……そう、モデルですね」

「……モデル?」


 なんだそれはとダームが首を捻る。

 アリシアもまた、そんなの聞いてないよと恭弥の横顔を見上げた。


「本人にも金銭的な報酬を支払うつもりはあるんですが、ダームさんの反応を見る限り、現金よりも他の方が良いかなって思って。で、考えたのはグルーミングの権利です」

「グルーミングの権利?」

「ええ。その人の奥さんでも彼女でも妹でも、ボアのヌシ退治に協力してくれた人には、イヌミミ族トリマーの予約を優先的に、かつ無料で複数回入れる権利をプレゼントします」

「ん? つまり……どういうことだ?」

「つまり、ダームさんの奥さんが、また毛並みのお手入れをしたいと思ったときに、優先的に、しかも無料でお手入れするってことです」

「それが、報酬になるってほどの価値があるって言うのか?」


 ダームはいまいち分からないと言った面持ちだが、横で話を聞いているアリシアには、その価値が良く分かった。恭弥のお店は毎日、予約を入れに来る人が一杯で、既に予約も出来ないような状況に陥りつつあるからだ。


「フィーネが言うには、村に住む女性の大半がグルーミングのことを知ってるらしいです。けど、予約がずっと埋まってて、制限してる状態なので……」

「そこにねじ込むって言うのか?」

「一日三人しか予約を入れないようにしているので、特別枠は四人目の客として処理します。もちろん、報酬は現金でもかまいませんけど……ダームさんの奥さんなら喜ぶと思いますよ?」

 恭弥のセリフを聞いて、ダームはしばらく考えるような素振りを見せた。


「……ふむ。どっちでも良いというのなら、俺は嫁さんと相談して決めるが……狩りをする奴らは既婚者ばっかりじゃねぇぞ?」

「だから、誰にでもプレゼントできるようにするんです。彼女へのプレゼントでも良いですし、想い人へのプレゼントでも良いんじゃないですか」

「なるほど、それでアリシアの毛並みを整えたって訳か」

「ええ、その通りです。ダームさんみたいに、奥さんが一度毛並みのお手入れを受けた後なら、価値が分かってくれると思うんですけど、男の人だと知らない人も多いでしょうから」


 なるほどなぁとダームは感心するが、アリシアは良く分からない。恭弥の袖をちょいちょいと引っ張って、どういうことなのと問いかけた。


「さっき言っただろ、アリシアがモデルだって。自分の奥さんや想い人が、こんな風に綺麗になるんですよって、アリシアを見せて説得するんだ」

「あ、あたしを見せる?」

「ああ。みんなアリシアのことは知ってるだろうし、そのアリシアがこんなに綺麗になったって見せれば、どれだけ効果があるか分かってもらえるだろ?」

「そ、それはたしかにそうかも知れないけど……見せるって、あ、あたしが色々な人にジロジロ見られるってこと、よね?」

「……そうだけど、それがどうかしたのか?」

「どうしたもなにも」


 あたし、ノーブラノーパンなんだからね!? という抗議はギリギリで呑み込んだ。恭弥が気付いていない可能性もあるし、そうじゃなくても自分から言い出すのは恥ずかしいからだ。


「えっと……一度家に帰ってからでも良い?」

「日が暮れたら、アリシアの毛並みが綺麗だって分かりにくくなるだろ?」

「じゃ、じゃあ、明日にしない?」

「ダメだ」

「どうしてよ!?」

 アリシアはちょっぴり涙目で恭弥を見上げる。


「アリシアが言ったんだぞ。ボアのヌシの居場所を探知できるのは一週間くらいだって。もう、あんまり日が残ってないだろ?」

「そ、それは、そうなんだけど……でも、だからって……」


 たしかに、確実かつ安全にボアのヌシを退治するには、いまからすぐみんなのところを回るのが無難であることは事実である。

 しかし、それはつまり、ノーブラノーパンのアリシアが、村の男達からジロジロとみられると言うことでもある。

 もちろん、視線の先はイヌミミやシッポだし、別に服が透けている訳ではないのだが……恥ずかしい物は恥ずかしいとアリシアは目をぐるぐるさせる。


「うぅぅぅ~~~っ」

「……アリシア?」

「もうっ、分かった、分かったわよ! でも、恭弥のため、恭弥のため、なんだからね!?」

「はあ? ……いや、アリシアのためだろ?」

「うっさい、恭弥のためなんだって言ったら恭弥のためなのっ! 自分のためなら、ひとまず家に帰ってるわよっ! ……だから感謝しなさいよ、このばかっ!」


 その後、アリシアは村の男達の視線に耐えながら討伐隊のメンバーを集めることになり、終わった頃にはなんと言うか、恥ずかしさで泣きそうになっていた。

 

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