保留恋愛
◇
「す、好きです!」
渾身の告白。
「ふーん」
返ってきた声は興味なさげ。
ああ、振られるんだな、と思った。
だが。
自分と同じ名前の木を見上げていた桜の目が、こっちを向いた。
「保留でいい?」
◇
「それで圭介は保留って言われてOKしちゃったの?
バッカでー。軟弱モンー」
「いや、振られるんじゃないんだと思ったら、なんか逆に焦って、とにかく今はOKしておかなきゃって……」
「じゃあ、いつ思いっきり手のひら返されて『やっぱ無し』ってフられてもOKってことね。保留なんだから」
「いや、それは……」
教室に戻って、圭介は都とそんな会話をした。
木土圭介は中学三年生。
郡部都はその同級生。
幼なじみで、悪友。
なんでか今期の席替えでもすぐ前後の席になったので、都はことあるごとに振り返っては話しかけてくる。
話しやすい間柄なので、色々相談にも乗り合う仲。
「あんたの側も、いつでも心変わりができるってわけね」
「それはないって」
「……あっそ」
◇
「しかしお前、最近不機嫌だよな」
「……へえ。
あたしが不機嫌だと気づくだけの脳みそはあるんだ」
「? いや、そりゃ気づくけど」
「で、なんで不機嫌かを気づくだけの脳みそは無い、と」
「そんなの、言ってくれなきゃ分からんだろ」
「……チッ」舌打ち。
くるっと、都は前を向いた。
?
圭介が首をひねった一瞬後。
「ヘッドバッド!」
「うおっ!?」
反動をつけて、椅子を倒してくる形で後頭部が迫ってきた。
◇
危うくかわした。
「むー。残念」
机の上に仰向けで頭を乗せる形になった都の顔を、上からのぞき込みながら、圭介は言った。「何しやがる」
「……」
お互いの顔が近い。
都がものすごく真面目な顔でにらんでいた。
「な、なんだよ都……」
「……」
沈黙。
それから。
「好き」
「……は?」
◇
「もいっちょヘッドバッド!」
「ぐぎゃっ!?」
今度はまともに食らった。
「いでぇ! すっげぇ痛ぇ!」
「ちゃんと記憶飛んだ!? 今の、聞こえてなかったよね!」
「うおっ!?」
首根っこつかまれて、思いっ切りにらみつけられた。
◇
混乱して、実際記憶が飛びかけたような気もするが、あいにく飛んではいなかった。
だらだらと脂汗。
まともに都の目を見れない。
「いや、その、あれだ……」
「聞こえてた? 覚えてる?」
「あー……」
止まらない脂汗。
◇
すると、にらみつけていた都の目に、ぶわっと涙の粒が浮かんだ。
「うあああ! 言うつもりなんかなかったのに!
バカ! 軟弱モン。あんたのせいよ!」
「えっと、都」
「大好き!」
次の瞬間。
出来事が2つ。
1つめ。
都が圭介の顔を両手で挟んで、唇を寄せて。
接吻。キス。口づけ。あとなんか言い方あったっけ。愛の人工呼吸? ヴェーゼって何語だっけ。
そして出来事、2つめ。
ガラッと教室の入り口の扉が開いて。
桜が、入ってきた。
「あ」
◇
「あ」と圭介。
「あ」と都。
桜はそんな二人を見ていたが。
特に何も言わず。
自分の席に移動して座った。
「い、いや、桜さん、そのリアクション、というか、ノーリアクションはないんじゃないデショーカ?」
しどろもどろにそう言う圭介と、顔を赤くして窓の外に目を逸らしている都。
◇
「反応してほしいの?
どんな風に?」
「え」
「私に告白しておいて一時間もせずに他の人とキスしてるだなんて、圭介君はひどい人だなって思ってるけど、そういう反応して欲しいの?」
「そ、それは」
二の句も継げない。まったく、何も言えない。
◇
「違うんだ! これは……」
「これは?」
ちらっと、視界の隅で都を見ると。
泣きそうな顔で、窓の外をにらんでいた。
これは、なんだろう。
桜に対して今のは誤解だと言えば、それはつまり都を振るということになるのだろう。
今のは勝手に都がやったことで、そこに圭介の気持ちは無いと言えば、それはつまり都の気持ちに答えないという選択をすることになるのだろう。
そうなのだろう。
「これは、何?」
桜がもう一度聞いてきた。
誤解を解くべき。それは分かっている。
都が勝手にやったことだと、そう答えるべき。それは分かってる。
でも。
泣きそうな都の顔を見ると、一歩が踏み出せなかった。
言った。
「か、回答保留!」
◇
「は!?」
と、振り返って都。
桜はジト目。
圭介は二人から目を逸らした。
「圭介、コッチ見ろ!」
「ぐえっ!」
都が貫き手を首にかましてきた。もろに食らった。死ぬかと思った。
桜が淡々と言った。
「保留の詳細と理由の説明をお願いするわ」
◇
「い、いや、ごほっ、げほっ、ちょっと俺、頭が追いついてなくて……。
でも」
圭介は都を見つめた。
「その、都をそんな風に見たことなかったから、俺、今なんと答えたらいいか分かんねえ。
少しだけ、考えさせて欲しい。
だから、回答保留」
「バカ! 軟弱モン! 優柔不断!」
「ぎにゃっ、ぐひゃっ、うげっ」
ジャブ、フック、ストレート、と都の拳が圭介にヒットした。
◇
桜が言った。
「状況を整理しましょう」
「あ、うん、ぜひそうしようぐげっ。都、いい加減に叩くのやめぶひゃっ」
都が落ち着くのを待つ様子もなく、桜が再び口を開いた。
「まず第一。
圭介君が私に告白した。私はそれを保留にした」
「うん」
「第二。
都が圭介君に告白してキスした。圭介君はそれを保留した。
そういうこと?」
「う、うん、そういうことぐげっ、いてっ、おい、これ以上強く叩くな! うわらばっ!」
桜は真剣な表情で。
最後に。
言った。
「つまり、私が都に告白してそれを都が保留にすれば、綺麗な正三角関係」
「やめろ」
「やめて」
(了)