十五話 ゾンビ事件とプレイヤーと世界
とある老婆がいた。
彼女の人生は孤独と共にあった。
しかし、彼女は孤独を進んで受け入れたのではない。
彼女にも誰かに恋をするような普通の感性があった。
――ただ、彼女が恋をした相手は女性であったのだ。
彼女にとっては男性も女性も等しく恋愛対象であった。
彼女が恋をしたその女性は身も心も美しい女性であり、だからこそ彼女は惹かれたのだ。
しかし、彼女の恋は実らなかった。
近年、LGBTへの理解が世界的に普及し始めたが、そもそも偏見がなくなり、理解や受け入れが進んだからといって、実際に異性を性的に愛する人が同性愛者の求愛を受け入れるようになったというわけではない。
そもそも彼女の青春の時期は1960年代。超大国では黒人の権利を叫ばれ、公民権運動が行なわれていた時期である。先進国でさえ、未だに人権意識の普及が万全ではない頃の話なのだ。
さらに、そういった人権意識の普及が遅い発展途上国においては、LGBTなどは差別の対象にすらなり得た。
失恋の次に彼女を待ち受けていたのは、同性愛者への痛ましい差別だ。
同時に、彼女の青春は激動の時代を迎えた。フリカア大陸における、様々な闘争。革命や内乱、隣国との戦争。社会主義の失敗。
悲惨なものを見てきた。人間の醜い部分を、これでもかというほど見てきた。
だから、彼女は諦めた。人に期待することを止めた。ただ、自分の足で歩くことを決めたのだ。
老人となっても、その精神性は変わらなかった。
だから、プレイヤーとしての力を得たとき。全プレイヤーに配られたありとあらゆる言葉を話せ、書くことができるようになる【言語】のスキルを活かして、彼女はすぐさま通訳の仕事に就いた。
彼女の年齢は既に60代でも後半にさしかかるが、年金をもらいながら生活…というわけにはいかなかったのだ。
そもそも彼女の国は充分に機能した年金制度が整っておらず、また彼女もインフォーマルセクターで労働をしていた。
つまりは、政府が労働事情を監督できるような公的な職場で働いていなかったのだ。
プレイヤーに与えられた【言語】のスキルは、そんな彼女に大きな機会を与えた。
<ルーシー共和国 首都クワモス>
――また、上手く戦うことができなかった。
9日目。遊戯の世界で力尽きた彼女は現実に帰還する。
プレイヤーランキングは下から二番目。
老体ということもあって、他のプレイヤーに比べると実力不足を否めない彼女であった。
あてがわれたホテルの一室。彼女は椅子に深く腰掛け、その疲労を表わすように深く深くため息をついた。
国際的なマスメディアの会社に、どんな言語でも話せる都合の良い人材として彼女は雇用されていた。
そんな中で仕事をこなしていたら、気づけば彼女はルーシー共和国まで取材のサポートとして駆り出されていた。
暑い気候のフリカア大陸出身故、この国の寒さはひどく堪えた。ステータスによる補正がなければ、体調を崩していたかもしれない。
夏前の6月だというのに、気温が十数度で推移している。これでさえ彼女が体験したことのない寒さであった。
――冬になったら、死んでしまうかもしれないねぇ。
彼女は思わず笑みをこぼしてしまった。
毎日を生きることに夢中になっていた彼女には、最近の体験はどれも新鮮なものであった。
――こんな老人になって、ようやく人生を楽しめるようになるなんて。
奇妙な人生だ。彼女はそう思った。
「サイディ! 大事件よ!」
バンッと。扉を破るような勢いで入ってきた女性。
彼女はオリビア。タリブニア王国出身の若いアナウンサーだ。
真実を報道するのだとジャーナリズムに燃える新米のアナウンサー。彼女の情熱に満ちた顔を、老婆は眩しそうに見つめた。
「情報が錯綜としてよく分からないのだけど、近くで暴動が起きているそうよ! すぐに取材に行きましょう!」
人間は嫌いだ。老婆の人生が培った一つの結論だ。だがそれと同時に、好ましい人間がいるのだということも、老婆は知っていた。
「ええ、分かりました。行きましょうか、お嬢ちゃん」
だが、それは地獄の始まりであった。
カメラマンと、通訳の老婆と、見栄えのいいアナウンサー。
彼らに容赦なく惨劇が降りかかる。
そしてそこから世界に向けて発信された情報が。
――後に歴史に刻まれるほどに、世界を大きく揺るがすことになるのだ。
朝6時。あなたが遊戯を終えて、ぐっすりと寝て起きた朝の出来事。
気だるげな気分で起きた月曜日の朝、あなたの感覚は大きな魔力の反応を感じ取った。
――??
