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修学旅行2日目 小樽市内観光(1)

 彩那は小樽に向かうバスの中で、捜査班のやり取りを聞いていた。

 どうやら里沙の代わりに、バスガイドの花島美乃華が誘拐されたようだった。彼女の身に危険はないだろうか、彩那は考えてみた。

 犯人は、美乃華にメモを渡して外に出るよう指示をしてきたという。その文面からすると、彼女が里沙に化けていたことは承知の上だったらしい。ということなら、本来のターゲットである里沙に、もう一度接触してくるに違いない。

(私がしっかりしないと)

「どうかしたの?」

 すぐ隣で、里沙が相方の異変に気づいたようだった。

「ううん、何でもないわ。小樽市観光が今から楽しみね」

「そうね、バスガイドさんがそう言うのなら」

 里沙は黄色い制服の裾を引っ張った。


 一行は正午少し前に小樽市に到着した。

 駅前の駐車場で、生徒たちは自由解散となった。

「フィオ、この制服着替えた方がいいかしら?」

 代わりの制服は持ち合わせていないが、体操服になら着替えることはできる。

「いえ、そのままバスガイドのままでいなさい」

 それは意外な答えだった。

「犯人は替え玉作戦を知った上で、花島を連れ去りました。向こうからもう一度、取引を試みてくる筈です。その際にバスガイドの制服が目印となります。そうしないと、無差別に他の生徒が狙われることになっては大変です。市内に散らばった生徒全員を守りようがありません」

「なるほど、わざと目立つようにする訳ね」

「そうです。花島の捜索は道警に任せて、菅原と龍哉は今SAを出たところです。そちらに着くまで多少時間が掛かりますから、その間は十分気をつけなさい」

「分かったわ」

 しばらくは里沙を一人で守らなければならない。今更ながら責任の重さを感じた。

 小樽駅前は櫻谷女学院の制服でごった返していた。他の観光客をすっかり飲み込んでしまっている。

 そんな中、バスガイドの黄色い制服は一際目立った。他のクラスの生徒たちも噂を聞きつけて、わざわざ写真を撮りに来るほどだった。

 女生徒たちは横断歩道を渡って、中央通りをまっすぐ小樽運河の方へ進んでいく。

 彩那と里沙もそんな人波に逆らうことなく歩いた。雲一つない空からは、強い日差しが照りつけている。生徒は一人またひとりと上着を脱ぎ始めた。

 突如目の前にレンガ造りの倉庫群が広がった。その真下で穏やかな水面がきらきら光っていた。ずっと遠くまで両者は無言で、まるで競い合うようにして伸びている。その光景に、彩那はしばし見とれた。

