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19/54

十八話 日常イベント

≪イベント判定≫


○イベント(1d100)

※76以上で発生


【73】

【89】発生!

【30】

【63】

【38】

【96】発生!

【38】

 とある日の夜。


 あなたは修行をしていた。


 先日、携帯から例のアプリを開いたら、あのゾンビ事件を収めた報酬なのか、<プレゼントボックス>の項目に【銅の宝箱】が贈られていた。


 ワクワクしながらその宝箱を開くと、中には【集力】の下位武術書が入っていた。


 珍しい。


 基本、あなたが宝箱を開けると大抵魔術書が入っていることが多い。


 それはあなたの戦闘スタイルに合った報酬をくれているのだろうが、同時に方向性を固定しているものでもあった。


 あなたは試しにこの武術書を使ってみることにした。


 【集力】の武術書を手に取る。


 魔術書とはまた少し違ったデザインの本だ。


 ほーん。


 パラパラと武術書を読み、理解したような声をあげるあなた。




<武術【集力】を習得した>




 うむ。


 あなたは頷き、早速試してみることにした。


 ――魔法【秘密基地(アジト)


 ここなら迷惑をかけずに練習できるだろう。


 というわけで、早速習得した武術を……。


「……」


 発動できない。


 あなたは武術を発動できなかった。


 【集力】……?


 あなたは少し考え込む。


 もしかして、魔法を使っているこの状態だと、周りから力を集められない?


