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社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする  作者: 緋色の雨


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エピソード 3ー3 恭弥に出来ること

 その日の夕暮れ時。

 村に帰ってきた恭弥は、診療所にあるアリシアのベッドを訪れた。


「……あれ、恭弥、お見舞いに来てくれたの?」

 恭弥に気付いたアリシアが目を細めて力なく笑う、その顔は明らかに疲れ切っている。

 実のところ、アリシアの傷はそれほど酷くないそうだ。だから、こうしていまも診療所にいるのは、アリシアの病が原因。

 それも、急に悪くなったのではなく、以前から限界だったのだろうという先生の見立てだ。

 どうしてそこまで――と、恭弥は唇を噛んだ。


「恭弥、どうかしたの?」

「……いや、なんでもない。まだ顔色が悪いなって思って」

「あはは……油断して、手痛い反撃をもらっちゃったからね。でも、もう傷も治ってきたし、明日くらいには退院するつもりだよ」

「………………嘘つき」

 恭弥は思わず呟いた。


「……恭弥? なんて言ったの?」

「嘘つきって言ったんだ」

「え、ごめん。あたし、恭弥となにか約束してたかな」

 ここに来て、まだ惚けようとする。そんなアリシアを前に、恭弥は強い憤りを覚えた。


「アリシア……そうやって、俺には最後まで隠し通すつもりなのか?」

 恭弥の問いかけに、アリシアは目を見開いた。

 そして、長い、長い沈黙の後、アリシアは寂しげに微笑む。


「……最期には、ちゃんと話すつもりだったんだよ?」

「俺は、すぐに教えて欲しかったんだ」

「ごめんね」


 アリシアが寂しげに微笑む。

 そんなアリシアを見て、恭弥はきゅっと唇を噛む。

 恭弥とて分かってはいるのだ。知り合って間もない相手に、自分が不治の病だなんて告白する義理はない。だけど、恭弥にはブランカの病に気付けなくて後悔した過去がある。

 そんな思いを二度としたくなくて、恭弥はペットトリマーの勉強を始めようとした。それなのに、またもや病に自力で気付くことが出来なかった。

 その事実が、恭弥を不安定にさせる。


「……ごめん。八つ当たりだな」

「そんなことないよ。あたしが重要なことを隠してたんだから、恭弥は怒って当然だよ」

「いや、俺は……」

 恭弥は弁解しようと口を開き、けれどいま重要なのはそれじゃないと思い直す。


「ひとまず、これをもらってきたから……飲んでくれ」

 カエデにもらったポーションの入った小瓶を見せると、アリシアが目を見張った。


「それは……どうして、恭弥が?」

「なんでって、もちろん買ってきたんだよ」

「買ってきたって……あたしの貯金、そんなに残ってなかったはずよ」

 どうやら、お金を心配しているらしい。そう思った恭弥は大丈夫だと笑う。


「これは俺のお金だから」

「……は?」

「カエデから報酬の前払いで売ってもらったんだ」

「な、なにしてるのよ、このばかっ!」

「は? なんで怒ってるんだよ」

 感謝こそされ、怒られるなんて夢にも思ってなくて戸惑う。そんな恭弥に対して、アリシアは泣きそうな顔で恭弥を睨みつける。


「恭弥はイヌミミ族トリマーとして頑張るんでしょ? それなら、お金はいくらあっても足りないはずよ。無駄遣いしてどうするのよ!」

「いや、俺がアリシアを助けたくて買ってきたんだ。決して無駄遣いなんかじゃないぞ」

「……聞いてないの? あたしはそのポーションが効かなくなってきてる。それを飲んだって、次は何ヶ月持つか分からないのよ?」

「……知ってるよ。そして、このポーション以上のクスリはないってことも」


 他のポーションを探して欲しいという恭弥の願いが、カエデに断られたのはそれが理由。この世界に、ポーション以上のクスリは、アリシアの病を治せるクスリはないそうだ。


