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コポォ短編集

メンタル麺


 春。


 いい季節だ。

 新しい生活を始めるにふさわしい。


 俺は地方での実績が認められ、東京の本社からお呼びがかかり、この春から栄えある本社勤務。

 30手前で本社への異動など地元では異例で、間違いなく出世コースに乗った。


 実際俺は仕事が出来る。

 だから本社でもバリバリ働いて地元には幹部として華々しく帰ってやるのだ。


 にやける顔をこらえる事もなく引越のダンボールのガムテープをカッターで切り、やる気に満ち満ちながら荷解きをする。


 今の住まいは寝に帰るだけの部屋のつもりなので狭く、荷物もほとんどない。

 布団と最低限の生活用品だけでいいので荷物は少ないが、それをこまごまと整理したり不足品をリストにまとめたりしていると時間は足早に過ぎて行き、ふと気が付くと日も傾き腹が鳴った。


 部屋で食べる物を探すが、新しい部屋には一切見当たらない。


「っと……食器も無いのは失敗だったかな……まぁ、いいか。

 しばらくの間は外食で済ませよう。」


 財布を持ち、近所を散策がてら食べ物屋を探す。


 俺の田舎だと牛丼屋に行くには車が必須だが、この新居だと駅の近くまで足を延ばせば何店もの牛丼屋があったりする。


「……間違いなく都会の方が歩くよな。」


 駅までは徒歩10分程かかる為、そこまで行かなくていい所に食べ物屋が無いかを探しながら歩く。


「と、コンビニがこんな近くにあったのか。便利だな……あ。」


 コンビニの横に目をやると、古さを滲ませながらも、そこそこ小奇麗なラーメン屋があった。


 家から近いラーメン屋となれば食べてみるしかないだろうという気持ちになり店内に入ると、カウンターだけの店で、8人も入ればいっぱいになりそうだ。

 店内には既に数人の客がラーメンをすすっている。


 頑固そうな親父が笑顔を見せる事も無く


 「いらっしゃい」


 と、呟くように水の入ったコップを置きながら言った後、チラリと俺を見て、注文内容が決まっていない事を察したのか、すぐに野菜を炒める作業に戻っていく。

 俺は調理の様子を少し眺めた後、カウンターに立っているプラスチックのメニューを手に取る。


 ラーメン 450円

 野菜ラーメン 600円

 スタミナラーメン 650円――


 ラーメンが数種類続き、餃子、ライス(大・中・小)、ビール。ここまでは普通だった。

 だが最後にあるメニューがおかしい。


 メンタル麺(限定)


 こんな名前のラーメンは見たことが無い。しかも値段も書いてない。


 調理を終え、待っている客に野菜のたっぷり乗ったラーメンを出した頑固そうな親父がチロリと俺を見る。


 言葉に出してはいないが『何にするか決まったか?』と言われているような感じがした。


「あの……この『メンタル麺』って言うのはなんですか?」


 俺が言葉を発した瞬間に、店内に居た客の視線が一瞬集まったような気がしたが、その視線はすぐに消え、気のせいと思う事にした。

 頑固そうな親父が口を開く。


「あぁ、悪いね。

 それは今日は出ちまった。違うのにしてくれるか。

 ……兄さんはこの店初めてだろう?