この世界でここまで大きな魔力を感じ取ることはなかった。そしてそれも、ただ大きな魔力というわけではない。
いやむしろ、大きいというよりも広い。一つ一つの魔力は小さくても、それが非常にたくさん散らばっているような感覚。
地球上に魔力を垂れ流す存在はほとんどいない。プレイヤーも魔力を持っているが、基本的に魔術を使うなどしない限りはそういった魔力は感じ取れるような状況にはならない。
だから、この地球上で魔力を垂れ流す何かがたくさん存在することは、例えあなたの位置から7000キロ以上離れた場所にいたのだとしても、あなたはハッキリとそれを感知することができたのだ。
――見に行った方がいいかな……?
考えた。そして、あなたは方針を決定した。
ともかく、急ぎの用事ではないとあなたは判断していた。だから身支度と食事を済ませようとした。
そして、ついでにあなたはテレビをつける。
朝のニュースをのんびりと聞きながら、身支度を――
――え?
あなたは世界を揺るがす衝撃のニュースを見ることになった。
夜。惨劇が幕を開けた。
隕石が落ちてきた住宅街。そこにいた人物の多くがすぐに息絶えた。
隕石から撒き散らされた未知の何か。それによって命を絶たれたのだ。
だが、亡骸は動き出した。
息絶えたはずなのに。心臓は鼓動を止めたはずなのに。
そして、亡骸は生者へ目掛けて走り出す。俊敏に、鍛え上げたアスリート選手のごとく。
組み付き、押し倒し、その顎で命を貪る。
亡骸に食まれ、同じように命を亡くした生者は、数分の後に再び動き出す。
生者としてではなく、同じ亡骸として。
こうして、亡骸は広がっていく。
クワモスの住宅街で始まったその惨劇は、亡骸が走る速度で周囲へ伝播していった。
そんなところに、老婆とカメラマンとアナウンサーが現われた。
カメラはその惨劇を余すことなく伝えた。亡骸が生者を喰らう地獄のような有様を。
そして、アナウンサーに迫る亡骸。
現場の様子を懸命に伝えていた彼女は、最期に自身の体を使ってその惨劇を伝えるだろう。
その若き命を代償に。
「――オリビアァッッ!!」
だが、この場にはプレイヤーである老婆がいた。
――魔術【火矢】
炎で形成された矢が射出され、亡骸の頭へ突き刺さる。
ゴオォオォッ!と炎が燃え上がった。
突き刺さった矢を起点に、炎によって対象を燃やす魔術。それが本来の【火矢】の魔術だ。
「サイディ…?」
助けられたオリビアは呆然とした様子で呟く。同僚が見せたその特異な力に、彼女は――
――魔術【火矢】
放たれた第二射が、オリビアに近づいていた亡骸に突き刺さる。
逡巡する暇はなかった。何かを考える暇すら、この地獄には存在しなかったのだ。
「逃げなさいっ!!」
しゃがれた声で、老婆は叫んだ。
迫り来るのは、さらに多くの亡骸。
――魔術【火波】
老婆がなぎ払うように腕を振るい、そこから炎が放たれる。
その魔術は【火矢】のような攻撃力はなく、また魔力の消費も大きい。
代わりに、非常に広範囲を強い火力で焼き払う。
老婆達に迫っていた十数の亡骸が、まとめて焼き払われた。
「早く逃げるよぉっ!!」
老婆は呆然とした様子のオリビアの手を取り、街を駆ける。カメラマンはそれにハッと夢から覚めるような反応をしてから、慌ててその後を追った。
――魔術【火矢】
――魔術【火矢】
じりじりと減っていく魔力に、老婆は焦りを隠せない。
1対1なら余裕だろう。
1対多でもまだ何とかなるだろう。
だが、この量はまずい。
クワモスの人口は1100万人を超える。亡骸となったのはそのごく一部とはいえ、あまりに多すぎるその分母は、老婆たちの前に非常に多くの亡骸をもたらした。
焼いて、焼いて、焼いて。そして、魔力は残り僅かになった。
車で脱出は不可能だった。道路をふさぐ放置自動車などの多くの障害物は、車の通り道を完全に塞いだ。
建物の中は、狭い中で思わぬ場所から現われる亡骸のリスクを考えると、容易に入ろうとする気にはなれなかった。
どこまで逃げればいいのだろう。
この惨劇はどこまで続いているのだろう。
その緊迫感は、テレビカメラを通して世界にも届いていた。
どんな映画よりもリアルで残酷なその映像は、世界中の視聴者に大きな興奮を与えていたのだ。
不謹慎なのは分かっている。実際におぞましい光景が広がっているのは想像がつく。
だが、これほどまで非日常的で刺激的な映像コンテンツを今まで見たことがあっただろうか。
思わず見入ってしまう。思わず熱中してしまう。
――魔術【火矢】
――魔術……
魔術は発動しない。