 思い至ったので、もう一度魔法を使って現実世界へ帰還する。


 では改めて、もう一度……。


 ――武術【集力】


 周囲に漂う僅かな力。それがあなたへ集束するのを感じた。


 ……なるほど。


 周りに満ちる何らかの力。それを取り込むのがこの武術のようだ。


 といっても、この現実世界においてはあまり周囲に取り込める力はなさそうだ。


 この世界に魔力はほとんどない。だから、今取り込んでいるのは魔力とは別のエネルギーなのだろう。


 つまり、これが以前見たステータスの説明にあった氣なのだろうか。


 神経を研ぎ澄ませて、自身の内側にあるエネルギーに意識を向ける。


 感じる。


 ふむ。


 なんとなくだが、理解はできた。


 おそらくだが、氣とは肉体を中心に発生するエネルギーなのだろう。


 発生源も細胞などから湧き上がる形で、色々な生命体から感じることができる。


 空中の細菌やそこらの植物にも僅かな氣が確認できた。


 生命活動から生じるエネルギー。だからこそ、力や体のステータスを上げて、より肉体が強化されることになれば氣が上昇するのかもしれない。


 逆に、魔力は魂……?精神から生じるエネルギーなのだと思う。ここはあまりよく分からないが。


 人は微量な魔力を持っていると思うが、それを観測することは非常に難しい。


 魔力は基本的に実体を持たないエネルギーだ。目視で確認することができない。


 魔力を最も観測しやすいのは魔術や魔法を使った時だ。それ以外では、よほど高密度な魔力でないと感知することは難しい。


 魔力を引き出す根源的な場所は、あるのは分かるのだが……人の言葉をもって、空間的に説明するのがとても難しい。


 おそらく、三次元的な位置にそれは存在しない。


 この感覚は心や魂がどこに存在するのか。考えるあなたはどこにいるのか。そういった問題に近いものだ。


 あなたが認識できない、より超次元的な位置に、魔力が発生するそれが存在するのだろう。


 分かるのはただあるということだけ。


 頭の辺りと感じるような気もするが、それはあくまで視覚が頭を中心とするからであって、そこにあるイメージがつきやすいだけなのだろう。


 とても難しい問題だ。魔力はどこからやってくるのか。考える余地はあるが、今は武術のことを考えよう。


 この【集力】の武術を何らかの方法で応用できないか。魔力を集められるか?少し検証してみたい。




 ――実験中。




 結論から言うと、魔力はできなかった。


 実体のないエネルギーは集めることができなかった。逆に、氣なら意外と色々なところから引っ張ってくることはできそうであった。


 感のステータスが高ければ、あの漫画のように元○玉も実現可能かもしれない。


 でも、無断で氣を拝借するのは気が引けた。たぶん、この技を使う機会はあまりないだろう。


「……」


 あなたは【異空間収納箱】から【想顕武術書】を手に取る。


 あの時の座敷童子のことを思い出した。


 悩む。


 あなたはこれを使うべきか、決めあぐねていた。


 あなたはこれを使いたくはない。


 あの子の自殺の末に与えられたものを使うのは、あのような犠牲を肯定するようで、気分が悪かった。


 でも、同時にあの子は使って欲しいのだろうと、察する思いもあった。


 これを使わなければ、あの子の死は無駄になるのではないか。


 苦しい思いをして行なったあの子の献身を無碍(むげ)にするのか。


 だから、あなたは悩んでいた。


「……」


 そして。




 ――あなたは【想顕武術書】を使用することに決めた。




<想顕武術【想溢(そういつ)当不之巓(あたらずのいただき)】を習得した>




 考えたが、あの子には自分の思いをただ伝えたって、分かってはくれないだろうと感じた。


 だからまず、あの子の願いを一度受け入れた方が良いと思うのだ。


 こちらが意地を張ったところで、あちらも意気地になってしまうだけなのではないか。そんな思いがあなたにはあった。


 今度、交渉術や心理に関する本を読んだ方がいいかもしれない。


 あなたはそんなことを考えた。


 武術の検証に意識を戻す。


 一度魔法を使い、次元を移動したところであなたは習得した武術を発動させようとした。


 が、再び発動しない。


「……」


 ふーむ。


 考え込むあなた。


 そして少し時間が経った。


『想顕武術』『想溢』


 もしかして、強い想いがないとできないやつだろうか。


 思い至ったあなたは、今度は想いを意識してそれを発動させてみる。


 ゴッッッ……!!