「だったらどうしてよ。どう考えたって割に合わないでしょ?」

「そんなの関係ないって。アリシアが助けてくれなかったら、俺は魔獣に殺されてる。たとえ延命できるのが一日だったとしても、俺はポーションを買ってきたよ」

 アリシアは信じられないと目を見開いた。


「……本気で言ってるの?」

「本気も本気だ」

「いまなら、そのポーションを返品することだって出来るはずよ?」

「このポーションはアリシアのために買ったんだ。飲まないって言うなら……」

「……言うなら?」

「寝てる隙に口うつしで飲ませる」

「ちょ、なんてこと考えるのよっ!?」

 アリシアは跳ね起きようとしたが、身体は言うことを聞かなかったようだ。少ししかめた顔が、ほのかに赤く染まっている。


「無理矢理飲ませようとすると抵抗されそうだからさ。いまここで飲まないなら、本当に寝てるときに飲ませるからな?」

「……分かった、分かったわよ」

 アリシアがため息を吐いて手を差し出してきた。


「……一応聞くけど、受け取った瞬間、投げ捨てたりしないよな?」

「ばか、する訳ないでしょ。あたしだって、別に死にたい訳じゃないんだから。捨てるくらいなら、ちゃんと自分で飲むわよ」

「……分かった」

 そういうことなら――と、ポーションを差し出した。アリシアは受け取ったポーションの蓋を開け、その中身をこくこくと飲み干していく。


「……どうだ?」

「さすがにそんなすぐに効果が出るはずないでしょ」

「そうなのか……」

 スキルで作るポーションと聞いて、ゲームのように一瞬で効果が発揮されると思っていた恭弥は、以外だったと呟いた。


「たぶん、明日には効果が出てくると思う。いままでの感じだと、飲んでから二、三日は凄く元気で、それから徐々にポーションを飲む前に戻っていく感じね」

「そっか……」


 症状を抑えることしか出来ない――みたいなことを聞かされていたので、もしかしたらポーションを飲んでもベッドから出られない。

 そんな最悪のケースも覚悟していた恭弥にとっては嬉しい誤算だった。

 だけど、一時的に完治すると言うことは……


「なぁ、元気になったらどうするつもりなんだ?」

 恭弥が恐る恐る問いかける。そんな恭弥の顔をじっと見つめ、アリシアは「あたしは、親の仇を討ちたい」と呟いた。

 その声はとても小さかったけれど、恭弥を見つめる瞳には揺るぎない意思が秘められていた。


「………………分かった」

「良いの? 絶対、止められると思ったんだけど」

「……俺がアリシアを助けたのは恩返しだからな」


 頼まれて助けたのなら、そのまま大人しくしていてくれと言っただろう。けれど、恩返しで助けておきながら、アリシアの行動を縛るなんて恭弥には出来なかった。


「――ただし、体調がちゃんと戻るまでは大人しくしてろよ。怪我も治ってないのに狩りに出かけて返り討ちに遭いました……なんてお粗末な結果だけは許さないからな」

「あたしだって、そこまで考えなしじゃないわよ」

「だったら良いけど……約束だからな?」

 信用ならないと疑いの眼差しを向ける。


「前回襲われたときに、相手にも手傷を負わせてるの。それが治るまで、ボアのヌシは姿を見せたりしない。数日は、狩りに行っても意味ないわ」

「…………それ、ボアのヌシが手傷を負ってなかったら、いますぐにでも飛び出していったとか言わないか……?」

 アリシアはついっと視線を逸らした。


「お前なぁ……」

「な、なによ、あたしの仇討ちには口出ししないんじゃなかったの?」

「仇討ちをするって方針に同意しただけだ。無茶なことして返り討ちに遭うのが分かっててスルーできるか。やるなら、ちゃんと算段を立てていけ」

「わ、分かってるよ……」

 ちょっぴり拗ねたような眼差し。

 こいつ絶対分かってない……と恭弥はため息をついた。




 ――いまのままじゃ、アリシアは仇討ちを果たす前に死んでしまう。そんな結論に至った恭弥は、自分の力でなにが出来るかを考えた。

