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修学旅行3日目 千歳レジャーランド(6)

 国会の本会議場では、国能生実伴が代表質問に立っていた。

 しかしまるで口を開こうとしない彼に、会場は騒然となっていた。遠くから野次が飛んだ。

 国能生はこの期に及んでも激しく葛藤していた。

 全国民の前で懺悔をするのである。しかも汚職のみならず殺人にまで手を染めたとなれば、政治生命は絶たれたも同然だった。

 娘を人質に取られて、犯人の要求を飲んだ上での発言だったことにすれば、この局面を乗り切れる、そう秘書の田丸には豪語したが果たしてそうだろうか。

 誘拐犯がどうしてそんな要求をしたのか、誰もが不思議に思うだろう。マスコミはすでに薄々感づいている。必死になって真相を追求するに違いない。

 いずれにせよ、この先政治家ではいられなくなる、国能生はそう観念した。

 つまり花島美乃華という女は、権力者を打ち負かすことに成功した訳である。それだけ彼女の恋人を想う気持ちは強かったのだ。そんなたった一人の女に、順風満帆だった国能生実伴の人生は狂わされてしまった。

 国能生は意を決して話し始めた。

「実は、みなさんにお伝えしなければならないことがあります」

 やっと代表質問が始まった。会場は水を打ったように静まり返った。

「私は四国の公共事業におきまして、支援団体である建設会社に便宜を図り、不正に工事を発注しました」

 議員たちが互いに顔を見合わせた。議会場は騒然となった。隣に腰掛けていた同じ党の議員が慌ててマイクを取り上げようとした。

「国能生くん、今は質問に関係ないことは言わなくてよろしい」

 議長が声を上げた。

「さらにあろうことか、不正を告発した若者を殺してしまったのであります」

「静粛に願います。今すぐ速記は止めてください」

 議長の声が轟いた。

 国能生実伴の身体は不自然に折り曲がったかと思うと、次の瞬間、机に頭をぶつけて倒れた。口からは泡を吹いていた。どうやら意識を失ったようだった。

 その頃、田丸は配信動画に変化があったことを確認した。何と宙に浮いたゴンドラのドアが開いて、女子学生が屋根に登り始めたのである。何が起こったのか分からないが、結果として澪の危険はなくなったのだった。

(直ちに国能生に知らせなければならない)

 田丸は立ち上がった。

 しかし生中継のテレビ画面には、国能生が衛視に両脇を抱えられ、退場する場面が映し出されていた。

(もう5分早ければ、俺の人生も違ったものになっていたのにな)

 田丸は薄ら笑いを浮かべた。


 彩那は花壇を飛び越えて、最短距離で入場ゲートに向かっていた。

 その真横をサイレンを鳴らした救急車が駆け抜けていった。見る見るうちに小さくなっていく。ナイフで腹を刺された花島を搬送しているのであった。

「花島さんが里沙を隠すとしたら、あそこしか考えられないわ」

 フィオナに向かって言った。

 途中、倉垣咲恵とばったり顔を合わせた。

 何も言わずに通過すると、

「そんなに慌ててどこ行くのよ?」

 背中に声を浴びせてきた。

「里沙を助けに行くの」

 彩那は足を止めずに大声で返した。

 咲恵はすぐに追いついてきた。さすがに足が速い。

「一体、どういうこと? ちゃんと説明しなさいよ」

「そんな暇ないわ。とにかくついてきて」

「今度は負けないから」

 咲恵は本気を出したようだった。

 二つの櫻谷女学院の制服が、並んで園内を疾走した。人々は何事かと足を止め、通路を開けてくれた。

「あなた、スカートの裾が破れてるわよ」

 咲恵は横に並びながらも、彩那の尻が気になっていた。

「えっ、嘘でしょ?」

 そう言えば、ゴンドラの屋根に登る際、制服が何か金属の出っ張りに引っ掛かったような気がしたのだが、あの時破いたのかもしれない。

 入場ゲート付近は、全て電気が消えていて薄暗かった。係員が外で膨れ上がった客に、メガホンで何やら説明をしている。

 二人はゲートを逆走して外に出た。目の前には大駐車場が広がっている。

 彩那はそこで足を止めた。

「咲恵、私たち2年1組のバスを探して」

「オッケー」

 そこで二手に分かれた。

 特徴のあるバスなので、すぐに発見できると思ったがそうはいかなかった。観光バスはみな同じように見えてしまう。それでも諦めずに一台一台見ていった。

(まさか、生徒を降ろした後、どこか別の場所へ行ってしまったなんてことはないよね?)