 一瞬、突風が起きた。


 あなたの体から放たれた氣がうなりをあげる。


 氣の活性化。そんなイメージがあなたの頭に浮かぶ。


 たゆたうように。霧のように。深い海の底のような青色の氣が、あなたを取り巻いていた。


 なるほど……。これは、ルーツは魔法と似たようなものなのだろう。


 想いを具現化させる技。武術も魔術も、結局は同じ頂に辿り着くのかもしれない。


 あなたは自分に向けていくつかの魔術を放つ。


 形成された氷の槍があなたに向けて迫り来る。


 ――ゆらり。


 それはゆれるように。空を舞う綿毛のごとく。


 あなたは少しだけ首を動かしていた。


 何も意識はしていない。むしろ、失敗したのなら当たってもいいとすら考えていた。


 だが、気づけば体が動いていた。


 ああ、そうか。


 あなたはこの武術の特性を理解した。


 無数の氷槍が放たれた。


 ゆらり。ゆらり。


 あなたはそれらを最小限の動きで躱していく。


 その動きはどこまでも合理的で、完璧な正解のルートを駆け抜ける。


 あえてあなたは全ての逃げ道を塞ぐように氷の槍を放つ。


 それはまるで壁が全方位から迫り来るような光景だった。


 あなたは何も考えていない。


 魔法も魔術も、何も防ごうとはしていない。


 ただ、想っていた。


 避けたい、と。


 あなたは動いた。意識せず、無意識のままに。定められた摂理のごとく。


 それは言葉では言い表せない感覚だった。


 あなたは跳んだ。


 次元の空へ。


 上でも下でも縦でも横でも奥でも手前でもない。どこでもない、別方向へ。


 そして、落ちる。


 着地。


 不思議な次元の跳躍。それをもって、あなたは攻撃をすり抜けるように回避していた。


 この、跳躍の感覚は……。


 それは【秘密基地(アジト)】と似たような感覚だったが、きっと少しだけ【秘密基地(アジト)】と違う。


 おそらく方向が違うのだろう。あなたは世界が何次元で構成されているか正確には知らないが、きっと最低でも六次元以上はあるのだと思う。


 これは実戦でもかなり使えるかもしれない。自動で攻撃を躱せるなら、意識を魔術により集中させることができる。


 あなたはまた一つ強くなれたような気がした。









 さて、次は。


 武術の練習をいくつかした後、次はスキルのトレーニングをすることにした。


 遊戯の世界では主に習得した魔術の練習などで忙しかったため、必要なさそうなスキルの検証を後回しにしていた。


 そういったいくつかのスキルの検証を、余裕があるうちにやっておこうと思ったのだ。


 【木精(もくせい)深緑ノ園(しんりょくのその)】は充分に検証をしていた。


 足りないのは、主に【闘人(とうじん)穿黒(せんこく)(かいな)】と【異空間収納箱】だろう。


 まずは【闘人(とうじん)穿黒(せんこく)(かいな)】から。


 これは以前の遊戯で、ダンジョンを探索している間に見つけ習得したものだが、おおよそ魔術ではなく物理攻撃をするものだと思ったので、特に手を出していなかったスキルだ。


 あなたはスキルを発動させた。


 漆黒。


 あなたの右腕が黒く染まった。


 これは……。


 感覚的に、違う。膨大な氣が右腕から溢れてくるが、これの本質はもっと別のものにある。


 右腕だけ、何か別の生物になっている。これはまさにそんな感じの変異だ。


 ふーむ。


 木精のスキルもそうだったが、上位スキルというのは肉体や魂そのものを大きく変質させる力を持つのかもしれない。


 あなたはそんなことを考えた。


 試しに黒く変色した右腕をぶんぶんと振ってみるが、特に違和感はない。


 ……。


 しかし、やはりそこまで威力がでないとあなたは結論づけた。


 あなたのステータスは基本的に魔術を使うことを意識して上げているため、物理攻撃に影響する力や体のステータスは、レベルに対して非常に貧弱だ。


 確かにこのスキルを使った状態でのパンチなどは強いだろうし、この黒い腕から発せられる独特な気配を持つ黒い氣は、より物を破壊することに優れているのだろう。


 だが、それでもあなたの【火矢】の方が強い。


 最下級の魔術ですら、この右腕のパンチ以上の火力を出すだろう。


 あなたの力ステータスはそれほどに貧弱なのだ。


 強いけど、宝の持ち腐れかな。


 あなたはこのスキルをそう結論づけた。


 さて、次の検証は【異空間収納箱】である。


 これを上手く使えば、より戦闘を優位に進められる。あなたはそんな予感を感じていた。


 まず実験その1。動いている物体はしまえるのか。


 試した結果、しまえなかった。同じように生物もしまえなかった。


 ふむふむ。


 ここであなたは考え込む。


 静止した物体はしまえるが、投げたものをしまうことはできない。これにどんな違いがあるのか。


 絶対値的な見方をすれば、地球は自転しているし、公転もしている。同じ地球上の物体がみんな動いているからこそ、当社比的に静止しているように見えるのだ。


 そこに何の違いがあるのだろうか。


 疑問。あなたは実験をしてみることにした。


 検証その1。自分に【誤認】をかけて、落下してくるコインを静止している物だと思い込んだ状態で、落ちてくるコインを【異空間収納箱】にしまう試み。


 結果。失敗。


 検証その2。知覚速度を加速させ、落下してくるコインがほぼ静止している物体に見える状況で、【異空間収納箱】にしまう試み。


 結果。失敗。


 ふむ。


 考察すると、【異空間収納箱】にしまえる判定は、自分の認識に頼るわけでもなく、厳密な静止状態にあることが条件なわけでもない。


 もう少し考えを巡らせる。


 そもそも、【異空間収納箱】はどのような過程で物を収納しているのだろう。


 物体を認識して、しまう?固有の空間に物体を落とす?なんだかよく分からない。


 もっと、プロセスを意識する。


 あなたは自分の目を閉じて、少し離れた位置にある静止したコインを【異空間収納箱】でしまおうとする。


 気づけば、あなたは魔力を動かしていた。


 ――???


 意識していなかったが、あなたはコインをしまおうとすると、自然と魔力を使っていたようだ。


 ふむ。つまり、これはもしかしてスキルでありながら、上位魔術と似たようなプロセスなのだろうか。


 上位魔術を使うとき、大半の魔術は空間把握、領域掌握を行なう必要がある。


 例えば【延々】なら、空間を拡張する前に拡張する空間がどこなのか、事前に情報を把握し、その領域を邪魔が入らないように魔力をもって手中に収める必要がある。


 それが空間把握であり、領域掌握だ。分かりやすい例を挙げると、建物を建てる前は現場の地質や地下などを調査して、その後に工事する場所を囲うように封鎖する。それらのプロセスがまさに空間把握と領域掌握である。


