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不良少年と深海魚 邂逅


 気がついたらTS転生していました。なんて言った所で厨二だと白い目を向けられるだけならば言わないが、俺は昔性別が逆であったので、今の俺との差違が酷く大変な物のように感じている。


 何というか、知ってはいるのだ。自身の歴史を。記憶を呼び起こす事は出来たのだ。しかし先日17歳になった折に、俺の中にもう一つの歴史と記憶が蘇ってきてしまった。


 なんということだろうか。それだけならまだしも新しい自分は思春期というやつであって、そのせいか元来の質故か、俺はとてつもない不良少年であった。


 自身でコントロール出来ない苛立ちと、身に余る怒りは、常に目を厳しく冷たい物にしたし、何故”こう”なったのかという戸惑いは、周囲に不信感を抱かせた。


 いつしか不良少年というレッテルを貼られる頃には、後付けの技能を貼り付けられたかのように”そう”なっていた。

 呼ばれれば呼ばれるほど”そう”なった。訳の分からない苛立ちと怒り。見てみぬ振りできぬそれらは俺を押さえつけて、堕とした。



01



 密室。閉じられた唯一の扉の前に立つ屈強な男。その隣に立つ男は、俺が部屋に入り椅子に座った瞬間からずっと、ヒステリックに怒鳴り声を上げ続けている。俺の隣に座る女は、ひたすらに、ただひたすらに震えて哀れな声を出していた。


 …………、 。

 唐突な吐き気と嫌悪感に襲われた。先程殴られた左頬と蹴られた腹部が痛む。フワフワとする脳内が、じわりじわりと怒りを露わにし始めていた。


 かたり、と立ち上がる。それに肩を跳ね上げたのは二人。怯んだように怒鳴り声を上げる男と隣の女。扉の前の男は一歩此方に近寄って、唸るように座れと俺を脅した。


 怒りが、溢れそうになり、長く息を吐く。溜め息と似たそれに、俺を脅した男が威嚇するように机を蹴った。隣を足が伸びていったヒステリックな男は怯み、隣の女は哀れなほど怯えた。蹴られた机は俺の痛む腹部に当たり、息が一瞬滞る。


 痛みはスイッチだった。殴られたら殴り返した。故に喧嘩ばかりしている不良と称された。スイッチを押された俺は、腹部の痛みにも隣の哀れな女にも怒りを感じ、机を蹴り飛ばした。

 既に部屋の端に逃げていた男には当たらず、屈強な男の腕に止められた机は、全く関係のない被害者ということになるのだろうか? そんな事をぼんやりと思った。



02



 その騒ぎに何となく生活指導室とやらに足を運んだ。噂によると、かの有名な不良少年が校内で派手な喧嘩をして親を呼ばれたそうだ。

 生活指導の男教師は不良少年を哀れに思ってしまうほどの人格者だ。俺も何度か対峙したことはあるが、あいつ等は不良という存在をゴミか何かのように思っているのだろう。ヒステリックに理詰めする男と力で威圧する男。


 過去に感じた嫌悪感を、鼻で笑うように吐き出した。ざわつく廊下と逃げていく生徒たち。聞こえる震えた怒鳴り声と唸るように威圧している男の声は生活指導の教師だろうか。

 そして怯えた女の声は親で、迸るように怒鳴り散らしているのが不良少年なのだろう。


 扉が開き、教師達と母親が出てくる。警察を呼ぶと怒鳴りつける姿が、酷く汚らしかった。ヒステリックな方の教師の胸倉を通り過ぎざまに掴み、警察を呼ばないように脅す。


 どうせお前らが挑発したんだろう? 睨み付ければ、恩を売るように15分だと言い捨てて行った。わざと聞こえるように舌打ちを落としてから扉を薄く開け教室を覗き込む。


 そこから見えた存在に、昔誤って壊した玩具が脳裏をよぎった。



03



 出ていけ、と怒鳴り散らした。振り回した椅子は多くの物を破壊した。怯えた女の表情が脳裏から消えず、苛立ちが体を支配し始めていた。ああ、でも。と、学ランの内ポケットからカッターを取り出す。するすると袖を上げ、リストバンドを外すと、躊躇いなく其処に一を引いた。じわりと感じる痛みに口元が歪む。ビリビリと脳を走るシナプスが心地よかった。


