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修学旅行3日目 千歳レジャーランド(4)

 地上20メートルの高さで静止したゴンドラの中は無音だった。しかし時折風が吹き抜けると、屋根とそれを支えるアームとが不気味な摩擦音を立てた。

 目の前には国能生澪が座っているが、恐怖によって口も利けずにいる。

 一方、彩那の頭は混乱していた。

 母親、梨穂子によれば、バスガイドの花島美乃華は、国能生実伴に婚約者を殺された恨みがあるという。

 とすれば、今、娘がゴンドラに閉じ込められているのは、美乃華の仕業ということか。彼女は恨みを晴らすため、娘の自由を奪うことに成功した。

 しかしこの先どんな復讐を考えているというのか。そもそもこの閉鎖された空間では、娘に指一本触れることさえできないではないか。

 それにしても、彩那には大きな疑問が残っていた。

 美乃華は身体を張って誘拐犯と戦ってくれた、陰の功労者なのである。そんな正義感溢れる彼女が、果たして犯罪に手を染めることがあろうか。

 やはりこればかりは母親の勘違いと言わざるを得ない。彩那は徐々に梨穂子への不満が頭をもたげてきた。

 そこへフィオナの声が飛び込んできた。

「国能生実伴に何度も電話を掛けていますが、ずっと話し中で繋がりません。ひょっとすると、花島美乃華の復讐はすでに始まっているのかもしれません」

「捕らわれた娘の様子をカメラで撮影して、送信しているということですか?」

 奏絵が訊いた。

「恐らくそうでしょう。国能生実伴が国会の代表質問に立つタイミングで脅迫を仕掛けたとすれば、テレビ中継で謝罪させるつもりなのかもしれません。政治家である彼を、社会的に抹殺するのが狙いです」

 それには誰もが言葉を失った。

「では、南美丘里沙の誘拐も、花島が仕組んだというのですか?」

 菅原も信じられない様子であった。

 それには梨穂子が応じる。

「その通りです。花島はひと月前から今日の準備を進めていたと思われます。あらかじめ里沙の誘拐を告知することで警察を介入させ、さらに修学旅行中はガイドとして警備状況を探った。そして最終的に彩那と澪の二人を隔離し、その様子を国能生実伴に中継することに成功したのです。全ては彼女のシナリオ通りになった」