 なるほど。なんとなくコツは掴んだ。


 あなたは何か光明を見出したようだ。






 数分後。


 あなたはコインを全力で投げる。


 直後。


 ――スキル【異空間収納箱】


 コインはあなたのスキルで異空間にしまわれた。


 ……ふぅ。


 よし。成功した。


 ようやくあなたは高速で飛翔するコインの収納に成功した。


 それは感覚的には、バスケットボールのシュートに近い。


 掌握した領域において、魔力を用いて別次元からコツンと、飛翔するコインを押し出す。そして形成された箱へちょうど良く物を入れるような感覚。


 それはなんとも形容しがたい感覚だった。


 そもそもの話だが、人類は異次元などを観測する手段を持っていない。故にその異次元を操作するような不思議な感覚は、言語として存在しないのである。


 だから実際の所、本当のコツというか感覚は、言語にしづらい。


 だがしかし、これで少しは【異空間収納箱】の使い方が上達したような気がした。


 あなたは満足げに息を吐く。


 ……。


 まあ実際の所、たぶん戦闘で使うことはできないと思う。


 オチになるが、速過ぎる速度で飛翔する物体は収納できない。箱が壊れるのだ。


 一応、あなたにとっての速いは常人とはかけ離れたものであるが、それでも実用には少し難しいものがある。


 技術が上達すれば上手くキャッチすることができるかもしれないが、戦闘なら【反射】の魔術で充分だし、そもそも躱せばいいだけの話だ。


 結局の所、スキル検証は成果があったようななかったような。そんな結果で終わった。


 そんな感じで。あなたは本日の修行を終えた。














 ある日の夕方。


 あなたは一度家に帰り、外食をするために外に出ていた。


 今日はどこにしようか。そんなことを考えながら街を歩く。


 お持ち帰りの弁当は美味しいし、人混みを出歩かなくていい利点はある。たが、それでもたまにお店でしか食べられない食事が恋しくなるのである。


 結果、決めたのはうどん屋。


 軽くできている列に並び、順番を待つ。


 携帯をいじりながら、あなたはのんびりと時間を潰していた。


 ふと、あなたの感覚が何かの違和感を捉えた。


 ドンッ


 誰かがぶつかった音だ。あなたではない、前の人に。


 思考が高速化する。


 見えたのは、子ども。ちょっと前を見ずに走ってしまったのだろう。子どもがあなたの前の人にぶつかっていた。


 それだけなら特にケガはなかったはずだが、その前の人が持っていたものが悪かった。


 あなたと同じように携帯をいじっていたのだろう。子どもとはいえ、衝突した衝撃で手から携帯がすっぽ抜けていた。


 前の人の携帯が、あなたの少し横に飛んでくる。


 それが、とてもゆっくりと見えた。


 どうしようかな……。


 あなたは目立ちたくはない気質だ。人の好意も悪意も関心も。それら全てが等しく苦手なのである。


 だから、これを上手いとこキャッチしたとして、あなたが得るものはなにもない。


 常識的に考えればお礼を言われることが考えられるので、それは正直鬱陶(うっとう)しかった。


 でも。


 ――自分がスマホを落としたら、非常に嫌な気分になるだろうな。


 そして原因である子どもも、その親も嫌な気分になるだろう。


 携帯を壊したとなれば、大事になる。弁償だとか、怒られて泣く子どもとか。


 人とは関わりたくない。


 でも、見過ごせばきっと今、目の前で不幸になる人達が現われるのだろう。


 それは胸がもやもやするのだ。罪悪感を覚えるのかもしれない。


 ああ。やはり、だ。


 気づいてしまったからには、仕方がない。


 ――パシッ


 飛んできたスマホを、あなたはそれなりの速度で腕を伸ばしてキャッチした。


 高速化した思考が通常の感覚に戻る。


 音が戻ってきた。


 子どもの母親だろうか、少し大きな注意する声。驚き、声をあげる前の人。


 ふと、前の人と視線が合った。


 あ。


 学校で見たことがある気がする。たぶんどこかの先生だ。













「ありがとうございます。助かりました」


 あなたに何度も頭を下げる先生。いえいえ。そう言っても、中々終わらない謝罪攻勢。


 衝突してきた子どもに、先生らしく少しのお叱りの言葉を述べた後の出来事だった。