「あ……」
絶望的な顔。それを見たオリビアも、老婆が放っていた不思議な何かを放つエネルギーがなくなったことを漠然と理解した。
「……!!」
オリビアは落ちていた鉄パイプを拾う。
それは血にまみれていた。きっと誰かがそれを使っていたのだろう。
「私だって、守られてばかりじゃないんだからッ…!!」
渾身のフルスイング。
豪快に振るわれたそれが、老婆に迫っていた亡骸を強く殴り飛ばした。
「オリビア…」
驚いた様子の老婆。
「次は私が守ってあげるわ!」
オリビアは胸を張った。
「……」
ああ。
ああ。
――なんて美しい娘なのだろう。
老婆はその様子にひどく心を打たれた。
思わず、涙が流れた。
革命があった。内乱があった。戦争があったのだ。
あの時も、あの時も。
ひどい現実だった。どうしようもない人間ばかりだった。
だから。
こんな子に私は会いたかったのだ。
――この子だけは、絶対に生きて返す。
そんな強い覚悟が胸の中から自然と湧き上がった。
魔力はない。だが、それでもあるのだ。
身を削り、魂を削るような。限界を超えて、魔力を絞り出す。
きっと、残り短い寿命をさらに削るような行いなのだろう。それでも、構わなかった。
自身の命を犠牲にしてでも、この気高く美しい娘を守りたかった。
だから、放つ。
――複合魔術【大氷河期】
「……え???」
その呟きは、誰のものだったのだろうか。
もしかしたら、テレビを見ていたこの世界中の多くの人物の呟きだったのだろう。
気づけば、凍っていた。
亡骸が。
全て、余すことなく。
広大なクワモス市内に在住する全ての亡骸が、ほんの一瞬で氷漬けにされていたのだ。
「……まさか」
老婆はこの現象を引き起こした存在に心当たりがあった。誰がやったかは分からないが、どういう存在が引き起こしたのかはなんとなく見当がついた。
同じプレイヤー。
一瞬だけ感じ取れた、自分の保有魔力が塵のように感じられる超膨大な魔力。ここまで広範囲に魔術を放つことができるのは、おそらくランキングの上位に入るような凄まじいプレイヤーなのだろう。
老婆は震えた。
こんなことをできるプレイヤーがいるのかと。
プレイヤーという存在の深淵に、ただ老婆は震えることしかできなかった。
息を吐く。
上空は寒い。衛星に映らないように雲の中に隠れたとはいえ、これは本当に寒い。
あなたは魔法を使い、異次元へ跳んだ。
あなたの魔術の結果である無数の氷像……。それはある意味諦めの果てであった。
亡骸は亡骸である。既に死んでいて、蘇生は叶わない。
そもそも光属性の魔術に回復の魔術はあっても、死んだ人物を蘇らせることはできない。
死んだ直後にすぐ回復魔法を使うことで擬似的な蘇生はできるが、少しでも時間が経ってしまうと魂がその場からいなくなってしまう。
そうなってしまえば、肉体の損傷を回復しようとあるのはただ肉の塊だ。
今回の亡骸は、全てが手遅れであった。
亡骸を動かしていたのは、闇属性の魔術だ。
隕石に込められた魔術と、それを媒介にするエネミーの存在。
その強さはよく分からなかったが、あなたにとっては鎧袖一触だった。
念のためだが、隕石とそのボスの体は念入りに破壊しておく。これを研究して再現されたら、困る。
遺族のために、形が残るようにあまり得意ではない氷の魔術で全ての亡骸を凍結させたが……もう少し早ければもっと救えたのだろうか。
止めよう。
あなたはすぐに考えることを止めた。
ここを掘り下げることは、精神衛生上良いことではないだろう。
一瞬でクワモス市内全域を感知して、魔術を展開して、亡骸を制圧した。
あなたにはできることが多い。だから、その範囲で全てをやろうとすれば……個人の幸福も、あなたの心も壊れてしまうだろう。
あなたが最も望むのは自己の平穏だ。他者の平和ではないのだから。
この日を切っ掛けに、プレイヤーという存在が世界に露見した。
そしてこれ以降、世界は彼らを中心に動いていく。
プレイヤー達の動きは個々に様々なものがあった。
「――今はまだ雌伏の時です」
様子を見るプレイヤー。
「ステイツに貢献します」
積極的に自国の政府に貢献するプレイヤー。
「叶えたい理想があります」
己の抱いた理想を実現するために動くプレイヤー。
「民族自決」
政治的な局面に己のプレイヤーとしての力を利用するプレイヤー。
「俺が世界の支配者となる」
覇道を突き進もうとするプレイヤー。
良くも悪くも、蓋は開かれてしまった。
ここから先の世界情勢は複雑怪奇を極める。
株価は乱高下し、経済的な見通しはカーテンをかけたように見えなくなった。