 ふふ、と口から出た声を無視してカッターの柄で一をなぶる。に、さん、と数えるそれは、やりすぎた自身への罰だった。

 殴られたら殴り返した。蹴られたら蹴り返した。つまり、同じ返ししかしてはいけないという歪んだルールだった。ルール違反には罰がある。七つ数えて笑みを消し、カッターもしまった。ポケットから出したハンカチで血を拭い、リストバンドを付けた。繊維がチクリチクリと痛みを煽る。それだけが、”2人”の共有物のように感じた。


 何故誰も喧嘩の理由を聞いてはくれないのか、女は何故庇ってはくれない。怪我を案じてはくれない。何故俺を先に殴った男が吐く言葉を信じるのだろう。

 ”不良少年”とは、そういうものなのだろうか。今まで、噂ばかりが先行した哀れな俺を誰か救ってくれたろうか。救ってくれたのは自身の怒りだけだったではないか。怒りに任せ殴れば自身を守ることが出来たのだ。俺は自衛した。それだけだったのに。


 どうしてこんな子になってしまったのか…。


 地震が襲ったような衝撃を与えたその言葉は、ぐるぐると責めるような響きをもって俺の頭を回っていた。


 未だふらふらとしている脳内を落ち着かせようと、椅子に肘と頭を乗せ目を閉じる。



04



 カタン、と鳴った音にハッとした。意識が飛んでいたらしい。目線をあちらこちらに飛ばし、状況を確認すると、こちらに背を向けた男が、俺のリストバンドを外しスマホを向けている。…さつえい、している?


「な…にを…?」

「…ん? ああ、起きた? いや、珍しいから撮っちゃった」

「止めろ! 消せ! 今すぐ消せ!」


 怖かった。傷を、嘲笑っている姿が。ただ本当に珍しそうに眺めるその姿が。……怖かった。めまいがするほどに。

 罰を、罪を見られたような、暴かれたような心地がして背中が冷たくなった。


 ……見られちゃ駄目だったのに。昔の俺が、私が隠したくて隠したくてたまらなかったもの。知られたくなかったもの。俺には必要なくて、私には必要だったこと。それは”2人”の共有の罪だったのに。


 にやり。目の前の男は笑う。肩の関節を押さえつけて俺の自由を奪いながら、そいつは、そいつは。


「知られたくなかったら、院にぶち込まれたくなかったら、」


 ぐらぐらと視界が揺れた。俺の苛立ち。私の恐怖。俺の怒り。私の動揺。俺の、私の、……どちらの、なに?


「今日から俺のぱしりになれよ」


 にやりと歪む口元がまるで昨日の三日月のようで。なら、今の光景は夢なのかと浮かんだ疑問は、付けなおされたリストバンドが傷に擦れる痛みで否定されていた。

 ぼんやりとしたまま自分の内側の感情たちを受け流す。その濁流は、いつか俺を飲み込んで息を詰まらせてしまう気がした。もがいて、もがいて、そうしてやっと生きている今が、いつまで続くかわからない。


 深海のようだった。


 暗くて手を伸ばしても誰も掴んではくれず、手足を動かしても動かしても海面は近づかない。……近付いても近付いても、蹴り落とされた。そうしていつしかこんな淀みに落ちていた。


 目の前が、暗い。

 傷を笑われ、脅され、知られ、利用され、見られ、記録され、楽しまれた。


 俺の苦しみも痛みも怒りも苛立ちも、全て。笑われてしまった。楽しまれてしまった。……そんなものだったのだろうか、俺は。


 見られたくなかった。知られたくなかった。気付いて欲しかった。助けて欲しかった。


 笑われたくなんてなかった。


 どうして誰も俺を見てくれないの。助けてくれないの。気付いてくれないの。心配してくれないの。どうして。


 見られ脅された動揺で茫然自失となった俺の手を引いて密室から俺を連れ出した男は、俺を振り返ってまた、にやりと笑った。

 さながら深海をさ迷う俺をつつく深海魚のような男だ。そう、感じた。



05



 密室から俺を連れ出した深海魚は、そのまま昇降口へと階段を下り、俺に靴を履き替えるよう強要した。

 校門をくぐる際、背後からヒステリックな男と屈強な男の声が追ってきていたし、あの女を学校へ置き去りにするのも気が引けた。

 でも、俺を強く前へと引く腕を振り払おうと腕に力を込めればリストバンドの上に爪を立てられ、足を踏ん張ればリストバンドを握りしめ、ぐりっと回された。痛みに噛み締めた口から小さな悲鳴が漏れる。


