エピソード 4ー1 グルーミング
翌朝はいつも通りイヌミミ族トリマーのお仕事をこなす。そうして今日の予約分を片付けた恭弥は、部屋で休んでいるアリシアを訪ねた。
「アリシア、体調は……大丈夫そうだな」
許可を得て部屋に入ると、アリシアは部屋着で柔軟体操をしている。ポーションは確実に効いているようで、恭弥が出会ってから一番顔色がよく見える。
「もう普通に動けそうか?」
「恭弥のおかげでね。明日になれば、狩りも再開できると思うわ。マーカーの期限も迫ってきてるし、そろそろ討伐隊のメンバーのことを教えてくれるかしら」
「……あぁ、討伐隊のメンバー、な」
「ええ、何人いるの?」
「一人」
「………………はい?」
アリシアがこてりと首を倒した。
「だから、今のところ確定してるのは一人だけ、なんだって」
「……えっと、なにを言ってるの? 昨日、討伐隊を編成した、みたいなことをいってたよね」
「実は、アリシアが協力を求めることが条件でな。だから、編成済みだって言ったのは、アリシアを説得するためのハッタリだ」
「恭弥……」
アリシアが細い目を逆三角形にして、ジトォと睨みつけてくる。
「心配するな。アリシアがその気なら、ちゃんとみんな協力してくれるから」
「……ホントに?」
「たぶん、きっと」
「……恭弥?」
「信じろ。ちゃんと俺に策があるから」
恭弥はどこからその自信が出てくるのかというレベルで、自信満々に言い放った。
「……策? あたしみたいに、みんなを騙すつもりじゃないよね? いくら仇討ちのために手段を選ばないって言っても、みんなを騙すようなことはしないよ?」
「んなことしないから安心しろ」
「あたしのこと、騙したくせに?」
「俺が騙すのはアリシアだけだ」
「……ばか」
アリシアはぽつりと呟く。怒っている訳ではなさそうだ。
そう判断した恭弥は、話を続けることにする。
「ひとまず、準備があるからこっちに来てくれ」
「……準備?」
「良いから、こっちこっち」
恭弥は戸惑うアリシアの手を掴み、トリマー室に案内した。
「んじゃ、ここに座ってくれ」
「えっと……これで良い――ひゃうんっ!?」
恭弥にシッポの根元を触られたアリシアはその身をはねさる。そうしてシッポを隠すようにシッポをその身に掻き抱いた。
「なっ、なにするのよ!?」
「なにって、ここはトリマーの作業部屋だぞ。毛並みをお手入れするに決まってるだろ?」
「け、毛並みのお手入れって……な、なに考えてるのよ。モフるのは、ボアのヌシを退治してからって約束でしょ!?」
「……いや、いまはモフるんじゃなくて、毛並みのお手入れだって言ってるだろ?」
「け、毛並みのお手入れだけ?」
「ああ、そう言ってるだろ?」
なにをそんなに慌ててるんだと問いかける恭弥に対して、アリシアの顔がみるみる赤くなっていく。そして、ちょっぴり涙目になって、恭弥を上目遣いで睨みつける。
「モ、モフるんじゃないなら、お手入れだけしてどうするつもりよ?」
「討伐隊のメンバーを勧誘する」
「………………はい?」
アリシアがこてんと首を倒した。
「イヌミミ族って、毛並みで美人かどうかが決まるんだろ? アリシアの毛並みって、手入れをしたら物凄く綺麗になるはずだからさ。勧誘も簡単になるかなって」
「ええっと……まさか、あたしに色仕掛けをしろって言ってる?」
再び逆三角形になる瞳。
恭弥はそんなアリシアを見て、表情がコロコロ変わるんだなぁと笑う。
「色仕掛けなんてさせる訳ないだろ。アリシアは俺のだぞ」
なお、イヌミミとシッポの話である。
しかも、モフり倒す予約はしたが、別に恭弥のモノになった訳ではないのだが……
「~~~っ。そんなこと言って、は、恥ずかしいでしょ……ばかぁ」
今現在、恭弥のモノになりつつ在るかもしれない、わりとチョロいアリシアであった。
「それで、毛並みのお手入れをしても良いか?」
「きょ、恭弥がしたいなら、好きにすれば良いじゃないっ」
「じゃあ、さっそく始めるぞ」
椅子に座るアリシアの横に座り、シッポを――
「んぅっ!」
アリシアがビクンと身を震わせて逃げる。
「……いや、そんな、シッポに触れただけで逃げられたらブラッシングが出来ないんだけど」
「し、仕方ないでしょ、くすぐったいんだからっ」
真っ赤になって自分のシッポを掻き抱くアリシアの姿は可愛いが、ブラッシングが出来なければ困る。どうしたものか……と考えた恭弥は、アリシアをソファに移動させ、肘置きに抱きつくような形で四つん這いにさせた。