安全保障はプレイヤーという要素を加え、その様相をガラリと変えた。
そして――
「素晴らしい!!これは実質永久機関のようなものじゃないか!!」
――プレイヤーからもたらされた、一つのアイテム。
遊戯場においてエネミーを倒した時に低確率でドロップする戦利品。永久にエネルギーを生成し続ける玉。それは、世界のエネルギー事情を変えていくことになる。
石油が取れるところが経済的利益を得るのではない。より強いプレイヤーからたくさんのこの永久機関を買い取れる経済力を持つ組織が、より利潤を得ることができるのだ。
世界は変わっていく。プレイヤーを中心に、既存の枠組みを大きく壊しながら。
そしてその流れには、プレイヤーランキング一位のあなたも否応なく巻き込まれていくのだろう。
それでも、あなたは願う。
ただ、今日も世界が平穏でありますようにと。
プレイヤーランキングのトップ3は実はみんな女の子です。ようやく主人公にも春が来ますかね。
ついでに老婆ですが、遊戯世界には若返り薬みたいなのが普通に存在するので、運があればヒロイン化も可能です。
≪プレイヤー発覚事件≫
○どのように発覚するのか?(1d5)
結果【5】対ゾンビ戦線
1.誰かが悪いことをする。
2.誰かが良いことをする。
3.動画配信者
4.映像に映る。
5.対ゾンビ戦線
○ゾンビ軍団を相手に暴れたプレイヤーは何人?(1d4)
結果【2】一人
1~3:一人 4:複数
※なんで一人の確率が高いの?
初日に起こるイベントなので、プレイヤーの誰かがたまたま炉国に訪れる確率はかなり低いと思われるから。
○訪れたプレイヤーは?(1d72)
結果【54】
プレイヤーナンバー54 タンザニア(強さ:1,性別:♀)
○遊戯2nd終了後の最も弱いプレイヤーの能力はどれくらい?
結果【3】複数のゾンビより強い(単体なら圧倒)
1.ゾンビより弱い
2.ゾンビと同等
3.複数のゾンビより強い(単体なら圧倒)
4.複数を圧倒
5.群れも圧倒
※ゾンビの強さ:身体能力は鍛えたアスリート並み。
○戦闘スタイル(1d3)
結果【1】魔術
1.魔術 2.武術 3.スキル
○性別(1d2)
結果【2】女性
1.男性 2.女性
≪タンザニアプレイヤー≫
名前:サイディ
種族:人間
性別:女性
外見:老人
○年齢(1d40)
結果【8】+60歳
○関係(1d100)
好感度【39】警戒
相性 【96】とても良い
関心 【58】普通
○相性の方向性
結果【1】親近感
1.親近感 2.凹凸的なはまり具合
○タンザニアのどこ出身?(1d3)
結果【1】ザンジバル
1.ザンジバル 2.都市 3.大自然
○身分(1d4)
結果【2】一般市民
1.貧民 2.一般市民 3.お金持ち 4.権力者
○家庭(1d3)
結果【3】独身
1.子だくさん子孫繁栄 2.普通の家庭 3.独身
○独身ってどういうこと?(1d3)
結果【3】理由あり
1.未亡人 2.ぼっち 3.理由あり
○どんな理由?
結果【1】差別
1.差別 2.信念 3.慣習
○差別?(1d8)
結果【3】LGBT
1.人種・部族
2.アルビノ
3.LGBT
4.宗教
5.障がい者
6.病気
7.ジェンダー
○LGBT?(1d3)
結果【2】バイ
1.レズ 2.バイ 3.トランスジェンダー
○備考
・主人公と似たような人間嫌い的な一面を持つが、老齢故に割り切りはできている。主人公と出会った場合、そういった価値感に大いに理解を示してくれるだろう。
・約束事に関する、時間概念のルーズさがある。これは性格的な要因ではなく、南米やアフリカによくある習慣的なもの。
・1950年代に生まれ落ちて、ザンジバル出身なので革命を体験している。また、その後のアフリカ特有の政治的なゴダゴダを体験しているので、政治不信というより、政府を頼っても仕方がないという価値感が形成されている。
・様々な政治的な変革、それにまつわる出来事を見てきたせいか、人間嫌いな感情を持っている。
・性的マイノリティーで、バイセクシャル。それにより差別をうけ、独身で過ごしている。
ゾンビ事件詳細
○犠牲者数(1d100)
結果【2】とても少ない
○ボス勝利判定
⇒実力差より自動勝利
○ボス討伐報酬(1d6)
結果【5】武術書
1.アイテム
2.装備
3.スキル
4.魔術書
5.武術書
6.???
○下位武術書品質判定(1d100)
※ボスの戦闘力が10日目ボスと同等レベルなので、上位武術書判定はなし
結果【43】普通