アップデート
2043年。
VRMMORPGである『ナイト・ライド』の大型アップデートが実施される。荒廃したと近未来型都市を舞台に冒険するこのゲームは多くのユーザーに親しまれていた。
ロボットから魔法少女まで。
さまざまなコスチュームも魅力的なこのゲームを――豊は半年前からやり始めていた。
そのリアルなスリル、高揚感に嵌った豊は学校が終わればゲーム。
授業中もゲームの事ばかり考えていた。
「アップデート終わんないかな」
アップデートが終わるのは夜中の10時。
丸1日掛けてのアップデートなのだからどれだけの進化が待っているのか分からない。
その夜。
アップデートが無事終わり-――豊は新たな世界へと変わった『ナイト・ライド』を親友であるガクと一緒にプレイしていた。
「なあ、エフェクト等は確かに変わってるけどさ――そんな大きな変化無くないか?」
「うん」
ガクの言う通り確かに大きな変化は見られない。
いつも通りにモンスターを倒して経験値を手に入れている。
「まあ、そのうち大きなイベントとかあるみたいだし」
「だな」
アップデート後には新たなイベントが開催されるらしい。
気楽な二人はその後もプレイを楽しんでいた。
豊のアバターは騎士の鎧をモチーフにしたメタリックスーツ。武器も扱いやすい小型のランスを使用している。
ガクは袴と道着を派手に着飾ったアバター。武器は二本の刀を使用した攻撃重視。
「そう言えばさ。こないだのイベント――『レッドホーク討伐』でさ、あの伝説のギルドが一位だったんだってさ」
「伝説のギルド?」
ギルドに入っていない豊。
伝説のギルドなど聞いた事も無い。
「ああ、豊はまだ知らないのか。発売当時から活動してるんだけどここ半年音沙汰無くてさ」
「音沙汰がない?」
「ああ。あれだけ派手に暴れてたのに急にいなくなったから――伝説になった訳」
『現実主義』
そう自慢げに語るガクの表情。
ゲームの世界とは思えない程にリアルである。これが現実と言われれば信じてしまいそうになるが――まあ、それでもどこかゲームをしている感じはするんだけど。
豊はそんな風に思ってしまう。
「そんなギルドがあったのか……」
「ああ。伝説とは言っても俺の方が強いけどな」
「へー、そうなんだ」
「あれ、信じてない?」
「信じてるい。ほらこの眼を見れば分かるだろ?」
「おお! これは嘘を付いていない人間の目だ!」
ダンジョンを攻略しながらもそんなやり取りをする二人。
「さてと。俺、明日の朝早えからもう寝るわ」
「ああ。僕もそうする」
ログアウトすると途端に現実に戻る。
豊はヘッドセットと専用のコントローラーを外し軽く伸びをして固くなった体をほぐす。
「寝ると言ったけど――何かお腹減ったな……」
夕飯も食べずにゲームに熱中していた。
仕事帰りに軽くお菓子食べてから6時間が過ぎていた。
日が変わった直後にコンビニへとお菓子を求め家をでる。豊は自分でも空しいと感じる。
20歳で社会人。彼女無し。
そして一人暮らし。
だからこそこうして遅くまでゲームを出来ているのだが。
豊の家からコンビニまでは歩いて10分程度。
普段は自転車を使っているのだが、明日はどうせ休みだし、そう言えば運動も最近していない。
そう思った豊は歩いていた。
豊の住む場所は田舎。
「うん?」
田んぼに囲まれた薄暗い道路を一人寂しく歩いて居た。
そんな時、少し大柄な人間が立っているのが見えた。
大柄なのは体系では無く――鎧を着ていたからそう見えていたのか。男の手にはランスが握られている。
少し小ぶりで扱いやすそうなランスだった。
「あれ?」
どっかで見たことがある。そう思った豊だが、何でこんな田舎の町に鎧を着ている人間がいるのかを考える。
考えても人の気持ちなど分からない。
その男の前を少し離れて通る。
「プレイヤー発見」
ちょうど目の前を過ぎようとした時、微動だにしていなかった騎士の男から声が聞こえた。
機械を通したような声。
「は?」
その男はいきなり手に持つランスで豊の頭めがけて突いた。
「え……」
とっさの事に反応できない。運動なんて社会人になってから何一つやっていない豊にその突きを躱す事は不可能だ。
