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事件の真相(1)

 病院の受付で名前を告げると、すぐに里沙の部屋を教えてくれた。どうやらフィオナが連絡を入れておいたらしい。

 念のため、花島美乃華についても訊いてみたが、今は手術の真っ最中という。意識不明の重体で、予断を許さない状態だと看護師は言った。

 廊下を行くと、制服警官が一人、ドアの前に立っていた。他の病室とは違って重苦しい雰囲気が漂っている。

 彩那が頭を下げると、

「ご苦労さまです」

 と言ってドアを開けてくれた。

 里沙は窓際のベッドで静かに眠っていた。近くに寄ると、大きな寝息を立てていた。発見した時はどうなることかと気をもんだが、すっかり普段の顔に戻っていた。長いまつげと筋の通った鼻、小さな唇は実に美しかった。彩那は安心した。

 しばらくそんな彼女を見守っていた。ふと気づくと、窓からは西日が差し込んでいた。まもなく日が暮れようとしている。長かった修学旅行も間もなく終わりを告げる。生徒たちは千歳空港に向かっている頃だろうか。

 ドアがノックされて、誰かが入ってきた。背が高くスーツの似合う男性だった。目元が里沙そっくりだった。すぐに父親であることを悟った。

 彩那は丁寧にお辞儀をした。

「失礼ですが、あなたが倉沢彩那さんですか?」

「はい」

 すかさずフルーツの入った紙袋をテーブルに置くと、

「わたくし、南美丘義彦、里沙の父親です」

 深々と頭を下げた。

 日本有数の製菓会社「ナミン」の会長その人である。想像していた通り、優しい物腰の紳士だった。里沙が誘拐されたことを聞きつけて、北海道まで駆けつけたのだろう。

「このたびは、里沙が大変お世話になりまして」

 南美丘はそう言うと、また一礼した。

「いえ、こちらこそ。警察がついていながら、娘さんを誘拐されてしまって本当に申し訳ございませんでした」

 彩那は恐縮して言った。

 そこへ看護師が入ってきたので、

「ちょっと外に出ませんか?」

 と南美丘が誘った。

 二人は廊下の突き当たりにあるロビーに足を運んだ。

「あなたのことは娘から聞いていましたよ」

 父親はそんな風に切り出した。

「警視庁から護衛の方が来て、修学旅行にもついていってくれるという話をしたら、最初は嫌がっていましてね。ところがどうしたことか、二日目ぐらいに、ニコニコして家に帰ってくるではありませんか。何か学校で楽しいことでもあったのかと訊くと、別に何もないと言うのです。しかし明らかに様子が違っていました。恐らくあなたのことがとても気に入ったのでしょう」

「でも、私、里沙さんとはずっと喧嘩ばかりしていました。仲良くなれたのも、つい昨日のことだったのですよ」

 彩那は恐縮した。

「いいえ、決してそんなことはありません。あの子はずっと前からあなたのことを友達だと思っていたのです。感情を人に伝えるのが下手な子ですから、あなたにはそれが分からなかったのです」

 父親はそう断言した。

「それには正直、驚きました。これまで女学院ではいつもつまらなさそうにしていた子が、あなたと出会って人が変わったようになった。皮肉なものですね。たった数日警護に駆けつけてくれた方が、あの子に一番影響を与えたというのですから」

 彩那はこれまで里沙と過ごした日々のことを思い出していた。

「実は娘から聞いていらっしゃるかもしれませんが、今会社の方が大変なことになっております。私は資金繰りのため東奔西走する毎日でして、ろくに娘に構ってやれなかったのです。でもあんな嬉しい顔をして修学旅行に出掛ける娘を見て、何だか忘れていた大事なものを取り戻せたような気がしました。全て倉沢さんのおかげです。本当にありがとうございました」