 そんな訳で、やって来たのはフィーネの家の玄関。


「フィーネに頼みがあるんだ」

「うん、恭弥お兄ちゃんのためならなんでもするよ」

「……フィーネはちょっと無防備すぎると思う」

 わりと真面目な話だから、いまは動揺する程度ですんでいる。

 けれど、大したことのない頼みのときになんでもするなんて言われたら、そのままモフモフさせて欲しいと暴走する未来しか見えないと恭弥は注意する。

 もっとも、既に何度もモフり倒しているので今更なのだが。


「それで、お兄ちゃんはフィーネになにをして欲しいの? 恭弥お兄ちゃんは、ずっといじめられてたフィーネを助けてくれたから、フィーネに出来ることならなんだってするよ」

 まだ幼さの残る声で言い放ち、恭弥を濡れた瞳で見上げてくる。本当に、恭弥がどんなお願いをしても頷きそうな雰囲気。

 そういえば、ワンコってわりと義理堅いよな……と、恭弥は不意に思った。


「恭弥お兄ちゃん?」

「いや、なんでもない。話っていうのはアリシアのことだ。ポーションは飲んでくれたんだけど、元気になったらまた狩りに行くつもりみたいでな」

「……アリシアお姉ちゃんらしいなぁ」

 予想していたのだろう。フィーネは悲しげに笑う。


「それで、恭弥お兄ちゃんは、フィーネにやめるように説得して欲しいの?」

「いや、たぶん説得しても止まらないと思うんだ」

「そうだね。フィーネも説得できるとは思わないよ。でも、それならお願いって?」

「仇討ちをするまで止まらないって言うなら、仇を討っちゃえば良いかなって」

「……ふえ?」

 なに言ってるのと言いたげに、フィーネがこてりと頭を傾げた。


「恭弥お兄ちゃん……戦えないんだよね?」

「無理だな。同行しても、足手まといにしかならない」

「だよね」

「……うぐ」

 事実だけれど、フィーネに無邪気に肯定されると傷つく――と、恭弥は呻いた。


「大丈夫だよ、恭弥お兄ちゃんは狩りが出来なくても、その……モ、モフモフが上手だから」

「ありがとう?」

 褒められているんだろうかと首を傾げつつ、なんの話だったっけと思い返す。


「えっと、話を戻すけど、俺が直接アリシアの力になるのは不可能だと思うんだ。だから、俺に出来ないのなら、出来る人に協力してもらおうかなって」

「……出来る人って、誰かに頼むってこと?」

「そうそう。この村には、狩りで生計を立ててる人が結構いるんだろ? なら、なんらかの対価で、アリシアに協力してもらえないかなって」

「んっと……それは、無理だと思うよ」

「なんでだよ。村の近くでそんな厄介な魔獣が出るなら、他の人にとっても邪魔だろ? ちゃんと対価だって払うし――」

 恭弥が詰め寄ろうとすると、フィーネは頭を振った。


「みんなが協力しないんじゃなくて、アリシアお姉ちゃんが望まないってこと」

「……どういうことだ?」

「前にね。フィーネが、みんなを頼ってみないかって聞いてみたの。そうしたら、自分の仇討ちのために、他人に迷惑は掛けられない。これは自分の問題だから――って」

「へぇ……」


 恭弥の口から冷めた声が零れた。

 なにがなんでも仇を討つと暴走しておきながら、他人には迷惑を掛けられない、と。どこまで本気なのか知らないけれど、なにを考えてるんだあのバカはと呆れる。


「フィーネ、悪いんだけどさ。ボアのヌシ退治に付き合ってくれそうな人を探す手伝いをしてくれないか?」

「それはもちろん良いけど……アリシアお姉ちゃんは自分一人でって言ってるんだよ? 恭弥お兄ちゃん、説得できるの?」

「さぁ? でも、勝手にすれば良いんじゃないかな?」

「……ふえ?」

「かたくなに一人で仇討ちにこだわるっていうなら、こっちも勝手にボアのヌシを退治しちゃえば良いんだよ。別に、アリシアの許可を取る必要なんてないだろ?」

 想像もしていなかったのだろう。フィーネは思いっきり目を丸くした。

 

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