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社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする  作者: 緋色の雨


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エピソード 3ー1 アリシアの容態

 村にある小さな診療所。

 ベッドに寝かされたアリシアが穏やかな寝息を立てているのを見て、恭弥はひとまず安堵。事情を聞くために、ザックへと向き直る。


「……一体なにがあったんですか?」

「傷を負った状態で、村の入り口で倒れていたらしい。おそらく魔獣にやられたのだろう」

「そんな……大丈夫なんですか?」

 恭弥はザックではなく、同席していた診療所の先生に視線を向ける。


「傷自体は対したことはないが……容態が良いとは言えない。体力的にもかなり弱っているようだ。出来ればポーションが欲しいところだが……」

「ポーション、ですか?」

「ああ。彼女の体調を整えるには、スキルによって調合されたポーションがいるんだ。しかしそれがわりと高価で、我々にはなかなか手が出せない」

「高価……お金さえあれば買えるんですか?」

「それは問題ないが……わりと高価だぞ?」

「あてがあります。いまから、ちょっとお願いしてきます」

 もちろん、カエデ商会のことである。


「そうか……なら、少し待て。……購入時にはこれを見せると良い」

 先生から、メモを渡される。

「ありがとうございます。それじゃ、さっそく行ってきます」

 恭弥は部屋を出る寸前、ベッドで眠るアリシアに視線を向けた。



 その後、恭弥はフィーネに教えてもらったルチアの家へと向かう。そうしてたどり着いたルチアの家は、村の中心にある、場違いなほど大きなお屋敷だった。

 その入り口にいる見張りに取り次いでもらい、恭弥はルチアと面会する。


「いらっしゃいませ、恭弥さん。今日はどうなさったのですか?」

「実はポーションが欲しくて、カエデさんに連絡を取って欲しいんだ」

「ポーション、ですか?」

「ああ。アリシアに必要なんだけど、なんでも高価らしくてな。カエデ商会との取り引きで報酬が入る予定だから、そのお金で取り寄せてもらおうかなって」

「あぁ……アリシアさん、また(・・)倒れたんですね」

「…………………………え?」


 恭弥の心臓がどくんとはねる。

 同時に思い出したのは、ブランカとアリシアの雰囲気が似ていること。

 ――病気で死ぬ少し前のブランカと、いまのアリシアが似ているのだ。

 恭弥の中のなにかが、傷つきたくなければそれ以上聞いてはいけないと警告してくる。けれどそれと同時、それを聞かなければ一生後悔するという予感もしていた。


「ルチア、また倒れたって言うのは、どういう意味なんだ?」

 渇いた喉から、擦れた声を絞り出す。


「……あぁ、恭弥さんはご存じなかったんですね。アリシアさんは以前にも何度か倒れていて、そのたびにポーションを使っているんです」

「何度か、倒れて……」


 診療所の先生は、傷は対したことはないが、容態が悪くてポーションがいると言った。傷のためにポーションがいるとは一言も口にしていない。

 そこから導き出される答えは……


「アリシアは、病気なのか?」

「わたくしも詳しいことは知りませんが、そのように聞いていますわ」

「――っ」

 嫌な予想が当たっていたと、恭弥は唇を噛んだ。直後、ブランカを失ったときの悲しみが甦り、恭弥は耐え難い恐怖に襲われる。

 だけど――


「ポーションがあれば、助かるんだよな?」

 ブランカのときは手遅れだったけれど、今回はそんなことはない。絶望する必要なんてないと恭弥は自分に言い聞かせる。そんな恭弥の前で、ルチアは首を――横に振った。

 その行動の意味を、恭弥はしばらく理解することが出来なかった。


「アリシアの病気は原因不明だそうです。様々な容態に効く、スキルによって作られたポーションを使ってなお、一時的に症状を抑えることしか出来ていないのです」

「そんな……じゃあ、アリシアは助からないのか?」

「分かりません。ただ、症状を抑えることしか出来ないのなら、徐々にその身体は蝕まれているはず。ですから、いつかは……」

「そう、か……」


 アリシアが、どうしてろくに休みもせず、ひたすら狩りを続けていたのかを理解する。

 アリシアは、自分にあまり時間が残されていないことを知っている。だから、自分が死んでしまう前に仇を討とうとしていたのだ。


「どうして……」

 恭弥はぎゅっと拳を握りしめる。

 ブランカを病で失い、もう二度と同じような思いをしたくないと思った。だからこそ、病の早期発見に繋がるペットトリマーの資格を取ろうとした。

 なのに、ペットトリマーとしての知識がなんの役にも立っていない。


「恭弥さん。ポーションはとても高価です。その高価なポーションを使っても、延命措置にしかなりません。それでも……」

「それでも、俺の意思は変わらないよ」

「……そうですか。分かりました。なら、わたくしからカエデに連絡しておきます。それで、少なくとも今回は乗り越えられると思いますから、どうか気落ちしませんよう」

「……ありがとう」


 アリシアのためにどうすれば良いのか、自分がどうしたいのか。そんなことを考えながら、ルチアのお屋敷を後にして、恭弥は診療所へと舞い戻った。



   ◇◇◇



 ――ここは……どこ?