 いえいえ。はい。たいしたことではないです。たまたまでした。


 あなたは適当に相づちを打ちながら、早くうどんを食べたいと思った。


 良くも悪くもあなたには常識がある。目上の先生からのお言葉をいただいているときに、会話を強引に打ち切ってうどんを注文することはできなかった。


「僅かばかりのお礼ですが、この場は奢らせてください。とても助かりましたから」


 そういって、先生はあなたの手を取り、注文する場まであなたを連れて行く。


 制服で来たのがいけなかったのだろうか。この先生は完全にあなたを生徒として扱っていた。


 すなわち、先生の言うことを従順に聞くべき存在である。


 きっとこの先生に悪気はないのだろう。


 さっきも、衝突してきた子どものケガの心配をしつつ、良い感じに叱り、最後は次からは気を付けてねと頭を撫でていた。


 たぶん良い人である。


 だが、やはりあなたは人が苦手なのだ。誰かと一緒にいる時間は苦痛でしかなかった。


 ……。




 それでも。あなたに抗う度胸はない。長いものには巻かれろスピリットである。


 あ、はい。それではお言葉に甘えて。


 普段は釜揚げうどんの得盛りを頼むあなたであるが、今回は遠慮して並盛りにした。帰りはなにかお菓子でも買っていこう。


 あなたの遠慮を見抜いたのか自分で食べるのかよく分からないが、先生は多くのてんぷらなどを取って、レジに持って行った。


 会計が終われば、そのまま先生と相席でうどんを食べることになった。


 間違いなく、今週で一番不幸な一時(ひととき)である。


 振られる話題は、授業などの勉強関連であったり……人間関係のことであったり。


 人間関係は何も言えないので、気まずい。


 友達どころか、雑談できる人物さえあなたには存在しない。その関連で話題を振られると、あなたの会話デッキには自虐しか残らなかった。


 自分に劣っているところがあると知られても、あなたは羞恥を感じることはない。


 ただ、目の前の教員のような善人にそれを知られると、どうにも心配されることが多い。


 心配をかけるのは、申し訳ない気持ちになる。


 だから、あまり変なことは言えなかった。


 やはり、気まずい。


 ……。


 うどんを食べることに集中する。


 教員もあなたの心情を察したのか、あまり口を挟むことはなくなった。


「たくさん買ってきたので、ぜひ天ぷらも食べてください」


 教員が大量に買ってきた天ぷらをあなたに分け与えた。


 ありがとうございます。


 あなたはぎこちなくお礼を言った。


 ずるずる。うどんをすする。


 いつも通り美味しいうどんの味がするが、舌のセンサーが正常に作動していたとしても、その美味を受信するあなたの感性は現在ストレスに苛まれている。


 ――美味しいけど、美味しくない。


 モノを食べるときは誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われていなきゃあダメなんだ。


 独りで静かで豊かで……。


 とある漫画の名言だが、まさに至言だ。みんなで食べる食事はクソである。


 あなたはそんなことを考えていた。


 あなたが見たいくつかの物語では、孤独に苦しむ人がみんなで食べるご飯が美味しいといった話をすることが多い。


 ウソつけ絶対一人で食べた方が美味しいぞ。


 いつもより(すさ)んだ目をしながら、あなたは内心で独白した。


 教員からのコミュニケーションはまだまだ続く。


 教員の素振りからして、なんとなくあなたがこの時間を苦としていることは把握していそうだ。


 だから、この教員が純粋なお礼としてこの食事の時間を作っているわけではないのだということにあなたは気づいた。


 警戒心が高まる。


 ――ふとした隙間にあなたを貫く、非常に分析的な目線。


 ああ。この先生は優しいだけではなく、同時に非常に有能な先生なのだと思う。


 思い返せば、投げかけられる言葉はどれもあなたの生活を探るようなもので、その会話は雑談というより、どこかカウンセリング的であった。


 理解したことを伝え返す。手法的には、ロジャースの来談者中心療法の系譜だろうか。


 このカウンセリングの思想は、カウンセリングを受ける人、クライアントを中心としたカウンセリングの手法であり、カウンセラーはあくまでクライアントの問題を解決するサポートをするに過ぎない。そういった方法である。