 彩那は焦りを感じた。


「彩那、あったわ。こっちに来て」

 遠くで咲恵の叫び声が聞こえた。

 慌てて声のする方へ向かうと、咲恵は待ちきれないとばかりに身体を弾ませていた。

「早く、早く」

 確かにえりも観光のバスだった。フロントガラスには「2年1組」の文字も見える。これに間違いない。

 しかしエンジンは止まっていて、ドアは閉まっている。もちろん運転手の姿も見当たらなかった。

「それで、里沙はどこにいるの?」

「ここよ」

 彩那は車体の中央部分を二度、三度叩いた。大型のスーツケースをいくつも飲み込んでいる床下収納庫である。

「えっ?」

 咲恵は信じられないという顔した。

 しかし彩那には自信があった。バスガイドが一人で企てた誘拐事件なら、人質の監禁場所はここ以外に考えられない。

 ノブに手を掛けて開けようとしたがビクともしない。やはり鍵が掛かっている。

(どうしようか?)

 里沙がこの中に閉じ込められているのなら、一刻も早く外に出さなければならない。昼の日差しは強く、密閉された空間は温度がかなり上昇している筈だ。

 ふと気づくと咲恵の姿が消えていた。こんな時に彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。

「早く、早く。こっちです」

 咲恵は見知らぬ男性を連れて戻ってきた。制帽、制服を着用した別会社のバス運転手である。

「この収納庫を開けたいんです」

「ロックされているからね。運転台の開閉スイッチを操作しないと無理だよ」

「何とかなりませんか? 人の命が掛かっているんです」

 咲恵は男の袖を引っ張って言った。

「運転手は近くにいないのかい?」

「それが分からないから困っているんです」

 咲恵は苛立っていた。

「私が窓を割って中に入ります。何か道具はありませんか?」

 彩那が横から言った。

「ちょっと待ってなさい」

 彼は小走りに自分のバスに戻ると、緊急用のハンマーを持ってきた。

「これで窓を割ることができる」

「貸してください」

 彩那が手を出した。

「本当に割っても大丈夫なのかい?」

「責任は私が持ちます」

 彩那の真剣な表情を目にして、運転手は覚悟を決めたようだった。

「後ろに下がっていなさい」

 一度深呼吸をしてから、運転席のガラスに向かってハンマーを振り下ろした。意外にも軽い音がして、一面が白く粉々になった。

 彼はハンマーでガラスの残骸をどけてから、片手を入れてスイッチに触れた。

 待ち構えていた咲恵が扉を持ち上げた。

 収納庫にはスーツケースが整然と並べてある。二人は手分けして、荷物を車外に放り出していった。手を貸してくれた運転手はもちろんのこと、通り掛かった人も何事かと足を止めて様子を窺っている。

 果たしてこの中に里沙はいるのだろうか。

 乱暴なやり方で荷物を排出していく。まだ里沙は見つからない。ひょっとして思い違いだったのだろうか、彩那に一抹の不安がよぎった。

 残り少ないスーツケースをどけると、何やら異質な物が目に飛び込んできた。

 寝袋である。

 身体はその中にすっぽり収まっているが、顔だけが出ていた。それは口をガムテープで塞がれた女子だった。

「里沙!」

 彩那は中へ飛び込んだ。低い天井に思い切り頭をぶつけた。

 彼女は目をつぶったまま動かない。しかし胸元が上下に波打っていた。大丈夫、息はある。

「フィオ、里沙を発見したわ。駐車場のバスの中よ。すぐに救急車をお願い」

「すでにそちらに向かわせています」

 フィオナは手配を済ませていた。

「せーの」

 咲恵と力を合わせて寝袋ごと引っ張り出した。

「里沙、しっかりして!」

 アスファルトの上で寝袋を開くと、両手足を紐で縛られた身体が露出した。顔からは玉のような汗が噴き出している。体温は異常に高い。身体から熱気が立ち昇るのが分かるほどだった。

 何度呼び掛けても返事がない。完全に意識を失っている。

「里沙、絶対死なないでね」

 彩那の目に涙が滲んだ。それでも紐をほどくため、ナイフを持つ手は休めなかった。

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