 野菜ラーメンがオススメだが……どうだい?」 


 頑固そうな見た目と裏腹に思いのほか柔和な口調で喋りはじめる親父。


 さっき作っていたのが野菜ラーメンだろうと思い、その出された客の様子を見ると、ラーメンにキャベツやもやし、きくらげなんかを炒めた物がどっさりと乗っている。


 限定の麺が食べれないのは残念だが、これはこれで美味そうだったので、この日は野菜ラーメンにした。



* * *



「はいよ。お待たせ。」 


 もうもうと湯気が上がり、見た目からして食欲をそそる。

 ラーメンの礼儀なんか知ったこっちゃないが、レンゲで野菜を押しのけてスープをすくう。


 澄んだ色のスープで出汁の香りが鼻を通り越して腹をつつき、たまらず ズズっ とスープをすすると、鳥や野菜などの旨みと塩っ気が口の中にふわりと広がる。


 うまい。


 まるで目が覚めるような感じと言ったらいいのだろうか、すぐさまもう一度レンゲですくい、すする。

 そのままたまらず割り箸に手を伸ばし、麺をスープから引き上げる。


 引き上げた麺は、その身からもうもうと湯気を立て、いかにも熱そうな雰囲気を醸し出す。

 2度3度と麺をスープに戻し引き上げる動作を繰り返して少しだけ冷まし ぞっ ぞっ っと一気に麺をすすりあげる。


 細く縮れた麺が口の中でたくさんのスープと絡み、口を動かすと、プツンプツンと切れる。

 なんとも心地よい食感。


 動き出した手は止まらず、上にのっているキャベツと、もやしを掴んで麺が口に残っているのも構わずに口へ運ぶ。


 しゃきっ しゃきっ しゃきっ


 野菜を炒めた時の油とスープの相性が良い。

 なによりこの野菜の歯ごたえが最高だ。たまらない。


 次は麺と一緒に野菜を口に運ぶ


 しゃきしゃき ぷつんぷつん しゃきぷつん。


 程よい野菜の固さと、麺の柔らかさの中の芯の弾力が、えも言われぬハーモニーを奏でだす。


 ラーメンに夢中になりかけた俺に、頑固そうな親父が一声かけてくる。


「初めてのお客さんには……ほれ。サービスだ。」


 アツアツの餃子が5つのった皿を出してくる親父。


 親父の少しだけ口角を上げたような照れた顔と気遣いに、俺は完全にノックアウトされ、気が付けばもうこの店のファンになっていた。


 餃子もかじると皮がカリっ、餡がじゅわっと間違いない美味さ。

 夢中で食べ進め、気が付けば空の食器だけが並んでいた。

 空の食器を眺めると満足感から自然と ほうっ と口から息が漏れる。


 客もちらほら出入りしていて長居しても悪い気がして、会計と餃子の礼を言って店を出た。


「………めちゃくちゃ当たりの店だったな」


 店を出て部屋に戻ると、自分の家の近くにうまい店がある事にテンションが上がったのか、やる気に満ち荷解きの続きをするのだった。


 こうして俺の新生活はラーメン屋と共にはじまった。



* * *



 俺は勤務後の楽しみとしてラーメン屋に寄るようになったが、いつ行っても『メンタル麺』は売り切れだった。


 3週間が過ぎた頃には『メンタル麺』の事を聞く事も無くなり、俺の定番となった野菜ラーメンにライスを付けるか付けないかを店に入る前に悩むくらいになっていた。


 仕事に関しては順調。


 …………とは言えなかった。


 本社に集まってくる人間は基本的にできるヤツらが集まってくる。

 そして皆、一様に手柄を上げて自分がのし上がる事を考えている人間ばかりだ。


 そういった人間が集まって起こる事は、ねたそねみに派閥争い……それだけならまだいい。


 一番嫌な事は、無意味な足の引っ張り合いだ。

 揚げ足をとったり横取り。情報をまわさない。


 会社に行く毎に、自分と言う人間が腐り擦り減っていくのを感じずにはいられなかった。


 ……だが俺にもプライドもあるし、なにより乗り切るだけの能力もある。

 矢面に立つような1番できる人間の3番手後ろ位で、着々とプロジェクトを進行させればいい。


 きっと1番できる奴は近いうちに潰される。


 その後は2番手。そして俺。

 その順番だろう。


 ……だからそれまでに実績を上げる準備を整え、追随を許さないような立ち位置を得ればいい。



* * *



 俺はとにかく頑張った。


 だんだんと家に帰って眠る時に、底冷えからくる体の冷えだけでなく心の冷え込みのような孤独を感じるようになりながらも、気力で乗り切ってプロジェクトを進行させ、あっという間に夏の気配を感じさせる季節になっていた。