 ぼんやりと開いた視界にうつった景色を前に、アリシアはそんな言葉を発しようとしたが、上手く言葉にならなかった。

 それどころか、起き上がろうとしても身体が上手く動かない。


「アリシア、気がついたのか?」

 すぐ隣で、最近馴染んできた声が響く。視線だけを動かして声の主を探すと、ベッドサイドでこちらを見つめる恭弥の姿が目に入った。


「……して。……どう、して、あたしはここに?」

「覚えてないのか。村の入り口付近で倒れてたらしいぞ」

「村の入り口? どうして……?」

「それはこっちのセリフだ。一体なにがあったんだ?」

「えっと……たしか、そうだっ、あたし、ボアのヌシを見つけて――っ」


 起き上がろうとしたアリシアは、鋭い痛みにうめき声を上げた。そうして、自分がボアのヌシに傷を負わされたことを思い出す。


「その様子だと、ヌシにやられたってことか?」

「やられてないわ。手傷を負わせた時点で逃げられたのよ。でも、居場所を探知できるマーカーを付けたから、一週間くらいなら追跡できるわ」

「……マーカー?」

「狩人のスキルに、そういう能力があるのよ。だから、次は必ず倒す」

「……そうか」


 恭弥が静かに目を伏せる。

 アリシアは、恭弥に強がりだと思われたのだろうと予測する。

 だが、強がりなんかではない。親の敵を見つけたアリシアは、一歩も引かなかった。というか、撤退なんて考えはこれっぽっちも持ち合わせていなかった。

 傷を負わされながらも反撃していたら、ボアのヌシに逃げられてしまっただけ。これが最後の機会だと思っていたアリシアは、差し違えてでもボアのヌシを倒すつもりだったのだ。


 ――アリシアが自分の体調に違和感を覚えたのは、母親を失って間もない頃だった。

 最初は強い眠気や吐き気を感じる程度だった。

 その頃のアリシアは、両親を失っての一人暮らしで疲れているのだと思っていたのだが、徐々に毛艶が悪くなり、体力がどんどん下がり、しまいには血を吐くようになった。

 わずか半年で症状は急激に悪化し、アリシアは診療所に運び込まれることになった。


 両親が残してくれたお金を使って取り寄せたポーションで、一度は治ったと思った。けれど、すぐに同じような症状が現れ……何度もポーションに頼っているうちに資金も底をついた。

 もっとも、だんだんと症状が現れるまでの期間が短くなっていたので、資金があったとしても同じこと。アリシアは、自分がもう長くないことを悟っているのだ。


 だから、アリシアは自分の人生をむちゃくちゃにした魔獣達と戦って、戦って、戦って……そうして、なにひとつ残すことも出来ずに死んでいくのだと思っていた。


 だけど、そんなある日、アリシアは偶然にも恭弥の命を救った。


 そのとき、アリシアは希望を見いだしたのだ。自分の救った恭弥がなにかを為し遂げるのなら、それは自分の生きた証になるのではないか――と。


 だから、親の残してくれた家に恭弥を住まわせた。恭弥が家計の足しにしてくれと差し出したお金も全部残してある。

 自分の生きた証を、恭弥に残して欲しかったからだ。


 その結果は、アリシアの予想以上だった。恭弥はフィーネの悩みを解決し、他にも何十人もの娘達を笑顔にし、カエデ商会との商売まで始めた。

 アリシアの救った命が、様々な人に影響を及ぼしている。

 アリシアの生きた証が刻まれていく。これ以上の幸せは望むべくもない。幸せな気持ちのまま、仇を討って死んでいけたら良かったのに……と、アリシアはため息をつく。


「大丈夫か?」

「心配掛けてごめんなさい。少し疲労がたまっているだけよ」

「だったら良いんだけど……あんまり無理はするなよ?」

「ありがとう。でも大丈夫よ。すぐに動けるようになるわ」

「大丈夫って……少し休んだ方が良いんじゃないか?」

「本当に大丈夫だから」


 ただしくは、休んだって良くならないから――だ。

 症状は日を追うごとに酷くなっている。目眩で倒れそうになったことや、血を吐いたことも一度や二度じゃない。

 だけど、アリシアは驚異の精神力で、大丈夫だと微笑んでみせた。


「ねぇ、それより恭弥、今日はシャンプーとリンスの開発について話し合う予定でしょ? 話し合いは上手くいったの?」

「……あぁ、大丈夫だと思う。必要な情報は伝えられたから、そう遠くない未来にシャンプーとリンスの開発は成功すると思う」

「……そう、良かった」

 あたしは生きた証を残せたんだ――と、アリシアは眠りについた。

 

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