 これ、は、痛い。痛すぎる。いくら俺が痛みに慣れていたとしても、容赦のなさがハンパなかった。仕舞には再び脅され、仕方なく俺は連れ去られるがままになった。


 もう帰っていいよ。とだけ何とか送信し、走る背中を見続ける。なんだか視界が暗くて足が震えた。ぱっ、ぱっ、と視界が暗くなったり戻ったり。耳鳴りがキンキンと鳴り響いている。

 もしかすると貧血というやつかもしれなかった。足がもつれて転けそうになる。掴まれた腕を引かれ、なんとか顔面スライディングは免れたものの、吐き気にしゃがみこんだまま動けなくなった。


 視界は暗く、耳鳴りが激しい。ふわふわくらくら、冷たくなっていく体の末端に、リストバンドがぐちゃりと水音を鳴らすのを感じた。


 このまま死ねば、この死は一体誰のせいになるのだろう。不良少年が自傷をして、不良に市中引き回しにあった。という風になるのだろうか。川の音が聞こえる。ざあざあと煩い。雨の後なのだろうか。ざあざあ、ざあざあ。


 うわんうわんと地面が揺れている。身じろいでも楽な体制はなかった。うわんうわん、左右上下がなくなったみたいだ。


 俺なのか私なのかもわからない。この状態にいるのが私なら、明らかに持病なので病院に運んでほしい。俺なら、俺なら…………放置して死なせてほしい。


 だってもう見方なんていない。敵ばかりで、恨まれて憎まれてばかりで、悲しませてばかりで。

 そんな人生なら、いらない。迷惑をかけ続けるなんて、もう耐えられない。


「しな…せろ…」


 そうだ。

 それがいい。名案だ。あの女は、母は、母さんは、お母さんは、俺に怯えている。俺を恐れている。俺を嫌っている。


 唯一の家族にそんな風に思わせる奴は、ヒステリックな男が言うとおり、クズでどうしようもない人間だ。そう思うのに、何故俺は怒りを抑えられないのだろう。


 なぜ怒りは俺をせき立てるのだろう。


 穏やかになりたかった。自身の胸の奥に潜む無駄に強い正義感が責め立てないような人間になりたかった。


「な…で、むか、つくの」


 私は不良が嫌いで。俺は不良と呼ばれていた。俺は怒りを抑えられなくて、私はそんな自分に怯えていた。二重人格のような明らかな違い。


 2つの思考回路を1つにしたのが俺だった。だから二重人格ではないはずなんだ。俺がふっと思い出した記憶は、実にリアルな映画のようなもの。俺は俺として人格を形成したはずだ。


 なのにどうして揺らぐのか。ぐらぐらと、くらくらと。まるで今みたいに。



06



 連れ去り、パシリにと脅した不良少年は、地面に座り込み、ガタガタと震えている。

 閑静な住宅街の中、不良が二人。内一人は手から血を流している。……リストバンドから滴る血液に、傷口をいじり過ぎたかと、少しだけ反省した。少しだけ。


 こんだけ血をだしたら、確かに動けなくなるよなあ。そんな風に思ってから、ガタガタ震える体を俵を持つように抱えあげる。


 「しなせろ」、「なんでむかつくの」と唸るように、魘されるように零したのが耳に届いた。


「…さて、治療治療」


 何度も自身が手当てを受けた場所へ向かうために、歩き慣れた道を進む。道中犬の散歩をしていた男が此方を見た後ビビって走り去っていった。


 お望みどおり噛みついてやろうか、がうがう。


 ああ、今日も晴天だ。空が明るい。口笛を吹きながら軽い足取りで進んでいく。目的地へつくなり不良少年を投げるように渡した俺は、制服に血が付いていない事を確認して手を洗った。


 処置は早いし大丈夫だろう、なんて。少年が俺と同じく頑丈であればいいけど。手に入れてすぐ壊れるなんて面白くない。

 ちらり。部屋を見た。



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