白狐
豊は人生で初めて瞬間移動を体験した。
普通の生活ではあり得ないその移動法は思っているほどに負荷は無く、少し気分が悪いかな……その程度であった。
「はい。到着」
どうやら読子――空間の特殊能力は素肌が少しでも触れていたら効力は作用するようで、手を繋ぐ形で二人で空間を飛んできた。
その間、不機嫌そうな空間。
豊と手を繋ぐのがそんなに嫌だったのだろう。着いた途端に手を離してしまった。
「んじゃ、この辺にいるから適当に探して」
「え……?」
「一縷の特殊能力なら細かい場所まで把握できるんだけど――今、日本全国一人で監視しているから。ここが限界」
一人で日本全国の『穴』の監視。
『プレイアブル』が現実に出てくるのを感知できるが、出てきてしまえば分からなくなる。
だから――白狐も遅くなったのだ。
「なるほど、これじゃあ文句は言えないね」
「文句? あんた私の白狐に何言おうとしてんの?」
「私のって……お二人はどういう関係なんですか?」
「それはもちろん友達以上恋人未満よ!」
「恋人ね」
二人とも女性である。
豊はそう言うものに偏見は無い。
「ああ、噂をすれば白狐!」
恍惚とした顔でスマホに表示されている名前を豊に見せる。
白狐と表示された画面。背景に白狐にハートマークが大量に付けらた加工写真だったが気にしない豊。
「もしもし、白狐? 何? ユラ……誰それ? 新入りの事。それなら一緒にいるよ? 本当は白狐と一緒に来たかった~」
豊の方を見ながら会話をする。
何を話しているのか聞こえないがどうやら豊の話題が出ているようだ。
「何してるって? 『プレイアブル』討伐――え、何で怒ってるの白狐!?」
電話を終えた後の空間は泣いていた。
「嫌われた……白狐に」
全部お前のせいだと豊を睨みつけるが、豊は全て強制的に連れてこられているだけである。
むしろ被害者だ。
「今から白狐連れてくるから動くなよ」
ヒュンと、一瞬でその場から消える。
瞬間移動の特殊能力便利だなと思いながら一切発動しない自分の特殊能力を不思議に思う。
ああいう能力があればゲームでも便利なのに。
「白狐~。怒った顔も可愛いわ」
あれ、この人数秒前は泣いていたよね。人はこんなすぐに感情を変えられるんだっけと豊はある意味感動していた。
「豊。あんたこっちでの戦い方分かってる訳?」
「え、ゲームと違うの?」
「当然でしょ。あんた鎧は?」
言われてみれば白狐の服装も魔法少女では無く、お洒落な服装であった。
ショートパンツに黒いストッキング。上には軽いピンク色のセーターを羽織っていた。
「え、戦闘に入れば勝手に変わるんじゃないの?」
「そんな訳ないでしょって! こっちの世界ではある程度戦える時間が限られちゃうんだから」
鎧を出すには簡単。
これを使えば鎧はいつでも出せる。
空間が出したのは小さな長方形の黒い物体。USBメモリ程度の大きさだが先端にコネクト部は無い完全な長方形。
「これは……?」
「私たちと同化したキャラデータを実体させ装備する変換道具。あなたの分を渡して奥は」
空間から受け取った豊。
箱の先端に着いているボタンを押すとゲームの中の装備が現れた。
「おお!」
「簡易のゲーム機本体だと思ってくれればいいわ」
電気信号を読んで個人のデータを記録しているのでセーブなどの作業は全く必要ない。
「馬鹿みたいに喜んでるわねー。ただし! この力は30分のみなのだ!」
魔法少女の姿に変身しながら胸を張る。
無駄に馬鹿に見えてしまうのは白狐だからだろうか。
「え、それ先行ってほしかった……」
「現実からVRに行けてもVRから現実はまだ厳しいみたいだね」
そう言い残して空間は消えた。
時間の他にも制限は多数ある。
この状態になっていると人から姿が見えなくなる。つまり――人間を吸収した『プレイアブル』は現実で、自由に姿を消せるようになってしまう。
「30分後に向かえ来てくれるから――それまでに探すわよ」
「探すって……この恰好でですか?」
豊は西洋の鎧を着たファンタジーの姿で、白狐も派手な魔法少女。
この年でこんな恰好で街を歩くのは、知らない地域ではあるが辛い。
「『プレイアブル』の活動は主に深夜。人がいないのが救いね」
「それは本当にそうです、こんなの誰かに見られたら死んじゃいますよ」
「だからこの姿は見えないっての。はあ、本当はもっとレベル上げてから連れてきたかったんだけど」
「…………ぷっ」
「何笑ってるのよ?」
