第4話 中二な俺のプランC
中一の学園祭を終えて、俺はハープを封印した。
いや、家では偶に弾いていたさ。せっかく身につけた技能だし、少しずつ難しい曲も弾けるようになって楽しい時期でもあったし。
しかし学校で弾くもんじゃないな、あれは。
校内ですれ違う見知らぬ人に「……歌姫(笑)」って呟かれるし。
いや、「かっこわら」はさすがに声に出してはいなかったよ?でもわかるし!
そういう訳で、中二になった俺は、モテるのに必要なことを知るために、情報収集の一環として、マンガを読み漁った。
そして理解した。
マンガが書けたら、モテる!
これはもう、間違いない。
……だがマンガは少しハードルが高い気がする。
なにしろ、構想を練ってみたが、一人で何百ページもの大作を書き上げる時間が足りないと思われた。
しかーし!そこで諦めないのが俺の良いところだ。
マンガがダメなら、イラストを描けばいいじゃない!
早速本屋で、「宇宙一やさしいイラスト講座」という本を買い、ハープの練習時間を半分に削って、イラストの研究を始めた。
最初に書いたイラストをゆずに見せた。
爆笑された。
……不本意だ。
俺はさらに、全身全霊を込めて、イラストに打ち込んだ。
もちろん、その間だって勉強の手を抜くようなことはしない。何故なら、その時俺はもう、皆にテストでは1番だと知られていたからだ。モテたいがために気を抜いて成績を下げるなどと、そんな軟弱な真似ができるかーーーっ!
俺は白紙のノートを一冊、一か月ですべて埋めてゆずに叩きつけた。
ページをめくれば、俺の画力が日に日に成長するのが、手に取るように分かるだろう。
最初は棒人間に毛が生えたような絵も、髪型、表情、姿勢、服と、ページが進むにしたがって、複雑かつ写実的になっていく。そしてページが3分の2を超えた頃、俺の絵はまた一つ進化した。
背景が描けるようになったのだ。
海辺を走る恋人たち、森に住まうエルフ、城に住む姫。
そして更なる進化を求めて挑戦し続けた結果、ドラゴン、バイク、空想科学的な用途不明のマシンさえも描けるようになった。
9月、運動会を終えて次の行事である文化祭の準備が始まると、俺はそれまでほとんど参加していなかった美術部の部室へ日参することになった。
部員は俺を遠巻きに見ているが、そんなことは関係ねえ。
イラストが描ければモテる。その熱いパトスをキャンバスへと迸らせるのだ。
11月の文化祭までの2か月間、テスト期間以外のほぼ毎日を使って、20号のキャンバスに絵の具をのせた。
最初は遠巻きに俺を見ていた美術部員たちも、日がたつにつれ……ますます遠のいた。というか、話しかけてさえくれなくなった。
俺の鬼気迫る絵画に対する姿勢がいけないのだろうか。
かろうじてボソボソと小さな声で助言をくれるのは、40過ぎの小太りの美術教師だけだ。
その聞き取りにくい助言も一つ残らず受け止めて、自分の中で消化し、昇華して、俺はその作品を仕上げた。
出来上がったのは、海の中に沈む近未来都市だ。見えない水の揺らめきまでを表現したそれは、まるで触れれば手が濡れるような錯覚さえおこる。
沈んだ都市のビルの横に佇む人魚。ファンタジーなのに、全くファンタジーさを感じさせないリアルな人魚が、蒼い都市と一体化して、絵を見るというよりも、その世界に吸い込まれるような恐ろしさを感じさせる。
自分で言うのも何だが、とても中学生が描いた絵とは思えねえ。
文化祭で展示すべく、その絵を美術教師に見せたら、今までに見たことがないような俊敏な動きでブンブンと首を横に振り、その場で俺から絵を取りあげた。
結果、文化祭に展示されていたのは、俺の絵を写真に撮って引き延ばしたものだった。
写真にとるといきなり嘘っぽさが増して、ただの普通のファンタジックなイラストにしか見えん。
一般生徒の俺への評価は「与謝野君って、オタクなんだね」だった。
そして、ますますクラスメートが俺から遠のいた。
ちなみに美術教師はその絵を勝手にコンクールに出品し、後日なんか名誉ある賞に入賞したらしいが、いまだに俺の手元に戻ってこないから、知らん。