「えっと……この格好、凄く恥ずかしいんだけど……」
「仕方ないじゃんか。普通に座ってたら、反射的に逃げちゃうんだから。でも、その体勢なら反射的に逃げることは出来ないだろ?」
「それはそうだけど……」
「んじゃ、シッポを触るぞ」
「え、ちょっと待って、まだ心の準備が――ひゃんっ」
軽く触れただけだというのに、アリシアはグッと背中を反らした。けれど、四つん這いでいくら背中を反らしたところで、その場から逃げることは出来ない。
それを確認した恭弥は、右手にスリッカーブラシを持った。
「最初は痛いかも知れないけど、すぐにブラシが通るようになるからな」
「痛いって、どういう……いたたっ」
恭弥がスリッカーブラシを軽く滑らせると、ダマになっている部分を引っ張られたアリシアがちょっぴり苦悶の声を上げる。
「やっぱり柔らかいだけあって、絡まりまくってるなぁ」
イヌミミ族が通常おこなっている毛並みのお手入れは、水で洗うことと手櫛くらい。なので、イヌミミ族の美少女というと、必然的に絡まりにくい短くて硬い毛並みばかりなのだ。
しかし、アリシアの毛は長い上に柔らかくて絡まりやすい。恭弥はダマになっている部分の根元を親指できゅっと押さえ、少しずつ丁寧に解きほぐしていく。
「んくっ。いた、いたた……っ。ぁくっ。ちょ、ちょっと、もうちょっと優しくしなさいよ!」
「……ん、これくらいか?」
「ひゃうん、そ、それは――んっ。くすぐったい、でしょっ!」
「……わがままな」
きゅっきゅと、シッポを押さえてダマを解きほぐしていくと痛いと言われ、そぅっとシッポを押さえてダマを解きほぐしていくとくすぐったいと怒られる。
一体どうしろというのか……と考えた恭弥は、無難にその中間くらいの力加減で解きほぐすという、ごくごく真っ当な結論に至った。
「それじゃ、最後まで一気にやっちゃうから、ちょっと我慢してくれよ」
「え、ちょっと、待って。あいたっ。ひゃう、ちょ、今度はくすぐった――いたっ。ま、待って、くすぐったくて、ひゃうん、痛くて……っ」
「ええい、いちいち待ってたら一日掛けても終わらないから我慢しろ!」
「そ、そうじゃなくて、その力加減は……ぁん。うくっ、くすぐったさと、痛さが、交互になってっ訳が、分からなく……ひゃっ、ダ、ダメダメ、ダメだってば~~~っ!」
アリシアが背中を反らして逃げようとするが、しっかりと尻尾を掴まれている上に、体勢的にも逃げ場はない。アリシアは顎を突き出してその身を震わせる。
けれど、恭弥は聞く耳を持たずに、問答無用で毛並みのお手入れを続けていく。
「ぁう。……いたっ、うくっ。い、痛いのと、くすぐったいのが、ごっちゃになって、あたし、こ、これ以上は、ホントにダメだって~~~っ」
アリシアが肘置きに顔を埋めて声にならない悲鳴を上げた。
けれど恭弥はかまわず、だんだんと滑りの良くなっていくシッポの根元を掴み、スリッカーブラシで上から下まで梳いていく。
「……え? ま、まだ、続く、のっ!? なんか、だんだんと痛いのがなくなってきてっ。ぞ、ぞわぞわって、背中が――ひゃうんっ」
「よし、これでシッポのダマはおおかた取れたかな」
「はぁ、はぁ。お、終わった……の?」
「いや、これからイヌミミだ」
「さ、さすがもう無理。もう無理だってばぁ」
「却下だ」
「そ、そんなぁ……」
絶望するアリシアの頭を掴んで、恭弥はイヌミミのブラッシングも一気に終わらせる。
「も、もう、ダメらって、いっひゃのに……」
ソファの手すりに倒れ込んだアリシアが息も絶え絶えに訴えかけてくるが、グルーミングはこれからが本番である。恭弥はアリシアの息が整うのを待ってから口を開く。
「じゃあ……脱いでくれ」
「ふぇ?」
「だから、下着姿になってくれ」
「……なっ、ななな、なに言ってるのよ!? 毛並みのお手入れだけって言ったでしょ!?」
ソファにぺたんと座り、シッポをその身に掻き抱く。
上気した頬に潤んだ目、庇護欲をかき立てる艶やかな姿だが、グルーミングのことしか考えていない恭弥には影響がなかった。
「その毛並みのお手入れで必要だから脱いで欲しいんだ」
「えっと、どういうこと?」
少しだけ落ち着きを取り戻したアリシアが、ちょっぴり警戒した眼差しを向けてくる。
「だから、シャンプーとリンスだって。頭やシッポが石鹸まみれになるから、下着姿……もしくは濡れても良い姿になって欲しいんだ」