 特徴的な方法としては、カウンセラーは傾聴を重視する。そして聞いて理解したことを伝え返す。それがカウンセラーの話すことのほとんどである。


 具体的にこうするべきだ、といった態度をカウンセラーはほとんど取ることがない。


 取ったとしても、カウンセリングの最後に信頼関係を充分に築いた上で、私はこうした方がいいと思いますと、提案程度に提示する程度だ。


 ……。


 まあ、つまりである。


 最近、そういった心理の本を少し読んでいたので、あなたは自分自身がそういった人のように思われていることに気づいた。


 あなたは心に何か問題を抱えている人だと、この先生に思われているのである。


 内心、嫌な気持ちで一杯だった。


 ――自分は助けて欲しいとは思っていない。


 だが、言わない。


 それは雰囲気を壊すことであり、同時にこの先生を傷つけることでもあったから。


 だから、グッと我慢して普通の人のように振る舞う。


 それから少し経ってから。


 ごちそうさまをして、その場で別れることはできた。


 だが、あなたはあの先生に目を付けられてしまったのだと思う。


 時折向けられた、痛ましいものを見るような目線。使命感に燃える感情の揺らぎ。


 善人なのだろう。素晴らしい人格者なのだと思う。


 だから、それはあなたにとって非常に面倒な人物でもあった。


 あなたはため息をついた。


 まあ、杞憂かもしれないし。


 いつも通り、あなたは考えることを止めた。











 教職について、そろそろ五年になるだろうか。


 色々な人に出会ってきたが、ああいう子に出会うのは、生徒としては初めてであった。


 無気力で、どこか儚げな。そして幻想的な雰囲気を纏った生徒。


 職員室で話題になったことがあったため、その特徴にはピンときた。なるほど、確かにその通りだ。


 だけど、そういう外見的な特徴だけに注目するべき生徒ではないだろう……。


 少しだけ。


 同僚の職員には怒りが湧いた。あれはもっと深刻で、下手すれば自殺もあり得るような。そんな危うい生徒だ。


 確かにあれは分かりづらい。私が気づいたのも、昔似たような友人がいたからである。


 助けを求めず、諦めて、静かに一人で命を絶つ。あれはきっとそういう子だ。


 一見、人見知りをする物静かな生徒のようにも見えるだろう。


 あの子自身、会話の受け答えにさして違和感はない。


 問題が顕在化していないのだ。ちょっと内気なだけ。まあ、そういう子なんだろう。教師はそういう目で見がちだ。


 だが、会話をすればなんとなく問題自体は見えてきた。


 異様な自己肯定感のなさ。どこか物事を諦めがち。時折垣間見えるこの生徒が持つ善性の気質。


 それと、本人も言っていたが人とのコミュニケーションが苦手らしいそうだ。


 コミュニケーションが苦手?それは違う。本質ではないぞ。


 だって、あなたは私と普通に話せているじゃないか。人の心情を考えて、言葉を考えて、雰囲気を読んで、何も特筆して欠如することなく、普通に会話することができる。


 会話をするスキルに特に問題がないというのなら、つまりそれは人に接すること自体が苦手、心の問題と白状しているようなものじゃないか。


 目線を合わせてはくれない。態度も、どこか私に怯えているような。


 もし、私たちの会話を文面だけで表わしたら、問題が見つかることはなかっただろう。


 やはり、接していると感じさせられる。この子には何かしらの支援が必要であると。


 今日の場においては、ひとまず早めに解散した方がいいだろう。この子は私と話すことにも大きな苦痛を感じているようだ。


 いくら支援が必要だとはいえ、最初から悪印象をもたれては今後に響く。食事はそこそこ美味しそうに食べていたが、内心でどう思っているのか。少し焦りすぎたかもしれない。


 離れていくあの子の背中を見送りながら、私は手の平を強く握った。


 あの時から、十年以上の時が経った。


 今度は、絶対に。














 ――物静かな子だった。


 ――でも、とても優しい子だったのだ。


 ――だから、何か苦しいことがあった時。あの子はいつも一人で泣いていたのだ。


 ――誰かに助けてもらおうとしない、少し意地っ張りな一面を持つ子だった。


 ――同時に。助けてもらうことを期待するどころか、烏滸がましいとさえ思っているような。それほど自己肯定感のない子どもだったのだ。


 ――私は友達だったのに、何もできなかった。


 ――いつの日か。あの子はひっそりと消えていた。


 ――遺体は見つかっていない。ただ、遺書だけが見つかった。


 ――自分の遺体を晒すことでさえ、申し訳ない。そう遺書には書かれていた。


 ――何もできなかった。私には救えなかったのだ。


 ――そんな私は、現在教職に就いていた。


 ――それはもしかしたら贖罪(しょくざい)なのかもしれない。


