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社畜改めペットトリマー見習いの俺は、異世界でイヌミミ少女をモフモフする  作者: 緋色の雨


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12/22

エピソード 2ー3 道具の開発過程にモフる

 この異世界でもヤンデレに死ぬほど愛される2 と、無知で無力な村娘は転生領主のもとで成り上がる1 の書籍が発売中です。

 発売日がサイトによって違ったりするんですが、30日が一番遅い発売日なので、今日には大抵の本屋さんに入荷していると思います。

 

 エリーが村にやって来てから数週間ほど経ったある日。

 恭弥はアリシアと一緒に、朝のひとときを楽しんでいた。


「アリシアは、今日もご飯を食べたら狩りに行くのか?」

「ええ、そのつもりよ。そういう恭弥はトリマーのお仕事?」

 パンにバターを塗りながら、アリシアがちらりと視線を向けてくる。


「ああ。今日はトリマーのお仕事があって、その後はシャンプーやリンスの開発をする」

「シャンプーやリンス? たしか、スキルで作り出せたんじゃないの?」

「あぁ、自分で使う分なら足りるんだけどさ」

「……どういうこと?」

「そういや、ブラシを売ることしか言ってなかったっけ」


 恭弥は実は――と、ブラシだけじゃなくて、シャンプーやリンスを開発して売ること。更にはイヌミミ族トリマーを育てて、全国展開をする予定なことを打ち明けた。


「なんだか、いつの間にか話が大きくなってるのね」

「相談しなくてごめんな」

「前にも言ったけど、あたしに気を使う必要なんてないよ。貴方はあたしを恩人みたいに思ってるのかも知れないけど、あたしが気まぐれで助けただけだから」

「でも――」


 俺にとって命の恩人であることは変わりない――と、恭弥が口にするより早く、アリシアが首を静かに横に振った。


「あたしはね。あたしが助けた貴方がなにかを為し遂げてくれるのなら、それをとても嬉しいことだと思うの。だから、貴方は、貴方のやりたいことをやれば良いのよ」

 アリシアはどこか寂しげに笑う。


「俺のやりたいこと。……つまり、アリシアの毛並みの手入れをして良いんだな?」

「ばーか、それは必要ないって言ってるでしょ」

「……俺のやりたいことなのになぁ」


 紫がかった銀色。髪とおそろいの毛並みは、無造作に扱われているいまですら、その美しさの片鱗を見せている。

 本気でお手入れすれば、一体どれだけのモフモフになるのか……絶対、いつかアリシアの毛並みをモフモフにしてから、存分にモフり倒してやる――と、恭弥は心に誓った。



 その後、アリシアはいつものように森へ狩りに出かける。

 それを見送った恭弥は、トリマーに使う部屋の清掃を始める。それとほぼ同時、すっかり恭弥の助手が定着した幼女、フィーネが姿を現した。


「おはよう、恭弥お兄ちゃん」

「おはよう、フィーネ。相変わらず早いな。もうちょっと後でも良いんだぞ?」

 この世界には正確な時間を計る道具はないのだけれど、感覚で言えば九時くらい。まだ幼女に分類されそうなフィーネに、朝からの労働はきついだろうと心配する。


「私は恭弥お兄ちゃんのお手伝いだもん。それに、いままでなら学校に行ってた時間だから、辛くなんてないよぅ」

「あぁ、そう言えば、フィーネは学校に通ってたんだよな。最近、ずっと俺のところに来てくれてるけど、大丈夫なのか?」


 口に出してから、どう考えても大丈夫じゃない気がすると思いを巡らす。

 フィーネは十代前半くらいの見た目。つまり、日本で言えば小中学生くらいの歳なのだ。

 なんとなく、ファンタジー世界というノリでフィーネを働かせていた恭弥だが、学校を休ませているのは、文明レベルの低い異世界でも不味いはずだ。

 けれど、フィーネは満面の笑みで「大丈夫だよ」と微笑んだ。


「いや、大丈夫じゃないだろ?」

「大丈夫だよぅ。お父さんやお母さんも、良いよっていってくれたもん」

「マジか」

 まさかの、親公認。

 いや、ここ数週間ずっと恭弥の手伝いをしに来ていたのだから、親が公認しているに決まっているのだけれど、学校を休んでいることにまで思い至ってなかった恭弥は驚く。


「えっと……フィーネが手伝ってくれるのは凄く助かるというか、むしろフィーネがいてくれないと困るレベルだけど……学校は行っておいた方が良くないか?」

「大丈夫だよぅ。もう、文字の読み書きや計算は覚えたもん」

「それは……凄いな」


 この世界において、フィーネの歳で文字の読み書きや計算が出来ることが凄いかどうかを恭弥は知らないので、驚いたのはどちらかといえば、識字率が思ったより高そうだったこと。