「ええっと……待って、ちょっと待って。というか、待ちなさい。恭弥いままで何人も、年頃の娘や人妻の毛並みのお手入れをしてたのよね?」
アリシアの元から細い目がすぅっと細められ、青みを帯びた瞳が恭弥を睨みつける。
「なにを想像してるのかは分かるけど、大半はフィーネに任せてるからな」
「……大半は?」
「いや、ほら、フィーネ自身のときとか……」
正確にはカエデなんかもそうだが、ここであえて自分の罪を増やすほど恭弥は愚かではない。
「ふ、ふぅん。裸のフィーネを恭弥が洗ったんだ?」
「いや、下着姿だったからな?」
もちろん、下着は石鹸まみれになってしまったので最終的には脱いでもらったが、その時点で恭弥は席を外している。
問題にされるようなことは……あんまりない。
「じ、事情は分かったけど、それならフィーネを呼びなさいよ」
「それでも良いんだけど……」
恭弥は少し困ったように頬を掻いた。
「……なによ?」
「アリシアの毛並みのお手入れは、出来れば俺自身の手でしたい」
「~~~っ。な、なに言い出すのよっ」
「真面目な話だ。俺は自分の手でアリシアの毛並みのお手入れをしたいんだ」
真面目な――モフりたい病に掛かった男の真面目な話である。
なお、モフモフにしても、当分はモフらせてもらえない。ならば、少しでもモフモフになっていく過程でモフっておきたいというのは当然の欲求なのでしかたない。
……たぶん。
もっとも、フィーネのように下着姿を見られても気にしないほど子供か、カエデのように商売のためなら下着姿を見られても気にしないような商人ならともかく、普通に羞恥心を覚える年頃であれば、その言葉に騙されるような女の子は――
「フィ、フィーネも、恭弥は手ずから洗ったのよね。……だ、だったら良いわよ。恭弥がそこまで毛並みのお手入れをしたいって言うなら、し、下着姿くらい、か、かまわない……わよ」
その言葉に騙されるような女の子は、アリシアくらいだろう。
やっぱりチョロかった。
「こ、こっち見ないでよねっ」
アリシアが服を脱ぐから視線を逸らせという。そんな訳で、恭弥がシャンプーとリンスの用意をしているあいだに、アリシアは下着姿になった。
なお、下着姿といっても、恭弥が暮らしていた世界のようなブラジャーは存在しない。アリシアが身に付けているのは、スポーツブラっぽいなにかである。
伸縮性があまりなさそうなので、あくまで見た目だけだが。
「ほら、こ、これで良いんでしょ?」
「おう。それじゃ、まずは水を掛けるな」
恭弥は断りを入れてから、頭から水を掛ける。
目的はあくまで髪の毛とイヌミミなので、身体は出来るだけ濡らさないように配慮するが、普通に座っている以上はどうしても濡れてしまう。
アリシアの下着が水を含んで肌にぺたんと張り付いていく。
恭弥は下着の張り付いた胸元と、水に濡れたイヌミミのあいだを行き来させ……やがて、イヌミミに視線を向けた。
そっちの方が魅力的に感じた恭弥は、わりとイヌミミ族と同じ価値観を持っている。
「まずは、水で濡らした状態で、よく頭皮や髪の汚れを落としていくんだ」
実のところ、これだけで大半の汚れは落とすことが出来る。シャンプーを使って洗うのは、水洗いでは落ちない汚れを落とすためだ。
恭弥はマッサージするように頭皮やイヌミミの汚れを浮かす。更には桶の水を手のひらですくって含ませるようにしながら、髪やイヌミミの汚れを洗い流した。
そこで初めて、シャンプーの出番である。
手のひらでしっかりと泡だて、その泡を頭皮に馴染ませてマッサージするように洗う。そこから、泡を使って毛先まで揉むように洗っていく。
「はふぅ……たしかに、これは気持ち良いわね。なんだか、物凄くスッキリするわ」
「水洗いだけだと、どうしても頭皮の脂が落ちにくいからなぁ」
シャンプーはくすぐったくないようで、アリシアは気持ちよさそうに目を細めている。恭弥はそんなアリシアの髪や毛をピカピカにするべく、丁寧に洗っていく。
「でも……この季節は平気だけど、冬とかになると水で洗うのは大変そうね」
「たしかに。……普段はどうやってるんだ?」
「沸かしたお湯で身体を拭いたり、髪やシッポやイヌミミを残ったお湯で濯ぐだけよ」
「なるほど……」
つまりは桶一杯程度のお湯で、すべて洗ってしまうということ。