 その後、運河食堂で昼食をとり、北一硝子、オルゴール堂といった定番コースを見学した。

 彩那は本物のバスガイドと勘違いされて、何度か観光客から道を尋ねられた。その度に「新人ですので、何も分かりません」とその場を逃げ出した。

「ちょっと、人が少ない所でのんびりしたいわ」

 里沙がぽつりと言った。

「そうねえ」

 確かにみんなと同じコースを回っているばかりでは能がない。それに早く犯人側と接触したい気もする。それには集団から離れた方がその可能性も高まるのではないだろうか。

「もうガイド役はこりごりだしね」

 それを聞いて里沙は笑い出した。

 二人は自然と海の方へ足を向けた。潮の香りが一段と強くなってくる。いつしか海が見渡せる静かな公園に出た。

 この辺りは景勝地ではないのか、観光客の姿はなかった。遠くで釣り糸を垂れる男性がいる程度である。

 広い芝生の上には何やらモニュメントが建っていた。市民の憩いの場といった感じである。海を臨むベンチに腰掛けて、のんびり時を過ごすのも面白いかもしれない。

「ちょっと待ってて」

 里沙はそう言って、すぐ横の公衆トイレに消えた。

 彩那は一人ぼんやりしていると、背後から人の気配を感じた。

 反射的に振り向くと、垣根の陰から屈強な男が次々と姿を現した。真っ直ぐこちらに向かってくる。昨日の暴力団員風の3人組だった。

「里沙はどこにいるのですか?」

 フィオナの声が飛び込んできた。

「まだ、トイレにいます」

 里沙が居る以上、その場を離れる訳にもいかなかった。すぐ連中に取り囲まれてしまった。

「おや、姉ちゃん、一夜にしてバス会社に就職したのか?」

 角刈りのサングラスが素っ頓狂な声を上げた。

「ええ、まあ」

「おい、昨日はよくも投げ飛ばしてくれたな」

 巨漢がすごんだ。

 彼の身体は猛牛を連想させる。いつ飛びかかってきてもおかしくはない。今はリーダーが手綱を締めているのであった。

「昨日はごめんなさい。急いでましたので」

 作り笑顔で返した。

「マズいことになりましたね」

 フィオナの妙に落ち着いた声。

「一人で、三人を相手にできますか?」

「二人までなら何とか。三人はやってみないと分からないわ」

「今、小樽東署からパトカーが向かっています。到着まであと4分。それまで何とかもたせてください」

「ほんとに4分だけよ」

「遠くからも聞こえるように、サイレンを鳴らすよう指示してあります。ですから正味3分ぐらいの辛抱です」

 彩那はちらりと腕時計に目を遣った。

「どこまで時間が稼げるか分かりませんが、私の言う通りに話し掛けてみなさい」

「はい」

 フィオナの後について、台詞を繰り出した。

「あのですね、私は、警視庁刑事部から依頼を受けておりまして、ただいま公務遂行中の身であります。みなしご公務員? いえ、みなし公務員ですので、もし私に手を出したりすると公務執行妨害罪が適応されることになります、よ」

「自分で何言っているか、分かってないだろ、お前」

「そんな脅しが通用するとでも思っているのか?」

「嘘をつくなら、もっとマシな嘘をついたらどうだい」

 男たちは口々に言った。

 彩那は一度深呼吸をしてから、

「貴方たちはずばり国会議員、国能生実伴さんの関係者ですよね?」

「さあ、何のことだか知らねえな」

 しかしリーダーの顔が一瞬歪んだのを、彩那は見逃さなかった。

「わざわざ北海道までご苦労さまです。やはり実伴さんから娘、澪さんの警護を頼まれたという訳ですか?」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる」

「やっちまいましょうぜ」

 左右の二人をいたずらに刺激してしまったようだ。

 リーダーが何も言わないうちに、ついに巨漢が飛びかかってきた。

 どうやら時間稼ぎは失敗に終わったらしい。いきなり試合開始のゴングが鳴った。

 彩那は男に腕を掴まれると、次の瞬間トイレの外壁タイルに打ち付けられた。

「痛っ」

 思ったよりも凄い力だった。咄嗟のことで受け身を取れなかった。壁から背中がずるずると剥がれ落ちた。一瞬、呼吸ができなかった。

 続いてもう一人の手が伸びて、黄色の両肩に掛けられる。無理やり上体を引き上げられた。

「これ借り物なんだから、気安く触らないでくれる?」

 まずは呼吸を整えた。これで反撃の準備はできた。

 素早く手を振り払うと、足を空高く蹴り上げた。スカートから突き出した毒針が男の腹をひと刺しした。うめき声とともに地面に沈んだ。まずは一人片付けた。

 思いも寄らない状況を目にして、残りの男二人は唖然とした。そこへ容赦なく挑みかかった。

 まずは巨漢との勝負。

 相手の体重を利用して、大きく身体を揺さぶると足を払った。いとも簡単に転がした。しかし意外と素早い身のこなしで、すぐに起き上がってきた。

 いつの間にか、右手には何か握られている。太陽光に鋭く反射したのは小型ナイフであった。

「もう我慢ならねえ」

 その時である。

 視界の隅に、里沙が現れた。何も知らず、トイレから出てきたのである。

「中に隠れて!」

 叫ぶと同時に、相手のナイフが胸元をかすめた。しかし反射的に身を引いたので助かった。制服の布の一部がだらしなく垂れ下がった。

「危ないじゃないの!」

「うるせえ」

 里沙は恐怖のあまり、その場を動けないでいた。足がすくんでいるのだ。

 連中を彼女から遠ざけようと、必死に前進を試みる。

 ナイフが二度、三度と闇雲に振り回された。その間隙を縫って飛び蹴りを入れた。間合いが取れずに空振ったが、それでも相手は大きく後退した。

 可動域の狭いタイトなスカートのせいで、思ったように足が伸びない。それでも息もつかせぬ連続攻撃で、相手のナイフに仕事をさせなくした。

 行ける!