豊の頭の中を色々な考えが駆け抜けていく。
どうせこのランスも玩具だろうとか――なんかすごいゆっくり見えるんだけど超能力に目覚めたとかもっと運動すればよかったとか。
しかし、超能力に目覚めた訳で無く、運動していたからと言って避けれたかも疑問ではあるが――。
「……」
串刺しにされた。
右目から後頭部へとランスの先端が見えている。
「プレイヤー撃破。これより俺がプレイヤーに……」
ランスを引き抜こうとするが何故か抜くことが出来ない。
豊を貫いたランスは固定されているかの如くにピクリともしない。
「なぜだ……?」
豊を貫いた時ですら無表情だった騎士の男の眉がしかむ。
「あららら、ちょっと遅れちゃったけどこれはご愁傷様じゃない」
ひらひらとしたスカートをはためかせながら白髪の少女が空を飛びながら現れた。月にを背に腕を組んで浮かぶ少女は勝気の笑みを浮かべている。
「遅くなったから怒られるかと思って面倒くさいから帰ろうとしたけど――結果オーライじゃない。流石私持ってるものは持ってるわね」
グッとガッツポーズをする。
少しずつ高度を抑えながら地面に足を付ける少女。
「いやいや。残念ね『プレイアブル』さん」
プレイアブル。
騎士の男をそう呼んだ。
「いやー。こんな偶然立ち会えるもんじゃないわよね」
白髪の少女を珍しそうに貫かれた豊の部位を観察する。
「……」
貫いたランスは――豊と溶け合っていた。
傷口から血すら流れていなく、その傷は溶け合うと言うより――ランスが少しずつ豊へと吸い込まれていた。
「これは……?」
騎士は溶けていく自分の体を不思議そうに見る。何とか引き抜こうと動くが――ランスどころか自身の体が動かなくなっていた。
騎士の肩に手を置いて、うんうんと一人頷く少女。
「ああ。『プレイアブル』は気にしなくていいよ――と、思ったら嫌な奴来た……」
静まりかえった田舎町ではあり得ないようなバイクの音。
大型のバイク――そのデザインは昼間に道路を走ったら捕まってしまいそうなバイクが――二人の元にやってきた。
「白狐」
少女の名前を呼びながらバイクから降りる。
身長の高い細身の男。
燕尾服が良く似合う男は今の状況を見て何が起こっているのかを瞬時に理解した。
「これは……」
「『同化』ね。自分も体験した事あるけど、傍から見ると気持ち悪いわね」
「なぜこの状況に……。白狐、あなた」
間に合いませんでしたね?
そう言って男は燕尾服のポケットからトランプの束を取り出した。
「げ……」
そのトランプに嫌な顔をする少女。
「いや、でもさ。結果オーライじゃん」
「結果オーライ?」
ふざけた事言わないで下さい。
そう言ってトランプを少女の上に向かって放り投げる。
綺麗に飛んでいったトランプは大きな棍棒へと変化して少女へと落ちていく。
「へ、ちょっと……」
「結果オーライと言う事は、目的への道筋がずれたと言う事です。そんな甘えは私たちには相応しくありません」
少女に当たる瞬間再び一枚のトランプへと戻った。
ポトリ。
落ちたカードの先には少女はいない。
「さてと、とりあえずこの少年を『遊戯屋敷』まで連れて行きましょう」
少女と男がやり取りしている間にも騎士は豊に取り込まれていく。もうすでに体の半分以上が一体となっている。
「確かに――見ていて気持ちのいいものではありませんね」
「だろ、だろ!」
消えていた少女がいつの間にか燕尾服の男の後ろから現れた。
「しかし、アップデートと聞いてやな予感はしていたのですが……」
「でも、ボスの言う通りにレベルあげといて良かったな」
燕尾服の男はその細い体のどこにそんな力があるのか分からないが、片手で軽々豊を担いでバイクの後ろに乗せる。
乗せた豊を少女がロープでぐるぐるにバイクに巻き付け固定する。
「さて、この少年がどれだけ強いか分かりませんが――行きましょう」
これから先は人でも欲しくなりますからね。
「じゃあ、私は一足先に帰ってるから!」
少女はそう言って空中を飛んで帰っていく。
豊に取り込まれている騎士は既にもう左手のみとなっていた。