第12話 ゆずの課題、俺の課題
考古学研究部の勉強会は、多少の人数の変動はあったが、木曜、金曜と無事開催された。
俺には喋らせるなという取り決めでもあるのか、多少の疎外感はある。だが、仲間外れにされているという程の雰囲気もない。
……と思う。多分。
特に数学や化学の予習をしていると、最近は必ず隣に座って解き方とかを聞かれる。
藤久保に。
「山田、お前すごいな」
「いや、それほどでも(あるけど)。東雲でこの辺まではギリ、やってたから」
「それでさ、この問題なんだけど、こうやって解いた方が速くないか?」
「あ、うん。だけどここの数字はなかなかカンで出てこないから、急がば回れっていう意味で、先生はこっちの式を使うんだよ。藤久保のやり方でもバツにはならないよ」
いやもう。
俺、女子に睨まれてるんですが。
でもこの調子なら、藤久保の成績もぐっと上がるはず。
「俺も負けないように頑張らないとな」何てセリフが映える日も近いぜ!
土、日、月曜は三連休で、火、水曜が実力テストだ。
中学生の頃は、
「実力テストは、実力で受けるからテスト勉強なんてしなかったぜ!」
と自慢するやつが多かったが、さすがに高校にもなると、それが間違いだと気付くだろう。
一夜漬けできる能力も、また実力のうちなのだから。
というよりも、学校の勉強のサイクル自体が、全てのテストの前数日に「集中的に勉強している」ことを前提に組まれている。
テスト勉強せずに受けた実力テストの成績など、今は良くても半年後、一年後に簡単に逆転されるものなんだ。
3日間の休みをずっと勉強だけに費やすのはさすがに効率も悪くなるので、午前中と夕食後を勉強のために確保して、午後はわりと自由に過ごすのが、今のお気に入りの過ごし方だ。
そんな土曜日の夜、ゆずからメッセージが届いた。
「明日、ローマ来れる?」
「おけ、何時」
「おじさんが、昼食べに来いって」
「りょ」
羅馬のその日のランチはエビとトマトのカレーだった。
「うめえ!マスター、これ凄くうめえよ!」
「そっかそっか。俺の得意料理だからな」
日曜のランチはほとんど客もいないからと言って呼ばれたが、本当に一人も客がいなくて、この店、経営大丈夫かな?って少し心配になったよ。
「ところで、楪は無事彼女が出来たのか?」
「いや、まだそこまで行ってないんだ。部活には誘ったんだけど……」
ゆずはマスターに、トリオ女子の猛攻に手出しが難しい現状を切々と訴えていた。
「ふんふん、なるほどね。そりゃあ、楪、お前が悪いわ」
「えええっ、でも……」
「だってお前、その女の子たちに普通に優しいだろ?もともと、良いなって思ってる男子が笑いかけてくれたら、上手くいくかもって考えるの、当たり前じゃねえの?」
「だって、いつも怒って話す訳にはいかないじゃん。クラスメイトなんだし」
「けどさ、その怒ったり言い聞かせたりするの、楪じゃなくて全部いっちー君に任せてるだろ」
「……あ」
「嫌な事を人にさせてさ、好かれすぎて困るって言ってるわけだ」
「……」
「えー、俺、そんなに彼女たち怒ったりしてないよ?大丈夫だよ?ゆず」
「……いや、……ごめん、いっちー」
マスターはうつむいたゆずの頭をガシガシかき混ぜながら、俺に向かって笑って言った。
「まあ、いっちー君も、難しい話を人にするなら、もう少し考えながら話した方が良いだろ。自分が言いたい事を全部言うんじゃなくて。
例えばどんなテンポで、どれくらいの量を話したらその人が理解しやすいかって、相手の様子を見ながらさ」
「相手を見ながら?」
「観察するわけ。そして表情やなんかを分析するの。そう思ったら、出来るんじゃねえ?『空気を読む』っていう超能力!」
「……空気を、分析するのか」
なに言ってるんだろう、この人、
スゲー、面白いじゃん!
帰り道、ゆずと並んで歩いたけど、全然喋らなかった。
だけどゆずの気持と……その顔、歩き方、時々俺を見る時の目。
仕方ないなあ。
俺は背中をバシバシ叩いて、気合を入れてやった。
「一緒に頑張ろうぜ!」
テスト前だけど、もっと大事な課題を貰ったからな。