堪えていたが堪え切れずに吹き出してしまった豊。
白狐は眉をしかめてそんな豊を見ていた。
「白狐って空間にはお姉さんみたいなんだ」
そっちも悪くないね。
豊は白狐の綺麗な白髪の頭を撫でて『プレイアブル』を探しに歩く。
「なっ……私を子供扱いするな! 私はこう見えても『いい人属性』の人間なんだぞ!」
「会ってからそんなまだ3日も立ってないけど……白狐にそんな属性無いようなきがする。いや、無いな」
「ふん、浅い浅いな豊――3日で人を判断するなんて。まさか、その程度の人間だったのか……豊よ。私はがっかりしたぞ」
「何目線だよ」
豊の後ろを浮いている。
白狐の長く美しい白髪は夜に映える。映えてはいるが言う事が馬鹿なので神秘的な美しさも台無しだ。
「誰目線も私だ、私目線。そんな愛くるしい白狐ちゃんから忠告――豊はまだ戦うな」
先を歩いていた豊の前に着地する。
「え、でも……」
「読子の奴が勝手に連れ出しちゃったなら仕方ない。こうなれば私の力を見せてあげよう。豊は危ないから見学だけね」
紳士も一緒にいたのなら止めてくれれば良かったのにと怒ってくれてる白狐。
豊はちょっとだけ白狐を見直した。
「白狐。そこまで僕の事を……」
白狐は口も性格も悪いと思っていたがいいところあるzyナイト感動する。実際は自分の力を見せたいだけじゃないと信じよう。
「あ、いた!」
静まり返った住宅街。
その中の一軒の家を前に一人の魔法少女が浮いていた。白狐と同じ形の装備。カラーリングが黒と白をベースにしているために、メイド服の様に見える。
「『プレイアブル』……」
豊は自分の作ったアバターは見たことがあるが――こうして現実にいる『プレイアブル』を見ると凄い違和感だ。
まるで合ってはいけない物が中心になっている。
心霊写真の幽霊がセンターで写っている、そんな感覚を豊は感じていた。
「いや、それはおかしくない?」
「ん?」
「心霊写真がセンターとかなんとか声に出てたけど?」
「しまった……また独り言を」
「だったら、今はそのうるさい口と一緒に黙って見てなさい。ここからは狐の化かしタイムよ!」
自身と同じ格好をしたメイド少女へと飛んでいく。
手を出すも何も空中を浮く能力を持つ魔法少女シリーズに、対抗する方法をまだ豊は持っていない。
何もない場所から魔法使いの杖を互いに呼び寄せる。
空中を駆けまわりながら次々と魔法を繰り出し合う二人の魔法少女。
「中々やるじゃない……」
『敵、倒す』
機械的な音声を発しているメイドの魔法少女。声は女性の様だが感情の無いロボットの様な音声。
「やっぱ何回聞いても不快ね。その声は――」
白狐は武器である魔法の杖を例の持ち方へと握り直し――特殊能力を発動させる。
「召喚系・特殊能力――白九尾」
白狐に先のとがった鋭い耳と九つの尾が生える。
魔法少女の姿に妖怪は何ともミスマッチな気もするが――それはそれで美しかった。
「姿が――更に変わった?」
二人を見上げる形で勝負の行方を見守っていた
『プレイアブル』の特徴は自身の操作主――すなわちプレイヤーを狙う。自分が今度は操作する側になろうと――現実で行動できるようにとする。
プレイヤーを取り込むまではほとんどしゃべらずに機械の様な音声で話す。
その為にこうして戦闘を行っていても何も言わない。
「じゃーん。魔法少女白狐さま降臨!」
「……」
だが、『プレイアブル』は何も言わずに水の魔法を発動する。魔法のエフェクトはゲームでも現実でも同様の形で、魔法陣から水が溢れ出す。
「私の美しい姿にびっくりしたんだな!?」
相手の魔法を避けながらも余裕のその表情は心強いが敵にしたら面倒くさいだろなと、豊は相手に同情する。
ゲームのアバターなので感情があるかも分からないのだが。
「それは無いと思うけど……」
「だって、この姿見ても何も言わないんだぞ?」
「はあ……疲れた」
「可愛いでしょ、ねえ」
疲れた豊に対してしつこく可愛さアピールする白狐。どうやら可愛いと言わないと先に進めないファミコン形式の選択らしい。
「確かに……可愛いけど」
狐の耳が生えた白狐はその名に恥じない純白。確かに可愛くはあるが自分で言ってしまう為――その純白がまがい物に見えてしまう。
だから、言いたくなかった豊。
「誰が紛い物だ!」
「独り言がまた声に出てた。って、前、前見て!」
豊の方を見ていた白狐。戦う相手である『プレイアブル』からは完全に背を向けていた為にその行動が見えていない。