シャンプーとリンスを洗い流すだけでも、桶に何杯もの水が必要になるので、お湯を沸かしてというのは現実的じゃない。
いまから冬の対策をしなければと、恭弥は頭の片隅にメモをした。
「冬の対策はおいおいとして、かゆいところとかはないか?」
「えっと……うん、大丈夫よ」
「じゃあ、シャンプーを流していくぞ」
恭弥は井戸から汲んだ水で、シャンプーを洗い流す。それだけで何度も水を汲む羽目になるので、わりと重労働&水をたくさん必要とする。
シャンプーも地面に流すことになるので、下水もいずれは必要になるだろう。まずは手押しポンプかな……と、恭弥は思いを巡らせた。
それから、髪にリンスを馴染ませているあいだに、同じようにシッポを洗い……と、恭弥は丁寧にアリシアの髪の毛やイヌミミやシッポの被毛を洗っていく。
たっぷり時間を掛けて、恭弥はアリシアを洗い終えた。でもって、最後の仕上げには、下着を脱いで泡を落とす必要があるので、恭弥は手順を説明して席を外す。
「恭弥、もう良いわよ」
「ん、洗い終わった……か」
再び部屋に戻ると、アリシアは最初に来ていたワンピースを着直している。でもって、そんなアリシアの側には、洗うときに脱いだであろう下着の上下。
アリシアの着替えがこの部屋にないことを知っている恭弥はそっと視線を逸らした。
「な、なに? なんか、洗い方間違った?」
「いや、間違ってはないけど……水分を落とすのが足りてない」
ワンピースがしっとりと張り付いて、ちょっぴり身体のラインを強調している。アリシアって、思ったよりスタイルが良かったんだな……と、恭弥は頬を掻いた。
「良く分からないけど、ダメってこと?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと待ってろ」
恭弥は乾いたタオル――なお、以前にスキルで用意した吸水性抜群のタオルである。そのタオルを使って、アリシアの髪やイヌミミ、更にはシッポの水分を綺麗に拭き取っていく。
「はふぅ……なんか、恭弥の手って安心するわ」
「それは光栄だな。……よし、これでひとまずは完了だ」
「これで……あたしの毛並みが綺麗になったの?」
思わず、恭弥はくくくと喉の奥で笑った。
「な、なによ?」
「いや、それ、みんな誤解すると思ってさ。これから、濡れた髪や毛が乾くのを待って、それから軽くブラッシング。でもってトリミングをして、最後にもう一回ブラシで整えて終了だ」
「……え? その……えっと……あの」
アリシアが今までになく視線を彷徨わせた。
そうして、自分の身体を掻き抱いて俯くと、恐る恐る……まるで自分の予想が外れていて欲しいと願うかのように、こわごわと恭弥の顔を見上げてくる。
「そのブラッシングって、さっきのと同じじゃ……ないよね?」
「いや、同じだよ」
「………………あ、あはは、なに言ってるの、恭弥。さっきのでもあたし一杯一杯だったのに、あと二回とか無理に決まってるじゃない」
「大丈夫だって、さっきは毛が絡まってて痛かったかも知れないけど、今度は痛くないから」
「よ、余計に無理だってばっ!」
「がんばれ」
「そ、そ、そんなぁぁぁあぁぁっ」
「ほら、最後の仕上げが終わったぞ。よく我慢したな」
「……はぁ。恭弥ぁ……あたし。もう、ダメぇ……」
「いや、だから、終わったってば」
「……ふえ?」
「だから、終わったの」
「……え、終わった……の?」
「うんうん」
「やぁ……もっとぉ。もっとあたしにブラッシングしてよ……」
「……え、アリシア?」
お前はなにを言っているんだ? と恭弥が視線を向ける。その視線を受け止めていたアリシアの虚ろな瞳に、不意に光が戻った。
「……は、え? あ、あたし、なにを……はっ! ち、違うの、違うからね!?」
「……おう?」
「違うっていってるでしょ、このばかっ! えっち、変態っ!」
自分のシッポを胸の前で抱きしめて、涙目で恭弥を上目遣いで睨みつけてくる。まるで、恭弥がアリシアを弄んだかのような構図だが……
「……はぁ、素晴らしい毛並みだ」
恭弥の瞳には、極上のモフモフしか目に入っていなかった。
「なぁアリシア。ちょっとだけ、ちょっとだけで良いから、いまからモフらせ――」
「――ダメに決まってるでしょ、このばかっ!」
仲間に見限られた俺と、家族に裏切られた彼女の辺境スローライフ
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