 この頃になると忙しさも増し、部屋には正しく寝に帰るだけ、それほどにプロジェクトも大詰めが迫っていた。


 そう。いよいよ明日に山場を迎える。

 疲れに朦朧としつつも、乗り切る為に久しぶりにラーメン屋に入る事にした。


「いらっしゃい。」

「野菜ラーメンとライス大、あと餃子を!」


「……今日はえらく食うね?」

「ああ。明日踏ん張りどころだからね。気合入れるのにね。」


「あいよ。」


 ラーメンをすすり、俺は明日を乗り越える気力を養い、家に帰って眠った。




* * *




「いらっしゃい」


「…………」 



 頑固そうな親父が顔を見ているような気がするがどうでもいい。


 俺の進めていたプロジェクトは成功だった。


 大成功だ。


 本社幹部に一目を置かれるレベルでの成功だった。

 同期の本社に呼び寄せられたヤツらなんか2歩3歩リードして当然だった。


 ………それが悪かった。


 気が付けば担当している上司に全てを横取りされていた。


 進めている当初から、あれやこれやと助けてくれていた上司。

 俺よりもいつも遅くまで残り、そしてサポートを率先してくれていた上司。

 敵は同僚だけだと、いつの間にか信頼してしまっていた上司。


 ……今思い返せば、最初から自分の物にする為に動いていたとしか思えない。


 全ての手柄を横取りされた俺は『できる上司の腰巾着』で『役立たず』の烙印を押され、プロジェクトを外された。


 ……つまり潰された。


 その事実をの当たりにした俺は放心し、横取りした上司が

「彼も頑張っていたからね。きっと疲れが出たんだろう。

 今日は早く上がっていいよ。」

 と、いかにもできる上司が部下を気遣うような真似までされて退社させられた。


 そして……気が付いたら、家に帰るでもなく。

 なぜかラーメン屋に来ていた。


「兄さん……今日はどうする?」

「…………あ」


 なんで俺はここに来たんだろう。

 食欲なんて、まるでないのに。


 頑固おやじはただじっと俺を見ている。

 だが俺の頭がまるで働かない。

 まるで考える事自体を頭が拒否しているようだ。


 その時、常連客だろうか40手前の客が声をかけてきた。


「あぁ、大将。

 今日はさ、もしかしたら『メンタル麺』あるんじゃないの?」


 頑固おやじが40手前の客に視線を向けて軽く頷く。


「あぁ、そうだな。

 2食分は用意できるだろうな。」

「おおお!

 いやぁ~兄さんラッキーだったな!

 俺と兄さんメンタル麺食えそうじゃないか!」


「…………え?」


 あぁ、そういえば……そういう名前のメニューもあったような気がする。


「兄さんもそれでいいかい?」

「……あ……はい。」


「じゃあ、わりぃが、準備に手間と時間がかかるんでな。

 2階にでも上がって時間つぶしてくれるか?」


「……え?」


「いいねぇ!

 大将のトコの2階に上がるのは久しぶりだわ。」


「あぁそうだな。お客さん。わりぃけど、この兄さんは上がったことねぇからさ。

 連れて行ってあげてくれるかい?」


「あぁ、いいとも。お安い御用だ。

 さぁ、兄さんこっちだよ。」


 俺は見知らぬオッサンに連れられて、カウンターの横の階段を上がる。

 そこは靴を脱いで上がる4畳ほどの畳の部屋があり、ちゃぶ台がポツンと置かれていた。


「いやぁ、レトロだねぇ。

 なんか好き勝手座っちゃえばいいからさ。どうぞどうぞ。」


 明るいオッサンに連れられ部屋に入り、促されるまま、ただ座る。


 オッサンも靴を脱ぎ対面に座った。

 俺はといえば何もする気になれない。

 

 どれくらいか時間が経った頃に階段を上がってくる音がして、頑固おやじが何かを持ってきた。


「出来るまでに時間がかかりそうだからな。これでも食ってちょっと我慢しててくれ。」


 そう言って餃子と野菜炒め、瓶ビールとグラスと小皿を2つずつをオッサンに渡して下へと戻っていく。


「いやぁツイてるねぇ!