「はぬ? って、おおォ!」
『プレイアブル』が発動したのは動き回る水の蛇。広範囲の敵を狙える水蛇は召喚ランクAの上級モンスター。
ゲームの中でも豊は何回か負けてしまっていた。
もしも――この戦いで負けたらどうなるのだろう。現実で負けた場合、僕はどうなるんだ。豊の頭にそんな思いが浮かぶ。
「あらら、良い魔法じゃない。なら私も使っちゃおうかな?」
白狐は杖を空中へと固定する。何もない空間に刺さった訳ではないのだろうが、垂直に刺さった杖は倒れる事なくその場所に浮かび続ける。
「右狐」
白狐は右手を狐の形へと変える。
「左狐」
右手と同じように指で狐を作ると――口づけをするように右手と左手を振れ合わせた。
「羅生門」
白狐の前で固定されていた杖が光を放つとそこから巨大な門が現れる。狐の耳の着いた門は羅生門と言うには可愛いような気もする豊だが――肌に伝わるその力に何も言えなくなってしまう。
「そして行くぜ~! 私の奥義。羅生門――解狐」
狐と大きく書かれた門が開く――中から出てきたのは九尾の狐。白狐と同様に美し白い毛を持った巨体な狐。
今、豊の目の前には巨大な水蛇と狐が対峙していた。
「これって……現実だよね?」
出来のいい特撮でも見ているのかと思ってしまうがこれはゲームでは無い。ゲームの能力を引き継いではいるがまぎれもない現実だった。
現実で現実だからこそ、こんな化け物たちの戦いに着いて行ける訳がない。豊はただ黙って二人の魔法少女を見守るしかなかった。
「よしよし、行くぜ言っちゃうぜ、白九尾さん」
『あら、久々に姿見たけど元気そうじゃない』
「狐が喋った……」
そもそも『ナイト・ライド・オンライン』に九尾の召喚なんて無い。つまりこれは白狐の特殊能力。
『あら、あなた初めましてね」
「あ、初めまして」
「挨拶はいいから白九尾。さっさとあの魔法少女倒しちゃおうって」
そう言って白九尾の頭に乗り――自身の能力を開放する。
「蛇には毒だよね。一尾――狐毒」
白九尾の尾が一本紫色の毒々しい色へと変色していく。色鮮やかな紫色の毛並みを振るい、水蛇を威嚇する。
白に映えるその毒は今まで見たこともないほど鮮やかだった。
「綺麗だ……って、白狐も!?」
「そうなのだ――これで私も毒使い。毒は吐くモノ。喰らうモノだッ!」
白狐の髪も九尾の尾と同じ色に染まっていた。その白狐が自身のお尻から生えている尾を振るう。
すると、粉末の様な細かい物質が空から落ちてくる。
豊はそれを撮ろうと手を差し出した。
「鎧が溶けた!」
『私の毒は溶解性。触れた物全てを溶かす狐の毒よ。危ないから離れてなさい』
「先に言ってよ……」
「はっはっは! どうだ!」
「どうだじゃない!」
「あれ?」
すべてを溶かすと言っているのに、当たりにある住宅や電柱は一切溶けていない。白狐ならともかく白九尾さんが嘘を付いているようには思えない。
白狐に聞いてみようかとした時――水蛇が動いた。
地面を這って動く蛇はその大きさに似合わずに俊敏で――白狐と白九尾を囲んでしまう。
「あらら。毒の効果無いみたいだね白九尾」
『あたりまえじゃない。あの蛇体は水で出来てるのよ? 水は溶けても水じゃない』
「っこ、こん!」
高速の瞬きをしながら、つー。と汗が流れる。
どうやらそんな事にも気付いていなかったらしい。
『もう。新人君がいるからって私まで呼ばなくても倒せたのに。でも――本気を出せば毒でも行けると思うけど……どうする?』
「そんなの聞くまでも無く――当然フル狐で行くに決まってんじゃん」
「フル狐って……」
紫かかる髪の毛が逆立ち白狐の腕に狐毒が集まる!
「水蛇には効果無くてもそれを操る『プレイアブル』には効果あるもん!」
どうやら白狐の作戦は毒を直に打ち込むと言う荒業だった。確かに毒の充満しているエリアには近づいていない。
ならば、直接その体に毒を打ち込めばいいだけの事。
「よーし、白狐奥義――分身の術!」
ぽぽぽん。
煙を上げながら九人の白狐が――出来上がらなかった。あからさまに出来の悪い9体の案山子が空中に立っただけだった。
「……」
『…………』
白九尾と豊の視線が一瞬合った。白九尾は片目を閉じてウインクをする、狐もウインク出来るんだ。豊がそんな感想を抱いた時に――この勝負は終わっていた。
「え……」
「はははは、分身は目くらましだ!」
『プレイアブル』の後ろに背を向けて尻尾を突き刺して恰好よく顔だけ振り向いている白狐がいた。