 けれど、褒められたと思ったフィーネが、撫でて撫でて~とばかりに頭を差し出してきたので、恭弥はその頭を偉い偉いと撫でつけた。


「えへへ、フィーネ、恭弥お兄ちゃんに撫でられるのだぁい好き――ひゃうんっ」

「おっとすまん、手が滑ったー」

 恭弥の滑った手が、フィーネのイヌミミを撫でつける。さらに、恭弥の手は盛大に滑りまくって、フィーネのイヌミミを何度もモフモフしてしまう。


「んぅ。……ん、朝からなんて、ダメ、だよぅ」

「フィーネのモフりたくなるような毛並みが悪いんだ」

「~~~っ」

 フィーネが身悶える。そうして恭弥にイヌミミをモフられながら、上目遣いを向けてきた。


「……だから?」

「うん?」

「フィーネの毛並みが綺麗だから、恭弥お兄ちゃんはモフモフしちゃうの?」

「うん、フィーネの毛並みは凄く手触りが良いからな」

「はぅぅ……。も、もぅ、恭弥お兄ちゃんは仕方ないなぁ」

 フィーネが真っ赤になりながら、身を寄せてくる。

 これはもしや、存分にモフり倒しても良いという合図か!? と恭弥は期待したのだが――


「……あの、そろそろ入ってもいいですか?」

 入り口に、呆れ顔のエリーがいた。

 モフモフしていただけと思っている恭弥は「おはよう」と普通に返すが、朝からモフモフされていたフィーネは真っ赤になって飛び下がる。


「お、おはようございます、エリーさん」

「おはようございます。フィーネさん、その歳で殿方にモフモフさせるのは、さすがにどうかと思いますよ……?」

「~~~っ」

 フィーネが恥ずかしさに泣きそうな顔をして、恭弥はモフモフしちゃダメなのかと泣きそうな顔をする。そんな二人の反応を前に、エリーが顔をひくつかせた。


「ま、まぁ……お互いが同意しているのなら、私は口出ししたりしませんが」

 その一言に、ますますフィーネは顔を赤らめるが、恭弥はホッと安堵のため息をついた。


「ところで、今日の予定はどうなっているんですか?」

「いつも通り、三人だけ予約を取ってある。だから、その三人の毛並みのお手入れをしながら二人の実習、その後はシャンプーやリンスの開発だな」


 この数週間、お手伝いの二人はもちろん、恭弥自身も作業に慣れてきた。

 なので、毛並みのお手入れに掛かる時間は以前の半分程度。残った時間を、二人の教育やトリマーに必要なあれこれの開発に回しているのだ。


「分かりました。では、少し伺いたいことがあるのですが、予約客が来るまでに教えていただいてもよろしいですか?」

「ああ、かまわないよ――って言いたいところだけど、ちょっとだけ待ってくれ」

 恭弥はエリーに待ったを掛けて、フィーネに視線を向けた。


「フィーネ、学校のことは本当にかまわないのか?」

「うん。読み書きと計算は覚えて、後は将来の仕事に必要なことを教えてもらったりするんだけど……フィーネは、ずっと恭弥お兄ちゃんのお手伝いだから」

「お、おう」


 なにやら、さり気なく永久就職に近いことを告げられた気がすると恭弥はたじろぐ。けれど、フィーネがいなくなって困るのは恭弥自身なので反論の余地はない。

 というか、フィーネをこれから、いつでもモフれるのならありだと考えた。


「分かった。フィーネがしっかり決めて、両親の許可が出てるなら問題はない。これからもよろしくな、フィーネ」

「うん、よろしくだよ、恭弥お兄ちゃん」


 天使のような微笑み。恭弥はまたもやモフりたい衝動に駆られるが、横でエリーが待っていることを思い出し、きゅっと拳を握りしめて衝動を抑え込んだ。


「おまたせ、エリー。それで、俺にモフモフして欲しいって話だっけ?」

「違います。恭弥様に教えていただいたハサミを職人に作らせてみたのですが、いくつか再現が難しいと言われた物がありまして」

「再現の難しい物?」

「バリカンや梳きバサミです」

「あぁ……あれなぁ」


 どちらも、無数の小さなハサミを内包したような構造になっている。金属を細かく加工するのが難しいのだろうと恭弥は当たりをつけた。


「悪いが、金属の加工方法はさすがに知らないぞ?」

「……ですよね」

 そう言いつつも、期待していたのだろう。エリーは少し落胆するような表情を浮かべる。


「あ~、金属の加工方法は知らないけど、いくつか役に立つかも知れない情報は知ってる」

「教えてくださいっ!」

 エリーが物凄い勢いで食いついてきた。


「念を押すけど、役に立つかも知れない情報であって、実際に役立つかは分からないぞ?」

「それでもかまいません。現状のままですと、何年かかるか分からない。実質、再現が不可能らしいので、どんな情報でも欲しいです」

「ふむ……そういうことなら。まず共通して言えるのは、バリカンも梳きバサミも、あの形にこだわる必要はないってことだ」

