第7話 夏休みに済ましときました
そのまま、担任に校長室へと引っ張って行かれた俺とゆず。
急遽4者面談となった。
応接セットのソファーの向こう側には校長と担任。
俺の横にはゆずが座った。ってことはゆずは俺の味方だろ?
何故に一番に俺に詰め寄るのさあ……
「転校するって、どういう事だよ?しかも俺もって、そんな予定ないぞ!」
「まあまあ、ゆずさん、落ち着きなさいって」
俺は慌てず騒がず、持っていたバッグから資料を出してテーブルに置いた。
それはパソコンから印刷した数枚のA4用紙だった。
7月の初め頃、俺はネットでこの県の教育環境について調べていて、素晴らしい制度を見つけたんだ。
「私立高校交流留学制度」
ここ、東雲学園も加盟している「県私立高校協会」のホームページの片隅に、ひっそりと書かれているこの制度。優秀な生徒を半年間という期間限定で、他校に転校させることによって生徒に刺激を与え、向上心を活性化させようという斬新な取り組みだ。
だがいざ実施するとなると問題点も多いらしい。過去に2度ほど実施されたことがあるが、2度とも生徒間、学校間の小さなトラブルがおこった。そのため制度はまだ残っているが、今は宣伝されることもなくこっそり隅っこに表示されているのだった。
「先生、俺と右田君はこの制度を利用して、2学期、10月から3月までの間他校に留学しようと思います」
校長と担任はその制度をよく知らなかったのか、俺が出した資料を食い入るように読み始めた。
ゆずが俺の脇を肘でグイグイ押しながら、話しかけてきた。
「なあ、いっちー、俺は、そんないきなり言われても無理だって。他校に留学とか親に怒られる」
ゆずが言うが、そこは問題ない。
「大丈夫だよ。だって、夏休みの間にお前んちの父さんと母さんに話して、許可貰ってるもん。与謝野君がそう言うなら、よろしくねって言ってくれたぜ!」
「……まじか。いつの間に……」
「ああ、そういえばその時ゆずは、塾に行ってたっけ」
「いっちー、なんで俺のいない間に親に会ってんだよ!」
「んー……アポなしで行ったら、ゆずがいなかったから?」
「アポとれよ!」
「あー、与謝野君?」
俺たちがごちゃごちゃ言い合ってるうちに、校長と担任もこそこそ話し合ったようだ。
「この資料は読ませてもらったが、受け入れ先の学校の都合もあるだろうからね。いったん白紙にして、そのうちゆっくり検討してみるのが……」
「あ、大丈夫です。夏休みのうちに、県私立高校協会にはお話してあります。受け入れ先については、私立野々村高校を考えています。一応問い合わせて、すでに了解を……」
俺がカバンの中から次の資料を取り出すと、また校長と担任があたふたと慌てながら二人で頭をくっつけて読んでいる。
「野々村高校って、すぐ隣の?」
「そうそう。近いだろ。通うのもこことあまり変わらないから、いいかなあって」
「……理由はそれだけ?」
「学力も、うちよりちょっとだけ下だけど、あそこは高校からだから、トップクラスはうちより優秀だぞ。勉強もはかどる!」
「……それだけ?」
「……特進のトップの奴がな、ゆずと同じくらい優秀なんだ。俺のライバルにいいかなあって」
「それかよ!」
立ち上がって叫び出したゆずに、校長と担任がギョッとしてこっちを向いた。仲良く頭をくっつけたまま。
まあまあ。座ろうよ、ゆずさんや。
校長先生もほら、書類みてみて。
「どんだけライバルが欲しいんだよ、いっちーは!」
「だってー、俺、もっと輝かないと友達ゆずだけじゃん」
「いっちーはもう十分輝いてるってば」
「うんにゃ、足りない。友達欲しい。もっとモテたい。それにさ、ゆずくん、野々村高校、共学よ?」
「……」
「……」
「……留学は、半年だったか?」
「おうよ!半年。彼女を作るには十分っしょ!」
「確かにな」
ゆずは大きくうなずいて、前を向いて口を開いた。
「どこに行っても、勉強はできる。そうですよね、校長先生!」
こうして俺、与謝野一郎と、ゆずこと右田楪は、高校一年の10月から半年間、私立野々村高校へ期間限定の転校をすることになったのだ。