 渾身の蹴りを出そうとしたところ、倒れていた男の手で軸足を掴まれた。馬鹿力で押さえ込まれる。

 仕方なく、もう片方の膝を鋭角に折り曲げて、そのまま寝そべった男の頭部目がけて突き落とした。うめき声とともに地面でもんどりうった。

 次の瞬間、ナイフの刃先が髪の毛をかすめた。しゃがんでいたので助かった。

 すぐに跳ね起きると、隙を見て手首をはたいた。ナイフが落下して芝生に刺さった。

 チャンス到来!

 巨漢の頬骨辺りに肘鉄を食らわせた。後ずさりさせておいて、直ぐさま背負い投げの体勢に入る。担ぎ上げることはできないが、それでも一点に力を掛けて低い位置から投げ飛ばした。

 地響きとともに、巨漢はだらしなく倒れた。

 最後に残ったのは、角刈り一人。

 ボクシングスタイルで絶え間なくパンチを繰り出してくる。無駄のない動きは、どうやら経験者を思わせた。見事避けていたが、一発が頬をかすめた。

 倒れるように見せ掛けて、実は身体を折り畳んで足をすくった。意外とあっさり転倒した。

 上体を起こす瞬間を狙って蹴りを入れたが、両手ではたかれた。バランスを失って、今度は彩那の方が地面に倒れた。その衝撃で、特殊眼鏡が遠くへ飛ばされた。

「姉ちゃん、反撃はその程度かい?」

 不敵な笑みを浮かべた。やはりリーダーだけは強い。

 髪を掴まれて無理やり立たされた。

 腕を逆に折られて、首には太い腕が巻きついた。

「お前は一体何者だ? 誰に頼まれた? さあ白状しろ」

 それでも諦めはしなかった。

 目の前のタイル壁を両足で蹴り上げると、背中に全体重を掛けて男を押し返した。

 首から腕がほどけた。彩那は一度むせた。

 両者は肩で息をしながら睨み合った。

 すると遠くにサイレンが聞こえてきた。ようやくパトカーが到着したようだ。

 リーダーの掛け声で、地面に転がっていた二人が身体を起こした。逃げ足だけは速かった。制服警官がその背中を追いかけていった。

 彩那はそれを見て、飛ばされた眼鏡を拾いにいった。少々曲がったフレームを直してから掛けた。

「3分って結構長いわね」

「里沙は無事ですか?」

 彼女はトイレの入口付近に立ち尽くしていた。どうやら一歩も動けずにいたらしい。

 彩那は足を引きずって近寄った。

 驚いたことに里沙は涙ぐんでいた。

「バカ!」

 突然、彩那の胸を叩くようにした。

「私、怖かった。あなたが死んじゃうんじゃないかって」

 涙声はうわずっていた。

「大袈裟ね。このくらいで死なないわよ」

「どうして逃げなかったの?」

 彼女の瞳は大きく揺れていた。

「そんなことする筈ないでしょ。いつだって、あなたの傍にいるって決めたのだから」

 里沙は黙って彩那を抱きしめた。

「ちょっと痛いってば」

 救急車のサイレンが聞こえてきた。公園内に入ってくる。我ながらよく持ちこたえたと思った。里沙には指一本触れさせない、それだけで頭が一杯だった。

 さっきの警官が一人戻って来た。

「倉沢彩那さんですね。お怪我はありませんか?」

「ええ、この通り大丈夫です」

「しかし、随分と服が汚れてますよ」

「ええっ!」

 警官の目線を辿ると、黄色の制服は泥だらけで、しかも肩の辺りがほつれていた。よく見ると胸元が横に裂けていて、スカートの裾も破れている。

 すぐに花島美乃華のことを思い出した。彼女は今連れ去られて辛い目に遭っているかもしれない。そんな彼女に自分も負けないよう頑張れたのだ。バスガイドの制服が力を与えてくれたのだと感じた。

「マズいわ。これ花島さんから借りてる服なのに」

 彩那は急に思い出して言った。

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