 折角の頂きもんだし、まぁ一献どうだい?」


 オッサンに勧められるままビールを一口飲む。

 オッサンもビールをググっと飲み、カーっと大きく声を出し、そして俺を見た。


「……なんか兄さん大変そうだね。

 良かったら話を聞くよ?」


 温かい言葉。

 見ず知らずの他人にも関わらず、俺は何故かポツリポツリと話し始めていた。



 車が無くてつらい事。


 買い物が大変な事。


 ゴミ出しが面倒くさい事。


 一人ぐらしの部屋が狭い事。


 満員電車がしんどい事。



 オッサンは何も言わずに、ただただ「うんうん」と頷いていた。



 会社で頑張っていた事。


 裏切られた事。


 落後者となった事。



 オッサンは、ただただ聞いていた。


 途中堪えきれなくなり、やり場の無い怒りにちゃぶ台を殴りつけてしまったり声を荒げてしまう。

 それでも、オッサンはただただ「うんうん」と聞いてくれていた。


 ……大分話をして、自分ばっかり話をして、オッサンの話を聞いてないとふと気が付く冷静さと余裕が戻った頃、また階段を上がってくる音が聞こえ、頑固おやじが顔を出した。


 オッサンが頑固おやじの顔を見て一度頷き、ソレを見た頑固おやじが一言


 「準備出来たよ」


 とだけ言って階段を下りて行く。


 明るいオッサンに促されるまま1階におりると、いつも表に出ている暖簾が店内にあり、外は日が暮れ夜になっていた。

 少し慌てながら時計を見ると11時を回っている。

 もちろん客も見当たらない。


 会社を出てすぐにラーメン屋に来ていたはずで、とても長居してしまっている事に気が付き少し慌てると、オッサンに


「いいからいいから」


 と席に促され、そのまま頑固おやじが作るのを眺める事になった。


 中華鍋を振るい終わった頑固おやじが


「はい。お待たせ。」


 と、出してきたラーメン。


 ……俺に出されたのは、いつもの野菜ラーメン。

 俺の定番の野菜ラーメンだった。


 オッサンにも同じラーメンが出される。


「おぉ~。うまそうだねぇ!