 ――もはやどうしようもない負け犬の足掻きでもあるのかもしれない。


 ――人生で一番頑張るべき時で頑張れなかった、どうしようもない女の無意味な足掻きだ。


 ――そんなことをしたって、今更いなくなってしまったあの子は救われない。


 ――知ってる。そんなの、分かってはいるのだ。


 ――だけども、分かってはいてもどうしようもない気持ちもある。


 ――じっとしてはいられないのだ。これだけはどうしても譲れないのだ。


 ――だから、私が私であるために。




「すいません、今日の先生のクラスでの授業なのですが、少し見学させていただいてもよろしいですか?」


「おや、熱心ですね。いいですよ」




 ――独りよがりかもしれないけど、あなたのために動くことを許してください。


 ――まずは、あなたをより多く知ることから始めよう。














 ある日の昼休み。


 あなたはげっそりしていた。


 あの先生、授業を見に来ていた。


 別の学年の先生なのに、先日うどん屋で遭遇した教員が、あなたのクラスの授業を見に来ていたのだ。


 視線が痛かった。多くの時間、先生の視線があなたに注がれていた。そして何気ない授業風景なのに、滅茶苦茶メモを取っていた。


 ここまであからさまなのだろうか。


 しかしながら、今は休憩時間の昼休み。少しでも美味しい物を食べて、消耗したメンタルを……。


「おや、高梨君はこんなところでご飯を食べているんですか」


 嫌、嫌だぁ……。


 あなたは内心で悲鳴をあげた。


 あなたの日常に登場した一人の教員は、もしかしたらプレイヤー事情以上にあなたの生活を侵食しているのかもしれない。


 それから。


 あなたの学校での昼食は、少しばかり賑やかになった。


 代わりに大きなストレスを抱えるようになったのだが。


現在、ハーメルンのアンケート機能を利用して、リクエストコミュを開催しております。


アンケートで交流を取って欲しいキャラに投票してもらい、その割合でダイスを振って交流を取るキャラを決定します。参加したい方は、ハーメルンの方に投稿している十九話のアンケートで投票してください。




≪一回目のイベント≫


○幸福度(1d100)

結果【72】少し良い


○イベント内容(1d10)

結果【8】修行


1~3.新たな出会い

4~6.既出キャラとの交流

7.善行

8.修行

9.トラブル

10.???


○修行内容

結果【4】スキル


1.魔術

2.魔法

3.氣(武術)

4.スキル

5.???


○成長具合(1d100)

結果【49】普通




≪忘れていた武術書判定(品質:43)≫


○方向性(1d5)

結果【2】攻撃(支援)


1.攻撃 2.攻撃(支援) 3.防御 4.移動 5.その他


○支援?(1d5)

結果【5】その他


1.力アップ 2.速アップ 3.技アップ 4.デバフ 5.その他



○その他?

結果【2】謎の力


1.全体バフ 2.謎の力 3.条件付きバフ 4.属性付加 5.特殊デバフ






≪二回目のイベント≫


○イベント内容(1d10)

結果【3】新たな出会い


1~3.新たな出会い

4~6.交流

7.善行

8.修行

9.トラブル

10.???


○場所(1d4)

結果【3】外


1.趣味(内)

2.趣味(外)

3.外

4.学校


○幸福度(1d100)

結果【75】少し良い




≪人物判定≫


○性別(1d2)

結果【2】女性

1:男性 2:女性


○関係(1d100)

好感度【58】普通

相性 【99】とても良い

関心 【100】とてもとてもある(職業補正+30,経歴補正+30)


○相性方向性(1d2)

結果【2】凹凸的な組み合わせ


1.同族 2.凹凸的な組み合わせ


○年齢(1d7)

結果【4】大人


1.幼女(幼稚園とか)

2.少女(小・中学生)

3.若者(高・大学生)

4.大人(二十代)

5.三十路くらい

6.おばさん

7.おばあさん


○役職(1d3)

結果【1】教師


1.教師

2.心理系の医者・カウンセラー

3.その他


※主人公と凹凸的な相性の良さ、及び年齢の離れ具合を考えると、主人公の異常性を見取ることができる上で、適切な支援が可能な役職となる。よって、心理系、教師系統、そういった役割を彼女のダイスとした。

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[一言] この先生結構正確に主人公のことが見て取れてるみたいだし、これは有意義な出会いだと思うな 代わりに主人公に多大なストレスがかかってるけど ボス戦に続いて心ステータスさんが活躍を見せる
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