「でも、お母さん。隔離したってしょうがないじゃない? 私が澪さんを襲わない限り、脅迫にはならないでしょ」

「だからこそ、里沙を誘拐する必要があった。彼女の命と引き替えに、彩那に命令を下すことができるからです。つまり花島は、警察に脅迫の片棒を担がせた訳です」

「確かに里沙を助けるためなら、どんなことだって惜しまないけど、他人を傷つけるようなことをする筈がないのに。それに、どうやって……?」

 すると澪の携帯電話が鳴り出した。

 彼女はすぐに出て、

「知らない男から。あなたにも聞かせろですって」

 そう言ってスピーカーで音声を流した。

「里沙の命が惜しければ、これから私の言う通りにしろ」

 冷静な男の声。

「お前の鞄の中にはナイフが入っている。それを使って、今すぐ澪を殺してもらいたい」

 二人は顔を見合わせた。

「ちょっと、何、馬鹿なこと言っているの。鞄にナイフなんて入れてないわよ」

 彩那は笑い飛ばした。

 しかし意外にも男は大真面目に、

「いいから、鞄の中身を見てみろ。麻袋の一つに入っている」

「そんな馬鹿な」

 彩那は半信半疑で鞄に手を突っ込んだ。

「おいおい、あんまり乱暴に扱うなよ。爆弾も入っているんだからな」

「えっ?」

 彩那は動きを止めた。

「大丈夫だ、怖がらなくてもいい。触ったぐらいでは爆発しない」

 鞄の中には麻袋が詰まっている。それを上から一つひとつ触っていくと、感触の違う袋があった。

 ゆっくりと鞄の外に出した。

「もしかして、これ?」

 袋を開くと、中から大型のナイフが顔を出した。

「いつの間にこんな物が?」

 彩那は驚いた。

「これって、本物?」

 澪にも見てもらおうと、ナイフを回すようにかざした。

「どうやら本物みたいね」

 澪は顔を近づけて言った。

 それからもう一度鞄に手を入れた。男が発した、爆弾という言葉が聞き捨てならなかったからである。

 手触りに違和感のある袋があった。時間を掛けて慎重に取り出した。開くとダイナマイトが二本並べてある奇妙な装置が現れた。

「これって?」

「そう、時限発火装置だ」

 彩那は唾を飲み込んだ。

「さあ、早く澪にナイフを突きつけて、ひと思いで刺し殺せ」

「そんなことできる訳ないじゃない」

 彩那は声を荒げた。

「里沙がどうなってもいいんだな?」

 男の声が響いた。

「ちょっと待ってよ。そんなことは言ってないでしょ」

「彩那、そのまま時間を稼ぎなさい」

 フィオナは捜査員二人にも指示を出した。

「菅原は直ちに大観覧車横のレストハウスへ行きなさい。裏口に龍哉がいます」

「了解」

「龍哉はそのまま待機。二人同時に中へ踏み込みます」

「分かりました」

 地上の動きが慌ただしくなった。


 国能生実伴は決断を迫られていた。

 タブレットの映像を見る限り、娘はいつ襲われてもおかしくない状況だった。

 しかしここ東京からは何もしてやれないのであった。それが歯がゆく感じられる。

 無情にも、議員控室のベルが鳴り響いた。ついに時間切れである。

「花島君。私にはこれから大事な仕事が待っている。国民に選ばれた者として、その職責を果たさねばならん。一方で、君の主張も痛いほどよく分かる。だから早急に結論を出すのではなく、もっと落ち着いて、じっくり話し合おうじゃないか。そうすれば、きっとお互いの妥協点が見つかる筈だよ」

 国能生は最後の説得にあたってみた。

「そうやって、都合の悪いことはいつも隠蔽するのですね。そんなことでは、あなたはいつまで経っても反省をしない。交渉は決裂したと見て、よろしいのですね?」

 相手が一方的に電話を切る予感がして、国能生は慌てた。

「待ってくれ。私は国会質疑前という大事な時間を割いて、誠意を持って話しているんだぞ」

「それは私にとってどうでもいいことです。私の要求は、代表質問の冒頭、国民の前で不正を働いたことを公表し、それを告発しようとした勇気ある若者を殺害したと認め、謝罪することです。その要求に従うかどうかはあなた次第です。私はテレビ中継でその様子を見守っています。もし要求が受け入れられなかった場合、澪は死ぬことになります」

 花島は淡々と語った。そこには強固な意志が感じられた。

「分かった。君には負けたよ」

 国能生は電話を切ると、ソファーを立った。

 秘書、田丸の声が戻ってきた。

「先生、どうされるのですか?」

「仕方がない。娘の命が掛かっているんだ。言われた通りにするしかないだろう」

 国能生は忌々しげに返した。

「しかし、先生」

 田丸にとって、それは意外な決断だった。

 全国に生中継されている晴れの舞台で、自らの犯罪を告白するというのである。かつてこれほどの社会的制裁があっただろうか。それはつまるところ、国能生実伴の政治生命が絶たれることを意味していた。

 田丸は正直失望の念にかられた。政界に興味がある彼は、将来国能生の後ろ盾で選挙に出るという野心があったからである。このままでは、そんな夢も無残に打ち砕かれてしまう。

「心配するな。確かにテレビに向かって発表はするが、それは娘を誘拐され、止むを得ず犯人に言わされたものだと分かれば、むしろ国民の同情を買うことになる。つまりうまく立ち回りさえすれば、家族を守るための勇気ある行動だったと、国民から支持されることになるんだぞ」

「なるほど」

 田丸は目を光らせた。やはり国能生は転んでもただでは起きない人物なのだった。

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