「……こだわらなくて良い、ですか? しかし、ハサミに様々な形が存在するのは、用途ごとに分けられているから、ではないのですか?」

「そうだよ。だから、その用途に応じた目的が果たせるなら、形を変えたって問題ないんだ」


 もちろん、バリカンや梳きバサミの形状は、長い歴史の中で洗練されているものだ。形を変えるのは、用途に答える意味ではマイナスの可能性が高い。

 けれど、技術が追いついていないなら、最低限の目的を果たせる形にするべき。そんな恭弥の説明を聞いたエリーはなるほどと頷く。


「たしかに、理想を求めて作れないよりも、多少なりとも使える物を作った方が良いですね。では、あれらの用途を出来るだけ詳しく教えていただけますか?」

「バリカンは、毛を任意の長さを残して、全体的に同じ長さでカットするための道具だ。どれだけの長さを残すかは、ハサミ部分に取り付ける機具の長さで変更する」

 恭弥はそこまで説明して、フィーネを手招きした。


「恭弥お兄ちゃん?」

「ちょっと、俺の前に座ってくれ」

「……良いけど、なにするの? ……ひゃぁんっ」


 いきなり恭弥に尻尾を掴まれて吐息を漏らす。フィーネはことわりもなく、しかも人前で尻尾を掴まれたというのに怒りもしない。

 いまからこれだと将来が心配だ――というところだが、エリーからの突っ込みは入らない。

 諦めた訳ではなく、恭弥が責任を取るだろうという意味で、まったく将来の心配をしていなかったからなのだが……もちろん、恭弥は気付いていない。


「バリカンの用途はさっき説明したとおりだから、こうやって指を当てて、隙間から出てきた毛だけをカットすることでも、一応バリカンの役目は果たせるんだ」

 恭弥は実際にフィーネのシッポを使ってバリカンの用途を説明する。


「でもって、梳きバサミはその逆……って言えば良いのかな。フィーネのシッポを見てもらうと分かると思うんだけど、こんな風に……」

「~~~っ」

 恭弥はシッポの毛先だけを撫でる。


「一番長い部分の長さは一定だけ、少しだけ短い毛があるだろ? これは梳きバサミを使ったことで、いかにも切りそろえましたっていう人工感を消してあるんだ」

 更に言えば、毛の長さが段階的になることで、手触りもソフトになる。そっと触れた瞬間は梳きバサミで切られていない毛先のみになり、押し込んだときに初めて短い髪に触れるからだ。

 ――という説明をするのを良いことに、恭弥はフィーネの尻尾を優しく撫で回した。


「――とまあ、そんな訳だ」

 恭弥が説明を終えると、フィーネがくたりと倒れかかってきた。


「あれ、フィーネ?」

「なんでも、ないよぅ」

「いや、どうみても、なんでもなくは……」

「――恭弥さん、次は普通のハサミについて聞きたいことがあるのですが」

 戸惑う恭弥の思考を遮るように、エリーが割って入ってくる。フィーネの体調が気になるが、もたれ掛かっている状態なのでなにかあればすぐに分かる。

 だから――と、エリーの話を聞くことにした。


「えっと……聞きたいのは普通のハサミ、だっけ?」

「ええ。こちらは似たものを作ってもらったんですが、切れ味が全然敵わないそうで」

「どれどれ……」


 自分の髪の毛を一本抜いて、差し出されたハサミで切ってみる。一度目は上手く切れたが、二度目はハサミのあいだに髪が挟まってしまった。


「たしかにこれは切れ味がいまいちだな」

 恭弥はハサミを目の高さに持ち上げ、光に透かしながらハサミを動かす。


「あぁ……これは原因が分かった」

「え、本当ですか!?」

「ああ。こうやってハサミの合わせ目を光に透かすと一目瞭然だ」

 エリーの持ち込んだハサミは、全体的に光が漏れている。

 対して、恭弥が元の世界から持ち込んだハサミは、閉じても開いても、刃の合わせ目だけはぴったりとくっついているのだ。


「これはたぶん、エリーが持ち込んだハサミは平行なんだ。対して俺の持ってるハサミは、ほんの少しだけ先の方が内側に沈んでる。だから、合わせ目だけぴったり閉じるんだ」

「つまり、そこを改善すれば切れるようになると言うことですか?」

「いまよりは断然切れると思う。後は……耐久力とかの問題かな」


 雑学レベルであれば、鉄の不純物を取り除き、炭素を混ぜて鋼に。硬い鋼を刃の部分にだけ使う――なんて知識も恭弥は持ち合わせている。

 ただ、この世界がどういう技術を使っているのか不明だし、細かいことを聞かれても困る。ということで、それらの情報提供については保留。

 そうこうしているうちに、本日一人目の予約客がやって来て、道具についての話し合いはいったんお預けとなった。

 そして、次はシャンプーとリンスの開発である。

 

 

 お読みいただきありがとうございます。

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