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チャプター 06:「心得」

 エディは自嘲した。

 ハルの才能を見抜けなかった自分の直感の悪さもさることながら、その相手が自分より

年下の少年だとは夢にも思わなかったからだ。

 ちらりと振り返ると、そこには物憂げな表情でこちらを見るハルの姿。エディは前へ視

線を戻しながら思案する。非凡な才能を持っているからと言って、戦闘機の機関師として

優れているかは話が違う。ようやく現れた運命の相手である筈のハルにも、その実感が沸

かなかった。

 暫く歩き、エディが辿り着いたのは自分の宿舎だった。その建物には書庫も備えられて

おり、現役の機関師達やパイロットが学ぶのに十分な環境が整っていた。

 エントランスで立ち止まり、困り顔のハルに、エディは苦笑する。

「どうした? 入ってきていいぞ?」

「はい……失礼します」

 思わず漏れる感嘆の声。今まで連れてきた機関師候補生達は、当たり前のように施設へ

入ってきていただけに、礼儀を弁えたハルの振る舞いに感心する。

 ハルが無事に着いてきている事を確認しつつ、エディは自室へと向かう。自分に続いて、

再度丁寧に断り、入室するハル。

「いらっしゃい。急に連れてきた悪かったな。朝食はまだか?」

「は……はい」

「そうか。それなら、食事でもしながら話そう」

 新しい環境に戸惑う様子のハルだが、エディも同じように、どのように振舞えば良いか

判断しかねていた。今までの機関師達は自分より年上か同じ程度の年齢である事が多く、

仮にも訓練校で学んだ人間である。戦士としての心構えも理屈では理解している人間ばか

りで、今までの人間とは勝手が全く違っていた。

 そこで、先ずは食事で気を解そうと考える。萎縮したままのハルに椅子をすすめ、自身

は仮設のキッチンへ近づき準備を始める。朝食と言っても、エディは料理が得意ではなか

った。小さな炭に炎の魔法をかけ、フライパンに卵とベーコンを乗せ焼くと、塩と胡椒で

味をつける。それに買い置きのパンを添え、得意のコーヒーと共にハルの前に差し出した。

「ほら、食え。あんまり美味くはないかもしれないが」

 ハルを子供としか見ていないエディは、不満の一つでも漏らされるかと思っていた。し

かし、ハルはその食事に目を丸くして驚いていた。下手な自覚はあっても、驚くような内

容ではないだけに、その反応に首を傾げるエディ。

「そんなに奇妙な食事ではないと思うんだが…………」

 エディの呟きに、ハルはその表情のまま視線を持ち上げた。

「これ、ベーコンですよね?」

「あ、ああ。もしかして嫌いだったか」

 その一言に、激しく首を振るハル。

「こんなご馳走初めてです。あの、本当に食べてもいいんですか?」

「勿論だ。その為に用意したんだからな。ほら、バターもあるぞ」

 エディは思わず苦笑する。子供の扱いが不慣れで、どのように接するべきかわからない

と自覚していても、目の前の少年はそれに輪を掛けてわからなかった。裕福な家庭で育っ

たとしか考えられないような身の振りで、それにはまるでつり合わない身なりと感覚。自

分が今まで見てきた人間の中には、ハルのようなタイプは一人も居なかった。だからこそ、

感じる違和感を少しでも減らそうと考えを巡らせる。

「お前、変わってるな」

 パンを小さくちぎりながら食べていたハルは、不思議そうにエディを見つめた。

「そう、でしょうか」

「ああ、それだ」

 違和感を感じる要因である一つの事柄に、エディは辿り着く。

「ハル、普通に喋って欲しい。あたしとお前は相棒なんだ。かしこまらず、敬語を使わず

に、対等に話して欲しい。名前も呼び捨てにしてくれ。ハルの友達と話すようにな。言っ

てること、わかるか?」

 相手を馬鹿にしているわけではなかった。領民の平均から、ハルの理解力は年齢不相応

なのである。

「で、でも」

「そうして欲しいんだよ。遠慮して欲しくない。あたし達がこれから行く場所は、恐らく

今までのどんな事より過酷で残酷で無遠慮な所だ。だからこそ、どんな小さな意見でも話

して欲しいんだ。それがあたし達、もしかしたら国を救う手段になるかもしれない」

 エディはあえて気を遣わずに話した。僅かな会話から、それが十分に理解されると判断

し、また、己に残るハルへの遠慮も無くしてしまうべきと考えた。

 食事の手を止め、視線を落とすハル。その様子から、何かを考えているのだろうと、同

じように口を閉ざした。

 ハルが小さく息を吸う。

「言葉についてはわかりました。でも、もう一つのそれを、戦う事を受け入れたなら。僕

は……沢山の人を殺さなければいけないのでしょうか。父さんを殺した誰かのように」

「それは半分正解だ。しかし半分は違う」

 困惑する。目の前に座る少年が、戦場に出る事でどうなるのか充分に想像できている。

賢いだけに、ハルを説得するだけの材料を探す事は難しかった。

「詭弁に聞こえるかもしれないが、あたし達の、軍人の仕事は護る事だ。本当なら、誰も

殺し合いなんてしたくないさ。だがそれらは、私欲の為か、国の為か。確かに攻めてくる

んだ。そいつらはアルストロメリアを蹂躙せんと向かってくる。それらが傷つけるのは軍

人だけじゃない。ただ土を耕すだけの領民も、商いをする町人も、馬具を作る鍛冶屋も。

お構いなしにな」

 子供相手に正義を語るとは思ってもいなかったが、自分があまりに滑稽で、話の途中、

エディは一人から笑いを漏らした。

「領民に降りかかる脅威を振り払うのがあたし達の役目なんだよ。殺す事は目的じゃない。

うちのような農業国にも軍隊があるのはそういう事さ」

 俯いたまま、両手を膝の上に乗せ縮こまるハル。その姿から、自分の言葉ではハルを説

得できていないと理解した。何より、何故国がメイジの家族を手厚く保護するのか、ハル

ならば判らない筈がない。元より、逃げるなどという選択肢が存在しない状態では、説得

すら脅迫に聞こえてしまうのではないかと考えた。

 お互いが口を閉ざす中、沈黙を破ったのはエディではなかった。

「戦争なんてしたくない。だけど、エディさんの言っている事もわかります。だから、僕

は頑張るしかない、ですよね」

 消え入るような声で呟くハルに、エディはどのように声を掛けるべきか悩む。本来なら

ば、どのような言葉を使っても戦場に出るよう追い込まねばならない筈である。しかし、

目の前で思い悩むのは、女の自分よりも遥かに小さい少年だった。

 だが、沈み込むハルを見つめながら、ふと、気を紛らわせそうなアイデアが湧き出る。

「ハル、あたし達がなるのはただの兵隊じゃない。戦闘気乗りなんだ。空を飛ぶのは気持

ちがいいぞ」

 それでも表情の晴れないハルに、エディは一つの提案を思いつく。

「ハル。早く飯を食え」

 手を止め、首を傾げるハルへ、立ち上がり自信満々の視線を向ける。

「空を見せてやる。この国で四十八人しか見られない、とびきりの景色を」


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