「いえいえ、そんなに感謝されると困ってしまいます。私ったら里沙さんに酷いことを言ったり、頬をぶったりしたのですから」

 父親は一瞬目を丸くしたが、高らかに笑った。

「大いに結構なことですよ。親友にそのぐらい厳しくしてもらわないと、目の覚めない子ですから」

 里沙の父親はどこまでも優しかった。彩那にはそれが羨ましく感じられた。

 二人が病室に戻ると、里沙は目を覚ましていた。

 最初はぼんやりとしていたが、急に大きく目を見開いた。

「彩那!」

 里沙はすぐに上体を起こした。それから二、三度むせた。

「ちょっと、大丈夫?」

 駆け寄ると、彼女の背中をさすった。

「あんまり無理しないでよね」

 長身の父親はそんな様子を遠くから眺めていた。

「気分はどう?」

 里沙はただ嗚咽を漏らした。

「私、怖かったよ」

「もう大丈夫。全て終わったから」

 里沙の頭を優しく撫でた。

 何か思うことがあるのか、彼女はしばらく黙ったまま彩那の顔を見つめていた。

 それから急に、

「それにしても変な格好」

 と笑い出した。

 どうやら熊のTシャツのことを言っているらしかった。

「ああ、これ? なかなか似合っているでしょ」

 歯を剥き出して猛獣が襲いかかる真似をすると、声に出して笑った。

「彩那にはもっと可愛いのがお似合いよ」

 それからしばらく二人は無言になった。壁に掛かった時計の針がわずかに音を立てていた。

「彩那、落ち着いたところで、ホテルから連れ去られた時のことを尋問しなさい」

 フィオナが入ってきた。

 そのことを尋ねると、

「私、花島さんに連れて行かれたの。正直ビックリしたわ」

 と話し始めた。

「朝早くに電話が掛かってきて、今から助けに行きますとだけ言って切れたの。何のことか分からなかったけど、鍵を開けたら本当に花島さんが立っていて、危険だから今すぐここを出なさいって言うのよ」

 里沙は当時のことを思い出しているうちに怖くなってきたのか、途中で言葉を詰まらせた。

「それで、犯人に見つからないよう、二人で非常階段から外へ出たの」

「恐らく非常口の鍵は事前に手に入れていたのでしょう。花島は仕事柄、あのホテルに何度も出入りしているでしょうから、そのチャンスもあったと思われます」

 フィオナの声。

「それから?」

 彩那は先を促せた。

「駐車場へ行ってバスの所まで来ると、ここに隠れなさいと、バスの床下収納の扉を開けたの。彼女も一緒に入って来たと思ったら、いきなりガムテープで口を塞がれて、手足を紐で縛られたわ。自由がきかなくなって、それから寝袋に入れられた。身体が柱に結びつけられてからは、まったく動けなくなってしまった」

「それから毛布を掛けられて、中に残されていたスーツケースで周りを覆われてしまったのね」

 彩那が補足した。

「非常階段を使ってホテルに侵入し、里沙をバスに監禁しておいてから、フロントに駆け込んで助けを求めたという訳ですね」

 フィオナが言った。

「朝になって、みんなの声が聞こえてきたわ。確かに収納庫も開かれて、荷物が積み込まれている様子がしたので、身体を揺すって声を上げようとしたんだけど、エンジンの音にかき消されて誰も私の存在に気づかないの。とても辛かった。もう誰の目にも私のことは見えてないんだ、そんな絶望を感じたわ」

 里沙は大粒の涙を流していた。

「それから先は覚えてないの。ただ不快な振動と排気ガスの臭いが入ってきて、気を失ってしまったみたい」

 里沙はそのままバスの中に居たのである。彩那が札幌市内を走り回っている間、そしてレジャーランドに向かう間も、彼女はずっとバスの中に居たのだ。

「ごめんね。辛いことを思い出させてしまったわね」

 彼女の頬の涙を指で拭った。

「気がついたら病院のベッドに寝てた。最初に目に映ったのはお父さんの顔だった。正直嬉しかった。でも、私を助けてくれたのは彩那なんでしょ?」

「ううん、私だけじゃないわ。国能生さんや咲恵の協力がなければ、どうしようもなかったもの。二人には感謝しなきゃ」

 里沙は恐怖の体験を打ち明けて気が楽になったのか、また眠ってしまった。

 彩那はそんな彼女を優しく見守った。

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