 さ、食おうか!」


 オッサンは嬉しそうに、ラーメンをすすり始める。

 俺もつられて、いつものようにレンゲでスープをすくう。


 澄んだ色のスープ、いつもの出汁の香り。

 2階で出してくれた料理は結局、俺は手を付けていなかったが、この香りを嗅ぐと腹が「ぐぅぅ」となった。


 ズズっとすすると、いつもの鳥や野菜などの旨みと塩っ気が口の中にふわりと広がる。


 割り箸に手を伸ばし麺をスープから引き上げると、いつもと同じように麺自身からもうもうと湯気が立ちいかにも熱そうだ。

 2度3度とスープに戻し引き上げる動作をして少し冷まし


 ぞっ ぞっ っと一気にすする。


 いつもと同じように、細い縮れた麺は心地よくプツンプツンと弾力があり、キャベツともやしは、しゃきしゃきとしている。


 美味しい。


 が…………いつもの野菜ラーメンだ。


 顔を上げて頑固おやじを見る。

 優しい顔をしている。


 どうしていいかわからなくなり 隣のオッサンを見ると、オッサンも微笑んで俺を見ていて、そして一言


「……兄さんは、本当によく頑張ってたんだね。

 偉いよ。 ……凄く偉い。」


 そう言った。


 オッサンの言葉に、なぜか涙が流れはじめる。


「ほれ、兄さん。ラーメン冷めちまうぞ。」


「……あ゛い。」


 ラーメンをすすると、途端に涙が溢れ、俺はただただ泣きながらラーメンをすすった。



 * * *



 この日は結局泣きながらラーメンを食ったせいかスッキリし、そのままオッサンに連れられて飲みに出た。


 ちょっと開き直って楽しく飲めるようになってきた時にオッサンが

「横取りした手柄ってのはボロがでるもんさ。」

 と、アドバイスをくれた。



 俺はこの一言が一理あると感じ、冷静に現状を見つめ直す。

 すると横取りした上司がプロジェクトの進行上、必ず俺を頼らざるを得ない状況に持ち込める事に気が付いた。


 奪われた物を爆弾に変える事もできる。と。


 俺の様子を見ていたオッサンがさらに付け加えて

「因果応報と言う言葉もあるからね。故意に恨みは買っちゃダメだよ?」

 と、見透かしたように諌めてくれた。


 俺はそれを何故か素直に受け入れてしまい、そのまま礼を言って帰宅した。


 そして翌日。

 普通に出社した。


 普通にこれまでと同じように頑張って業務をこなし、手柄を奪った上司に対しても普通にこれまで通りの対応をし続けた。


 すると面白い物で、手柄を奪った人間と言うのは疑心暗鬼になるのか、俺が何かを企んでいると勝手に思いはじめ、俺のやることなす事念入りにチェックをし始める。

 だが、当の俺にその気は無いからボロなど出るはずもない。


 結局上司は、プロジェクトの進行だけでなく、不穏な動きを見せる俺の監視を同時に進めなくてはいけなくなった事で自分のキャパシティを超えてしまい、あっさりと俺の手元にプロジェクトが戻って来る事になった。


 元々が自分のプロジェクトであり、俺が上司よりも効率よく進行する事ができた事から、社内にあった『何となく上司が手柄を奪ったんだろう』というのが、よりはっきりとした為、その上司はそれ以上出世する事は無くなるのだった。



* * *



 その後、俺は運よく出世コースに戻り順調にキャリアを積んだ。


 時々あのラーメン屋によっては野菜ラーメンを食べ、あの時のオッサンが居ないか聞いたりするのだが、大将は静かに首を横に振るだけ。


 あの時は頭が回らな過ぎて、ラーメンも飲みの会計も一銭も払っていなかったし、なによりオッサンにきちんとお礼をしたかった。

 今の自分がいるのは、あの時、オッサンが明るくメンタル麺を誘ってくれたから。

 あの時、ただ話を聞いてくれて、ただ側に居てくれて、そして諭してくれたから。


 ――年を重ねるごとに、昇進するごとに、礼をしたい気持ち、しなくちゃいけないと言う気持ちは強くなっていた。


 あのメンタル麺から何年も過ぎたが、あのオッサンとは結局会えないまま。

 もうすぐ故郷に帰るので、せめて礼だけでも言いたかった。


 今日も半ば諦めの気持ちに心を占められながら、仕事終わりに大将のいるラーメン屋に顔を出す。


「大将。やっぱりオッサンは来てないよね。」

「顔を出す度に何回も何回も聞くな。うっとおしい。

 ……それにお前ももうオッサンだろうに。」


「つれないねー。

 まぁ、その通りだけどね。ははっ。」

「で? 今日は何にする?」


「ん~~……そうだな。いつものって感じだけど……その前にさ、実は報告があってね。

 ……俺、多分そろそろ転勤するんだわ。……地元に帰る事になる。」

「そうかい……」


「さみしくなるねぇ……とかは無しかい大将?」

「しめっぽいのは苦手でね。」


「つれないね~。」


 大将と話をしていると戸が開き、客が入ってくる。

 最近常連になった若造だ。


 ……だが、なんとも様子がおかしい。


 思いつめたような。

 放っておいたら死にそうな顔をしている。


 大将がすぐに俺との会話を止めて、若造に声をかける。


「兄さん。今日はどうする?」

「…………あ」



 若造の様子に、昔の事を思い出す。


 あの頃は視野が狭かった。

 自分の見える物だけが世界だと思っていた。


 世界は広い。


 そんなことすら見えなくなっていた。


 そう考えた時、大将と目が合い、ハっとする。


 俺はあの時のように、笑顔を作り、大将に向けて注文したい物を伝える。



「大将。

 今日はもしかしたら『メンタル麺』あるんじゃない?」


 大将は微笑み


「あぁ、そうだな。

 2食分は用意できるだろうな。」


 そう答えた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 辛い時、なぜかこの小説を思い出す。 いつも助けられています。
[良い点] うーん、メンタル面から出たとは思えない秀作ですね。めっちゃこの店に行きたくなりました。面白かったです。 [気になる点] 続きがよみたいっす。 [一言] エッセイも最高でした。また何か造って…
[良い点] ホロリときました。 このラーメン屋の店主は、不老長寿立ったりして?
感想一覧
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