第一話
「―さん!水川さんっ!起きなさい!」
夢心地の意識にヒステックに叫ぶ声が聞こえた。
仕方ないなぁ、と思いながら眠い目をこすりながら返事をする。
「ふぁい」
「私の授業中に寝るとは、なんと言うことを!まったく、成績がよくなかったら退学ですよっ!」
なおも叫び続けて、正直うるさい。
さっさと黙ってほしい。
「洋子せんせー、早く授業しましょー?」
甘えるような声で、柳井 裕が言った。
彼は、とても人気がある、らしい。
容姿端麗でスポーツ万能、おまけに成績までいいという。
生徒会からもたびたびお誘いがあるそう。
洋子…、澤田 洋子はすぐに態度を変えた。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。じゃあ、裕くんも言ってるし、再開しましょうか」
にこにこ顔で柳井を見ながら言う。
そのあとは私の方は見ずに、柳井の方を見て授業を進めた。
ようやく洋子の授業が終わり、机に突っ伏す。
*****
「瑠依!」
なぜか後ろから柳井に抱きしめられた。
「何の用、柳井」
「用って、そんなの決まってんじゃん!さっきせんせーから助けてあげたのに、なんのお礼もなし?」
「ん」
ポケットからイチゴ味の飴を出して渡す。
「…こういうのじゃないんだけど」
「文句ある?」
「まぁ、いっか。それでこそ瑠依だもんね~!」
封を開けてさっそく食べる柳井。
「眠る」
「もぉー、僕と少しは話してよー!」
「五月蝿い。お礼はした。用はないでしょ」
「えー、ってもう寝てるし…」
そんな柳井の声を最後に、私は眠りの世界に入った。
*****
がやがやと音がして、ぼんやりと目を開けた。
教室にはほとんど人がいなく、何人かの生徒がしゃべっているぐらいだ。
時間は4時。寝ている間に放課後になっていたようだ。
ロッカーから鞄を取り出して、帰りの支度をする。
わたしは一応、文芸部に入っている。
本を読んだり、編み物をしたり…。基本なんでもOKな部活で、先輩たちも優しい。
さっそく活動場所の家庭科室に向かう。
家庭科室は3階の管理棟にある。
私の教室…、1-3は1階の生徒棟だから結構遠い。
2階に上がって、渡り廊下を歩いてる途中に気づいた。
筆箱、忘れた。
それがないと、部活中に困る。
私は部活のときに小説を書いているのだ。
ルーズリーフに書いて、それをファイルにまとめて一まとめにしている。
速めに取ってこようと足早に教室に戻った。
教室には誰もいなく、静かだ。
机にかかっているバッグから筆箱を取り出して忘れないように鞄に入れる。
部活行くかとドアに向かったとたん、ガラッとドアが開いた。
「ん?あぁ、水川か」
同じクラスの“山縣 龍”だった。
彼は確か運動部だったはず。
なんでここに来たんだろうか。
「水川はなんでここにいるんだ?…まさか、」
「?ただ忘れ物をとりに来ただけだけど」
「そう、だよな」
少し悲しげに山縣は笑った。
「山縣は、なんか用事?」
「そうなんだ」
「…あぁ」
放課後の教室、用事だったら告白しかないだろう。
納得した私を見て山縣は苦笑した。
「なら、早く出て行ったほうがいいね。じゃ」
片手を振ってそのまま教室を出る。
教室をでてすぐに廊下を歩いている女子生徒がいた。
若干顔が赤い。もしかしたらこの子かもな。
そんなことを思いながらその子を通り過ぎる。
家庭科室に着いて、小説を書いていると隣に先輩が座った。
“高科 零”先輩だ。
2年生だけど文芸部の部長をしている。
「瑠依、小説書けた?」
「あ、はい。少しだけですけど」
先輩は男子では珍しく、恋愛ものの小説も読んでくれる。
私が今書いているのは恋愛ものだ。
女子には好評なのだけど、あまり男子は読まないのだ。
書き半端のそれを先輩に渡した。
しばらくそれを読んでいる先輩を見る。
それにしても、この学校って結構顔がいい人が多い。
柳井はもちろんのこと、さっきの山縣も系統はちがうがイケメンといわれるのだろう。
部長も綺麗な栗色の髪に美人というような顔立ちをしている。
そして、何より生徒会だ。
なにより女子生徒の間ではイケメン生徒会なんて言われるぐらい、見目がいいものが多い。
…前、友達が言っていような乙女ゲームみたいだ。
まぁ、そんなわけないか。
もしそうだとしても、モブくらいの役だろう。
そんなことを考えながらいると、部長に声をかけられる。
「瑠依、読んだよ」
「あ、どうでしたか?」
「そうだな、もう少し主人公の気持ちがわかるようにして――」
あの後、駄目なところを指摘してもらいながら修正して部活終了の時間まで見てもらった。
挨拶をして、家路につく。
疲れた、今日は少し早めにねようかな。
そんなことを考えながら歩いた。
*****
「ただいまー」
靴を脱いで、自分の部屋へ急ぐ。
帰っている途中で思い出した。
今日は更新日だった。
ネット小説も読む私は、自分の好きな作者さんの登校日を覚えておいたのだ。
続きが気になる、はやく読みたい。
階段を上がっていると、2階から声がした。
「伊織ぃ、早くいこぉ?」
「そうだね、ゆみさん」
2つ上の兄“水川 伊織”の声だ。
兄はとてももてる。
顔も綺麗で、声も良い。
勉強、スポーツともにできるハイスペックなのだ。
でも、性格は、うん。
あまり良くない。
手癖が悪い。女子をとっかえひっかえしている。
まぁ、私はブラコンではないので別にいいのだが。
2人を無視して目の前を通り、部屋に入る。
小説の前ではどうってことないのだ。